『妖精の問題』を京都でリクリエーションする、市原佐都子(Q)にインタビュー~「固定化された見方から、外れようとする視点を受け取って欲しいです」

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2022.1.15
『妖精の問題デラックス』作・演出の市原佐都子(Q)。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

『妖精の問題デラックス』作・演出の市原佐都子(Q)。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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『バッコスの信女 ─ ホルスタインの雌』(2019年)で「第64回岸田國士戯曲賞」を受賞し、2021年には[城崎国際アートセンター]の芸術監督に抜擢されるなど、今もっとも注目されるクリエイターの一人である「Q」の市原佐都子。2017年の初演以来、Qのレパートリーとして国内外で上演し続けている『妖精の問題』を、京都の劇場[ロームシアター京都]が企画する「レパートリーの創造」シリーズとしてリクリエーションする。

「レパートリーの創造」は、作品創造の一環として、レクチャーやワークショップなどを合わせて開催。劇場が作品の可能性を広げるアクションを積極的に起こすことで、クリエイターに刺激を与えながら、劇場のレパートリー作品を作り出すシリーズだ。今回もすでに、一般観客が戯曲を読んで感想を語り合う「おしゃべり会」や、他ジャンルのクリエイターへのインタビュー連載など、関連企画が多数行われている。数多くの外部からの刺激と、初演から5年の歳月を経て、どんな『妖精の問題』が生まれるのか? 作・演出の市原の声を、2021年12月に行われた会見と、単独取材のコメントを混ぜながら紹介する。

「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2018」で上演された『妖精の問題』。 Photo:Kai Maetani

「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2018」で上演された『妖精の問題』。 Photo:Kai Maetani


 

市原は「レパートリーの創造」で、今年度は本作を、その後に新作の、計2本の作品を発表する予定。この企画については「とてもありがたいし、そのやり方に感銘を受けた」と話す。

『私が今の段階で何に取り組むべきなのか』『芸術家としてどんな道を歩んでいくのか』という所から、話をしてくださってます。『おしゃべり会』も、(戯曲を)批判されるんじゃないかと、最初はちょっと恐れていたのですが、『自分はこう感じた』という感想や体験を参加者同士が話しあってて。同じ作品を読んだ人同士が、他の人の見方を知るのはすごく面白いことだし、私も気づいてないこの作品の価値が、どんどん発見されていくような感じがしました

『妖精の問題』は、2016年に起こった「相模原障害者施設殺傷事件」をきっかけに生まれた作品。しかしこの事件を直接取り上げるのではなく、事件をきっかけに市原が改めて自覚した「生きづらさ」と「偏見」に真正面から向き合った、3本の一人芝居で構成されている。今回のリクリエーションでは、それぞれ2・3人が出演するスタイルに改変するという。

『生産性のない人は死ぬべきだ』という犯人の言葉を、私が完全に否定しきれないと思ったんです。私の周りの世界も、そのように動いているように見えた。何も考えずに生きていると『こういう基準から外れてるから、不幸なんじゃないか』という風に人を見る方向に、どんどん行ってしまうという恐怖を感じました。なのでそっち側じゃない方向に……ユーモアの力だったりで、今の価値観を何とかズラせないか? と考えて、この作品を作り始めました。

もともとは(オリジナルキャストの)竹中香子さんと、一対一の人間関係で作ったもので、お互い非常に辛くて苦しい思いをして(笑)。でもそのぐらい『人間と関わる』ということを体験した、非常に特別な作品です。そんな一人の人と作った作品を、複数の人に開いていくことで、作品の持っている価値が再発見されて、どんどん拡張されていくんじゃないかと。また一人芝居だと、どうしても俳優の技量の方に注目が行きやすいんですけど、複数の人が演じることで、より物語としてとらえることができるかな? という期待もあります

市原佐都子(Q)。

市原佐都子(Q)。


 

第一部の『ブス』は漫才、第二部の『ゴキブリ』はミュージカル、第三部の『マングルト』はレクチャー形式。第二部のミュージカルでは、長年本作に音楽で関わってきた額田大志(東京塩麹/ヌトミック)が、引き続き音楽を担当するだけでなく、生演奏で出演。また舞台美術も、様々なジャンルを越境した活動を展開する、大阪の建築家グループ「dot architects」が担当と、いろいろな点で初演とは違う形式になる。

第二部の音楽は、最初はジャズピアニストと竹中さんが即興的に作ったものを、額田さんがじょじょに楽譜に落として整えて、音楽的にも楽しめるものにしてくれました。今回はバンドを入れて、さらに演劇としても音楽としても、楽しめるように作曲し直してくれていますが、生演奏が第二部だけでなく、一部と三部とも関わりが持てる方法を、今考えている所です。

dot architectsさんとは、舞台と客席が分かれているのではなく、客席も舞台に参加しているような美術を考えています。私の今までの作品は、結構正面性のあるものが多かったんですけど、今回は正面性が崩れるようなものにしようと。初演はすごくシンプルな世界だったんですけど、いろんな要素が増えたので、新鮮で面白いなあと思っています

また今回、市原が大きなテーマにしているのは「笑い」。そこで『笑いの哲学』という著書もある美学者で、日本女子大学教授の木村覚をドラマトゥルクに迎えた。時代によって「笑っていいもの」はどう変わったか、不謹慎と笑いのボーダーはどこにあるか?……実は差別や偏見とも密接な関係にある「笑い」について、木村とともに「この機会に考えたい」と市原は言う。

【ロームシアター京都】レパートリーの創造 市原佐都子/Q「妖精の問題 デラックス」トレーラー


 

私はことさら『笑ってもらおう』という意図はなくて、書いているうちに『いつの間にか笑えるものになっている』ということが多かったんです。言葉選びのユニークさで、そういったことが起きているのもありますが、社会のルールと真面目に戦っても笑えないけど、『私にはこういう戦い方がある』という発想の転換によって、ルールから外れるやリ方自体が、もうユーモアをはらんでるということになるんじゃないか、と。

第一部は、この世界で“ブス”と呼ばれる人たちがマイノリティである世界に、どうあらがっていくかを描いてますが、その姿勢こそがユーモアであり、だから私の作品には、ユーモアがあるんだな……と、木村さんの本を読んだ時に感じました。それで今回は、意識的に『笑い』のフレームの中でやってみたいと思います。漫才の掛け合いは今稽古中ですが、なかなか難しいですね(笑)

市原の舞台は、この『妖精の問題』も『バッコス……』にしても、フェミニズムを強く意識させるものが多い。そのルーツについて調べていた時に、市原が幼少期に『美少女戦士セーラームーン』が好きだった、という情報を見かけた。フェミニズムの観点から語られることも多い作品なので、もしかして何か関係があるのか? と思って聞いてみたら……。

最新作の『Madama Butterfly』でも書いたんですが、セーラームーンは日本のアニメだけど、(主人公が)金髪で色が白くて、スタイルも西洋風。子どもの頃は、それに無邪気に憧れつつも『自分はこうなれないなあ』とも感じていて。子どもでしたから、ルッキズムという言葉までは到達していなかったんですけど、西洋的な見た目に対してのコンプレックスというのは、自然に植え付けられていたのではないかと思います。基本的に見た目を重要視されるというのは、男性よりも女性の方が多いでしょう。

私は“女性”という属性の人間だからこそ言葉にできる、言語化できることはあると思っているんです。特に私は身体的・生理的なことについて書くので、その時に自分の身体をベースに考えるから、女性というものが強くなるのでは。『バッコスの信女 ― ホルスタインの雌』の時は、男性の身体や視点から物語が書かれることが主流だから、女性の視点を意識して描くというというテーマもありました。もちろん性別はグラデーションですが、この作品では女性の視点から描くことを意識し、女性を主人公にして女性のキャストのみで創作しました

市原佐都子(Q)。

市原佐都子(Q)。


 

そんな中でも『妖精の問題』は、ルッキズムの問題をいち早く取り入れたという点でも、市原の「女性目線」な作風の原点とも言える芝居。とはいえ、男女の粋を超えた価値観を持つ作品でもあるという。

今読み返してみると、女性の視点の作品だとは思います。でも作中に描かれている、何か一つの物事の固定化された見方から外れようとする視点は、性別に関係なく、今回のリクリエーションでも、受け取っていただけたら嬉しいです

初演の頃には「女性がそういうことを言うのはいただけない」という、今となっては完全に女性差別な感想も飛んできたという『妖精の問題』。確かに強烈な言葉や描写(特に第三部)が多い作品だが、そこにあるのは世間のタブーから力強く、しかしユーモアを持って外れようとする人たちの強い意志とも言えるもの。その姿は確かに男女に関係なく「私は世間からはみ出している」という生きづらさを感じる人たちには、非常に痛快に映るはずだ。

また本作は京都公演の後、2月20日(日)~23日(水・祝)に、アートプロジェクト「シアターコモンズ'22」のプログラムとして、東京で上演されることも発表された。詳細はシアターコモンズのサイトでご確認を。

 
市原佐都子(Q)。

市原佐都子(Q)。

取材・文=吉永美和子

公演情報

ロームシアター京都 レパートリーの創造
市原佐都子/Q
『妖精の問題 デラックス』

 

■作・演出:市原佐都子(Q)
■音楽・演奏:額田大志(東京塩麹/ヌトミック)
■舞台美術:dot architects
■衣裳:南野詩恵
■ドラマトゥルク:木村覚
■出演:
[第一部]朝倉千恵子、筒井茄奈子
[第二部]大石英史、キキ花香
[第三部]廣川真菜美、富名腰拓哉、緑ファンタ
■演奏:秋元修、石垣陽菜、高橋佑成
■日時:2022年1月21日(金)~24日(月) 21日…19:00~、22日…14:00~/18:00~、23日…14:00~、24日…14:00~/19:00~
※22日夜&24日昼公演はポストパフォーマンストークあり。
■会場:ロームシアター京都 ノースホール
■料金:一般3,500円、25歳以下2,000円、18歳以下1,000円
 
■問い合わせ:075-746-3201(ロームシアター京都 カウンター)
■公演サイト:https://rohmtheatrekyoto.jp/event/67964/
 
※この情報は1月14日時点のものです。新型コロナウイルスの状況次第で変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。
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