中村獅童インタビュー「すべて繋がる、今が一番楽しい」~コクーン歌舞伎『天日坊』待望の再演

動画
インタビュー
舞台
2022.2.1

画像を全て表示(15件)


中村獅童が、コクーン歌舞伎第十八弾『天日坊』に出演する。2022年2月1日(火)より26日(土)まで、渋谷・Bunkamuraシアターコクーンでの公演。脚本は宮藤官九郎、演出・美術は串田和美。『天日坊』の初演は、2012年6月。上演が途絶えていた河竹黙阿弥の古典演目を、スタイリッシュな演出と現代的な解釈で再構築し、ストレートプレイと歌舞伎の垣根を越え、観る者を熱狂させた。今回は10年ぶりの再演だ。獅童は初演につづき盗賊の地雷太郎をつとめ、法策(後に天日坊)に中村勘九郎、人丸お六に中村七之助の他、市村萬次郎、片岡亀蔵、中村虎之介、中村鶴松、小松和重、笹野高史、中村扇雀が共演する。

1月の歌舞伎座で『一條大蔵譚』の吉岡鬼次郎と、長男・陽喜(はるき。4歳)の初お目見得、『祝春元禄花見踊』の真柴久吉をつとめた獅童に話を聞いた。

撮影に乗り気じゃない、“0の状態”の陽喜さん

撮影に乗り気じゃない、“0の状態”の陽喜さん

獅童さんが陽喜さんの笑顔を引き出してくれました

獅童さんが陽喜さんの笑顔を引き出してくれました

 

■コクーン歌舞伎、中村勘三郎と串田和美

—— 2月1日より、コクーン歌舞伎第十八弾がはじまります。コクーン歌舞伎は、1994年に十八代目中村勘三郎さんと串田さんによってスタートしました。

僕が初めて参加したのは、コクーン歌舞伎第二弾『夏祭浪花鑑』(1996年)です。勘三郎お兄さんの熱量と、串田さんの作品がバッティングして大爆発した作品。「渋谷で歌舞伎をやる」、「歌舞伎の敷居を下げたい」といった思いや夢を実現させる熱を、間近に感じて、芝居が出来ていく過程を見させてもらいました。

—— 串田さんの演出はいかがでしたか?

はじめは戸惑いましたよ。下剃三吉と役人左膳という、ちょっとしたお役をいただいたのですが、舞台を横切るシーンで、以前やられていた人と同じように歩いたら、串田さんに「なんで今、そっちに行ったの?」って聞かれたの。答えられなかった。「同じじゃなくていいんだよ。意味があるから行くんでしょ? そこを意識してやってみて」って。心と動きが成立していればいいけれど、前に倣うだけじゃ、簡単に見透かされちゃう。

でも、その頃は「ちょっと変えて」と言われても止まっちゃう。すると、すかさず勘三郎お兄さんが「考えないで! 動物的にすぐやって! 考えるのは家に帰ってからでいいから。役者なんだから!」って。怖いんだよお……と思いながら(笑)必死でやりました。だいぶ後になって、映像の現場で「獅童さんって、監督に言われたら、すぐ演技を変えることができますよね」と言ってくれる人がいた。今思うと、あの頃の経験が下地になっているんですよね。

■俺は、誰だあっ!

——今回は『天日坊』が、待望の再演です。初演(第十三弾)の思い出をお聞かせください。

10年ぶりでしょう? それまでのコクーン歌舞伎には、勘三郎お兄さんや中村扇雀さん、中村芝翫さんたちがいてくれた。『天日坊』は、初めて勘九郎、七之助、獅童が任された公演。七之助さんから、勘三郎お兄さんの体調が良くないことを聞かされて、「でも良くなって、絶対戻ってきますから」って。それを信じて、良い意味で「今までのコクーン歌舞伎に勝ちたい」という気持ちで、勘九郎さん、七之助さんと挑みました。稽古期間は短かったけれど、大詰めまでトントントンと出来あがった。お兄さんは、こっそり稽古を観にきてくれたりもして。

——2012年6月15日、渋谷のシアターコクーンで開幕します。

映画『ピンポン』(2002年公開)で、若い人たちへの知名度がバッと上がった時、勘三郎お兄さんが言ってくれたんです。「俺は、渋谷を歩く若者を振り向かせることはできないかもしれない。でも君には、それができるんだよ。そのことを心がけてちょうだい」って。それがずっと心に残ってる。

渋谷・コクーン歌舞伎 第十八弾「天日坊」

渋谷・コクーン歌舞伎 第十八弾「天日坊」

公演がはじまって何日目か。前の方の平場の客席に、ロン毛でニット帽をかぶったストリート系の人がいたの。渋谷の若者に通じたんだ! って嬉しかったよ。その日は彼に向けて芝居していたからね。お前に届け……! って(笑)。でもカーテンコールで、そいつはうつむいたきり拍手もしなかった。がっかりした気持ちで楽屋に戻って衣裳を脱いでいたら、こんにちは~って猫なで声が聞こえて。振り向いたら、そいつがいたわけ。思わず「誰だ、てめえ!」って怒鳴ったら、笑いだして。それが勘三郎お兄さんだったの。全身の力が抜けちゃうよね。お兄さんは「お前さんほどきれいに騙されてくれる人はない」って楽しそうに。あとから「面白かった」ってメールまでいただいて。お芝居も楽しんでくれたみたいで、自信につながりました。

—— 『天日坊』は、鎌倉時代を舞台にした作品です。ふとしたことから観音院の弟子・法策は、源頼朝のご落胤に、なりすまします。渋谷での公演の翌月には、長野県のまつもと市民芸術館「信州・まつもと大歌舞伎」(2012年7月12日~18日)でも上演されました。

千穐楽、勘三郎お兄さんが松本まで来てくれたんですよね。そしてラストシーンの幕切れ直前に、ふだんは(澤村)國久がやっていたんだったかな。後ろ姿でセリフもない、でもこの作品で大事な役がある。それを千穐楽だけ、サプライズで勘三郎お兄さんがやったの。全員に内緒でだよ!? 本当にびっくりした。バッと照明の中に現れた後姿をみた瞬間に、出たあーー! って。最高の思い出だよ。

—— 勘九郎さん、七之助さん、そして獅童さんは、前回と同じ役をつとめられます。

勘九郎さんも七之助さんも、同志で戦友。僕は10歳ぐらい年上だけど、勘三郎お兄さんが、同じようにかわいがって、叱ってくださったこともあるから、同じ学校で同じ先生に習ってたみたいな関係。浅草歌舞伎に全然お客さんが入らなくて、ポスターのイメージを自分たちで考えたり、試行錯誤していたころから一緒にやっていました。

若い頃、勘三郎お兄さんに「君の良いところは、やぶれかぶれになれるところ。歌舞伎役者でやぶれかぶれになれるのは君くらいだ」と言ってもらったことがあるんだけど、七之助さんは、僕のパッションを受け止めてくれて、安心してやぶれかぶれになれる女方です。勘九郎さんは、一緒に舞台に立つと、どう転がってくるか分からない楽しさがある。決まり事の中でも、その時々の空気にあわせて芝居の流れを変えたり合わせたりできる役者です。

■陽喜は0か100の男です

—— 勘九郎さん、七之助さんとは、1月の歌舞伎座でも共演されました。

嬉しいですよね。『一條大蔵譚』での共演は、僕にとっては浅草歌舞伎(2001年)以来。こみ上げてくるものがあるよね。陽喜の初お目見得の舞台も一緒に出てくれて、本当に感謝しています。あの兄弟の顔を見ると、勘三郎お兄さんも観てくれているだろうな、とか思っちゃう。

歌舞伎座『祝春元禄花見踊』真柴久吉=中村獅童、奴喜蔵=小川陽喜 ⓒ松竹

歌舞伎座『祝春元禄花見踊』真柴久吉=中村獅童、奴喜蔵=小川陽喜 ⓒ松竹

初日なんて、陽喜が引っ込んでホッとしたところで、勘九郎さんが自分の踊りに入る流れで、フッと俺の顔を見てきたんだよ。その顔がさ! またさ! 目があった途端、俺はもう、おじいちゃんみたいにクシャクシャになって半べそ状態。頭は真っ白。てめえの倅の初お目見得なんだから、シャキッとしてバッと格好良くやりたかったんだけれど(笑)。

——陽喜さんは、初お目見得としては異例の、見せ場続きのお役を堂々とつとめていらっしゃいました。

陽喜は、本当に歌舞伎が好き。僕より研究熱心です。0か100の男なんですよ。0は……さっき見ましたよね?(笑。冒頭の写真参照)。今の彼にとっては、歌舞伎が100。僕は色々なことに興味を持ってきた方だから、「他にも楽しいことはあるよ?」って言いたくなるくらい、頭の中に歌舞伎しかない。これから成長して、色々なものを好きになっていくのかな。

■ターゲットを絞らなければ届かない

—— 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の出演を控えています。これまでも獅童さんは、歌舞伎に馴染みのない方に広くアプローチし、歌舞伎への架け橋となってきました。

浸透させるのは、本当にむずかしいです。歌舞伎通の方になら、「澤瀉屋が『四の切』をやりますよ」と言えば響く。でも歌舞伎を見ない方たちには、響かない。猿之助さんの『四の切』も、勘九郎さんの『一條大蔵譚』も、見れば絶対に感動するけれど、来ていただくまでが本当に難しい。このコロナ禍で、お客さんは一度劇場から離れてしまい、家から出なくても楽しいことがいくらでもあると知ってしまったわけだからさらに難しくなるよ。

色々なタイプの役者がいていいと思うんです。同世代でも幸四郎さんのようなタイプ、猿之助さんのようなタイプ、それぞれに与えられた使命がある。子どもの頃に父親が廃業してしまったから、僕は代々受け継ぐ芸がない。そこで意識してきたのは、自分のニンに合うやり方で古典を守りつつ、革新を追求すること。その時に大事なのは、どこの層にターゲットを絞るかってこと。

——新作歌舞伎『あらしのよるに』(2015年9月京都南座、2016年12月歌舞伎座、2018年11月博多座)は、小さいお子さま向けでしょうか。

子どもから大人まで、親子がターゲット。でも、子ども向けに作ったわけではないんです。むかしバラエティー番組で、志村けんさんとご一緒させていただいた時、「子どもって、子ども用だと分かると途端に冷めるんだ」って。『8時だヨ! 全員集合』も、子ども向けという意識は持たずに作られたそうです。『あらしのよるに』も、義太夫や長唄を使い、歌舞伎の古典ならどうするかを想像しながら作りました。

絵本を原作とした新作歌舞伎『あらしのよるに』。狼のがぶ(獅童)と山羊のめい(尾上松也)の友情の物語。

絵本を原作とした新作歌舞伎『あらしのよるに』。狼のがぶ(獅童)と山羊のめい(尾上松也)の友情の物語。

——2016年に 『ニコニコ超会議』ではじまった、『超歌舞伎』についてはいかがでしょうか。2019年、2021年と、京都南座での公演も成功させました。

初音ミクさんとの『超歌舞伎』は、古典とデジタルの融合。オタク文化をはじめ、いわゆるサブカルチャーが好きな方たちがターゲットだけど、大事なのはやっぱり、歌舞伎のアナログな部分なんだよね。それに、心や魂はデジタルじゃ伝わらないからライブにこだわっています。ミクさんファンの方々は、はっぴを着てペンライトをもって南座へ来てくださる。京都南座は、ふだん歌舞伎の古典をご覧になるお客さんが多い。不安もあったけれど、ミクさんファンの方がお隣りの年配の方にペンライトを貸して教えてあげたりしてくれて。最後は、皆がペンライトを振って楽しんでくれてうれしかった。

ただ、最後は、歌舞伎というよりもロックライブだね(笑)。歌舞伎俳優としてではなく、バンドをやっていた中村獅童のロックな魂でやってる。だからお客さんを(裏打ちで)オイッ! オイッ!って煽るのも無理なくできる。(リミテッドバージョンで主役を勤める澤村)國矢がやると、どうも「うおい、うおい!」って時代物みたいになるの。ここは超歌舞伎で一番大事なとこなんだから、とは言うんだけど(笑)。

あとは、赤堀雅秋監督とのオフシアター歌舞伎『女殺油地獄』(2019年5月)。アートやファッションにアンテナをはっている若者に向けたもので、近松門左衛門が書いた実在の殺人事件を倉庫で上演しました。誰に見せたいのかが、ボヤけちゃいけない。そこを意識してプロデュースしないといけないんだよね。でも、もっと難しいのがブームで終わらせないこと。

オフシアター歌舞伎は、NYで倉庫だったスペースを使い行われた、実験的な公演に着想を得たのだそう。

オフシアター歌舞伎は、NYで倉庫だったスペースを使い行われた、実験的な公演に着想を得たのだそう。

その意味で、課外授業で劇場にくる学生さんの反応は大事にしています。彼らはお金を払ってきたわけではないから、つまらなければ寝るんです。自分がそういう学生だったから、気持ちが分かる。じゃあ、どうしたら寝かさずにやれるか考えるチャンスだし、南座で『あらしのよるに』を見た学生さんたちが、バッと立って拍手してくれた時は、「これはいけるぞ」って手応えを感じた。むかし浅草歌舞伎を観てくれた方全員が、いまも歌舞伎をみてくれているわけではないでしょう? お客様目線で考えることが、ブームの次のステップになる。歌舞伎以外にも、楽しいことはいっぱいある中で、歌舞伎に振り向かせて繋げる。僕の使命だと思っています。

■すべてが繋がり今がある

——『天日坊』の初演から10年を振り返り、いかがですか?

10年、本当に色々あったよね。最愛の母が亡くなり、僕も命にかかわる大きな病気を2回して、その間に陽喜が生まれて、初お目見得をさせていただいて。生きていることも芝居をやれていることも、当たり前だとは思ってないから、自分の息子が役者として歌舞伎座に立つなんて本当に夢みたいなこと。楽屋で、大人用の鏡台の横に自分が昔使っていた子ども用の鏡台が並ぶ光景だって、僕には当たり前じゃないんですよね。父から子へ……っていう世界で、父が早くに廃業してしまっているために、僕はそれを経験していないから。

—— 獅童さんならば、映画俳優として映像の世界にまい進する選択肢もあったと思います。

歌舞伎以外の仕事がすごく忙しくなった時、「父親が歌舞伎俳優じゃないと、なかなか主役はできない。歌舞伎をやめてもいいんじゃない?」という人はいました。でも運命とかに負けたくないから、自分で自分の歌舞伎役者の道を切り拓いてきたつもりだし、やりたいこともやらなきゃいけないことも、チャレンジしたいこともまだまだある。

実際、歌舞伎である程度の役をいただけるようになったのは、30歳近くになってから。水戸黄門の歌(「あゝ人生に涙あり」)の2番、知ってる? 「あとから来たのに、追い越され」っていうの。再放送でそれを聞いた時に、泣いちゃったからね(笑)。その鬱憤を晴らすみたいに、若い頃からロックバンドをやったりもして。

でも、祖母(三代目中村時蔵夫人の小川ひなさん。「歌舞伎界のゴッドマザーと言われるような怖い人だった」と獅童)に、「俺、いまロックやってるんすよ」って伝えたら、「どんどんおやりなさい。人前でやる経験は歌舞伎に繋がるから」って応援してくれちゃったの。内心、怒られることを期待していたから拍子抜けだし、実際『超歌舞伎』に繋がっている。おふくろはおふくろで、今日はライブだって日に、「お弁当はもっていかなくていいの?」なんて言ってくる。こっちはバリバリの反抗期だから、「いらねえよ、ロックなんだよ!」って言い捨てて家を出るのに、ライブが始まってみたら、でっかいサングラスのおふくろが、誰よりも目立つところで一番盛り上がっているの。恵まれているんですよね(笑)。

不良にはなりきれず、歌舞伎役者としても芽が出ない。すべて中途半端で、もがき苦しんだ時期はありました。ただ、もがきはしたけれど苦労をしたという覚えはあまりない。その時その時が楽しかったし、全部が今に繋がっていると思えるから。ひとつ間違いなく言えるのは、今が一番楽しいってこと。60歳、70歳になった時も、今が一番楽しいです、幸せですって言っていたいですね。

中村獅童

中村獅童

取材・文・撮影(人物)=塚田史香

公演情報

渋谷・コクーン歌舞伎 第十八弾『天日坊(てんにちぼう)』
 
■公演日程:2022年2月■
会場:Bunkamuraシアターコクーン(東京・渋谷)
■演出・美術:串田和美
■脚本:宮藤官九郎
■出演:中村勘九郎、中村七之助、中村獅童
 
■歌舞伎美人:https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/735
■松竹ホームページ:https://www.shochiku.co.jp
■公式Twitter:@cocoonkabuki201
■Bunkamuraホームページ:https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/
シェア / 保存先を選択