野村萬斎演出「能 狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見レポート~能の五番立形式で「観客の想像力に訴える」
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「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 左から木ノ下裕一、野村萬斎、大槻文藏、大槻裕一
「能 狂言『鬼滅の刃』」が、2022年7⽉26⽇(⽕)から31⽇(⽇)まで東京・観世能楽堂GINZASIXで、12⽉9⽇(⾦)から11⽇(⽇)まで⼤阪・⼤槻能楽堂で上演される。
アニメ化もされ国内のみならず全世界で人気を集めている、吾峠呼世晴による漫画作品『鬼滅の刃』を、狂言方和泉流の野村萬斎の演出で能 狂言化することが昨年12月に開催された『ジャンプフェスタ2022』にて発表され大きな話題となった。補綴(脚本制作)は自身が主宰する木ノ下歌舞伎で現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信し続けている木ノ下裕一、監修はシテ方観世流で人間国宝の大槻文藏が担当する。主な配役も2022年4月4日(月)に発表され、竈⾨炭治郎と竈⾨禰豆子をシテ方観世流の大槻裕一が務めることが明らかになった。大槻文藏は下弦の伍・累役、野村萬斎は⻤舞辻無惨役、竈⾨炭⼗郎役、天王寺松右衛⾨役としてそれぞれ出演もする。
本作の制作発表会見が4月5日(火)に観世能楽堂GINZASIXにて行われ、大槻文藏、野村萬斎、大槻裕一、木ノ下裕一が登壇して公演への思いを語った。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 左から木ノ下裕一、野村萬斎、大槻文藏、大槻裕一
萬斎は冒頭の挨拶で「今日は(自身が演じる役の一つである)鬼舞辻無惨のイメージで、白い帽子の代わりに白い着物にした」と役をイメージした服装をアピールして、作品への意気込みを感じさせた。
『鬼滅の刃』の原作漫画を読んだ感想を尋ねられると、萬斎は「日本という土地に根ざしたストーリー展開と鬼が主題になっているということで、能 狂言の世界に近いなという印象を受けた」、木ノ下は「萬斎さんが考案された今回の公演のキャッチコピー『人も鬼、鬼も人』が示す通り、鬼が鬼になってしまった背景といったものが非常に丁寧に描かれている。これは能 狂言において、いわゆる悪者とされる側にも人生があったということが示されるところと非常にリンクする。最後まで読み終わったとき、吾峠先生が伝えたかったのは『生きろ』ということに尽きるのではと感じた」とそれぞれ答えた。
『鬼滅の刃』をどのように能 狂言化するのかという問いに対して、萬斎は「もちろん能 狂言が培ってきた手法でお見せすることになるが、それだけで収まる世界観ではない。能 狂言を見慣れた方には珍しい演出もあると思う。能 狂言の一番の演出の肝は『見立て』。例えば扇は盃にもなるし、時には剣にもなる。そのように見立てることで、アニメ化や2.5次元ミュージカル化よりも、皆さんの想像力に訴えるような形になって来るかと思う」と述べた。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 野村萬斎
今回補綴をするに当たって気をつけていることを尋ねられた木ノ下は「たくさんあるが、一つは能 狂言化をしながら、原作をどれだけ尊重できるかということ。今回筆を取る前にまずは世阿弥の『三道』という能の劇作術についての指南書を読み、恐れ多くも世阿弥を先生にしながら、方や世阿弥先生に『能だとこれはおかしくないですか』、片や吾峠先生に『一番のテーマはなんでしょうか』とそれぞれ心の中で問いかけるような、今は頭の中に2人の先生がいる感じで執筆している」と、執筆中の様子を述べた。また、「『鬼滅の刃』ファンの方にも能 狂言の魅力を感じていただけるような作品にもしたいので、能の五番立という上演方法を踏襲しようと考えている。炭治郎が鬼狩りをする修羅物、禰豆子が主人公の鬘物など様々な種類の能の演目を行い、最後は切能として文蔵先生による那田蜘蛛山の累の話で終わるという一種のオムニバス方式で、能 狂言にとって非常に重要な上演方法である五番立の魅力も感じていただけるような作品にしたい」と、全体の構成も語った。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 木ノ下裕一
監修および下弦の伍・累役を務める大槻文藏は、長く上演の途絶えていた演目の復曲を精力的に行いながら、新曲も手がけるなど能楽界をけん引してきた。能の新作を作る上で大切にしていることを問われると、「新作に限らず復曲するときも、作者の真意というか作為、何を表現したいのかを探ることが大事。鬼にもいろいろなタイプがいるので、それぞれに表現の仕方がある。人間的な心を持っている鬼ほど、怒りだけでなく悲しみを持っているという部分が大事だと思うので、そこをどのように表現したらいいのかということをこれから探っていくことになる」と答えた。
それを受けて萬斎は「鬼になる理由、因果というものにスポットを当てて、そこにある悲しみを描いてきたのがまさしく能であり、逆に狂言は人は鬼であり、鬼の方が人間らしいと見せるところがある。そういう能と狂言のフィルターに当てることによって、今作がより輝くような成果になればと思う。『舞台は自然を映す鏡である』というのはシェイクスピアの言葉だが、まさしくそういうものがお見せできれば」と語った。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 大槻文藏
竈門炭治郎と竈門禰豆子役を演じるにあたり、どのように役作りをしていくのかと尋ねられた大槻裕一は「能の普段のお稽古では、いわゆる役作りのようなことはあまりしない。でも今回は新作能ということもあるので、普段の能とは違ったアプローチができればと思っている。炭治郎は修行を通じて成長していくが、私自身もまだまだ修行をしている段階なので、その部分で役とリンクできれば」と役への思いを語った。
萬斎は「今回、裕一くんや息子(野村裕基)や(野村)太一郎という若手も加わることで、若者らしいアグレッシブでアクティビティの高い演技から、文藏先生の深淵なる世界観まで芸の振幅というか、いろいろな発見が皆様にも、そして我々にもあればと思う。こうした新作をやるとき、チャレンジがないとアップデートしていく部分を確保できない気がするので、みんなで知恵を出し合いながら能舞台にふさわしい、でも今までやっていたこととは少し違うアイディアを盛り込んでいきたい」と若手起用への期待を述べた。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 大槻裕一
最後に公演に際してのメッセージを求められると、木ノ下は「この企画はOFFICE OHTSUKIさんが長年温めてこられた大事な企画なので、その思いも胸におきながら脚本制作していきたいし、萬斎さんからも様々なアイディアやご助言をいただいたり、一緒に作っていくという空気が大変ありがたく、とても楽しく携わらせてもらっているので、密度の濃い作品にしてお届けしたい」、萬斎は「今作が、今のこのコロナ禍も含めた閉塞感を打ち破るような画期的なものになればと思っている」、大槻裕一は「メインビジュアルを吾峠先生に描き下ろしていただいたことに本当に感謝している。木ノ下さんの本と萬斎先生の演出とが混じってどんな化学反応が起きるのか、今からワクワクしている。いろいろなことに挑戦することになると思うので、能楽師としても成長できれば」、大槻文藏は「今作が従来の能とあまり変わらないと言われてしまうのか、それとも全く違ったものに出来上がるのか、皆様はお楽しみにしていただきたい。私としては、能の世界が広がるような一歩を作っていければいいなと思っている」とそれぞれ述べて会見は終了となった。
その後、場所をロビーに移して萬斎と木ノ下の囲み取材が行われた。囲み取材に先立ち、この日誕生日を迎えた萬斎にケーキとフラワーアレンジメントが贈られた。誕生日に際して抱負を聞かれた萬斎は「今作をはじめ、いろいろ新しいことをやりたいなと思っている」と笑顔で語った。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 左から野村萬斎、大槻裕一
能 狂言がアニメとコラボレーションをするのは恐らく初めての試みとのことで、そのプレッシャーについて聞かれると、萬斎は「能舞台と能 狂言の様式を使うことで、新しい世界観をお見せできると思う。鬼を描くことは能の専売特許であり、そして合間合間に挟まるコミカルなところは狂言らしい笑いに満ちたシーンとして、緩急自在なストーリー展開になるのではないか」、木ノ下は「原作単行本で言うと、6巻の頭ぐらいまでを取り上げる。人気アニメにもなっている作品なのでプレッシャーはあるが、そもそも能は原作があるものを取り込んで発展してきた芸能なので、そこは頑張りたい」と意気込みを見せた。また、原作者の吾峠呼世晴とは2人とも直接会っていないとしながらも、萬斎は「(今公演について)大変な期待をされていると承っている。何より能 狂言化するということにご賛同いただけて非常に嬉しい」と述べた。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 左から木ノ下裕一、野村萬斎、大槻文藏、大槻裕一
見どころを尋ねられた萬斎は「能舞台という限られた世界の中でどれだけ皆さんの想像力を刺激できるかが勝負だと思う。鬼という人間離れした存在を仮面劇として作ることができるし、地謡や囃子で音楽性もあり、舞踊性もあり、実はすごくエンタメ度が高いのが能 狂言。アーティスティックな深みも見えるところが、まさに今回の「能 狂言『鬼滅の刃』」だと思うのでご期待いただきたい」と語った。
今作で使用する面や衣装については「オリジナルで作る部分もあるが、すべてを原作通りにするのにも限界があるので、折り合いがなかなか難しい。新しいアイディアを入れて、面の使い方についても今までなかったようなやり方も含めて考えてみたい」と意欲をのぞかせた。
「能狂言『鬼滅の刃』」制作発表会見 左から木ノ下裕一、野村萬斎、大槻文藏、大槻裕一
※禰⾖⼦の「禰」は「⺭(しめすへん)」が正式表記となります。
※⻤舞辻の「辻」は(辻の部⾸は⼀点しんにょう)が正式表記となります。
取材・文・撮影=久田絢子
公演情報
監修:⼤槻⽂藏(能楽シテ⽅観世流⼈間国宝)
演出:野村萬斎(能楽狂⾔⽅和泉流)
補綴:⽊ノ下裕⼀(⽊ノ下歌舞伎主宰)
主な出演者:
〈シテ⽅〉⼤槻⽂藏 ⼤槻裕⼀
〈狂⾔⽅〉野村萬斎 野村裕基 野村太⼀郎
〈ワキ⽅〉福王和幸 福王知登(交互出演)ほか
東京 2022年7⽉26⽇(⽕)〜7⽉31⽇(⽇)観世能楽堂
⼤阪 2022年12⽉9⽇(⾦)〜12⽉11⽇(⽇)⼤槻能楽堂
開催:2022年夏(東京)冬(大阪)
主催:OFFICE OHTSUKI
協力:集英社(「週刊少年ジャンプ」編集部)
制作協力:万作の会
(C)吾峠呼世晴/集英社 (C)吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI
◆主な配役
(シテ⽅)
⼤槻⽂藏 下弦の伍・累役
⼤槻裕⼀ 竈⾨炭治郎役、竈⾨禰豆子役
野村萬斎 ⻤舞辻無惨役、竈⾨炭⼗郎役、天王寺松右衛⾨役
野村裕基 我妻善逸役
野村太⼀郎 嘴平伊之助役、鋼鐵塚蛍役
福王和幸(交互出演) 冨岡義勇役
福王知登(交互出演) 冨岡義勇役
※⻤舞辻の「辻」は(辻の部⾸は⼀点しんにょう)が正式表記となります。