ピアニスト實川風にきく ベートーヴェン、ショパン、プロコフィエフなど多彩なプログラムで贈るソロ・リサイタル

インタビュー
クラシック
2022.4.26

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2015年、パリでのロン・ティボー・クレスパン国際コンクールで第3位に入賞し、2016年には、イタリアのカラーリョ国際ピアノ・コンクールで第1位を獲得した、實川風(じつかわ・かおる)。近年、協奏曲や室内楽などでも活躍の彼が、2022年5月8日(日)に紀尾井ホールでソロ・リサイタルをひらく。ベートーヴェン、ショパン、プロコフィエフの計3つのソナタを含む、多彩かつ意欲的なプログラムである。

――とても多彩なプログラムですが、どのように選曲したのですか?

まずプログラムの最初に、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」を弾きたい、という思いがありました。そして、ベートーヴェンの作品に対抗できるソナタとして、ショパンの第2番「葬送」とプロコフィエフの第7番「戦争ソナタ」をプログラムに入れることにしました。

ほかに、プロコフィエフと時代的に重なる作品ということで、調性関係を考慮して、ファリャの「アンダルシア幻想曲」とドビュッシーの「沈める寺」を選びました。A(ラ)を基調とした「アンダルシア幻想曲」からハ長調の音で終わる「沈める寺」に行き、ド(ハ音)で始まるプロコフィエフの第7番につながっていく。文字で見るとちょっと不思議な組み合わせですけど、並べて聴くことで連続しているように感じることができると思います。

――まずは、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」ですね。

最初に弾いたのは高校生のときで、15年以上、ことあるごとに弾いてきました。今回、プログラムを決めるにあたって弾いてみたら、以前とは音楽の見え方や感じ方が違ったので、「今だ!」と思いました。

「ワルトシュタイン」からは、底知れない肯定的なエネルギーをもらえます。30歳になる頃から難聴に苦しんだベートーヴェンが、その精神的な苦しみを乗り越えて傑作を産み出し続けた時期です。コーダに向けての熱量とポジティヴなパワーに満ちた曲。弾き終わったときに、シンフォニーの「第九」に通じる魂を感じるので、“ひとり第九”と勝手に呼んでいるくらいです(笑)。

ベートーヴェンは、僕のレパートリーの支柱として大事に思っている作曲家です。昔からシンパシーを感じますし、これからも長く付き合っていきたいと思っています。

――続いて、ショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」ですね。

ショパンは、ノクターンやマズルカなどの小品の方が、勝手に筆が進むタイプの作曲家で、ピアノ・ソナタを書くことは、ある種の使命感で取り組んでいたのではないかと感じます。第2番は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタも強く意識をしている、ショパンのなかでは珍しい曲だと思います。この曲では、冒頭のモチーフ、第1主題、第2主題とまるで性格の異なるモチーフが見事に組み合わされています。試行錯誤をしながら第1楽章を書いたと感じられます。でもそれは決して頭でっかちに聞こえなくて、バラードに通じるようなストーリー性のある音楽として展開しているところが見事だと思います。

ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」とは真逆な世界です。ポジティヴなところを探すのが難しい。明るく満たされることはなく、いつも自分のなかに不安や不足を抱いて、昔や現在の不幸や不遇を嘆いています。ベートーヴェンとは対照的な音世界なので、「ワルトシュタイン」と並べたいと思いました。 

ショパンを弾くことはどこか苦しさを伴うといいますか、シンパシーを感じながらというよりは、良いショパンへの憧れを持ちながら弾いてきました。少しずつ、彼の内側に近づかせてもらえているような気がします。ショパンの曲からは逃げずに一生弾いていきたいと思っています。

――演奏会の後半は、まず、スペイン出身のファリャの「アンダルシア幻想曲」ですね。

ファリャはなんといってもオーケストラの大家ですよね。この「アンダルシア幻想曲」も、オーケストラの曲をピアノ用にリダクション(編曲)したような譜面で、指馴染みはあまりよくないのですが、これは、その難点を超えてでも弾きたい曲です。譜面から「ここはホルン4本かな」「これはオーボエかな」などオーケストラを想像して弾くのが楽しい曲なのです。音響的な意味で、いろいろな音を引き出したいと思っています。この曲は大ピアニストのルービンシュタインに献呈されたのですが、ルービンシュタインは、この曲がピアニスティックではない(弾き心地が良いとは言えない)と感じたのか、次第に弾かなくなってしまいました。

――ドビュッシーの前奏曲集第1集より「沈める寺」が続きます。

ファリャがパリに留学していたことからもわかるように、ドビュッシーからの影響を色濃く受けているので、この2人をつなげました。プロコフィエフもドビュッシーから影響を受けてます。

言うまでもなくドビュッシーの音楽は素晴らしい色彩の音楽ですが、彼の場合はピアノで弾いて指馴染みがよくありながら、オーケストラの音もイメージできます。ピアノの楽器としての可能性が伝わる曲だと思います。

――リサイタルの最後はプロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番「戦争ソナタ」で締めくくられます。

実は、僕はプロコフィエフが大好きなのです。彼の自伝は読みました。彼は小説も書いていて、それはエッフェル塔が世界中を旅するような素っ頓狂な話(笑)。プロコフィエフの世界観がすごく好きですね。

第1楽章は、モチーフや似たモチーフがパズルのように組み合わされ、連結されます。そして、聴いているだけではその連結はわかりにくいのですが、無意識にどんどん発展していきます。モンスターが広がったり、小さくなったり、形を変えているかのようなのです。

このソナタは、第二次世界大戦中に書かれたので「戦争ソナタ」と呼ばれますが、第2楽章からすると、プロコフィエフ自身はそこまで悲観的でも批判的でもなかったように感じられます。ショスタコーヴィチのような抑圧や反発を感じず、状況を受け入れながら自分の創作を続けた人だと思います。人類への屈託のない讃歌である交響曲第5番に近い、ポジティヴな強さをこのソナタに感じます。

8分の7拍子の第3楽章は、約3分半のなかに、物凄い密度で書かれていて、文句なく素晴らしい楽章です。プロコフィエフの音楽は、装飾的な音が少なく、無駄な音がなく、考え抜かれて書いてあるのを感じます。ラフマニノフの方が装飾的(半音階的)な音が多いですね。8分の7拍子のリズムが崩れず一貫していて、最後に音の跳躍が増えて技術的に難しくなるのですが、そこでリズムとテンポをキープすることで凄みが増すのかなと思います。弾き手も聴き手も8分の7拍子のリズムとテンポの揺らぎにだんだん気持ち良くなって、トランス状態になっていきます。

ショパンやラフマニノフは自分の心の内を密度濃く音にしていますが、プロコフィエフは、そのときの自分の心よりも、ファンタジーの世界を、客観的に距離感をもって心理描写しているように思われます。

――今回のリサイタルでは、ベーゼンドルファーの新しいモデルのピアノを弾くと聞きました。

ベーゼンドルファーの最も新しいモデルの280VCを紀尾井ホールに運び込んで演奏します。これまでのベーゼンドルファー・インペリアルはドイツ・ロマン派くらいまでの作品を弾きたくなるような優雅で柔らかい音がしますが、280VCは、それを大幅にイメージ・チェンジしています。高音の輝きがきちんと聴こえて、それでいて、中低音域の独立した動きや左手のラインも出せる。ポリフォニックな部分も弾きやすく、和音の響きが豊かできれい。今回、ホールで弾くのがすごく楽しみです。

――今年はどういうことに取り組んでいきたいと思っていますか?

今年はレパートリーを開拓していきたいと思っています。秋以降にはバッハを入れて、ヒンデミットやシェーンベルクと組み合わせたプログラムを弾いてみたいと思っているところです。

最近、バッハを家で弾いてみて、バッハの、無駄を削ぎ落し、すべての音の線が意味を持ってかみ合い、かつ、物凄いエネルギーの量の音楽が、他にない魅力的な世界だと感じるようになりました。バッハの縦横無尽の音のラインに魅了され、バッハを弾いてみようかなと思ったのです。

――昨年、ヴィオラの田原綾子さんとのデュオ・リサイタルを聴いたのですが、最近は、弦楽器との室内楽が多いですね。

アンサンブル、好きですね。一人で弾くよりも好きかもしれません。演奏の機会も、ソロよりもデュオ以上の編成が増えています。

僕は、ヴィブラートがかけられ、本当にきれいな響きのために音程が少し変えられる弦楽器に憧れがあります。弦楽器との共演は、メロディの歌わせ方だけでなく、ソロのときの内声や伴奏も勉強になります。

子供の頃、僕が遊んでいる隣で、クラシック音楽好きの父がCDでマーラー、チャイコフスキー、ブラームス、チャイコフスキーの交響曲をよくかけていて、そのオーケストラの音が体の中に入っている感じがあります(笑)。そのサウンドのイメージでピアノに向かっている面はありますね、やっぱり。

――最後にメッセージをお願いいたします。

紀尾井ホールは、素晴らしいホールですし、今回、ベーゼンドルファーの楽器を紀尾井ホールで初めて弾くので、そのピアノの音色と響きが楽しみです。すごく幅広い選曲をして、自分のリサイタルではこれまでで最も重量級のプログラムになっていますが、1曲1曲の重みだけでなく、連続した一つの時間としてポジティヴな充実感が残るとうれしいなと思っています。

取材・文=山田治生 撮影=池上夢貢

公演情報

『實川 風 ピアノ・リサイタル』

【日程】2022年5月8日(日)14:00開演 13:15開場
【会場】紀尾井ホール
【出演】ピアノ:實川 風
 
【プログラム】
リスト:ワレンシュタットの湖で  S.160-2
シベリウス:ロマンス 変ニ長調 op.24-9
ベートーヴェン:ピアノソナタ 第17番 ニ短調「テンペスト」op.31-2
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ファリャ:アンダルシア幻想曲
ドビュッシー:前奏曲集 第1集より 沈める寺
プロコフィエフ:ピアノソナタ 第7番「戦争ソナタ」op.83
 
【料金】 全席指定(税込):5,000円 学生:3,000円
*未就学児童の入場不可。学生は入場時、学生証の提示要。
 
お問合せ:サンライズプロモーション東京 0570−00−3337 (平日12:00-15:00)
主催:MIYAZAWA & Co.
協力:ベーゼンドルファー・ジャパン
*新型コロナウイルス感染症に関わる政府ならびに東京都の示す方針、そのほかやむを得ぬ事情により、公演内容、客席配置等に変更や制限が生じる可能性がございます。
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