中村歌之助×中村福之助インタビュー 「僕たち兄弟」が皆と創る、手塚マンガの新作歌舞伎『新選組』8月歌舞伎座で開幕へ 

2022.8.4
インタビュー
舞台

(左から)中村福之助、中村歌之助

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2022年8月5日(金)から歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』で、新作歌舞伎『新選組』が上演される。原作は手塚治虫。手塚作品が、歌舞伎となるのは本作が初めてのこと。幕末に生きた、若き剣士たちの葛藤を、虚実織り交ぜて描き出す。中村歌之助中村福之助に『新選組』への意気込み、兄弟への思いを聞いた。

新作歌舞伎『新選組』ビジュアル。手塚プロダクションの方から、「漫画から抜け出てきたようだ」との声もあったという。

■勘九郎から託された『新選組』

主人公の深草丘十郎(ふかくさ・きゅうじゅうろう)を演じるのは、中村芝翫の三男・歌之助。20歳にして、初めての主演舞台となる。

歌之助「8月の納涼歌舞伎は、亡くなった中村勘三郎のおじや、坂東三津五郎のおじさま、そして父たちが中心となり始まりました。一門にとっても大事な興行です。3年ぶりの納涼歌舞伎で、主演の舞台をやらせていただきます。本当にうれしく、ありがたいことです。全身全霊の情熱を注ぎ、一生懸命頑張ります」

主人公の親友、鎌切大作(かまぎり・だいさく)は、歌之助の兄・福之助が勤める。

福之助「3年ぶりの『納涼歌舞伎』に出演させていただき、『新選組』で弟が主役を勤めます。私はその親友役で共演します。とてもうれしく思います」

開幕に先だって、取材会も行われた。父・芝翫や長兄・橋之助のいない会見は初めて。「今日は僕から喋るんですね」と歌之助。

ふたりは本作の歌舞伎化が具体化するよりもずっと前に、中村勘九郎のすすめで、手塚治虫の漫画『新選組』を読んでいた。

歌之助「勘九郎の兄は、自分が若いうちに『新選組』を歌舞伎にしたかったそうです。でも、そのタイミングがなかった。そこで、“若い人たちにやってもらいたい。兄弟でどうか”と言ってくださいました。キャラクター的に、僕と福之助でやるのが良いだろうと言われた時は、本当にうれしかったです。丘十郎は内気な性格ですが、敵討ちへの信念があります。鎌切は日頃は明るい性格ですが、どこかに熱い闘志がある。僕たちと重なります」

腰まである長い髪は、重みがある。「髪さばきも課題になりますね」と歌之助。 /(C)松竹

福之助「丘十郎​と鎌切が一緒の時、喋るのはだいたい鎌切です。我が家でも、僕がいっぱい喋ったことに対して、弟は“そうだね”と一言答えるだけだったりしますからね。僕たちにぴったりです。ただ、勘九郎の兄のことが大好きな橋之助だけは、ずっと勘九郎の兄に食い下がっていましたね。なんで僕じゃないんですかー!って(笑)」

先だって公開された扮装写真は、原作に忠実でありながら歌舞伎として違和感のない仕上がり。

福之助「勘九郎の兄は、歌舞伎らしさにこだわりたい、と言っていました。漫画『新選組』を読んで思ったのは、無理に歌舞伎に寄せなくとも、原作から逸脱せずに歌舞伎になるということ。歌舞伎にすることで、引き立つ魅力もあると思いました。先日、手塚​治虫記念館で教えていただいたのですが、手塚先生の漫画の登場人物には“その他大勢”がいないそうですね。一人ひとりの顔や服に特徴があり、それぞれキャラクターとして描かれている。今回の舞台でも、受け継ぎたい魅力です」

役名の鎌切(かまぎり)は「ま」にアクセント(「甘栗」と同じ)。「でも皆さんには、カマキリって呼ばれるんです」と福之助。 /(C)松竹

歌之助は『新選組』以前より、『ブッダ』『どろろ』などで手塚治虫の世界観に触れ、惹かれていた。

歌之助「いつか自分が新作歌舞伎を作るなら……と、スマホのメモにアイデアを書きためています。そこには、手塚先生の作品も並んでいて、勝手に色々な想像をしていました。初めての主演が手塚​先生の作品に決まった時は、ご縁を感じました。台本に、漫画のままの台詞も多く、あのセリフを言えるんだ! と嬉しく思いました」

■みんなで作る、新選組合

長男の橋之助は、丘十郎の運命を握る重要な人物、仏南無之介役を勤める。

歌之助「兄は、“いいなあ”と言いながらも、アドバイスや意見をくれます。仏南無之介も鎌切大作も、深草丘十郎の心を揺るがす相手。その役を2人の兄がやってくれます。誰よりも真剣にぶつかり合える相手ですから、お客様にもそのリアルをお届けできるのではないでしょうか」

新選組の近藤勇役に勘九郎、土方歳三役に中村七之助、芹沢鴨役に坂東彌十郎、沖田総司役に中村虎之助。キーパーソンとなる娘八重を中村鶴松が演じ、庄内半蔵役を片岡亀蔵が、丘十郎に影響を与える坂本龍馬役を中村扇雀が勤める。脚本は、日下部太郎。立て師の山崎咲十郎の本名で、筆名だ。過去には、坂東玉三郎が主演した『新版 雪之丞変化』の脚本も担当した。

新作歌舞伎『新選組』(左より)鎌切大作=中村福之助、深草丘十郎=中村歌之助 /(C)松竹

福之助「咲十郎さんは、この話が決まるとすぐに、グループLINEを作り、ご要望あれば聞きますし、こちらからも連絡します、とおっしゃってくださいました。グループ名は“新選組合”(笑)」

歌之助「良い舞台にするために、ハラをわって話せる環境を作ってくれたんですよね。いまは感染症対策で、楽屋も別々。先輩やお弟子さんとも、やりとりするには意識して連絡を取らないといけません。兄弟で試行錯誤し、皆さんと情報を共有しながら、全員で一緒に作っていきたいです」

歌舞伎に限らず、大勢でひとつのモノを作るとき、メンバー間の情報共有やスムーズな意思疎通は重要だ。それに加えて福之助は、色々な一門の舞台での経験から振り返る。

福之助「真ん中に立ち、進む方向を示してくれる人がいることも大事ですよね。その人を信じて進めばいい。玉三郎のおじさまがそうです。スーパー歌舞伎Ⅱでは猿之助のお兄さんが中心にいます。平成中村座なら、以前は勘三郎のおじ、今は勘九郎の兄。芯になる人が自信を持って前を向き、判断してくれるから、皆も同じ方へ向かってバッと走り出せるんです」

食べているのはお汁粉 /(C)松竹

本作は、勘九郎を中心に、気心の知れたメンバーたちで舞台を作る予定だ。その時、歌之助と福之助の役割とは。

福之助「僕たちが担うのは、モチベーションの部分なのかな。出演してくださる大先輩の皆さんに、『よし、こいつらを手伝ってやろう』と思っていただけるよう、僕たちは誠意を持って向き合い、奢らずに、今できることを精いっぱいやるのみです」

歌之助は、主役としての心構えを先輩俳優に聞いた。

歌之助「猿之助のお兄さんから、“主役の人は、まず冷静でいること。難しいけれど、俺も経験だったよ”と伺いました。尾上右近のお兄さんは、“自分の信じるところと、情熱があれば大丈夫”とおっしゃっていました。冷静さと情熱を持つことは矛盾しません。猿之助さんは冷静に全体を見ているけれど、お芝居はとても情熱的。僕が演じる丘十郎も、冷静でありながら、内に情熱を持っています。福之助の言うように、皆さんに力を貸していただき、お客様にお届けするためにも、僕らに情熱がなければいけませんよね」

■和気あいあいとした三兄弟

橋之助は26歳、福之助は24歳、歌之助は20歳。“成駒屋の仲良し三兄弟”のイメージが強いが、お互いにライバル心もあるのだろうか。

福之助「僕は学業を優先していたこともあり、襲名の頃は歌舞伎の右も左も分かりませんでした。すべて兄や弟に助けられていましたから、兄弟にライバル心はありません。橋之助と歌之助の場合、ふだんは仲が良いけれど、役者としては、きっと性格が合わないよね。だから2人の間で僕がムードメーカーとなってバランスを保っている……と思うんだけど、どうですか? 歌之助さん」

歌之助「そうですね」

あっさり同意する歌之助に、福之助が「ここは否定してくれよ」と小声でせがみ、笑いに変える。

歌之助「がんばって良いモノを作りたい。そこは橋之助と似ています。憧れるもののあり方は、それぞれ違うのでしょうね。でも福之助がいてくれるから、バチバチとはしないんです」

中村歌之助

福之助「そう(得意顔)。母親から言われているんです。“あなたは橋之助と歌之助、どちらの敵になってもだめよ”と。もしどこかで、兄や弟が悪く言われていたら、相手が先輩だったとしても、僕は反論するつもりです。僕が何か言われた時、兄ちゃんと弟は、僕を守ってくれるかな」

歌之助「どうかな(笑)。ただ、僕にとっても橋之助は、ライバルにはなりません。歌舞伎役者として、ずっと先を走る先輩だからです。僕らの足らない部分を的確に指摘してくれます。厳しい言葉もかけられるけれど、パタっと何も言わなくなった時の方が怖い」

福之助「ああいう時の橋之助は、本当に怖い(笑)。でも常に先頭に立ち、僕らをひっぱってくれる、頼りがいのある存在です。兄弟3人で劇場をひとつ開けることが、橋之助の夢です。それが実現する時、僕も力になれる歌舞伎役者でいたい。そのためにも、がんばらないと、と思います」

中村福之助

兄弟3人がそれぞれの個性を発揮し、和気あいあいとして見える。しかし歌舞伎俳優としての苦労を、知らないわけではない。

福之助「実際は、僕はとても心配性です。コロナ禍以降、大変お世話になっている玉三郎のおじさまにも、“あなたは明るいムードメーカーのようだけれど、兄弟の中で一番繊細でネガティブ。もっと自信を持ってやりなさい。芝居で気づいたことは色々言うけれど、舞台に立ったら、一番自信を持てるやり方でやればいい”と言ってくださって。最近は、とにかく自信だけは持って舞台に立つ! と決めています」

家族から離れて舞台に出演したことで、自信が生まれた。

福之助「父や兄弟は、お芝居になると、自分が一番! と舞台に立てるタイプです。以前の僕は、その姿に圧倒されて、自信をもてずにいました。でも父も兄弟もいない座組に参加して、『成駒屋を代表してここにいる。恥をかくわけにいかない』という気持ちが生まれたんです。大きな役をいくつもやらせていただきましたが、そこへ至る努力をしてきた自負もあります。8月は、子どもの頃からお世話になっている皆さんに、『福之助は、玉三郎さんや猿之助さんのところで、たくさん学んだのだな』と感じていただけるよう、成果を発揮したいです」

中村福之助

歌之助は、取材会などで、ポジティブな言葉で思いを語っていた。舞台でも、常に楽しそうな姿が印象的だ。しかし、聞けば「子どもの頃は、ただただ舞台が楽しかったけれど」と口を開く。

歌之助「僕も実際は心配性ですし、歌舞伎座の広い舞台の真ん中に立つのですから、正直めちゃくちゃ怖いです。『新選組』が決まった時も、嬉しさと同時に、内心ヤバいなって思いました。でも、手塚治虫先生の漫画を初めて歌舞伎にする。歌之助にやらせようと言ってくれた人、決めてくれた人がいる。それを思えば、プレッシャーは良い意味でそのままに、一周して楽しむしかありません。切り替えないと、僕はきっと潰れてしまいます。なにより僕が楽しんでいなければ、お客様も楽しめませんよね」

■手塚治虫の『新選組』、8月の歌舞伎座でついに上演

原作の漫画はあるものの、舞台として新しい作品を創作する試みだ。

歌之助「平和とは、正義とは。本当に正しい行いって何なのか。手塚先生が、数々の作品を通して表現してこられたテーマに向かうことが、今回の目標です。ひとつの正解を作ろうとするよりは、この時代に上演する意味を考え、試行錯誤し、苦しみながらも色々な可能性を見つけていきたいです」

中村歌之助

福之助は頷きつつ、補足する。

福之助「初日が開けば、僕たちの作る『新選組』が、“歌舞伎の『新選組』の正解”として世に出てしまわけで、その責任は忘れてはいけません。父からは『お前がやることが正解になるのだから、自信をもってやりなさい。自分が正解だと思ってやらないと、漫画ファンの方にも歌舞伎ファンの方にも失礼だよ』とも言われました。原作ファンの方から、“これってどうなの?”と異論が出るのは、いったんは“正解”として世間で受け止められた後のこと。色々なご意見がありつつも、“でも、歌舞伎ならありか!”と楽しんでいたける舞台にできたらいいですね」

『八月納涼歌舞伎』は8月5日から30日まで。

歌之助「8月の千穐楽の日に”歌之助がやって良かった”と皆さんに思ってもらえたら嬉しいです。何より、多くの方に手塚治虫先生の『新選組』を見ていただきたい。そのためにも僕は、ただひたすら、この舞台に情熱を注ぎます」

8月7日には、尾上松緑が席亭を勤めるオンライン配信のトークライブ『紀尾井町家話 第八十夜』に、橋之助、福之助、歌之助がゲスト出演する。アシスタントは咲十郎。『新選組』の裏話などが期待される。

(左から)中村福之助、中村歌之助

取材・文・撮影=塚田史香 

公演情報

『八月納涼歌舞伎』
日程:2022年8月5日(金)~30日(火) 休演:10日(水)、18日(木)
会場:歌舞伎座
 
【第一部】午前11時~
手塚治虫 原作 日下部太郎 脚本
一、新選組(しんせんぐみ)
深草丘十郎:中村歌之助
鎌切大作:中村福之助
近藤勇:中村勘九郎
土方歳三:中村七之助
仏南無之介:中村橋之助
沖田総司:中村虎之介
娘八重:中村鶴松
庄内半蔵:片岡亀蔵
芹沢鴨:坂東彌十郎
坂本龍馬:中村扇雀

三世河竹新七 作
二、闇梅百物語(やみのうめひゃくものがたり)
 
骸骨/読売:中村勘九郎
傘一本足:中村種之助
河童:中村虎之介
小骸骨/読売:中村勘太郎
小骸骨/読売:中村長三郎
籬姫:中村鶴松
新造:片岡千之助
狸:中村橋之助
小姓白梅/雪女郎:中村七之助

【第二部】午後3時~
 
脱獄成功!?波間に浮かぶ二人の思惑――
古河新水 原作
巖谷槇一 脚色
今井豊茂 補綴・演出

一、安政奇聞佃夜嵐(あんせいきぶんつくだのよあらし)
佃島寄場島抜けより甲州金鉱洞穴まで
 
青木貞次郎:松本幸四郎
神谷玄蔵:中村勘九郎
おさよ:中村米吉
木鼠清次:中村隼人
上州屋倅半次郎:中村玉太郎
三好野亀次郎:市川猿弥
元締宇野与兵衛:澤村由次郎
飯屋女房お米:市村萬次郎
おさよの父義兵衛:坂東彌十郎

村富子 作
二、澤瀉十種の内 浮世風呂(うきよぶろ)
 
三助政吉:市川猿之助
なめくじ:市川團子

 
※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”です

【第三部】午後6時15分~
 
あの二人が三年ぶりに帰ってくる!
十返舎一九 原作より
杉原邦生 構成
戸部和久 脚本
市川猿之助 脚本・演出

東海道中膝栗毛
弥次喜多流離譚(やじきたリターンズ)
本水にて大滝の立廻りならびに宙乗り相勤め申し候
 
弥次郎兵衛:松本幸四郎
総長シー子:坂東新悟
子分ジャック:大谷廣太郎
芹沢綾人:中村隼人
旗持ちトラ:市川男寅
親衛隊長タカミ:中村鷹之資
旗持ちオタマ:中村玉太郎
伊月梵太郎/娘オリビア:市川染五郎
五代政之助/娘お夏:市川團子
下剃虎奴:市川青虎
家族商店店長寿知喜:市川寿猿
特攻隊長ムネ:澤村宗之助
海賊王ジョニー・テープ:松本錦吾
緑婆奈々夫人:市川笑三郎
天照大神:市川笑也
父次右衛門:市川猿弥
釜掛之丞:片岡亀蔵
ザブエル:市川門之助
副支配人つる紫:市川高麗蔵
喜多八:市川猿之助
 

配信情報

紀尾井町夜話特別編『紀尾井町家話 第八十夜』
 
■配信日時
2022年8月7日(日)20:00~配信 90分程度を予定
※有料配信は、8月9日(火)20:00まで販売しています
※配信開始後、ライブ配信終了後にを購入いただいた方も8月9日(火)23:59までアーカイブ配信をご視聴いただけます

席亭:尾上松緑
■出演:中村橋之助(ゲスト)、中村福之助(ゲスト)、中村歌之助(ゲスト)
■アシスタント:山崎咲十郎
 
■視聴料
2,000円(税込)
  • イープラス
  • 中村福之助
  • 中村歌之助×中村福之助インタビュー 「僕たち兄弟」が皆と創る、手塚マンガの新作歌舞伎『新選組』8月歌舞伎座で開幕へ