主演ヤダー・ナルリヤと祈祷師役サワニー・ウトーンマに直撃、タイ×韓国映画『女神の継承』の撮影現場に迫る
ヤダー・ナルリヤ(右)とサワニー・ウトーンマ(左) 撮影=佐藤純子
韓国映画『哭声/コクソン』(2016)のナ・ホンジンが原案とプロデュースを担い、『心霊写真』(06)のバンジョン・ピサンタナクーンがメガホンを取ったホラー映画『女神の継承』が、7月29日(金)に公開された。吹き替え版は松本梨香、飯田里穂、高島雅羅、杉田智和らが担当することも発表されている。同作の日本公開を記念して、主演のヤダー・ナルリヤと、主人公の叔母で祈祷師役のサワニー・ウトーンマ、バンジョン監督が来日し、大阪のシネマート心斎橋にて舞台挨拶とサイン会を実施。ファンとの交流を楽しんだ直後の女優ふたりに、日本での反響や映画の見どころについて直撃インタビューをした。そのほかヤダーには以前出演していた『Love Songs Love Series』(16)、サワニーには「タイの舞台女王」と称されることについてなども訊いてみた。作品の緊迫感とは裏腹に、本当の姪と叔母のように和やかで、尊敬しあっていたふたりの様子をお届けする。
急遽開催されたサイン会、この後行列に
●初めての大阪「ファッションが素敵」(ヤダー)●
ーー東京で初日舞台挨拶をされて、翌日に大阪へいらっしゃいました。これまで日本に来られたことはありますか?
ヤダー:私は日本に来るのは3回目で、記憶が正しければ大阪は初めてです。今回は新宿や渋谷、銀座に行って、美味しいものを食べたり、買い物をしたりしました。もっといろんなところに行きたいけど、時間が足りなくて。
サワニー:私も日本は3回目で、大阪は初です。今回はチームラボに行ってきました。最後の方のエリアにあった、自分が動くとキャラクターが後ろをついてくるプロジェクションマッピングがすごく気に入りました。大好きです。日本の子供は色々遊べるところがあるので、すごく運がいいですよね。タイの子供は土で遊ぶしかないから。
ヤダー:タイでも都会の子供は土じゃなくて、携帯で遊んでいるでしょう(笑)。あと大阪は目新しいと思います。日本は自然もあってビルもあっておもしろいですし、大阪の人はファッションも素敵です。
一人ひとりと丁寧に会話していた
ーー大阪人として嬉しいですね。
ヤダー、サワニー:おおさかですか?(日本語で)
ーーそうです! 日本語がとてもお上手ですよね。舞台挨拶でもヤダーさんは「初めまして、ヤダーです。今日皆さんに会えて、本当に嬉しいです。これから『女神の継承』をよろしくお願いします」や「おおきに!」などを流暢に話されていました。これまでお勉強をされていたのですか?
ヤダー:来日する前に1日だけ勉強しました(笑)。
右からバンジョン・ピサンタナクーン監督、ヤダー・ナルリヤ、サワニー・ウトーンマ
ーー他に何か話せる日本語はありますか?
ヤダー:「1、2、3」と数は数えられます。あとは「おはようございます、こんにちは、こんばんは、ありがとうございます」。
サワニー:私はこれ。「ちょっと待ってー!」(笑)。
●「ヤダーは自分らしさを消せる役者」(サワニー)●
ヤダー・ナルリヤ
ーー私も作品を拝見しました。ヤダーさんが演じるミンは、タイ東北部イサーン地方の小さな村に住む祈祷師の後継者。ミンに取り憑いている何者かを祓おうとするのが、サワニーさん演じるニムです。ニムはミンの叔母で、彼女たち祈祷師一族の当主として女神に祈りを捧げるも、ミンはどんどん人格を失い、凶暴化してしまう。目に見えない恐ろしさとして宗教が絡む禍々しさに恐怖を感じました。おふたりは元々ホラーがお好きでオーディションを受けられたのですか?
ヤダー:実は元々、殺人鬼が出てくるようなホラーは怖くて観られないんですよね。
サワニー:私もたまには観るけど、好きなジャンルではない。どっちかというと濃い人間ドラマのようなジャンルが好きです。
ヤダー:でも観るのと演じるのは全然違います。演技をしている時は集中しているので、全く怖くありませんでした。
サワニー:監督とスタッフたちの腕前を信じていたし、良いストーリーを作ってくれると思っていたので、オーディションに受かった時はホラー映画だから怖いとかは全く考えていませんでした。それからきっと、この映画はエンタメ業界を刺激すると確信していたので、嬉しさの方が優っていましたね。
サワニー・ウトーンマ
ーーおふたりについて、もう少しお聞かせください。サワニーさんは「タイの舞台女王」と呼ばれているのですよね?
サワニー:そんなふうに呼ばないでください(笑)。みんな敬意を払ってそう呼んでくれますが、決して女王なんかじゃありません。15歳の時に演技の先生に腕を掴まれて、「舞台を捨てないで」と言われてから続けて、今に至りました。役者以外にも、例えば衣裳係やみんなにお水を配る係、脚本、照明、監督などを担当しましたが、それは舞台を愛しているからなんです。先ほど2回来日したと言いましたがどちらも舞台の仕事で、1回目は野田秀樹さんの『赤鬼』のタイバージョン。現代劇なんですが、タイのリケエという伝統芸能をモチーフにした作品でした。2作目は上野ストアハウスで上演した『Ocean's Blue Heart』という作品。2回ともプロダクションマネージャーとしてだったので、役者としての来日は今回が初めてです。
ーーそんなサワニーさんと共演されていかがでしたか?
ヤダー:初対面だった演技のワークショップ時に、サワニーさんを観て「わー、この方は本当にすごいな」と思いました。演技からオーラが出ていたので、初日から尊敬の念を抱きました。こんな能力の高い方と共演できて嬉しかったです。
ヤダー・ナルリヤ
ーー日本のタイエンタメファンの中には、『Love Songs Love Series』でヤダーさんをご存知の方もいらっしゃいます。
ヤダー:5年前の作品で、当時は17歳でした。共演したブライト(・ワチラウィット、『2gether』シリーズやタイ版『花より男子』の主演)さんは、まだ今みたいに有名じゃなかったんです。みんなで地方に泊まって撮影していたので、すごく仲良くなりました。ブライトさんはすごく可愛らしくて、率直な人だったんです。でも話がおもしろいから、私のお母さんとの方が仲良くなっていました。
ーーそんなこともあるんですね。監督はオーディションでヤダーさんを見て、イメージにぴったりだと思われたようですが、サワニーさんは一緒に演技をされていかがでしたか?
サワニー:ヤダーさんは何事も一生懸命なんです。役者として自分らしさを消して、かなり完璧に役になり切ることができます。ある日ヤダーさんが私に「演技を教えて」と聞いてきたのですが、ちょっと待ってよと。あなたの演技は、私のより数倍良いと思うから、「教えて」じゃなくて意見交換をしましょうと言いました。まだ若いし、まだまだ先に行けると思います。
ヤダー:そうなりますように。
●全鑑賞者に捧げる「私は生きてる」(サワニー)●
サワニー・ウトーンマ
ーー『女神の継承』はタイの祈祷師をモチーフに作られ、宗教や信仰が大きなテーマとなっています。日本では信仰心が薄れている人も多いので、精霊や悪霊が生活に根付いている様子を観て驚く人も少なくないはずです。監督も作品を作るまではあまり馴染みがなかったようですが、おふたりはどのように感じましたか?
サワニー:信仰というのは必ずしも精霊や神だけではありません。どんなものも信仰に値するのです。例えば都会の人だったらお化けを信じるのは間違いで、科学的なことの方が正しいと思っている。むしろそんなことは全く興味がなくて、お金を稼ぐことを信仰している人もいる。心のありようはそれぞれです。監督が以前仰っていましたが、この映画は自分が信じているものについて、よく考えるキッカケになるのではと思っています。
ヤダー:タイの本物の文化をベースにして創造を付け足しているので、映画で描かれていることは全て真実ではないんですよね。信仰というものはひとつではなくて、例えば精霊や神だったり、いろんな宗教が混ざり合っているので、切り離すことはできません。
撮影時も楽しそうなふたり
ーードキュメンタリー調に撮影されていたので、実際にあのような儀式が行われているのかなと。
サワニー:わたしは生きてる(日本語で)。
ーー舞台挨拶でもその言葉で締められていましたね。どういう意味でしょうか?
サワニー:これは少しネタバレですが、この映画が公開されたあと、私が他の撮影をしているというニュースが出たんです。すると、あるインドネシア人が「ニムは死んだんじゃないの?」と疑問に思ったらしく、私のFacebookに直接メッセージを送ってきたのです。それが「Are you alive?」、貴方は生きていますかと。
●ミンの心の声を聞いてほしい(ヤダー)●
ヤダー・ナルリヤ
ーー事実だと勘違いされた方もいらっしゃったのですね。舞台挨拶で監督が、ほぼアドリブで撮影したとも仰っていました。演技をする上で、気をつけられたことはありますか?
ヤダー:撮影の前に入念なリハーサルをしていました。監督は、役者の演技に自由を与えてくれたんです。ただ、監督の目指す方向性から外れていないかだけを確認しました。アドリブは、演じている間に想像が広がるところが良いですよね。キャラクターの気持ちを感じた時に、そのまま演じられるんです。
サワニー:即興の演技というのは私にとって大切なことです。でもそれが可能なのは、監督が演技をよく理解していて、演技に対する明確なビジョンがあるからです。先ほど言っていたリハーサルは同じことを繰り返すのではなくて、そこから役探しの幅を広げていくために行っていました。監督は演技に集中しなければいけないけれども、役者には自由を与えてくれている。ある程度の小さい枠は決めていて、あとは自分で役作りを追求していきました。またこの映画は役者が即興演技をしただけでなく、スタッフたちも即興演技に付き合ってくれました。
ーーひとつ例を挙げると、どのシーンでしょうか?
サワニー:例えば、終盤にニムが喋りながら泣いてしまうシーン。リハーサルは全然違う内容でした。だけど、2〜3回テイクを撮っているうちに、自分の中でキャラクターを理解できたので、撮影中にニムとして「もうこれ以上撮らないで」と言って部屋を出て行ったんですね。そうしたらスタッフが驚いた顔をしていて。でも音声さんとは部屋を出る時に目が合って、まだ演じ続けているということをわかってくれたので、音響をあげてくれました。スタッフも即興の演技に付き合ってくれたのです。普通はフレームから出たらカットをかけられるのですが、監督も続行してくれました。こんな貴重な経験は今世では二度とないかもしれません。
サワニー・ウトーンマ
ーー作品のリアリティはそこから生まれてくるのですね。そのほか、お互いの演技で好きなシーンはありますか?
ヤダー:サワニーさんが素晴らしいと思うところは、全編ですね。初日会った時からニムとして存在していて、私は食事休憩の時にしかご本人に思えませんでした。でもニムは悪霊のライバルだったんです。
サワニー:ハハハ(笑)。私もヤダーさんの全ての演技が好きなんですけど、特に好きなのはテーブルの上に虫がいて、彼女が泣いているシーン。カメラは顔を捉えてクローズアップしていたのですが、内面が伝わってくるので特に好きです。
ヤダー:あそこでみんなに、ミンの心の声を聴いて欲しかった。すごく可哀想でした。
ーー最後に日本のファンにメッセージをお願いします。
ヤダー:日本に来る前は、日本でタイ映画は認められるのかなとか、気に入ってもらえるのかなとか、みんなどう思うのかなとか、すごく感想が気になっていました。でも初日からすごく歓迎してくれて、反響も予想外に良かったので嬉しかったです。日本のみなさんに、タイ映画の制作者のひとりとして、応援してくださってありがとうございますと伝えたいです。そしてまた日本に戻ってきたいと思います。
サワニー:映画は映画館で観ましょうね!
ヤダー・ナルリヤ(右)とサワニー・ウトーンマ(左)
取材・文=川井美波 撮影=佐藤純子