二兎社『歌わせたい男たち』主演、キムラ緑子に聞く~「人の心に深く爪痕を残さなくてはいけない」
キムラ緑子
ある都立高校の保健室を舞台に、卒業式での「国歌斉唱」をめぐる教師たちの攻防を描き、大きな反響を呼んだ二兎社の代表作『歌わせたい男たち』(作・演出:永井愛)が、2022年11月18日(金)から東京芸術劇場シアターイーストにて、14年ぶり3度目の上演をおこなう。2005年にベニサン・ピットで初演された際には、極限状況に追い込まれた教師たちの織り成すドラマに観客の目が釘付けとなり、連日立ち見の出る大盛況となった。
今回、初演時に戸田恵子が務めた主演の仲ミチル役をキムラ緑子が演じる。“売れないシャンソン歌手”から都立高校の音楽講師に転身し、卒業式で苦手なピアノの伴奏を命じられるミチルは、卒業式での「国歌斉唱」問題に巻き込まれていく……。キムラに、本作に懸ける想いや意気込みを聞いた。
――初演では、第5回朝日舞台芸術賞でグランプリなど2部門、第13回読売演劇大賞で最優秀作品賞など3部門を受賞した「伝説」とも呼ばれる舞台です。ご出演が決まった時の心境はいかがでしたか?
(作・演出の)永井(愛)さんとご一緒させていただくのは初めてなのですが、いつも作品は拝見していて、以前から永井さんがお書きになる世界にいつか入らせていただきたいと思い、「出演したい! 出演したい!」と言っていたら、ついに出演させていただけることになりました。とても嬉しく思っております。
――本作の初演はご覧になっていますか?
はい、観ました。ただ、随分前ですので、校長先生(大谷亮介さんの演じる)が面白かったなという程度の記憶しかなく、あまり覚えていないんです。きっと、当時の私は、まだ器が足りていなかったんでしょうね。正直なところ、理解できていなかったと思います。「歌にまつわる話だったよね?」というくらいの感覚だったので。今回、改めて脚本を読んだら、もっと人の心に深く爪痕を残さなくてはいけないと感じる素晴らしい作品でした。演じる私たちには伝えようという執念がいると思いますし、観る側にもそれを受け取る力がいる脚本なのだと改めて思いました。
――今お話に出た、大谷さんとは交流が深いとか。
そうなんです。音楽ユニットを一緒にやって、楽しく過ごさせてもらっている時期もありました。しばらくお会いできていないんですが、彼の芝居はすごく楽しいので、好きな役者さんです。
――今回、大谷さんはご出演されませんが、山中崇さん、大窪人衛さん、うらじぬのさん、相島一之さんと実力派が揃っています。共演者の方々については、いかがですか?
皆さん、知り合いなので、今から楽しみです。まるで劇団みたいに、気楽に、気さくにお話しできる方ばかりなので、嬉しいです。相島さんと山中くんの二人の会話はかなり見応えのあるシーンになるのではないかと思うので、私も楽しみにしています。
――脚本を読んで「人の心に深く爪痕を残さなくてはいけない」と感じたと、先ほどお話されていましたが、改めて、キムラさんの考える脚本の魅力を教えてください。
パーフェクトな脚本で、今の時代にぴったりな作品だと思います。この作品は、初演当時に実際に起こっていた問題を描いています。「君が代」を歌いたくないと起立せずにいたことが原因で、処分を受けた教師が400人以上もいたそうです。それに対して永井さんは「国が決めたそのシステムはどうなのか」という問いかけを芝居にしています。現在は、「国歌斉唱」については当時とは状況が変わってきているようですが、今も「国葬」の問題で日本は揺れています。それも(本質は)同じ問題で、「皆さんはどう思いますか?」とこの作品は問いかけている。今の日本は、この作品を永井さんが描かれた当時よりももっとひどくなっていると思うので、若い人たちに観てもらいたいです。
――この作品を観ることで、考えるきっかけにしてほしいと?
そうです。この作品では、「君が代」について描かれていますが、今はもうそれだけの問題ではないですから。きっとここから想像できることがたくさんあると思います。
――では、キムラさんが演じるミチルという役柄については、今はどのように捉えていますか?
ミチルは、はっきりとした考えを持っておらず、何も分からないまま講師になりました。そこで「君が代」を伴奏しなくてはいけなくなったので、下手だけど頑張ろうと、それだけしか考えていなかったのですが、学校で「君が代」を歌うか歌わないかという問題が起きていることに気づきます。一人ひとりが壮絶な想いで戦っていることを知り、自分はどうするのかと考え、どう歌うのかを自分で見つけていきます。ミチルは揺れ動いていて、まだ答えを見つけ出すことができないでいますが、最後に歌われる歌が、彼女なりの答えを表しているのではないかと思います。
――共感できるところはありましたか?
全てに共感できます。今作で永井さんは「君が代」という問題を通して、政府に国民が操られていく姿を描いていますが、従わなければいけない人、分かっているけれども全てを飲み込んでそこにいなければいけない人、みんなそれぞれに切ない。小さな学校の中で行われていることですが、読んでいて苦しくなりました。これは喜劇じゃないんですよ、悲劇です。なので、お客さまが観終わった時に「面白かった」と単純に笑って帰られたら失敗なのではないかと思いました。(観て)笑っているうちに恐ろしくなって口がきけなくなる、というのがいいなと思います。この世界は、学校は、私たちが無関心でいると恐ろしい場所になる、ということを届けたいと思います。
――セリフだけを見ると軽快なやりとりが続いているように見えるので、余計に繊細な演技が必要となりますね。
軽くしようと思えば、軽くなるでしょうから、永井さんはどう演出されるのだろうと思います。永井さんとは、まだお話ができていないのでどのようにお考えなのか分かりませんが、私の中では全く軽くはない物語でした。台本を読みながら号泣していましたから。苦しくて、悲しくて、泣かずにはいられなかった。悲劇だと感じました。
――初演をご覧になった時は、悲劇という印象はなかったんですか?
なかったんです。私が先ほど「観る側にも受け取る力が必要」と言ったのはそこです。観る側にその力がなければ、ただの面白いお話なんです。当時の私のように、「校長先生面白かったな」って。とはいえ、決して難しい話ではないんですよ。私は演劇ばかりやってきて、何も知らずに生きてきたから理解できなかっただけで、普通に生きていれば分かる話だと思います。ただ、それを伝えるのは本当に難しいと感じています。難しいからこそ、大変な戯曲だなと。でも、それがうまくいった時にはすごい作品になると思います。素晴らしい戯曲があるので、そこにどれだけついていけるか、みんなで一生懸命ついていきたいと思っています。
――では、改めて本作の見どころを。
全てです。「これを観て、あなたは何を考えますか?」と問いたいです。この1時間45分はきっと貴重な1時間45分になると思います。なので、味わわない手はないでしょう? 私たちが住んでいるこの国のことを考えてください。日本の未来について考えてください。自分の考えを見つけていくという作業ができる作品だと思いますし、それは非常に大切なことだと私は思います。……と、こう伝えると難しいと思われがちですが、決して堅苦しい作品ではありません。そこがこの作品の魅力だと思います。面白く観ていたら、「あれ?」と引っかかるものがたくさん出てくる。だからこそ、素晴らしい作品なんです。そして、私たちはそう思っていただけるような作品になるよう頑張ります。最上の永井愛作品になるように、作品の中で生きていきたいと思います。今回、来年の2月まで全国を回らせていただくので、それだけの時間をかければきっと素晴らしい作品が出来上がると思います。最終公演には……(笑)いや、もちろん、初日から最高の作品を届けられるようにみんなで頑張ります。
取材・文・撮影=嶋田真己
ヘアメイク 笹浦洋子
スタイリスト 松田綾子(office DUE)
<衣裳クレジット>
ブラウス、パンツ/DUE deux 03-6228-2131
ピアス/アビステ 03-3401-7124
リング/ケイテン 03-6206-6429
公演情報
■出演:キムラ緑子 山中 崇 大窪人衛 うらじぬの 相島一之
■会場:東京芸術劇場シアターイースト
25歳以下 3,000 円(枚数制限あり。要証明書。二兎社、東京芸術劇場ボックスオフィス、ぴあで取扱)
高校生以下 1,000 円(枚数制限あり。要証明書。東京芸術劇場ボックスオフィスで取扱)
※未就学児のご入場はご遠慮ください。
※車椅子席:問合せ・お申込=二兎社(ご希望日の3日前までに申込)
※託児サービス:有料・定員制・土日祝を除く希望日 1 週間前までに要申込株式会社ミラクス ミラクスシッター
申込・問合: 0120-415-306(平日 9:00~17:00)
■前売開始:2022年10月15日(土)
■二兎社公式公演サイト:https://nitosha.com/nitosha46/
2022年12月14日(水)・15 日(木)愛知/穂の国とよはし芸術劇場 PLAT
2022年12月17日(土)愛知/知立市文化会館
2022年12月24日(土)滋賀/滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
2023年 1月 8日(日)山形/東ソーアリーナ
2023年 1月14日(土)兵庫/兵庫県立芸術文化センター
2023年 1月21日(土)長野/駒ヶ根市文化会館
2023年 1月29日(日)福岡/北九州芸術劇場
2023年 2月 4日(土)岩手/盛岡劇場