ピンク地底人3号演出で、神戸の劇場が送る手話裁判劇『テロ』記者会見~「手話がわからない方にも、その破壊力みたいなものが伝われば」(3号)

レポート
舞台
2022.9.20
「お待ちしています」の手話をする、手話裁判劇『テロ』会見登壇者。 [撮影]吉永美和子(会見写真すべて)

「お待ちしています」の手話をする、手話裁判劇『テロ』会見登壇者。 [撮影]吉永美和子(会見写真すべて)

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近年は「KAVC FLAG COMPANY」など、若手応援企画に力を入れている、神戸市の公立劇場[神戸アートビレッジセンター(KAVC)]。その集大成として、今最も注目される作家・演出家の一人、ピンク地底人3号(ピンク地底人/ももちの世界)を招いたプロデュース公演「手話裁判劇『テロ』」を上演する。人間の倫理観を問いかける法廷劇を、手話を使った「手話裁判劇」に再構築。しかもろう者と聴者の俳優が一緒になって、手話と発語の両方を交えた、今までにないスタイルの舞台に挑戦するという。9月2日にKAVCで、3号と出演俳優たちなどが登壇する記者会見が行われた。


もともと前述の「KAVC FLAG COMPANY」は、単なる作品上演企画ではなく、将来的に劇場とタッグを組んで作品を発表する、若手の作・演出家をリサーチする狙いもあった。そこで白羽の矢が立ったのが、2020年にももちの世界で『ハルカのすべて』を上演した3号だった。

映像で会見に出席した、KAVCのプログラムディレクター・ウォーリー木下は、3号を抜擢した理由を「演出と本の組み合わせ方、イメージの飛躍がとっても面白い。観ている最中に、眼の前で起こっていることだけじゃなくて、それ以外の場所に飛んでいける、特殊な演出力を持っています」と述べたうえで、3号から「手話裁判劇」を提案された時は「本当に興奮した」と振り返った。

映像コメントで登場した、KAVCのプログラムディレクターのウォーリー木下。手前は手話通訳者たち。

映像コメントで登場した、KAVCのプログラムディレクターのウォーリー木下。手前は手話通訳者たち。

一方3号は、今回のプロデュースに対して「演目は好きなものをやっていいけど『地域性のあるもの』『インクルーシブなもの』を作ってもらえたら嬉しい、と。地域性は、地元でオーディションをすることですね。インクルーシブ(あらゆる人が参加できる)は、ちょうど私は手話演劇に取り組んでいたので、アクセシビリティ(情報保障)に特化した作品を作ろうと思いました」と、KAVCからのリクエスト内容を明かした。

この要望を受けて、3号が様々な戯曲を探している時に出会ったのが、今回上演する『テロ』。その冒頭の、裁判長の呼びかけの台詞を読んだ時に、以前共に舞台を作ったろう者の俳優・山口文子が法廷で手話をしているイメージが浮かび、直感的にこの作品に決めたという。

手話裁判劇『テロ』演出のピンク地底人3号。

手話裁判劇『テロ』演出のピンク地底人3号。

今、日本で裁判長をやっている人の中で、耳が聞こえない人はいないそうです。僕は演劇・芸術作品は、常に現実の先を行かなければならないと思っているので、ここで彼女が極めて社会責任の重い役をやることが、何かしら現実にいい影響を与えるんじゃないかと思いました。(ろう者の女性裁判長が)現実に出てくる前に、舞台でやりたいというのが、僕の一番大きな動機です」。

『テロ』は2015年に、ドイツの小説家/弁護士のフェルディナント・フォン・シーラッハが発表し、世界各国で上演された戯曲。旅客機をハイジャックして、大量殺戮を企てたテロリストを阻止するために、一人の空軍少佐が独断で旅客機を撃墜。数万人もの命を救う代わりに、164人の乗客・乗員たちを殺害した少佐の裁判の行方をリアルに描き出し、最後は観客たちの投票で有罪/無罪を決めるという、インタラクティブな仕掛けもある作品だ。今回は6人の登場人物を、手話担当と発語担当の2人一組とし、2人の俳優が時に寄り添い、時に影のようになりながら演じていくという。

3号は「元の戯曲は説明台詞が多くて、逆に言うと身体性がない。手話という極めて身体的な言語を使えば、その言葉を補うことができるのでは……という勝算がありました」と狙いを語ったが「ただ実際にやってみると、思った以上に大変」と苦笑する。

手話裁判劇『テロ』稽古風景。 [撮影]北川啓太

手話裁判劇『テロ』稽古風景。 [撮影]北川啓太

同じ日本語でも、手話には独自の文法や表現があって、外国語というイメージなんです。だから同じ台詞でも(手話と発語で)長さが違ってくるし、演じる役者さん同士の感情もズレてしまうと、やっぱり観ている人に違和感が生まれてしまう。でも逆に、その違和感をあえて利用することが可能でもある。その辺の取捨選択が難しくて、今すごく時間がかかっているところです。

俳優同士も、手話やホワイトボードを使っても、お互いに自分の言いたいことを全部伝えられるわけではないので、すり合わせに時間がかかってしまう。でもその時間こそ大切だと、僕は思うんです。普通の生活だったら効率性や結果ばかりを求めるけど、演劇はそういう非効率なコミュニケーションにこそ価値があると思うので、そこは大切にしていきたいです」。

この作品に対して、KAVC館長の大谷燠は「観客一人ひとりが、裁判官の心持ちになるお芝居。これからの社会は、障がい者や社会的弱者と言われる人たちが阻害され、孤立することが増えていくと思いますが、そういう人たちと共に生きていくことを考えさせられる演劇になると思います」、木下は「企画した)自分が言うのもおこがましいですが、とても画期的な作品になっていると思います。神戸という場所で、こういう舞台を日本・世界に発信していくと思うと、とてもワクワクしています」と、それぞれ期待を語った。

神戸アートビレッジセンター館長の大谷燠。

神戸アートビレッジセンター館長の大谷燠。

また、出演者たちを代表して、6人の俳優たちが登壇。まず手話で演じる俳優たちが、手話通訳を通して「裁判長という難しい役をいただきましたが、本当に『やりたい』という気持ちを持ちつつ練習しています。一緒にやるメンバーも魅力的で本当に嬉しい」(山口文子)「弁護士の役をいただき、大変嬉しく思っています。裁判関係は経験がないけど、いろんなことを学ばせていただいて、いろんな表現ができれば」(北薗知輝)「検察官をやります。13年ぶりの舞台を、本当に素晴らしい戯曲、すばらしい演出家、すばらしい役者の皆さんと一緒にできることを楽しみにしています」(森川環)という抱負を。

裁判長役の山口文子。

裁判長役の山口文子。

弁護士役の北薗知輝。

弁護士役の北薗知輝。

検察官役の森川環。

検察官役の森川環。

さらに発語担当の俳優たちも「森川さんと同じ役です。今まで生きてきて手話をやったことがなくて、最初は不安しかなかったけど、今は面白くなる自信しかないです」(宮川サキ)「証人の役をやります。課題として送られてきた3号さんの台本を読んで泣いてしまい、絶対に出たいと思いました。この場所にいられることを、とても嬉しく思います」(古賀麗良)「被害者の遺族役です。私は全盲ですけど、ろう者や聴者の皆さんと一緒に舞台に立つのは、本当に珍しいこと。いろんな障がいを持つ人たちが社会の中にいるし、その一人ひとりが生きている人間だということを、舞台の上から届けたいです」(関場理生)と語った。

検察官役の宮川サキ。

検察官役の宮川サキ。

証人役の古賀麗良。

証人役の古賀麗良。

被害者遺族役の関場理生。

被害者遺族役の関場理生。

ちなみに関場は全盲ながら、大学で演劇を専攻した俳優。彼女を起用した理由について、3号はオーディションの意図も交えて、こう説明した。

オーディションで見ていたのは『足りないものをおぎない合うという気持ちが、どれだけあるか?』ということ。手話がわからなかったり、音が聞こえなくてコミュニケーションが取れない時に、この人はどうするか? というのを見ていました。関場さんはやっぱり音を頼りにして生きてこられたので、言葉をすごく大切にしているのが段違いで、声(の役)をぜひやってほしいと。

ろう者と視覚障がい者が、どうやってコミュニケーションを取れるのか? とも思ったけど、本人が書類に書いていた『私は一番遠い存在かもしれないけど、やりたい』という心意気にやられました。でも実際に稽古をしてみると、間に必ず誰かが立ってくれるので、普通に稽古ができています」。

ちなみに登壇者のうち、宮川と森川はペアで検察官役を担当。俳優陣を代表して、異例の役作りについて、以下のように語ってくれた。

検察官役でペアを組んでいる、森川環(左)と宮川サキ(右)

検察官役でペアを組んでいる、森川環(左)と宮川サキ(右)

台詞の尺のタイミングが、必ずと言っていいほどバラバラになるので、今は森川さんの手話を見せてもらって、それを見ながら私が声を当てるというやり方をしています。テクニック的に、目線や息継ぎなどのタイミングによって合わせたりもしていますが、一人の役に二人の役者が同化するには、相手の役のイメージに寄せていくことが大切。二人が一人の分厚い人間に見えてくるのが目標です」(宮川)。

ペアの人とのコミュニケーションは、とにかく大事。私はサキさんがどういう言い方をしているかがわからないので、一回合わせるごとに『どの言葉を強調したいのか』『どういう感情なのか』というすり合わせを、ずっとしています。ただ、二人で一人の役を演じていても、同じ人物の二面性とでもいうか……『手話担当』『声担当』と分かれている感覚は、あまりないですね」(森川)。

3号は近年、ももちの世界で上演した『華指1832』をはじめ、手話を使うことを前提にした作品を、いくつか発表している。今回は発語のみで上演されてきた芝居を、あえて手話芝居にするという形を取るが、それによって「手話の表現力を感じてほしい」と言う。

僕の感覚では、手話は発語よりも1.5倍ぐらい情報量が多いと思います。それをしっかり受け止めるためには、お客さん側も手話を理解していないといけないけど、今回は声を当ててサポートすることによって、手話がわからない方にも、手話の破壊力みたいなものが、上手くいけばものすごく伝わると思います」。

手話裁判劇『テロ』稽古風景。 [撮影]北川啓太

手話裁判劇『テロ』稽古風景。 [撮影]北川啓太

さらに3号は「今回の公演の目的」について聞かれると、かなり長い時間悩んだ末に、このように答えた。

この公演は、違う属性の人が集まることが目的で、上演はあくまで結果。稽古場では本当にいろんなことが起きていて、あえて言うならその時間を作ることが、今回の一番の目的だったと思います。だから最初は(この作品である)必然性がなかったんですけど、ウクライナや安倍元首相のこと……作品を選んだ時点では、当然それらは起こってなかったんですが、こういう出来事を想起させるようなことが、この本にはいっぱい書いてありました。現実は勝手に芸術作品に追いついてくるし、追いつかせるような作品でないといけないんだなと思います」。

個人的な話ではあるけれど、前述の『華指1832』では、言葉にできないほどの激しい感情が、手話だったらよりダイレクトに伝わることや、非常に凄惨な出来事を語る時に、非常に美しい手の動きを使うというギャップに、かなりの衝撃を受けた。ただその時は日本語字幕上演だったため、そちらに気を取られて俳優たちの演技に集中しきれないことに、もどかしさを感じたりもした。しかし今回は、同時通訳のように台詞が発語されるため、その心配もなくなるだろう。

こちらは劇中にしばしば出てくる「飛行機」の手話。

こちらは劇中にしばしば出てくる「飛行機」の手話。

また、テロの脅威がまだまだ続く上に、いろんな多様性が進んだことで「正義」の定義も多様化した現在、『テロ』の内容自体、今のうちにじっくり考えておいた方がいいテーマをはらんでいる。この二重の意味で興味深い舞台、神戸まで見に来る価値はきっとある。

取材・文=吉永美和子

公演情報

神戸アートビレッジセンター(KAVC)プロデュース公演
手話裁判劇『テロ』

 
■原作:フェルディナント・フォン・シーラッハ『テロ』(東京創元社刊) 
■翻訳:酒寄進一
■演出:ピンク地底人3号
■出演:山口文子、石原菜々子(kondaba)、北薗知輝(株式会社ことだま/HAND STAGE)、木下健(短冊ストライプ)、古賀麗良(劇団Little★Star)、庄﨑隆志(office風の器・AWAJIユニバーサル演劇ネットワーク)、関場理生、田川徳子、藤田沙矢夏、宮川サキ(sunday)、森川環
 
■日時:2022年10月5日(水)~10日(月・祝) 5日=18:30~、6・7日=13:00~/18:30~、8・9日=12:00~/17:00~、10日=13:00~
※8日夜公演&9日夜公演は、公演後に手話通訳付きのトークあり。
■会場:神戸アートビレッジセンター 2階KAVCホール
■料金:一般=前売3,500円、当日4,000円 25歳以下&障がい者&神戸市民=3,000円 18歳以下=1,500円
■問い合わせ:078-512-5500(神戸アートビレッジセンター)※火曜休館
■公演サイト:https://kavc.or.jp/kp2022/
※この情報は2022年9月17日時点のものです。新型コロナウイルスの状況などで変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。
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