三谷幸喜の理想は劇作家・椿一 『笑の大学』を25年ぶりに上演を決意させた理由とは

インタビュー
舞台
2023.1.7
三谷幸喜

三谷幸喜

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三谷幸喜のレジェンド作品『笑の大学』が三谷手づからの演出で上演される。1996年初演、98年再演、ロシア、韓国、中国、フランスで翻訳上演され、海外でも高い評価を得たこの作品は取調室という密室で繰り広げられる濃厚なふたり芝居である。昭和15年、劇団「笑の大学」の座付作家・椿一は自作の台本の検閲を受ける。日中戦争が進行中、警視庁検閲係・向坂睦男は執拗なまでに台本に厳しい要求を突きつけてくる。椿はそのつど、要求をすり抜けた書き直しで対抗していく……。検閲官に内野聖陽・座付き作家に瀬戸康史と、三谷がこのふたりならと信頼するニューキャストで新たな『笑の大学』が幕を開ける。三谷はいま、何を想うか、話を聞いた。

ーー25年ぶりに再々演することにしたきっかけはなんだったのでしょうか。

『笑の大学』は僕にとって特別な存在で、いつか上演したい、また観たいという思いはありました。大事な作品だけに、それを託せる俳優さんがふたり揃わなければやりたくないし、やるべきではないと思っていたため、25年という長い年月が空いてしまいましたが、このたび、PARCO劇場50周年企画として、内野聖陽さんと瀬戸康史さんにやっていただけることになりました。それにあたって、そういえば自分で演出したことがなかったことに気づいて、自分で自分を演出家として抜擢したというわけです。

三谷幸喜

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ーー大事な作品を初演出するうえで思うことはありますか。

初演、再演では山田和也さんというプロの演出家にお願いしていました。僕は脚本家なので、自分のなかで演出家という意識があまりないんです。もちろん演出もやりますが、演出といえるほどのことをやっていないような気が自分ではしていて、なるべく何もしないようにすることが僕の演出で、稽古場で自分が書いたものの補足説明をやっている感覚です。ただ、『笑の大学』に登場する劇作家・椿一は僕にとっての理想の人物で、こんな人でいたい、こんな脚本家でありたいという思いを託した、とてもパーソナルな存在です。だからこそ自分で演出しやすい気がしています。

ーー登場人物に自身を投影することはこれまでは?

ほかの作品では椿のように自分を投影することはないですね。向坂と椿のやりとりは、これを書いた頃の、テレビドラマをやりはじめたばかりの自分とプロデューサーとのせめぎあいが元になっているんです。そういう意味でも『笑の大学』の世界観を自分に置き換えて演出を考えやすいと思っています。

ーー25年前、実際、三谷さんが経験した脚本家とプロデューサーとのやりとりが生かされた台本をいま読んでどう感じますか。

久々に台本を読み返してみて、当時、自分がまだ新人に近い状態でテレビドラマを書いていた頃のプロデューサーとのやりとりが蘇ってきました。あの頃はこういうふうにして物語を作っていたんだなと思い出し、ではいまはどうだろう? と考えると、25年も経って、僕もキャリアを積んできましたが、あまり状況が変わってなくて、いまだに僕は制約のなかで書いていると自覚しました。もちろんあの頃よりプロデューサーのほとんどの方々が僕より若いせいか、僕に気を使ってくださるようになりましたが、テレビドラマを作るにあたって、予算、スケジュールなどの制約があることは昔と変わりません。さらにいまはコロナ禍で様々な問題が起きています。例えば、一回、台本を書きあげても、急遽、このシーンに出られなくなった俳優のために書き直しをすることも出てきます。そういうとき、自分の理想からどんどん内容が遠ざかって耐えられないという作家さんもいらっしゃるかもしれませんが、僕はむしろ制約を逆手にとってもっとおもしろくしようという気持ちになるんです。『笑の大学』の椿のようにうまくできるかわからないけれど、このシーンに本来いないといけない人物がいないと、見ている人に「誰かコロナで休んでいたのでは?」と思われない必然性をみつけることで、さらに面白くなったらもっといいと思うんです。そういう知恵を絞ることに僕はたぶん向いている気がしています。そんなことを考えながら物語を作っていることは25年前と変わっていないと思いました。

三谷幸喜

三谷幸喜

ーー制約を逆手にとっておもしろくすることに向いていると。

逆に言えば、制約がなければものを作れないとさえ思っています。伊丹十三さんが、凧は凧糸があるからうまく飛べているのだとおっしゃっていました。凧糸がなければもっと遠くに飛べるのではないかと思って凧糸を切ると途端に凧は落ちていく。凧糸を制約と考えると僕は制約がないと何も書けない人間です。その制約を違うふうに受け止めてそこから何かプラスのものに作り変えていく、それが自分の仕事のやり方のような気がするんです。『笑の大学』で言うと、向坂が僕にとっての凧糸のイメージです。タイトルに「笑」と付いている物語ではありますが、実は、笑いをテーマにした作品ではなくて、ものを作ることに向き合った、あるいはものづくりにおける妥協とは何かという話なんですね。

ーー『笑の大学』は三谷さんの体験談のほかに、実在した劇作家・菊谷栄さんがモデルになっています。

菊谷栄さんはとても優れた作品をたくさん書かれた作家ですが、『笑の大学』のモデルになった『最後の伝令』という喜劇の台本を読んだとき、正直なところ、当時の僕の感覚としてはそれほど面白く感じなかったんです。でも、優れた喜劇俳優の方々が演じたら面白くなるのかもしれない。そこで菊谷さんに思いを馳せると、彼は浅草の劇場に来たお客さんが大笑いしてくれたらきっと満足なんだと。彼は何十年後の観客を笑わせようなんて思ってないはずで、いま、生きてこの劇場に来た人たちを笑わせることが一番だと思って作ったのが『最後の伝令』だという気がしました。つまり、それで十分、作品が使命を果たしていると考えたとき、じゃあ僕はどうなんだろうと思うと、僕もいま、自分と同時代に生きている人のために台本を書き、今日この劇場に足を運んでくださったお客様を笑わせるために仕事をしていると自覚します。菊谷さんには、僕の生きる指針のようなものに気づかせてもらったような気がしています。

三谷幸喜

三谷幸喜

ーー25年ぶりに上演を決意させた内野聖陽さんと瀬戸康史さんの魅力を教えてください。まずは内野さんから。

内野さんは高校の後輩なんです。そこからこの業界に入った人は僕と内野さんと左とん平さんくらいしかいません。なので、後輩の面倒を見てやりたいなという思いがひとつと(笑)、大河ドラマ『真田丸』(16年)で徳川家康をやっていただいたときの驚きがあるんです。普通は、テレビドラマの現場には脚本家は行かないので、俳優さんと演出家に託すのですが、ごく稀に、僕がやってほしいことを100%具現化してくださる俳優さんがいらっしゃいます。もちろん、僕が考えているものが正解とは言い切れないし、こんなふうにやってくれるのか……という意外な驚きもありますが、そんななかで、自分がやってほしいことを一言も話し合ったわけでもないのに、あまりにも完璧にやってくださる俳優さんがいらして、例えば、西田敏行さんや伊東四朗さんなどですが、内野さんもそのなかのひとりになりました。以来、内野さんは僕にとって最も信頼のおける存在です。

『笑の大学』

『笑の大学』

ーー瀬戸さんの俳優としての魅力はいかがですか。

瀬戸康史さんは、僕が演出したニール・サイモンの『23階の笑い』(20年)に出ていただいたのが最初の出会いでした。そのときは僕のキャスティングではなくて、正直、僕はそれまでは瀬戸さんのことをよく存じ上げていなかったのですが、稽古から本番を通して、とても笑いに貪欲な方だとわかりました。あの作品はニール・サイモンの自伝のようなアメリカの喜劇作家たちの話です。ニール・サイモンが自身を投影して描いたキャラクターを瀬戸さんが演じたときに、瀬戸さんは積極的に観客を笑わせようとする演技をしていました。もちろん台本でそういうふうに書かれているわけですが、それを踏まえながら彼自身も計算して笑わせようとしていることをすごく感じて、あ、これはとてもおもしろい俳優さんだなと思ったんです。僕もコメディが大好きな喜劇作家なので、そこで気持ちが合ったというか、それ以来、舞台『日本の歴史』、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』と途切れず仕事をさせてもらっています。『笑の大学』の椿はコメディアンではないですが、浅草の笑いの世界に足を踏み入れている者のひとりとして、コメディアンのニオイがする人物ですし、笑いに対して貪欲なキャラクターだから、瀬戸さんに是非この役を演じていただきたいと思いました。

ーー25年を経て、『笑の大学』は観る人にどのように受け止められると思いますか。

たまたま喜劇の世界を舞台にして描いているだけであって、きっとどんなものづくりの世界、いやものづくりに限ったことでなくどんな世界でも、椿がぶち当たるようなことが起きているはずです。実際、日本に限らず、海外でも翻訳上演され、どの国でものすごく受け入れられています。設定をすこしずつ変えてはいるとはいえ、普遍的なものがあるからこそ、いつの時代でもどこの国でも受け入れられるのだろうと解釈しています。

三谷幸喜

三谷幸喜

ヘアメイク:立身恵フレックルス
スタイリング:中川原寛CaNN

取材・文=木俣 冬      撮影=福岡諒祠

公演情報

PARCO劇場開場50周年記念シリーズ
『笑の大学』

作・演出:三谷幸喜
出演:内野聖陽 瀬戸康史
ハッシュタグ:#笑の大学2023

東京公演一般発売:2023年1月7日(土)
 
<日程・会場>
東京公演 2023年2月8日(水)~3月5日(日)PARCO劇場
新潟公演 2023年3月11日(土)~3月12日(日)りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
長野公演 2023年3月18日(土)~3月19日(日)まつもと市民芸術館 主ホール
大阪公演 2023年3月23日(木)~3月26日(日)サンケイホールブリーゼ
福岡公演 2023年3月30日(木)~4月2日(日)キャナルシティ劇場
宮城公演 2023年4月6日(木)~4月9日(日)仙台電力ホール
兵庫公演 2023年4月13日(木)~4月16日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
沖縄公演 2023年4月20日(木)~4月21日(金)那覇文化芸術劇場なはーと 大劇場
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