劇団青年座『時をちぎれ』〜演出家・金澤菜乃英「念願の土田英生戯曲は一見するとシンプルなのに、深掘りすべき要素がかなり散りばめられていた」

インタビュー
舞台
2023.1.12
金澤菜乃英

金澤菜乃英

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青年座の気鋭の若手演出家・金澤菜乃英が、ナチュラルでクスッと笑ってしまうような日常のやり取りの中に社会的なテーマを潜めさせた作品で定評のあるMONOの土田英生の新作『時をちぎれ』を手掛ける。2019年に演出した松田正隆の『東京ストーリー』を観た土田が金澤を指名してくれたのだとか。およそ3年越しで実現した今公演、チラシのビジュアルに、つい吹き出してしまう。物語の舞台は、サプリメントの販売で急成長を遂げた嶺岡幕府商事。社長の嶺岡義政と元妻の富子は、異常なほどまでに室町幕府好きで、京都室町の本社を「室町御殿」、東京事務所を「鎌倉御殿」と名付け、 社長を「将軍」と呼ばせる徹底ぶり。そこにとある女性が同社の研修制度でやってきたところから物語が始まる。演出の金澤に伺った。

――以前、青年座の先輩演出家の宮田慶子さんが「金澤がつくるものは変わってるもんね。振り幅がある」とおっしゃっていたのを思い出しました。いきなり立ち入った話で恐縮ですが、金澤さんは地方のお寺さんに嫁がれていらっしゃるんですよね。慣れましたか?

金澤 そうなんです。公演のたびに往来しております。年齢層が高めの、かなりいろいろな職業の方と接しています。私自身はコミュニケーションをとるのは好きな方なので、そういう環境はまったく苦ではありません。劇団も年齢層は幅広いですしね。今はもう慣れてきました。

――そして多摩美術大学のご出身ですよね。新劇関係では珍しいかと思いました。

金澤 青年座では竹中直人さんが唯一、多摩美の出身なんですよ。私がいたのは映像演劇学科で、今は名称が変わってしまったんですけど、16ミリとか8ミリフィルムで映像を撮ったり、演技のコースもありました。ただ良くも悪くもすべてを自分でやらなければいけないんです。というのは先生方は技術的なことを教えてくださるわけではなく、学生と同じアーティストとして向き合ってくださっていた。私は衣裳家の加納豊美さんのゼミを3、4年生のときに選択し、導いていただきました。感性を育む学科だった気がしますね。学生時代大好きだったNODA・MAPの野田秀樹さんの授業は受けたことはあるんですけど、残念ながら直接的な面識はありませんでした。でも近藤良平さんの身体表現の授業は選択していました。私の青年座本公演デビュー作品である『天一坊十六番』では加納さんに衣裳を、近藤さんに振り付けをお願いして、多摩美恩師ズにお世話になりました。

2016年『天一坊十六番』前列左から山﨑秀樹、安藤瞳、山路和弘、横堀悦夫、小林さやか 撮影:飯田研紀

2016年『天一坊十六番』前列左から山﨑秀樹、安藤瞳、山路和弘、横堀悦夫、小林さやか 撮影:飯田研紀

――それはある意味で贅沢ですね。

金澤 ありがたいことです。

――ところで、どうして青年座を選ばれたのですか?

金澤 4年生で進路選択を迫られたときに、自分で劇団を旗揚げしたいと思ったんですけど、なかなか縁がなくて。実は俳優の生理にすごく興味があって、本当は芸大の大学院にある先端芸術表現科に行きたかったんです。それこそ日比野克彦さんのゼミに入りたくて。でも演劇は集団での創作だし、個人の研究がメインになると人を巻き込むことが厳しいかもと考え直して、当時の学科長だった福島勝則先生に相談したところ、新劇系の養成所を勧められたんです。そのタイミングでいろいろな劇団の公演を拝見して、青年座研究所の存在を知りました。俳優と出会って劇団を立ち上げることも面白そうだし、俳優の生理を学べるからと受験して今に至ったわけです。だから新劇の芝居をよく観るようになったのは大学を卒業してからなんですよね。学生時代はコンテンポラリーダンスがすごく好きで、ピナバウシュに始まり、コンドルズ、珍しいキノコ舞踊団、BATIK、大駱駝艦などをよく見ていました。

――俳優の生理を知りたいというのはどういう理由からですか?

金澤 初めから演出はやりたいと思っていました。ただ大学時代は稽古をしていても具体的に言葉にできないことがあって、俳優はどんな思考回路で、どんな感覚で台詞を読んだり動いたりするのか知りたかったんです。青年座研究所は演出家志望でも俳優の授業が受けられましたから。

2015年『二人だけのお葬式~かの子と一平~』山路和弘(左)津田真澄 撮影:坂本正郁

2015年『二人だけのお葬式~かの子と一平~』山路和弘(左)津田真澄 撮影:坂本正郁


2021年『ある王妃の死』佐藤祐四、山賀教弘、綱島郷太郎、久留飛雄己、逢笠恵祐 撮影:坂本正郁   

2021年『ある王妃の死』佐藤祐四、山賀教弘、綱島郷太郎、久留飛雄己、逢笠恵祐 撮影:坂本正郁   

――いわゆる新劇的なメソッドが体験の中になかったところが面白いですね。

金澤 学生時代は演劇ってハキハキと大きな声でしゃべるというイメージでした。青年座研究所に発声の先生がいらして、授業を受けたり、いろいろな新劇の芝居を見たりする中で、形が古いなどの側面もあるとは思うんですけど、私自身がわりとナチュラルなトーンの口調が好みになっていったので、青年座は心地よかったんです。劇団としての色が強すぎず、私に合うかも?と思いました。2年間でだいぶ価値観が変動しました。

――キャスティングする際はナチュラルなお芝居をする俳優さんを選ばれる?

金澤 今回は土田さんの作品ですから、それは意識したかもしれません。土田さんや松田正隆さんはナチュラルを求める劇作家さんなので、あまり作為的にものを見せたら面白くなくなってしまうと思うんです。特に土田さんの脚本は演技を抑えることが重要で、いっぱいやりたい俳優さんにはすごいストレスになると思います。そのストレス、負荷を楽しんでいただける方とやりたいと思いました。例えば山路和弘さんは「俺はすごいやりたがりだから」とおっしゃるんですけど、抑えることにも繊細にトライしてくださる方なので非常に信頼を持っています。若手の俳優さんにはこういう芝居のやり方と言ったらざっくりしすぎですけど、土田作品のアプローチができれば幅広い芝居ができるはずなので、どんどん挑戦してほしいと思っています。ただ演出家としてはナチュラルな芝居ばかりやりたいわけではなくて、いろいろな間口を広げていきたいですね。

2017年『江戸怪奇譚~ムカサリ』 の山路和弘 撮影:坂本正郁 

2017年『江戸怪奇譚~ムカサリ』 の山路和弘 撮影:坂本正郁 

――土田さんの『時をちぎれ』はどういう経緯で実現したのですか。

金澤 『東京ストーリー』のアフタートークに土田さんが司会でいらしてくださって。登壇したのが松田さんとマキノノゾミさんと私でした。その後で飲み会がありまして、その席で土田さんが「金澤さんの演出で新作を描きたい」と夢のようなお話をしてくださったんです。松田さんの作品を演出したこと自体も評価してくださったんですけど、先ほど申し上げた抑えるような芝居のつくり方に好感を抱いてくださったようでした。そのときは劇団では土田さんに書いていただく予定はなかったんですけど、レパートリーを組んでいく中で新作が決まったときに私とのタッグを実現していただきました。

2018年『東京ストーリー』山賀教弘、田上唯、前田聖太、野々村のん、津田真澄、石母田史朗 撮影:坂本正郁

2018年『東京ストーリー』山賀教弘、田上唯、前田聖太、野々村のん、津田真澄、石母田史朗 撮影:坂本正郁

2018年『東京ストーリー』左から野々村のん、田上唯、津田真澄 撮影:坂本正郁 

2018年『東京ストーリー』左から野々村のん、田上唯、津田真澄 撮影:坂本正郁 

――物語は不思議な会社の設定になってますよね。中身についてはいろいろ相談されたのですか?

金澤 最初は時代劇をやりたいねということからスタートしました。さらに打ち合わせをしていく中で、完全なる時代劇じゃない形で考えましょう、現代の視点を入れたいですね、現代の私たちの言葉でしゃべらせられないかなどの意見が出て次第に固まっていきました。土田さんが参勤交代制度で地方からやってきた下級武士が、江戸に住んで価値観の違いに直面したり、いじめに遭ったりするという導入を現代に置き換えてくださったんです。

制作・紫雲さん ちょうど土田さんご自身が日本劇作家協会でハラスメント対策に取り組まれていたタイミングでもあったので、江戸時代を舞台にハラスメントのことを描きたかったようなんです。そのときに現代的視点をということで、江戸時代の制度をそのまま日本の会社に持ち込んでみたらどうだろうかということになりました。それがある日、時代が室町に変わったんですけど、やはりテーマはハラスメント。時代錯誤の中で起こるギャップもあるし、今と何も変わってないんじゃないかというようなことも描かれています。土田さんらしいコミカルさも深さもある作品になっています。

――戯曲をいただいたときはいかがでしたか。

金澤 室町幕府を現代とリンクさせるのはかなり難しかったと思うのですが、最終的に素敵にまとめ上げてくださいました。一見すると物語としてはシンプルなんです。とてもわかりやすいんですけど、いざ稽古が始まると深掘りしなければいけない部分がかなり散りばめられていました。それを演技で一通りにしてしまうと、広がりや深みが出なくなってしまう。だから多面的に、なるべく演技の幅を広げてほしいと思っています。今回はこのアプローチでいってみましょう、こんなふうに見えましたという話し合いを重ねながら、お客様が登場人物にいろいろな発見をする余白を提示できるように稽古しています。すごく掘り下げどころのある戯曲です。

――土田さんは本番をご覧になれそうですかね、MONOの『なるべく派手な服を着る』のお稽古中のようです。

金澤 年末に一度、立ちげいこを見ていただいて、台本の修正やカット、アドバイスをいただいたりすることができました。ご本人もおっしゃっていましたが演出もされる方だから、外部に脚本を書く場合、どうしても説明的な台詞が多くなっていると。でも「ここまで言わなくてもいいんじゃないかとかいうニュアンスがあったら現場の判断で調整してください」ともおっしゃっていただきました。とにかく現場で起きていることを大事に、解釈も私の演出に沿うことが大事だからと言っていただいた言葉はすごくありがたかったです。

金澤菜乃英

金澤菜乃英

取材・文:いまいこういち

公演情報

劇団青年座『時をちぎれ』

■作:土田英生
■演出:金澤菜乃英
■出演:山路和弘 麻生侑里 佐野美幸 野々村のん 綱島郷太郎 石井淳 小暮智美 須田祐介 坂寄奈津伎
 
■会場:東京芸術劇場シアターウエスト 
■日程:2023年1月20日(金)~29日(日)
■開演時間:20・24・27日18:30、25・26日・土曜・日曜14:00、23日休演

料金(全席指定・税込):
一般5,500円/当日6,000円 
夜公演割引 (1/20・24・27) 4,800円/当日5,300円
U30(30歳以下)3,000円 /U18(18歳以下)1,800円
※青年座のみ取扱
グループ割引(同一日4枚)18,000円
※青年座のみ取扱 

■問合せ:青年座 0120-291-481(土日祝除く 11:00~18:00)
■公式サイト:http://seinenza.com/index.html
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