唐組『泥人魚』21年ぶりの再演、久保井研+内藤裕敬が会見
(左から)久保井研(唐組)、内藤裕敬(南河内万歳一座)。 [写真]吉永美和子(人物すべて)
「密度の濃いヘヴィーな本で、劇団の新陳代謝をめざしたい」(久保井)
今年も春恒例の、「唐組」の紅テントツアーの季節がめぐってきた。今回上演するのは、主宰・唐十郎の21世紀の代表作と言える『泥人魚』。2003年の初演は「第28回紀伊國屋演劇賞」「第7回鶴屋南北戯曲賞」「第55回読売文学賞」と、数多くの演劇賞&戯曲賞を獲得し、改めて世間に唐十郎の凄みを知らしめた。21年ぶりとなる再演は、若手中心のキャストに加えて、大阪の劇団「南河内万歳一座(以下万歳)」から、内藤裕敬&荒谷清水が参戦! 例年以上に注目が集まる公演に向けて、共同演出+出演の久保井研と、内藤裕敬が大阪で会見を行った。
実際の社会事件から想像の翼を大きく広げ、ファンタジックかつダイナミックな人間ドラマを紡ぎ出すのが唐十郎の持ち味だが、この作品も「ギロチン堤防」というワードが大きな波紋を呼んだ、1990年代の「諫早湾干拓事業問題」がモチーフ。埋め立てられた海の町を去った螢一は、行方知れずとなった親友・二郎を探して、都会のブリキ加工店で暮らしている。そんな彼の前に「眼(ガン)さん」という漁師に助けられた少女、眼さんの仲間の元漁師たち、二郎と関わりのある秘書などが来訪。そして次第に、二郎が眼さんと交わした約束、「人魚」と呼ばれた少女が封じた過去などの謎が明らかになっていく――。
唐組 第73回公演『泥人魚』宣伝ビジュアル。 [絵]合田佐和子
久保井は本作に再び向き合う理由について「対立によって人が揺れ動く様が、他の作品と比べても非常に密度が濃く描かれた、ヘヴィー級の本」という作品自体の魅力に加えて「若い人がいっぱい出てくる、ある意味では青春群像劇なんです。初演の時に僕らの世代が演じて『当たり役』と言われた役を、次の世代にやってもらうのが面白い時期が来たのでは……と思いました。最近は会話や登場人物を絞りこんだような、大人の芝居をやっていたけど、ここで若者も我々もチャレンジをして、劇団を活性化・新陳代謝させていきたいです」と、若手育成の側面が強いことを明かす。
現在の唐組は、意外にも20代の劇団員が多数を占めているが、テント芝居は移動も多く、裏方仕事も全部兼任せねばならないという、なかなかハードな環境。そのため「企業定着率としては相当低い」と久保井は笑うが、一方でテント芝居ならではの成長の仕方を見せる若手が、時おり登場するそうだ。
唐組第72回公演『糸女郎』より。
「若い劇団員は、裏方の中で自分の居場所を見つけると、芝居がちょっと良くなるんですね。やはり自分の存在に、何らかの自信が出るのかなあと思うんですけど。そんな中で何人か、面白い役者が出てきました。そういう人たちを鍛えて、面白いものに仕立て上げることが、今僕がやらなければいけないことなのかなと思います」。
助っ人に呼ばれた内藤は、95年の『裏切りの街』以来、ほぼ30年ぶりに唐組に出演。唐十郎に大きな影響を受けた劇作家の一人であり、唐組とも親交が深い内藤をこのタイミングで招いた理由を、久保井は「内藤さんは僕らにとって、とてつもない兄貴分。初めて唐組に出た(92年の『ビンローの封印』)時も、若かった僕らにはとても心強かった思い出があります。唐組がまた新陳代謝をしようとした時に、内藤さんに来ていただくと元気が出ます(笑)」と語る。
(左から)久保井研(唐組)、内藤裕敬(南河内万歳一座)。
内藤の方も「ずっと出たかったんだけど、なかなか思うようにはいかなくて。でも昨年東京で公演をやった時に、稲荷(卓央)君と(藤井)由紀ちゃんが観に来て『内藤さんにぴったりの漁師の役があるから、どうしても出てください』って言われて、できることがあるなら喜んでやりますという感じの返事をしました」と、二つ返事で引き受けたそう。ただ、演じる眼さんという役柄に対しては「難しい役なんだよね」と苦笑い。
「主要登場人物のエピソードにすべて関わっている人だから、(『ゴドーを待ちながら』の)ゴドーみたいに、お客さんの中で人物像がいろいろ膨らむんですよ。でもゴドーは(舞台に)出てこないけど、これは出てきちゃう。その時に実存としてどう登場するのか? というのは、相当ハードルが高くて。これはちょっと、久保井君に助けてもらおうと思っています」と打ち明けた。ちなみに内藤が出演できない期間は、意外にも今回が唐組初出演となる、荒谷清水が眼さんを演じるそうだ。
唐組第72回公演『糸女郎』より。
また内藤は、俳優の目線で戯曲を読み込んだことで、唐独特の作風や、作家としてのスタンスについて、改めて気づいたことがたくさんあったと言う。「唐さんは自分がつづっている状況とか、登場人物の関係みたいな所をさまよう中で、自分がどういう言葉にたどり着くのか? ということにワクワクしながら(戯曲を)書いている。言葉には追いつけない瞬間に、どんな風にたどり着くか? というようなことを、とても楽しんでいるんだなあ、と。だから物語が、どこに行っちゃうかわからないんです。『私の役はこういう役かな?』と思ってたら、次のシーンで『違うじゃねえか!』ってなったりします(笑)」。
「唐さんは徹底的に詩人なんですけど、根底では存在とか実存、身体や肉体ということからすべてを発想しているというのが、すごい所だとつくづく思います。(唐が提唱した)『特権的肉体論』というのは、超リアリズム派の名優を超えるのは、舞台上の実存だということ……俳優が特権的肉体を持って舞台に存在すれば、一つの劇的な瞬間を作り得ると。その延長で、とても何か新しい劇というか『何が演劇として成立し得るのか?』という様々な要素を、相当クレイジーに開発しているのが、とてつもない魅力ですね。こういう演劇の考え方は、今も絶対必要だと思います」と批評した。
(左から)久保井研(唐組)、内藤裕敬(南河内万歳一座)。
最後に久保井と内藤は、以下のようにテント芝居の魅力や、公演の意気込みを語った。
「きれいなものとか汚いものとか、いろんな相反するものをごちゃまぜにして、そこにうねりが生まれることを、唐さんは面白がっている。でもそれがテント(芝居)でなければ、僕はこんなに長く続けてなかったし、改めてその全部が好きなんだと思います。今回は、若手の生き生きとした身体が、紅テントでひるがえるという、そんな思いで作っていきたい。そしてテントの舞台に立っている時の、内藤さんと荒谷さんを楽しみにしていただきたいと思います」(久保井)。
「この作品の大きな要素は『分断』。ギロチン堤防もそうですけど、漁師仲間の人間関係、人と魚が分かれた人魚など、そういう分断されたものが、とても象徴的に描かれているんです。これが現在、非常にリアルなテーマだなと思ってまして。そういう分断をつなぐものとか、分断の向こうにあるものが、ラストシーンに集約されているんじゃないかな。とても『今』の話だととらえて、がんばりたいと思っています」(内藤)。
内藤が指摘した通り、日本の社会も世界の情勢も、21年前より明らかに分断が加速している。まるでそんな社会の到来を予見したかのように描かれた『泥人魚』の世界には、この状況を少しでも乗り越えたり、希望を見出すためのヒントのようなものも、きっと隠されているだろう。若手を中心に再編成された劇団員たちと、そして内藤&荒谷という、まさに大船に乗った気持ちになるような兄貴たちが、そこから何を発見して、あざやかに花開かせてくれるのか。今年も驚きに満ちた光景に出会えることを、期待して間違いなさそうだ。
(左から)久保井研(唐組)、内藤裕敬(南河内万歳一座)。
取材・文・写真=吉永美和子
公演情報
■作:唐十郎
■演出:久保井研+唐十郎
■出演:久保井研、稲荷卓央、藤井由紀、福原由加里、加藤野奈、大鶴美仁音、重村大介、升田愛、藤森宗、西間木美希、岩田陽彦、金子望乃、壷阪麻里子、髙橋直樹、舟山海斗、中村健、山本十三
福本雄樹、友寄有司、荒谷清水、内藤裕敬(神戸・岡山・長野、5/5・6の花園神社公演に出演)
■日程:2024年4月19日(金)~21日(日)
■会場:湊川公園
■問い合わせ:090-3944-8702(唐組神戸制作)
〈岡山公演〉
■日程:2024年4月27日(土)・28日(日)
■会場:旭川河畔 京橋河川敷(岡山市北区京橋町地先)
■問い合わせ:086-233-5175(NPO法人アートファーム)
〈東京・新宿公演〉
■日程:2024年5月5日(日・祝)・6日(月・休)/10日(金)~12日(日)/6月1日(土)・2日(日)/6日(木)~9日(日)
■会場:花園神社
■問い合わせ:03-6913-9225(唐組)
■日程:2024年5月18日(土)・19日(日)/24日(金)~26日(日)
■会場:雑司ヶ谷 鬼子母神
■問い合わせ:03-6913-9225(唐組)
〈長野公演〉
■日程:2024年6月15日(土)・16日(日)
■会場:長野市城山公園 ふれあい広場
■問い合わせ:026-217-0608(ISHIKAWA地域文化企画室)
■開演時間:19時~(全都市共通・雨天決行)
■料金:一般=前売4,000円、当日4,200円 学生=3,300円 子ども(小学6年生まで)=2,000円(全都市共通)
※イープラスは一般のみ取扱。
※長野公演は5月13日(月)から発売開始。
■公演サイト:https://karagumi.or.jp/information/1317/