バンドネオン・三浦一馬、クラシックの”黒船”的存在として裾野を広げる一翼を~合同会社Moonとイープラスが業務提携を発表

インタビュー
クラシック
2024.6.23
三浦一馬 (C)日本コロムビア

三浦一馬 (C)日本コロムビア


アーティストのヴィジョン実現に向けてサポートを行うイープラスの「エージェントビジネス」。契約アーティストには、ピアニストの角野隼斗や亀井聖矢、サックス奏者の上野耕平らが名を連ねるが、この度新たにバンドネオン奏者の三浦一馬や石田泰尚と﨑谷直人によるヴァイオリンデュオ「ドス・デル・フィドル」らが所属する合同会社Moonが提携企業に加わり、共にコンサート企画等を行っていくことが発表された。

10歳からバンドネオンを始めた三浦一馬は、17歳でデビュー後トップランナーとして活躍を続け、特にピアソラ音楽への貢献は大きい。そんな三浦は、この6月からMoonの役員に加わり、アーティスト視点での公演企画やプロデュースに関わることとなっている。イープラスとの業務提携にあたり、Moonを代表して、三浦一馬にこれまでの軌跡と展望を聞いた。

――三浦さんはお若い頃からバンドネオン奏者としてご活躍を続けられていますが、まずはこれまでの活動を振り返ってお聞かせください。

僕は子供の頃からステージに立つ機会をいただいて、地元の小さな会場に始まり、さまざまな場所で演奏経験を積んできました。小学生の頃は、3~4時間目の授業を抜けて演奏して戻ってくる、なんてこともしょっちゅうありましたね。

10代半ばになると、バンドネオンという“変わった楽器”を少年が弾いている珍しさもあって、業界のいろいろな方からお声がけいただくようになりました。でもなかなか契約には至らなかったところ、17歳で正式デビューすることになりました。

若い頃は、周りのみなさんもヒヤヒヤしながら僕のことを見ていただろうと思います。音楽家としての立ち居振る舞いもわかっていませんでしたし、演奏にもムラがあったと思います。世の中のあらゆることに不平不満を言いたいみたいな時代もありました(笑)。でも失敗して恥をかくことで、もうあんな思いはしたくないと準備を重ねるようになっていきました。怖い思いをすることがなければ、自分は学べなかったと思います。

昔は緊張なんてまったくしませんでしたけれど、今ではステージに責任を感じてむしろ緊張します。全てのことに誠意や愛情を持って臨まないといけないと強く思うようになりました。

――音楽家という大変な道のりを、山を乗り越えながらどのようにして進んでこられたのでしょうか?

20代は、一つ終わればまた次と絶え間なく仕事を入れていただいて、実践に実践を重ねる、とにかく鍛えられた10年でした。この上ない幸せな試練だったと思います。

バンドネオンは、クラシックのフィールドでは黒船的な存在なので、毎回新しいことの連続です。もともとこの楽器のための譜面はほとんどありませんから、演奏会のたび、自分で古いノイズ混じりの録音を耳コピで楽譜に起こし、編曲して用意しなくてはいけません。そのうえ共演者もみんな演奏するのが初めてという曲ばかりなので、毎回4、5時間かけて少しずつ仕上げていかなくてはなりませんでした。とにかく時間がかかるので、あの頃はよく徹夜していましたね。睡眠と食事以外はずっと仕事をして、30分だけ仮眠をとってホールに出かけることもしょっちゅうでした。

でもあの時代があったからこそ、たくさんの譜面のストックや、任せて安心な共演者のネットワークができあり、現在の自分があると感じます。……もう一度あの頃に戻りたいかといわれると、戻りたくないですが(笑)。

――近年、キンテートや東京グランド・ソロイスツなど、多くの演奏家を束ねるご活動も広げていますが、幼少から全体を見てまとめるような役割をされることが多かったのですか?

僕はもともと、表に出るより裏方が大好きなタイプでした。クラス会のために遅くまで学校に残って準備をしたり、実行委員のような役を引き受けたり、みんなにいかに楽しんでもらえるかを考えて準備をすることに快感を覚えるほうなのです。

今でも、譜面を準備するとか、ガラコンサートのアンコールの内容を考えて提案するなど、ある意味裏方的な仕事はすごく楽しんでやっています。だからこそ、今回、Moonの経営に参加することを打診されたとき、一緒にやってみたいと思いました。

Libertango / Astor Piazzolla リベルタンゴ / アストル・ピアソラ

――経営サイドの仕事にも関わってみようと思うようになったきっかけはあるのでしょうか?

なぜか年々、自分個人が音楽家として成功したいという気持ちよりも、人のために何かをしたい、みんなと一緒に何かを成し遂げたいという気持ちのほうが強くなっているんです。これは公私ともにそうで、昔は街で困っている人を見かけても尻込みするところがありましたが、今は自然と声をかけるようになりました。

とくに30代、40代というのは、自分の楽しみを後回しにしても人のために動くべき世代ではないかと感じているのもあります。僕を10代の頃から支えてくれたMoonの代表をはじめ、ここまでお世話になったいろいろな方への恩返しも、いつかと言っていてはずっとできないので、演奏活動と同時進行でもできることから始めていこうと思いました。

最近は、プロデュースや編曲者という立場で、自分が出演しないコンサートの舞台裏にいることもあります。今まで自分が経験したことをみんなが作ろうとしてるものに活かせるならぜひ参加させてほしい、という感覚でいます。……ちなみに僕が舞台裏にいると若手の演奏家が緊張すると聞き、それでは悪いなと思ってキャラクターを変えるため色つきのサングラスをかけてみたこともありました。数回でやめましたけど(笑)。

――今回のイープラスとの業務提携に期待することはありますか? イープラスのデータベースをはじめとした販売力がひとつのポイントだったとも伺っていますが。

イープラスは大きな企業ですが、主催されるイベントはどれも、人のアイデアや気持ち、献身とともに生み出しているという印象を持っています。手作り感というか、作り手の心を感じるような。イープラスとMoonが提携することで、エンターテインメント業界で日本を代表するコンテンツを一緒に生み出すことができるようになるのではないかと期待しています。僕自身もエンターテイメント業界に関わるものとして、人の熱を肌で感じられる活動をしていきたいですし、できることはなんでも協力していきたいと思っています。

悪魔のロマンス/Romance Del Diablo(A.Piazzolla)

――では、今の日本のクラシック音楽業界に対して感じていることはありますか?

日本のクラシック音楽業界のレベルは、とてつもなく高いと思います。それは、裏方の仕事を覗くようになってますます感じています。全ての人がそれぞれの持ち場で責任を持って動いていますし、何かトラブルが起きても連携して対処できることがほとんどですから。

そのなかで強いて言うなら、伝統を守るアカデミックなものから多くの方が楽しめるものまで、その間がよりシームレスになっていくといいなとは思っています。実際、みんながその方法を模索しながらやっているところではありますが、もっとこのクラシック音楽の世界の楽しさを多くの方に知ってもらいたいので、そのために新しい方法を考えられるといいですよね。

その点で、とくにバンドネオンという楽器、ピアソラやタンゴの音楽は、垣根を軽々と飛び越えていきやすいので、アーティスト個人として、そして会社の活動として、そのための活動を広げていきたいです。

――これから三浦さんが音楽業界でやっていきたいことはありますか?

最近思うのは、世の中で活動している音楽家全員が思い通りの活動をできているわけではない、ということです。時には今の活動に違和感を抱きながらも、進んでいくしかないという人もいます。でも音楽家のほとんどは、子供の頃から気づけば楽器を手にして、ずっとその楽器と共に生きてきたという人ばかりです。そんないわば特殊な“音楽家という人種”が、少しでも誇りを持って楽しく過ごせる環境をつくるにはどうしたらいいか、考え続けたいです。自分に何ができるかわかりませんが、いつも心の片隅に覚えておけば、いつか何かできるのではないかと思っています。

取材・文=高坂はる香

三浦一馬プロフィール

10歳よりバンドネオンを始める。2006年に別府アルゲリッチ音楽祭にてバンドネオンの世界的権威ネストル・マルコーニと出会い、自作CDの売上でアルゼンチンに渡航。現在に至るまで師事。2008年10月、イタリアで開催された第33回国際ピアソラ・コンクールで日本人初、史上最年少で準優勝を果たす。2011年5月には別府アルゲリッチ音楽祭に出演し、マルタ・アルゲリッチやユーリー・バシュメットら世界的名手と共演、大きな話題と絶賛を呼んだ。2014年度出光音楽賞を受賞。2017年、自らが率いる室内オーケストラ「東京グランド・ソロイスツ」を結成。2021年、ピアソラ生誕100年に合わせて、東京グランド・ソロイスツとしての初音源「ブエノスアイレス午前零時」を3月リリース、同時にピアソライヤーを記念した全国ツアー公演を開催。2022年12月には、ピアソライヤーの最後を飾る「三浦一馬五重奏団『ピアソラ スタンダード&ビヨンド』」を発売。2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」大河紀行でのバンドネオン独奏など、現在、若手実力派バンドネオン奏者として各方面から注目されている。使用楽器は、恩師ネストル・マルコーニより譲り受けた銘器1938年製Alfred Arnold。
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