「初監督作品とは思えない巧すぎるB級パニック映画」[Alexandros]川上洋平、過去20年間のフレンチホラー史上最大のヒット作『スパイダー/増殖』を語る【映画連載:ポップコーン、バター多めで PART2】

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2024.10.22
 撮影=河本悠貴 ヘア&メイク=坂手マキ(vicca)

撮影=河本悠貴 ヘア&メイク=坂手マキ(vicca)

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大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回取り上げるのは、過去20年間のフレンチホラー史上最大のヒット作となった『スパイダー/増殖』。毒グモと人間の死闘を描き、ホラーの巨匠であるスティーヴン・キングとサム・ライミに高く評価されたパニック・ホラーを語ります。

『スパイダー/増殖』

『スパイダー/増殖』

──『スパイダー/増殖』はフランス発のパニックホラーですが、どうでしたか?

好きでしたね! セヴァスチャン・ヴァニセックという監督の初の長編作品なんですが、それにしてはクオリティが高いパニックホラー映画でしたね。前情報は入れてなかったんですが、あまりに巧いのでびっくりしました。初監督作品とは思えない巧すぎるB級パニック映画ですよね。だって冒頭からいきなり中近東っぽいシーンから始まったり。凝ってるなと思いました。

──確かに。

この前出したこの連載をまとめた本で自分のことを「感想家」って書いた手前、評論めいたことは言いたくないんですが、「巧いな」と思っちゃいました。中近東っぽい場所で捕獲されたクモがフランスに渡って、雑貨店で売られているところを主人公のカレブっていう青年が購入する、っていうところから始まるわけですが、まずスケール感が意外と大きいし、背景が構築されているなと。あと、ちゃんとカレブのバックグラウンドも描かれるんですよね。スニーカーの転売ヤーを生業にしていて、あまり褒められた生活は送ってないけどなかなか良いヤツで、悪さをする弟分らをたしなめたりするシーンが描かれている。いやらしくない程度にね。序盤からドラマ要素に見応えを感じたんです。

──セヴァスチャン・ヴァニセック監督はカレブと同様、移民や低所得者が多く住む郊外出身だそうで、外見から忌み嫌われるクモと郊外出身者への偏見に類似点を見出したそうです。

確かに一つひとつの背景に意図を匂わせてるよね。でもクモってなかなか難しいキャラクターだと思うんですよね。クモってちょっと概念的なところがあるじゃないですか。縁起が良いから駆除しちゃいけないっていう迷信があったり。

──朝のクモは殺すなって言われたりしますよね。

そうそう。見た目は怖いけど、神秘的な扱いをされている。少なくとも日本ではそういう教えみたいなのが根付いている気がする。

──ゴキブリとかハエを食べてくれる益虫でもあって。

そう。しかも『スパイダー』の舞台であるフランスにも同じような概念があるそうです。でも、フランスは「朝の蜘蛛は悲しみ、夜の蜘蛛は希望」ということわざがあって日本とは逆らしいです(笑)。

──本当逆ですね(笑)。

そう。だからパニックホラーの主役、特に害虫としては成立しにくいんじゃないかなと思ったりしますよね。でもこの映画はクモをしっかり悪として描いていて潔かったです。怖いクモといえばタランチュラが代表だと思うんですが、『スパイダー』の毒グモはあそこまで見た目がおぞましくない。日本でもたまに見るぐらいの足長グモっていうのかな。だからカレブも最初雑貨店で見た時にそんなにヤバいクモだと思わなかったと思うんです。そこからだんだん成長していくんですけど……。でも家でも見かけそうな絶妙なリアルさが良かった。

『スパイダー/増殖』より

『スパイダー/増殖』より

■庶民派エイリアン

──そうですよね。

カレブはアパートの一室で爬虫類や虫を育ててて。

──『スパイダー』のあらすじにはカレブはエキゾチックアニマル愛好家だと書いてありました。

エキゾ……(笑)。そんな名称あるんだな。昆虫展をいつか開こうとしていたし、純粋に好きなんでしょうね。

──監督も少年時代から昆虫や動物が好きで、『スパイダー』の前に撮った短編映画でも度々登場させてるらしいです。

そうなんだ。でもそれにしてはカレブはクモの扱いが素人っぽくない?(笑)。妹が家の空調や温度を変えると「何やってんだよ! かわいそうだろ!」とか言いながら、ナイキの靴箱にクモを入れててさ。「お前もたいがいじゃね?」って心でツッコんでました(笑)。

──「一応毒グモなのにそんな雑な扱いでいいんだ?」とは思いました(笑)。

しかもその雑さが原因で靴箱を突き破ってクモが外に出ていく。

──天井や壁がクモやクモの糸で敷き詰められてるシーンは『エイリアン』を思い浮かべました。

それね! 前回の連載で『エイリアン:ロムルス』を取り上げたし、最近『エイリアン』づいてるなって。だって似てません? エイリアンのフェイスハガーとクモって。

──わかります。『スパイダー』は実際のクモを200匹使って丁寧にVFXと融合したそうで、バスルームのシーンで初めて本物のクモを使ったらしいです。

マジか。あのシーン一番キツくて好物だったな。

──バスルームって狭いので、そこを覗く時って怖いですよね。

あそこは特にエイリアン味がありましたよね(笑)。庶民派エイリアン。
 
『スパイダー/増殖』より

『スパイダー/増殖』より

■ストーリーの層が無理なく重なっていく様が秀逸

──スティーヴン・キングもサム・ライミも『スパイダー』を高く評価しているそうで、サム・ライミは自分が手がけてきた『死霊のはらわた』シリーズのスピンオフ作品の監督・共同脚本のオファーをヴァニセック監督にしたそうです。

さすが『スパイダーマン』の監督サム・ライミですね(笑)。

──確かに(笑)。

映画としてしっかりしてるから大御所監督たちも「ええやん! やるやん!」ってなったんでしょうね。伏線もわかりやすく活かされてて、面白味がたくさんあった。ストーリーの層が無理なく重なっていく様が秀逸でした。

──過去20年間のフランスホラーで最大のヒット作という記録を出してるのもうなずけるというか。

すごいですよね。暗いシーンが多いから映画館で鑑賞すべきだと思います。あえて苦言を呈すなら、巧すぎるというところですかね(笑)。パニックホラーにしてはちょっとよくできすぎているっていうか、ドラマ部分を描こうとし過ぎているのかな。個人的にはもう少し怖さ集中型でいい。登場人物の背景をそこまでしっかり描いてない方がむしろ神秘的で、いろいろ想像できて恐怖が増すところがあるじゃん?

──人間ドラマの要素が前に出ていたり、あとメッセージ性がかなりありましたよね。

そうなんですよ。ちょっと丁寧過ぎるというか。もっと雑なほうが俺は好みです。人間ドラマよりも、もっとクモをフィーチャーしてほしかった。

──制作意図のひとつである郊外出身者に向けられる偏見にフォーカスしたかったんだろうなと。

もちろんそのメッセージは描かなきゃいけなかったんだろうけどね。

『スパイダー/増殖』より

『スパイダー/増殖』より

■パニック映画はイラつきはつきもの

──あと、警察が毒グモが増殖した公共住宅に住民を監禁しようとするのも、社会で彼らのような存在が重んじられていないっていうことが示唆されていたり。

だからこその見ごたえもあって、映画としておもしろくはあったけどね。でもやっぱり俺は長ったらしく語ってほしくないですね。バンドの語りMCじゃないけど(笑)。「アルペジオに乗せながらの感動話はわかったからさっさと曲やれよ」ってね。あと、ここまで感情移入できない主人公も珍しいなって思いました(笑)。

──カレブはぼんやりキャラでしたね(笑)。

良いヤツだし熱い男なんだけど、「そもそもお前がクモ連れてこなきゃ良かったんじゃね?」というご法度なツッコミをしなきゃ気がすまない。そこに対する自覚がないし。

──一緒に住んでる妹が普段からカレブに対してイラついてそうなのもわかるっていうか(笑)。

そう‼(笑)。警察に対して偉そうなこと言ったり、友達に謝るシーンがあったけど、いまいちぐっとこなかったのは「結局お前が蒔いた種じゃん」っていう気持ちがあったからで。だから結構イライラしてしまいました(笑)。
でもパニック映画ってそういうイラつきはつきものですよね。「そこじゃなーい!」「なんでそれするのー?」みたいなツッコミをいれながら楽しむのがオツではあって。

──その匙加減が難しそうですよね。

だから登場人物がクレバーですんなりいっちゃうとおもしろくなかったりするんだけど、カレブの場合はあまりにもクレバーじゃなかった(笑)。公共住宅の人たちに一番迷惑かけてるんだもん。でも、いろいろと言いましたが、とてもおもしろい映画だし、この監督はこれからどんどん大作を撮る気がします。『エイリアン:ロムルス』を撮った『ドント・ブリーズ』のフェデ・アルバレスみたいにね。是非その初作品を観ておいた方がいいと思いますね。って、ライブハウスの店長みたいなことを言って今月は締めます(笑)。

取材・文=小松香里

※本連載や取り上げている作品についての感想等を是非spice_info@eplus.co.jp へお送りください。川上洋平さん共々お待ちしています! 

上映情報

『スパイダー/増殖』
監督・脚本:セヴァスチャン・ヴァニセック/制作:ハリー・トルジュマン/脚本:フローラル・ベルナール/出演:テオ・クリスティーヌ、ソフィア・ルサーフル、ジェローム・ニール、リサ・ニャルコ、フィネガン・オールドフィールド
あらすじ:パリ郊外。団地で暮らすエキゾチックアニマル愛好家のカレブはある日、珍しい毒グモを入手。しかし、クモは脱走してしまい瞬く間に繁殖・増大し、次々と住民たちに襲い掛かる。謎のウィルスが発生したと判断した警察によって建物は封鎖されてしまい──。
11月1日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
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アーティストプロフィール

川上洋平(Yoohei Kawakami)
ロックバンド[Alexandros]のボーカル・ギター担当。ほぼすべての楽曲の作詞・作曲を手がける。毎年映画を約100本鑑賞している。「My Blueberry Morning」や「Sleepless in Brooklyn」と、曲タイトル等に映画愛がちりばめられているのはファンの間では有名な話。

イベント情報

[Alexandros] presents THIS FES ’24 in Sagamihara
10月26日(土)@相模原ギオンフィールド
[Alexandros] / GLAY / go!go!vanillas / マキシマム ザ ホルモン / PEOPLE 1 / Saucy Dog /  Vansire (US)
10月27日(日)@相模原ギオンフィールド
[Alexandros] / Kroi / MAN WITH A MISSION / sumika / WANIMA / WurtS / 04 Limited Sazabys
開場 09:00 / 開演 11:00 / 終演 20:30 (予定)
 

書籍情報

川上洋平「ポップコーン、バター多めで」
発売中
「ポップコーン、バター多めで」

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