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佐渡裕「”友情”という一言に尽きる」 反田恭平と語り尽くす、トーンキュンストラー管弦楽団10年の蜜月

2025.1.16
インタビュー
クラシック

トーンキュンストラー管弦楽団の響きの秘密

――具体的にトンク管の音の響きの特質についてお話頂けますでしょうか。

佐渡:やはりウィーン特有の楽器を使用しているのが大きいと思います。例えば、金管楽器セクションではフレンチ・ホルンとは違うウィンナ・ホルンを使用していますし、トランペットもロータリートランペットというドイツ・オーストリア製の楽器を使用していることで統一感ある見事な響きを聞かせてくれます。

もう一つ特筆すべき点は、楽団のホームグラウンドが基本的にウィーンの楽友協会(ムジークフェライン)の大ホールなので、そこで練習をして本番を行います。加えてウィーン郊外のザンクト・ペルテンの祝祭劇場と、夏にグラフェネック国際音楽祭の会場となるホールの三つ巴の本拠地をもっています。一つのプログラムをウィーン楽友協会で2回に加えて最低でも3回、多い時は4回本番で演奏できるわけです。これは僕がトンク管を引き受けた最も重要なポイントの一つで、とてもありがたいと感じましたね。

練習は三日間するけれど、本番は一回しかないというのは、音楽を練りあげる時間が足りないんですね。オーケストラというのは聴衆の前でこそ化学反応を起こすので、それが何よりも貴重な経験になって進化するのです。トンク管の場合、それをウィーンの楽友協会という舞台で実践できるので、さらに意義深いものになる。楽友協会の舞台で鳴らす音が我々の音ですし、未だに演奏するたびに新鮮な感動を覚えます。ベートーヴェンをやっても超現代曲をやっても楽友協会というのは本当に特別なホールです。

――ウィーンの楽友協会の聴衆は耳も厳しいですし、メンバーの皆さんもつねに伝統の重みを感じて演奏しているわけですね。

佐渡:あの空間でベートーヴェンやブルックナーの作品を演奏するというのは、途轍もないプレッシャーがあるのは当然なのですが、100年の歴史によるものなのか、トンク管にとってはその巨大なプレッシャーの塊とも言える研ぎ澄まされた緊張感が楽友協会の響きと驚く程に融合していくんです。こうして考えると、彼らの持ち味である “あたたかい音” もまた、歴史的に楽友協会の響きの中で創りあげられてきたんだと思います。そして、この特徴的な響きを僕らは他のどのホールに行っても聴かせられると考えています。

ラストツアーの選曲意図は?

――2025年5月に実現するトンク管とのラストツアーでは、単一プログラムで全公演マーラーの交響曲第5番、そして反田さんとの共演でモーツァルトのピアノ協奏曲 第23番を選ばれました。マーラー5番は佐渡さんご自身がお選びになったのでしょうか。

佐渡:最後のツアーですから、このオーケストラの多面的な魅力を存分に見せたい、聴かせたいと思いました。第四楽章のアダージェットは深い弦楽器の響きが出せないと時間的な流れが止まってしまいますし、全編を通して技術力に加えて、あらゆる音楽的要素が要求される勝負曲の中の勝負曲だと思っています。

トンク管は全体的にとても渋いオーケストラだと思うんです。先ほどオケ全体が家族のように強い絆で結ばれていると言いましたが、最も印象的なのは各楽器セクションで、ユニット全体がそれぞれ一家族のようなんです。マーラー5番はトランペットから始まり、スケルツォの部分はホルンが大活躍しますが、決して自己主張を強くするタイプの人間がいないんです。

――調和型というところでしょうか。

佐渡:そうなんですが、その中にも超名人たちが潜んでいる。ホルンなんて本当に「この音はこの人にしか出せない」と思うようなソリスト的な人材がそろっていて、セクション全体の音色においても同様のことが言えます。特にこの交響曲では、管楽器群がソロで演奏する箇所は非常に大切で、鳥の声や、子守歌、時に勇ましい響きであったり、作品を作りあげる上で重要な役割を果たすので、彼らもその期待に多いに応えてくれると思っています。

――前半は反田さんがモーツァルトのピアノコンチェルト 第23番を演奏しますが、この作品は反田さんご自身が選ばれたのでしょうか。

反田:僕のほうから希望をお伝えしました。日本でのラストツアーの直前(5月3日~5日)にウィーンの楽友協会を含め現地で3回弾かせて頂くのですが、トンク管、ウィーン楽友協会の大ホール、そして佐渡さんの指揮によるモーツァルトのコンチェルト共演というのは今までになかったのでぜひ実現してみたいと思いました。

――23番の魅力とは?

反田:20番と23番というのはモーツァルトを代表するピアノコンチェルトで、ピアニストとしては一つのレパートリーとして絶対に持っておかなければいけない作品だと思っています。

僕が初めてモーツァルトのコンチェルトに触れたのは17番で、モーツァルトのピアノコンチェルトを好きになるきっかけを作ってくれました。その次に弾いたのが23番です。高校での作品分析の授業の一環でしたが、すごく印象に残っていて、それ以来「大切な場で弾きたい」とずっと温めていた作品だったんです。

――あの美しい第二楽章をどのように演奏するのかにも期待が高まります。

反田:モーツァルト自体が ”アダージョ”(ゆるやかに) という速度記号を使うことが珍しかったので、この作品の中であえてアダージョを置いた意味合いや、ピアニスティックに描かれていることにとても関心があります。また 「戴冠式」(同ピアノ協奏曲 第26番) に次ぐスケールに近づきつつあって、編成的なバランスにおいても明らかに集大成に近づいています。この最高傑作を、まずは現地ウィーンで佐渡さんとともに演奏させて頂いて、かつ、この魅力を日本の皆さんにもお伝えできるのは何よりも楽しみです。