『リトルプリンス』と音楽座ミュージカルのこれから~2025年 音楽座ミュージカル『リトルプリンス』公演に寄せて [寄稿:薮下哲司]
『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』はじめ数々の傑作ミュージカルを生み出した音楽座ミュージカルの代表作の一つ『リトルプリンス』が、原作のフランス語版出版から80年となる2025年、東京、大阪はじめ全国各地の劇場で新たに甦る。ロシアによるウクライナへの侵攻、中東ガザの紛争と世界が分断するいま、フランスの飛行家で作家アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが第二次世界大戦の極限状況の中で人類の明日への希望を込めて著したファンタジーをミュージカル化した舞台の再演はまさに時宜を得たものだ。
1993年、紆余曲折の末に奇跡的に誕生した音楽座の『リトルプリンス』は、予想をはるかに超えるクオリティーの高さで感動を呼び、大きな反響を巻き起こした。以来2017年までに形を変えながら11回の再演を繰り返し、2022年には東宝にライセンスを貸与、井上芳雄の主演による公演も大評判となった。本家音楽座として8年ぶりとなる今回の再演は、2011年以来14年ぶりのシアターバージョン。振付や装置を一新したリニューアル公演となる。この機会に音楽座の『リトルプリンス』がたどった数奇な歴史と音楽座ミュージカルそのものの魅力を探ってみたい。
2011年の舞台より
『リトルプリンス』は前述のとおりサン=テグジュペリの代表作『星の王子さま』のミュージカル化である。それまでにも映画化はじめ舞台化もされるなど世界中で愛されているが、舞台でのミュージカル化は音楽座が初めて。世界で唯一、遺族から許諾された正式なミュージカル化なのだ。
霧深い夜、夜間飛行に飛び立った飛行士は、エンジントラブルで砂漠の真ん中に不時着し、星から来たという不思議な少年(星の王子)と出会う。少年から「羊の絵を描いてほしい」としつこく頼まれ、いいかげん辟易する飛行士だったが、これまで誰が見ても「帽子」としか答えなかったスケッチブックに描いた絵を「象を呑み込んだウワバミ」と言い当てられたことをきっかけに飛行士は次第に王子に心を開いていく。王子は自分が住んでいた小さな星の話や星を飛び出すきっかけとなったバラの花のことを話し、飛行士は王子の体験を自分に重ねていく……。
サン=テグジュペリが、サハラ砂漠で起こした自身の遭難事故の体験をもとに、第二次世界大戦の暗い時代の中、かすかな希望をこめて書いたファンタジー小説の名作『星の王子さま』をミュージカル化した音楽座の『リトルプリンス』は、こんな感じで原作に忠実に進展していく。
2011年の舞台より
猫の額ほどの小さな星に住む王子は、あちらこちらの星に旅して、地球にたどり着き、飛行士にヘビやキツネや旅で出会った人々の話を聞かせていく。キツネが王子に語り掛ける「かんじんなことは、目に見えないんだよ」という有名なフレーズや、王子が世話をしていたわがままなバラの花のことを「あの花はぼくにとって、かけがえのない花だったんだ」と気づく示唆に富んだセリフは、世界中の人々の心の奥深くに刻み込まれている。原作の『星の王子さま』からうみだされたそれらすべての忘れられないセリフが、音楽座のミュージカルでは美しいメロディーに乗って次々に歌われていくのだ。
2011年の舞台より
原作は1943年にまずアメリカで出版され、次いでテグジュペリの祖国フランスで1945年に出版されて以来、世界中で200言語に翻訳され、いまなお新しい多くの読者を生み出し続けるロングセラー。映画化や舞台化も数知れず、映画版は『雨に唄えば』『パリの恋人』などの巨匠スタンリー・ドーネン監督が『マイ・フェア・レディ』の名コンビ、アラン・ジェイ・ラーナー作詞、フレデリック・ロウ作曲の音楽を得てミュージカル化した『星の王子さま』(1975年)が有名。『CHICAGO』『キャバレー』で有名な振付家でダンサーのボブ・フォッシーがヘビ役を演じていて素晴らしいダンスを披露した。一方、日本でも78年にテレビアニメ化、85年には吉田日出子、加藤健一の二人芝居による音楽劇『星の王子さま』が上演されるなど、舞台のミュージカル以外ではすでにいろいろなバージョンが登場していた。
『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』を発表、日本のオリジナルミュージカルの先駆的存在となった音楽座の代表だった相川レイ子さんは原作のスピリットをこよなく愛し、プロジェクトチームとともに創りあげたのが『リトルプリンス』だった。しかし、その創作過程には想像を絶する苦難が待ち構えていた。
音楽座は、当時、ミュージカル化のライセンスをもつとされるアメリカのオフィスと交渉して上演にこぎつけたのだが、開幕直前に著作権を管理するフランスのガリマール社から思いがけない上演中止のクレームがきた。アメリカのオフィスには上演権を許可する権利はないというのだ。作品は出来上がっており、も発売して開幕を待つばかりの状態での不測の事態に、ガリマール社と交渉を重ねた結果、三か月のみ、再演は不可の条件付きで初日直前に上演の許可が下りたのだった。
『リトルプリンス』初演の舞台より
『リトルプリンス』初演の舞台より
初演は王子さまが土居裕子と今津朋子、パイロットが畠中洋というキャストで上演。舞台は相川さんたちの努力の甲斐あって予想をはるかに上回る仕上がりとなり、翌年1月には芸術祭賞も受賞、再演希望も多かったことから、音楽座はガリマール社に再演の許可を打診したところ、ガリマール社からは「アメリカの文化であるミュージカルは原作の精神にあわない」とけんもほろろの対応。上演ビデオを送るなど、何度も交渉を重ねたにもかかわらず全く態度は変わらなかった。そうこうするうちに別件でガリマール社の担当者と遺族会の代表が来日することになり、音楽座公演関係者との直接の話し合いが実現、かたくなな態度だった両者に対して相川さんが「私はサン=テグジュベリのスピリッツはすばらしいと思っている。私たちが表現したいものと全く同じ。それをこのミュージカルで表現したいんです」通訳を介さず、日本語で話しかけたことからその熱意が遺族会の代表に通じ、世界で唯一、音楽座にミュージカル化の権利を与えられたのだという。
とはいえ再演にあたっての条件はさらに厳しく、原作にないものを付け加えることは一切許されず、一時は再演を挫折しかかったほどだった。しかし、95年1月17日未明に起きた阪神、淡路大震災で被災、『リトルプリンス』を愛した7歳の長男と5歳の長女を亡くした父親からの「二人はきっと星となって歌い続けてくれるでしょう」と切々とつづられた手紙に音楽座のプロジェクトメンバーの心が大きく動き、一気に再演実現に突き進んだのだという。とはいうものの難題は山積、英語を使うことも禁じられ、初演タイトルの『リトルプリンス』を「星の王子さま」と改題して95年半ばにやっと再演が実現したのだった。
その後は、そのつど新作同様の改定を加えながら再演を続け、文化庁主催の小中学校公演でも上演するなどすそ野の広い公演活動を行ってきた。2005年、日本での原作の著作権がきれたことから06年の再演からは題名も元通りの『リトルプリンス』に戻して上演、現在に至っている。
学校巡回公演の様子
『星の王子さま』のミュージカル化に手を出すのは馬鹿だ、とまでいわれながら、信念と熱意で実現にこぎつけた相川さんの情熱が音楽座の『リトルプリンス』に結実したのは舞台を見てもらえれば、一目瞭然でわかる。『リトルプリンス』に限らず、音楽座のミュージカルはすべてにおいてそんな相川さんの真摯なスピリットにあふれている。
『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』のスリとして育てられた少女佳代。『とってもゴースト』の世界進出を前に交通事故で死んでしまうファッションデザイナーの入江ユキ。バーチャルリアリティでパラレルワールドに踏み込んでしまい、やがて、大切なものに気づく『チェンジ』の結婚5年目の妻、今日子。終戦直後、純粋な愛を貫いて死んでいった『泣かないで』の女子工員、森田ミツ。『マドモアゼル・モーツァルト』のモーツァルト(エリーザ)などなど、音楽座のミュージカルに登場するヒロインたちは常に自分ではどうしようもない大きな現実の前で必死にもがきながら生きていた。今振り返ると彼女たちはすべて相川さんの分身だったのかもしれない。
『泣かないで』の1シーン
34年秋田県生まれの相川さんは、戦時中に幼少期を過ごし、激動の戦後を生き抜いてきた。音楽座ミュージカルにはそんな相川さんの体験からにじみでた真実味があふれている。どの作品にも、見る人が感情移入できる登場人物が一人はいて、身を乗り出してみることができるのだ。ミュージカルという誰にでもわかりやすい表現形式を通して、理不尽さが横行する社会で生きていく難しさを提示しながら、ラストには前向きに生きる「希望」をともすことも忘れない。見る人の涙腺はここで決壊してしまうのだ。
相川さんは2016年に亡くなられたが、二人三脚でチーフプロデューサーを務めてきた石川聖子さんが音楽座の会報「追悼・相川レイ子」で相川さんのことを「自分のためにミュージカルを作っていて、自分のミュージカルで救われていたように感じる」と書かれていて、なるほどと頷かされた。さらに「基本的に体制や権威を信じていないようで、常識でこうだと言われると、いや絶対そうではない、真実はこれだというような心が渦巻いているような印象」とも。また「個の存在として独自の生き方を選んでいたようにも思えます」そんな相川さんのスピリットが音楽座のミュージカルのあちこちに生々しく生きているのは間違いない。
相川さんはコロナ禍という演劇界に取っての未曽有の危機を知らずに人生を全うされた。存命中であればどう対処されていたか今となっては知るよしもないが、知らずに亡くなったのは考えようによっては幸せだったのかもしれない。とはいえ相川さんのスピリットは次男で現代表の相川タロー氏に確実に受け継がれ、現在の音楽座にしっかりと浸透している。音楽座がコロナ禍の苦難を乗り越えられたのも、確固とした信念で突き進んだ相川さんのスピリットが全員に染みわたっていたからにほかならないだろう。
2025年、コロナ禍はようやく落ち着きを取り戻したが、世界は大国同士による分断が続き、情勢は混とんとして先行きに希望が見いだせない。そんな時だからこそ『リトルプリンス』の再演は大きな意義がある。サン=テグジュペリは、第二次世界大戦の真っただ中に空から地上の惨状を見て『星の王子さま』を著したとされ、飛行士に自分自身の人生を、別の星からやってきた王子は夭折した弟フランソワを、王子が故郷の星に残してきたバラの花に、彼の妻コンスエロの姿を重ねたといわれている。
しかし、そんなことを知らなくても音楽座の『リトルプリンス』には、原作者が言いたかった、どんな時代でも、人や物への思いやることの大切さ、愛することの尊さなど、人が生きるうえでの大事なことが、決して説教臭くなく自然にわかりやすく伝える不思議な力があって、それはやはり相川さんのスピリットが作品のすみずみに息づいているからなのだろうと改めて思い知る。
「命をつなぐためには水や食料は欠かせませんが、明日への希望を見出すための、私たちは一人ひとりの魂が求める勇気ある物語と行動が必要です。逃れたくても逃れられない現実の中で、明日を生きる心の糧にする物語を、私たちも今この時代に生きる人たちに向けて「ラボシアター」という挑戦をお届けします」 2015年に再演された『リトルプリンス』のパンフレットで相川さんは「明日への物語」と題してこう書かれている。
ラボシアター版は舞台の周りに客席を配置して公演を行なった
「ラボシアター」とは“実験劇”とでもいうだろうか。相川さんの遺稿ともいうべきこの文章が、音楽座の未来を象徴しているようだ。常に新たな実験に挑戦し、成果を上げてきている音楽座にとって、このスピリットがある限り、どんな苦難も克服出来るだろう。新たな『リトルプリンス』が、実現させたい明日への物語になることを祈ってやまない。
文=薮下哲司(映画、演劇評論家)
公演情報
日程:2025年5月24日(土)13:30
会場:町田市民ホール
日程:2025年6月6日(金)~15日(日)
6日(金)19:00 音楽座メイトプライム限定イベント
7日(土)12:00 吹奏楽コンサート/16:30 サタデーナイトフィーバー
8日(日)11:00 吹奏楽コンサート/16:00 スペシャルカーテンコール
9日(月)14:00 〈高校生の団体有〉
10日(火)休演
11日(水)10:00〈中学生の団体有〉/14:00〈中学生の団体有〉
12日(木)13:00〈中学生の団体有〉
13日(金)11:00 配信用舞台映像収録見学会/19:00 バックステージツアー
14日(土)12:00 配信用舞台映像収録・劇場版メイトイベント/16:30 スペシャルカーテンコール
15日(日)貸切
※イベントは随時追加される場合がございます。最新情報は公式サイト・SNSの情報をご確認ください。
SS席 13,200円(6月9日(月)・11日(水)・12日(木)・13日(金)11:00のみ 12,100円)
S席 12,100円(6月9日(月)・11日(水)・12日(木)・13日(金)11:00のみ 11,000円)
<音楽座メイトプライム会員限定価格 9,900円 >
S席 12,100円 (6月9日(月)・6月11日(水)・6月12日(木)のみ 11,000円)
A席 7,700円 U-25席 1,100円
※U-25席:ご観劇当日25歳以下の方に限ります。舞台の一部が見えづらい可能性があり、場面によってはご覧になりにくい場合もございます。会場にて身分証の確認をさせていただく場合がございます。
■大阪公演
日程:2025年7月20日(日)~21日(月・祝)
7月20日(日) 13:00 吹奏楽コンサート、21日(月・祝)貸切
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
S席 9,900円 A席 6,600円
※全公演とも、全席指定・税込。 ※5歳未満のお子様の入場はご遠慮ください。
※開場時間は開演の40分前を予定しています。
※車椅子での観劇、介助犬を伴っての観劇など対応しております。
音楽座ミュージカル
Webサイト: https://www.ongakuza-musical.com