100年以上前の女性たちの反乱のエールは、令和の時代に何をもたらしたのか~悪童会議『見よ、飛行機の高く飛べるを』オフィシャル初日観劇レポートが公開
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
2025年5月21日(水)こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロにて、悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』が開幕した。舞台写真&オフィシャルの初日観劇レポートが届いたので紹介する。
なお、本公演の生配信が決定した。5月25日(日)11:30の回は全景配信、同日16:00の回はマルチアングルで配信する。各生配信終了後、1週間アーカイブ視聴が可能。また、アーカイブ配信のみの購入も可能となっている。
オフィシャル初日観劇レポート
悪童会議『見よ、飛行機の高く飛べるを』が上演中だ。
悪童会議とは、演出家・茅野イサムとマーベラス創業者・中山晴喜によるユニット。過去2回では、茅野のルーツである横内謙介の戯曲を上演してきたが、今回は永井愛による傑作戯曲に新たな息吹を吹き込む。
100年以上前の女性たちの反乱のエールは、令和の時代に何をもたらしたのか。初日の上演をもとにレポートする。
令和の今こそ輝くフェミニズム演劇の傑作
今までずっとカーテンコールの拍手は、一つのステージをやり遂げた俳優とスタッフに向けた感謝と労いだと思っていた。でも、この日のカーテンコールは違った。戦い終えた登場人物たちに拍手を送っていた。よく頑張った。よく立ち向かった。たとえそれが勝利の美酒に酔いしれるようなものでなかったとしても、懸命に戦った彼女たちに称賛の拍手を送りたくなったのだ。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
『見よ、飛行機の高く飛べるを』は、日本を代表する劇作家の一人である永井愛が1997年に発表した戯曲だ。舞台は、1911年(明治44年)。女子師範学校に通う10代の女性たちの反抗と挫折の物語だ。
時は、平塚らいてうらが婦人月刊誌『青踏』を創刊した直後。良妻賢母となることだけが女の道とされた時代に、「元始、女性は実に太陽であった」「今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く病人のような蒼白い顔の月である」という平塚らいてうの言葉は、多くの女性たちを目覚めさせた。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
その風は、規律厳しい女子師範学校をも揺り動かした。最初に立ち上がったのは、2年生の杉坂初江(今村美歩)だ。初江は見たのだ、空高く飛ぶ飛行機を。人が空を飛ぶことなんてできない。誰もが無謀と笑った挑戦を成功させた人がいる。だったら、私たちだって自由に空を飛ぶことができるかもしれない。時代が変われば常識も変わる。常識が変われば未来も変わる。夫を支え、子をなし、国家繁栄に尽くすことだけが女の生き方ではない。まだ女性に選挙権すら認められていなかった時代に、初江は社会が定めたレールから外れ、自分らしい道へと踏み出した。
そんな初江に触発されたのが、4年生の光島延ぶ(七木奏音)だ。教師たちから「国宝君」とあだ名をつけられるほど優等生の延ぶ。でも、彼女の心の奥底には、初江と同じ反骨心があった。延ぶは初江と手を組み、『青踏』にならって、自分たちだけの雑誌をつくろうと奮闘する。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
昨年、連続テレビ小説『虎に翼』が大きな反響を呼んだ。男性社会という強固な岩を穿つ一滴の雨垂れとなったヒロインの姿に、多くの女性たちが勇気づけられた。『見よ、飛行機の高く飛べるを』は『虎に翼』より27年も前に編まれたフェミニズム演劇であり、時を経てなお古びるどころか、ようやく時代が追いついたように輝きを増している。
女子師範学校に通う生徒たちは、学舎と寄宿舎の往復の毎日。そこから出ることはない。男性と二人きりで面会することも禁じられている。窓格子の向こうにしか空は見えない、籠の鳥だ。けれど、そんな窮屈さを感じさせないくらい、生徒たちはエネルギーに満ちあふれている。若い男性教師をからかうように笑い、厳格なベテラン教師にカミナリを落とされても、こっそりと舌を出す。若い生命力がはち切れそうなくらいにみなぎっていて、それがこの物語の躍動感を生んでいる。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
これは、自分の生き方を自分で掴み取る物語
中でも、主軸を担う初江の存在感が眩しい。のしのしと大股で歩き、口調も勇ましい。この女子師範学校で彼女だけが異端なのが、挙動だけで伝わってくる。そして、だからこそ彼女が決してあまり好かれるタイプではないことも、なんとなくわかる。
初江は、自らが編集長を務める雑誌を「バード・ウィメン」と名づける。初江は、鳥のように羽ばたきたかった。けれど、カモメも雁も、みな群れをなして飛ぶ。同じ仲間の生む上昇気流が、遠い彼方へ鳥たちを運ぶのだ。だが、初江はうまく群れをつくれない。強すぎる意思は時に衝突を起こす。群れからはぐれた渡り鳥のように、少しずつ孤立を深めていく初江の姿に胸が痛む。そんな初江の不器用で荒々しい初期衝動を、今村美歩がたくましく演じていた。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
生徒たちを取り囲む大人たちもまた印象深い。中でも対照的なのが、菅沼くら(千葉雅子)と安達貞子(砂田桃子)だ。ベテランの菅沼は行儀にうるさく、生徒たちを礼にかなった婦人に育て上げることを務めとしていた。一方、若い安達は初江らに『青踏』を貸し出すなど、「新しい女性」の象徴に思えた。
けれど、権力による弾圧は、彼女らの立場も塗り替えていく。今日に至るまで女性たちが切り開いてきた道なき道の上には、きっと安達のような女性もいたのだろう。その無念が、無益なものだとは思わない。幾人もの蹉跌がコンクリートとなって、荒地を鋪道に変えた。だから今、女性たちは前に向かって突き進める。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
と同時に、きっと菅沼も分からず屋の障壁ではなかったのだと思った。確かに菅沼は「古い女性」かもしれない。でも、ふとした折に初江や安達にかすかなシンパシーを寄せているように見える瞬間があった。菅沼もまた何一つ権利の認められない時代に、自分の生き方を模索した女性の一人なのだ。生徒たちに名前すら覚えられないまま日がな飯を炊き、子を育て上げた寄宿舎の賄い婦・板谷わと(ザンヨウコ)もそうだろう。敵と味方に区分けするのではなく、迷いながらもそれぞれの正解を求め格闘した女性として、すべてのキャラクターを立ち上げたところに本作の力強さがある。
活気づく生徒たちを快く思わない校長は「質実剛健」という校訓を「温順貞淑」にすげ替える。これに反発した延ぶらはストライキを画策。夜な夜な集う頼りない蝋燭の火が、大きな炎となってうねりを上げようとしていた。
「温順貞淑」の校訓がおさまった額を見ながら、自分ならどんな四字熟語を選ぶだろうと考えた。私たちは、いかなるときも自分の生き方を自分で選べる。誰かから強制された生き方に従う必要なんてないのだ。天衣無縫でもいい。不撓不屈でもいい。平々凡々だって構わない。自分にぴったりの四字熟語を選んで生きていける自由がある。ふっと誰かから自分の意思や権利を剥奪されそうになったとき、思い出すだろう、無作法に袴をたくし上げ、走り出す初江の姿を。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
『青踏』創刊から114年が過ぎた。今の女性たちには選挙権もあるし、職業選択の自由だってある。そのすべては先人たちが戦い、勝ち取ってきたものだ。けれど、すべてが平等になったなんてまったく思わない。女性の首相すらいまだ存在しないこの国では、アンフェアなことが多すぎる。
だからこそ、『見よ、飛行機の高く飛べるを』が上演される意義があるのだと思う。初江が大空を単機で駆ける飛行機なら、それに続く最初の一機になろう。起こした風はやがて上昇気流となって、また別の誰かを飛び立たせる。そうやって小さな羽根が集まれば、いつか大きな翼となる。蝋燭の火はまだ消えていない。
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議 第三回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』舞台写真
悪童会議『見よ、飛行機の高く飛べるを』は5月25日(日)まで、こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロにて上演。
文:横川良明
公演情報
日程:2025年5月21日(水)~5月25日(日)
会場:こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ
【作】永井 愛
【演出】茅野イサム
七木奏音、今村美歩
美花、夏目愛海、MIO、佐藤美輝、川原琴響、松本むち
木原瑠生
千葉雅子、砂田桃子、ザンヨウコ、新原 武、柳下 大
唐橋 充、俵木藤汰
【
前売券 7,900円
パンフレット付一般 9,900円
U-25 4,900円
高校生以下
※U-25、高校生以下
年齢がわかる身分証や、学生証を持参の上 ご来場ください。
※パンフレットは、公演当日に劇場ホワイエでお渡しをさせていただきます。
日程:
5月25日(日)11:30 全景配信
5月25日(日)16:00 マルチアングル配信
5月25日は、劇場公演の模様を生配信いたします。
25日昼は固定カメラによる全景配信、25日夜はカメラ数台によるマルチアングル配信になります。
各生配信終了後、1週間アーカイブ視聴が可能です。アーカイブ配信のみのご購入も可能です。
配信の
公式X : @akudoukaigi
お問い合わせ : akudoukaigi@gmail.com