コロナ後の音楽に起こったさまざまな変化を、しなやかに受け入れることで自らに宿った“柔軟性” ーー12ヶ月連続シングルリリースに挑むシンガー・akikoの心のうち
撮影=浜村晴奈
来る2026年のデビュー25周年に向けてのカウントダウン企画として、12ヶ月連続シングル配信リリースを始めているのが、シンガー・akikoだ。2001年に名門ジャズレーベル「ヴァーヴ」初の日本人女性シンガーとしてデビューし、数々のカバー曲はもちろんオリジナル楽曲もコンスタントに制作を重ねてきた。彼女が今回25周年記念を前にした12ヶ月連続リリース企画を立ち上げるにあたり、自らの躯体を通して紡がれたオリジナル楽曲に光を当てている。来年に迎える節目の年にニュー・akikoとして世界に立つために、前年の今やることは“これまでの自分の楽曲を向き合うこと”だと、まっすぐに自分の進む先を見つめている。ここ数年で世の中に起こったいろいろなこと、技術革新による新しい当たり前もしなやかに受け止め、自分の中で理解し納得する。そういう流れの中で紡がれる2025年から2026年までの全12曲。この試みにある、さまざまな想いについてakikoに話を訊いた。
ーーシングル「Do You Know」のリリースを経て、まずは今の心境からお聞かせください。
今回はデジタルでのリリースになるのですが、私がデビューした2001年から考えるとここ数年で全てのことがデジタルに移行してきて、アルバムやパッケージを作ってフィジカルでリリースしてプロモーションとツアーをするという流れとは違うものになってきていると実感しています。以前とは比べ物にならないほど、気軽になってきているというか。今回のリリースも6月から始まった12ヶ月連続リリースのひとつで、1曲リリースしても次のレコーディングがすぐに控えています。作っては出してというのが本当に気軽だし、新しい時代ですよね。
ーー曲を作る労力はそのままに、出すことは本当に軽やかな時代になりましたね。
いろんな変化と共に制作に対する気持ちも変わりました。昔は完璧に作り込んでから出さなくちゃ! と固く捉えていた部分があったけど、そこも柔軟になって「今考えるベストでリリースしよう」と思えるようになったところはあります。根を詰めて、これが自分の表現だと突き詰めなくても、今はこれがいいと思っていますというライトな感覚を持てるようになりました。
ーーアウトプットの感覚や考え方に変化が起こっている今、デビュー25周年を迎える来年に向けてのカウントダウン企画として先ほどもお話に出た12ヶ月連続リリースが始まっていますね。
実はデビュー20周年の時にも12ヶ月連続リリースをしたんです。前回はオリジナルやカバーも含め題材はなんでもありでした。サウンドもアンビエントやテクノがあったり幅広い感じでしたけど、今回は自分が今までリリースしたオリジナル楽曲に絞って再構築するという試みです。自分が過去に出した作品を今どのように表現するかにフォーカスしてみると、今の自分が作品とどう向き合うかは以前と違うポイントになっているかなと思います。
ーーなぜ今のタイミングで、この試みに再び取り組んでみようと思われたのでしょうか。
それは自分に何かを課さないといけないと思ったんです。本来はすごくなまけものなので、放っておくと25周年を迎える2026年に何かやればいいという感じで今年を過ごしてしまいそうで。自分に突きつけたというところはありますね。
ーーただこの試みを来年の25周年を迎えた年の企画として進める方法もあったと思います。それをあえて前年の自分に課したのはなぜなのでしょう?
25周年のタイミングでは全く新しいことをやりたいと思ったんです。その時にはセルフカバーではなく、オリジナルを作りたい。そうであればその前にこれまでの自分を振り返っておきたいと思ったからこそ、25周年を前にした今のタイミングで! と考えました。
ーーそういう理由があったんですね! ちなみにご自身の曲の中から曲はどのようにセレクトされていますか。
オリジナル曲の中でみなさんによく聞いていただいている曲、昔はよく歌っていたけど時間と共に取り上げることがなくなっていた曲を再度取り上げたいと選んでいます。あと当時はこれがいいと思ってリリースをしたけど、こういうアレンジをしてみたら絶対にいい気がするというような新たなアイデアが生まれてきた曲もセレクトするポイントになっていますね。
ーー現在は6月に「A Little Bruise」、7月に「Do You Know」の2曲がリリースされました。「A Little Bruise」がこの試みの皮切りになりましたね。
今回のリリースはすごく季節感も大切にしているんです。まずは6月末の初夏の雰囲気と夏が始まっていく爽快な感じ、ここから12ヶ月のリリースが始まっていくワクワクも含めたアレンジをしたいと考えたら「A Little Bruise」に辿り着きました。
ーー先ほど次のリリースのレコーディングも早々に控えているとおっしゃっていましたが、その月ごとにセレクトやレコーディングが進んでいく感じなのでしょうか。それとも12曲をざっくりと選んで1枚のアルバムのようにトータルで考えられているのか、とても気になりました。
なんとなくこの曲を大体これくらいのタイミングでこんなアレンジでやろうというのは決めていますが、ご一緒するミュージシャンやコラボレーターとのスケジュールの兼ね合いもあるので来年5月まで全て確定できているというわけでもありません。ふわっとさせているというか。
ーーそれは配信という軽やかなリリースだからこそ可能なことですね。
はい。あと、今まではリリースとなると私の場合アルバムベースだったのですが、今回はデジタルだからこそシングルで配信して、のちにアルバムにすることも可能なのかなと思っているんです。
ーー確かに最近では配信シングルをアルバムとしてまとめるというやり方も増えていますし。ちなみに「A Little Bruise」はかなりオリジナルを踏襲した雰囲気を纏った曲に仕上がっていますが、どのような想いで今回の形に行き着いたのでしょうか。
これは元々ブラジルでアート・リンゼイと一緒に作ってデュエットした曲なのですが、今回はアレンジ自体や、使用している楽器、構成、雰囲気はそこまで変えずに、ひとりで歌うということで進めることにしました。ただミックスの質感をちょっとローファイ気味にしたりして、今の感覚で心地いいなと思う雰囲気に仕上げています。
ーー特にイヤフォンを通して聞いた時の音のざらつき、耳への残り方がすごく懐かしさもあり、今っぽくもありました。最近ローファイのニュアンスを持った楽曲も再燃しているのもいい流れです。まず第1弾として、これまでのご自身の楽曲と向き合ってみていかがでしたか?
1曲目としては、割とイメージ通りになったかなと思っています。今回はアートが歌っている部分も自分で歌いつつ、声を重ねたり制作中に出てきたアイデアがあればそれも反映したりして。ローファイの質感を出したいと思ったのも、最初からではなくミックスしていたら「こういうのが気持ちいいのかも」と思いついた先の仕上がりなんです。これによってオリジナルとの違いも出てよかったですね。
ーーオリジナルはとても音がクリアでストレートな印象を受けますが、6月にリリースされたものはすごく耳に残るような音像を持っていて、同じ曲でありつつ異なる印象を感じさせるものでした。そして7月の第2弾リリースには「Do You Know」を選ばれました。こちらはオリジナルから大胆にアレンジされた印象のラヴァーズロックが心地よい1曲に仕上がりましたね。
今回、この曲はラヴァーズロックでやるといいんだろうなぁというイメージがあったんですよ。私の初期のオリジナル曲だったので、曲を書いてもらった田中義人くんがプロデューサーも務めてくれていたんです。レコーディングは彼のイメージを忠実に再現する感じで、どちらかというと私は演じるように歌っていたというか、この頃はすごくプロデューサーの意向を尊重していました。その後も義人くんをはじめいろいろなプロデューサーと制作を重ねて、ある時からセルフプロデュースで制作するようになってもう15年ほどが経っているんです。当時は「Do You Know」に対してこうしたい! というような思いはなかったけど、今改めてプロデューサー目線を持って対峙してみると、この曲をラヴァーズロックにしてみたいなと思えたんです。
ーー本当に暑い今の季節にありながら、気持ちよさをくれるアレンジがとても素敵でした。ギタリストの小林洋太さん(Dubbing Stoned、Stoned Rockers、REGGAE DISCO ROCKERS)とコラボレーションすることになった経緯を伺えますか?
実は今回が初めましてだったんですよ。
ーーえ、そうなんですか? ちょっと意外です。
共通の知り合いもいるし彼のバンドもよく知っていて、ライブを一緒にやりたいなとも思っていたんです。でもライブをやるなら、せっかくだからレコーディングも一緒にしたいなと思ってお声がけしたら、快諾いただけて。……実は以前なら、こんなにカジュアルな気持ちでレコーディングをすることもありませんでした。とにかくストイックに自分自身と向き合って制作して、自分が作りたいものを完成させるという気持ちでいたから。でも今は、いろんなことを試すのもいいかと心が柔軟になったことで実現したコラボレーションでもあります。
ーーそれは活動の月日を重ねたからこそ思えるようになったのか、それともデジタルという軽やかなリリースを受け入れられるようになったからなのか……。
それは、両方あったからこそだと思いますね。特にコロナ禍からそう思えるようになったのかな。それ以前はストリーミングにも抵抗があったんです。私はレコード・ラヴァーなので、好きな音楽を物理的にも所有したいという気持ちがあったのも理由だと思います。でもコロナの影響で物理的にCDやレコードを買いに行くこともできなくなって、オンラインで手にすることが急激に加速しましたよね。コロナを機に、確実にストリーミングの流れがきているんだ、それに抗っていてもしょうがないと思うようにもなりました。それでストリーミングを解禁したら、例えばSpotifyでは自分の曲がどれだけShazamされたのかがわかるんです。あなたのこの曲がウクライナで何千回も検索されました、とか。
ーー検索された場所までわかるんですか!?
そうなんです。そうすると戦時下のウクライナで、自分の曲がどういうふうに聞かれているのか、どんなふうに届いているのかに考えを巡らせると、こちらの意識も変わってくるというか。ストリーミングプラットフォームを使うことで、自分の曲を今まで手が届かなかった部分に届けられるのならば、素晴らしいことだと思えるようにもなったんです。
ーーそういうたくさんの心の変化が小林さんとのレコーディングにもつながったんですね。
はい。実際にご一緒して、ミュージシャンとしても人間的にもとっても素晴らしい方で楽しかったです。またこの後にもいろいろなミュージシャンとコラボレーションをしていく予定なのですが、いろいろなトライをしてけたらいいなと思っています。
ーーちなみに「Do You Know」の制作にまつわるトライで面白かったと思えたことはありましたか?
今回洋太さんとは完全にトラックでのやり取りを重ねる形で制作を進めて、その後のミックスはいつも一緒にやってもらっているエンジニアと私で手がけました。演奏ももちろん大事ですけど、ミックスも同じくらい大切。あまり具体的な曲のイメージを提示しすぎない形で洋太さんに作ってもらったトラックに、自分の中で膨らませたイメージをミックスによってプラスする。それによって自分の好きな感じの曲に仕上げることができたのは面白かったです。
ーーその膨らませたイメージとはどのようなものでしたか?
個人的に、古いロックステディやスカ、50〜70年代のジャマイカン・ルーツが好きなんです。ミックスの方向性としては「古い質感のある音を作りたい」というのがありました。思えばジャズもそうだし、古い質感の音楽が元々好きなんだなぁと思います。
ーーなるほど。でもそういった曲の制作の熱量を12ヶ月間持ち続けるというのもなかなかですね。
そうですね。でもさっきお話したように、以前よりもかなりカジュアルな気持ちで取り組むことができているのは大きいと思います。
ーー8月29日(金)には第3弾「Madly」がリリースに。こちらはどういった曲になっているのでしょうか。
今度はスカの曲になる予定なんです。
ーーあ、9月24日(水)にはビルボードライブ大阪で谷中敦さんとのコラボレーションライブもありますし!
あ、そうですね。ライブでやっても面白いかもしれませんね。直接的には全く別のお話として進んでいるんですけど(笑)。
ーーせっかく谷中さんのお話も出たので9月のライブについても聞かせてください。ビルボードでの谷中さんとのライブが再びという形になりますが、谷中さんとだからこそ実現可能なステージとはどういったものでしょうか。
谷中さんがひたすら語って、私がそれを無視するミニドラマのような曲を以前披露したんです。コミカルでコントのような見せ方も谷中さんは本気でやろうとするんです。もちろん実際にステージでやりましたけど、そういう見せ方は私の中からは絶対に生まれてこないものだと思うんですよ。「本当にやるんですか?」って聞いた時も「お客さんはふざけたものを真剣にやるとすごく感動してくれたりするし、そういうシーンがあることで他の部分も生きてくるから!」って。本当に人を楽しませることをすごく考え続けている人だと思うんです。もちろん私にも人を楽しませたいという思いはありますが、少し谷中さんとは角度が違うのかな。そのふたつの想いが交わるからこそ、いいステージをお見せできるのかなと思います。スカパラの曲をジャズでやるのもいいよねと去年は「美しく燃える森」を披露しましたが、今年は他のスカパラの曲もやりたいねと話していますので、ぜひビルボードライブ大阪へお越しいただけたらうれしいです。
取材・文=桃井麻依子 写真=浜村晴奈
ライブ情報
リリース情報
12ヶ月連続デジタルシングル配信