ACIDMANが7度目の武道館公演までに過ごしてきた7年間とはどのようなものだったのか、大木伸夫がその胸中を語る
大木伸夫(Vo/Gt)
2025年10月26日(日)、ACIDMANが7年ぶり7度目となる武道館でのワンマンライブを開催する。前回は2018年、アルバム『Λ』のツアー時。その後はコロナ禍という社会全体に大きな影響を及ぼした出来事もあり、音楽シーンにおいてもサブスクの本格的な浸透やSNS等でのバズを機に一気に台頭してくるアーティストの増加など、風景が様変わりした期間でもある。ACIDMANはスタンスや思想面において一貫してブレない芯を持ち続けている存在だけれど、それでも様々な変化や転換と向き合う7年間であったことは想像に難くない。たとえば、今回のワンマンに冠されたタイトル『This is ACIDMAN』のシリーズをスタートしたこともそうだ。
特定の時期や作品に寄らないベストセレクション的な選曲のセットリストを予め公開した上で、基本的には毎年内容を変えずにワンマンを行うという発想はどのようにしてもたらされたのか。その発明とともに挑む特別な舞台=武道館に対してどのような想いを抱いてきたのか。それらのテーマは、ACIDMANというバンドが何を考え掲げているのかという根本のアーティスト性をあらためて浮き彫りにするものでもあった。以下、13thアルバム『光学』と初のトリビュートアルバム『ACIDMAN Tribute Works』のリリース発表直前のタイミングで、大木伸夫(Vo/Gt)が明かした内容を余すところなくお届けする。
──武道館、もう7度目なんですね。
「そうなんですよ、気づけば」
──最初が2007年で『green cord』のツアー。どんな記憶がありますか。
「いや、もうほとんど覚えてなくて。今回の武道館のプロモーションとしてYouTubeで過去の武道館ライブを公開したんですけど、そこですごく久しぶりに観ました。本当に自分がやっていたのか?っていうことをあまり想像できないまま、すごく客観的に」
──当時はそれだけ夢中でライブをしてたってことですか。
「はい。夢中でやってるからこそ覚えてないので、すなわち今までのライブも全部あまり覚えてないんですよ。お客さんの景色とか、2時間のうち数秒の単発の記憶はあるんですけど。ライブって常に究極の興奮状態でやっているので、終わって数日くらいしか覚えていないです。だからもったいないですね。栄光の場所なのに。普段から自分がロックスターっぽく生きてないのも、そういうことの表れな気がしていて。もし記憶がちゃんと蓄積してれば、もう少し偉そうにもなれていると思うんですけど(笑)」
──(笑)。実は“特に思い出深い回”とかありますか?みたいな質問も用意してたんですけども。
「いきなり潰れましたね(笑)。でも、YouTubeでの無料公開にあたってお客さんが呟いてくれたりして『あ、思い出した!』っていうのはあって。たとえば『新世界』のツアーの時、まさに「新世界」っていう曲をやる時に機材トラブル──今でも解明できてない不思議な現象が起きたんです。違う音が鳴るはずのないところから鳴っちゃった、みたいな」
──本来なら起こるはずがないことが。
「明らかに違うのに「FREE STAR」のギターリフが流れ出しちゃって、止めたんですよ。しかもイントロからAメロを歌っているところで止めたから大ピンチなんですけど、あの歌は歌詞の最後で<世界は生まれ変わる>って言っていて。僕が咄嗟に『こんなんじゃ世界が生まれ変われないんで、もう一回やります』って言ったらさらに盛り上がったんですよ。あれは自分でも奇跡的で、よくあのワードをギリギリで思いついたなって。そういうことを思い出させてもらえました」
──でも、ライブそのものは覚えてないとはいえ、ACIDMANはことあるごとに武道館に立ってきているじゃないですか。それはあの場所自体に特別なこだわりや想いがあるからですよね?
「おっしゃる通りです。でも、目標として武道館を思い描いたことは一度もなくて。インディーズ時代も『いつかは武道館で』みたいな会話をしたことは一度もないんです。たしかアジカンの『NANO-MUGEN』だったと思うんですけど、初めて経験させてもらった時に『あ、他のライブハウスやホールと違う不思議なものが宿ってるな』となんとなく感じました。で、実際にワンマンをやれるチャンスが来た時に明確に気づくんですけど、ちょっと神社仏閣に参るような空気感があるんですよね。建物の形もそうだし、ビートルズから始まってミュージシャンが音を鳴らし続けてきた歴史や、あとは武道というスピリチュアルな要素を大事にするものも宿っている。入る時に『よろしくお願いします』って手を合わせたくなるような目に見えない不思議なオーラがあるし、お客さん側の景色も他じゃ味わえない感覚ですね。『武道館でやる』という世の中のイメージやブランディングも大事ですけど、それより僕の中では『もう一度あの不思議な感覚を味わいたい』という感覚が強いんです」
──ハード面としてはどうなんですか? 音であったり客席の形状とか。
「お客さんに囲まれてる感じは他の会場にはないですね。見下ろされてるような感覚で、声が上から降ってくるから、それが緊張感を高めてるのかもしれないけど、こちらの受け取り方次第で味方につけられたらめちゃくちゃテンションが上がるし。音に関しては本当に不思議ですけど、機材やスピーカー、観る場所によっても全然違います。でも、もともと音楽をやる場所じゃないのにすごく良い音が鳴っているとは感じてます」
──そして今回は7年ぶりになるんですが、7年の間には色々なことがあって、ACIDMANのバンドとしての考えや動き方にも変化はあったのかなと思うんですよ。まず2020年からのコロナ禍があったわけで。
「今思えば遠い昔のようですけど、とにかく全てが終わると思っていたし、特にあらゆるエンタテインメントがストップして。僕らも2本くらいツアーが飛んで、僕は会社の社長もやっているので、そうなるとまず社員とメンバーを食わせられなくなるっていうお金のことを第一に考えて、アーティスト脳よりもフルで社長脳になりましたね」
──そうなりますよね。
「どうやって乗り越えていくか──何をやったらいくらになって、年間どのくらい給料を払える、みたいな計算をバーッとして、とにかく行動をして。たぶん、生配信をやったのも僕らはロックバンドで一番早かったと思います。3.11に無理やり福島に機材を持っていって、その時はまだ『人と触れ合ったら死ぬかも」っていう情報があったのでめちゃくちゃ怖かったけど、結果的に僕はすごく動いてたんですよね。ビビリな性格を自覚してるし自負してるんだけど、いざとなった時にジタバタ動く、いつ死んでもいいって言ってるくせにめちゃくちゃ諦めないタイプなんだなっていうことがわかった。結果的にファンの皆さんのおかげもあって、その1年の収益は過去とほとんど変わらなかったんです。そのままバタバタといろんなことをやっていたら、気づけば4年くらい経っていたという感じで。2度と経験したくはないですけど、今となっては自分を客観視できるようになった経験ではありました。そして支えてくれるファンの強さというか、めちゃくちゃ大きなものに守られてるんだという自信がさらについたので、ある種の準備が整ったような気がしますね」
──アーティスト脳はどのくらいのタイミングで戻ってきたんですか?
「どのくらいだろうな……明確には全然覚えてないですけれど、アーティストとしての心を支えてくれたのは、Faniconっていう僕個人のファンコミュニティでした。メンバーにも誰にも会わなかった時期に、会社で一人で曲を作ったり練習したりする合間に、そのアプリでちょっとラジオをやったり。日々の中で、僕がアーティストであるということを思い起こさせてくれるのがそれだけで。そのコミュニティの人たちの声がとにかく支えになって、俺はまだ生きてていいんだな、曲作りをやってていいんだ、みたいなことが細く繋がっていってくれて。それがあったからこそずっとアーティストでいられた感じはします」
大木伸夫(Vo/Gt)
──それ以降、『Loop』の再現ライブや2度目の『SAI』などトピックは多々ありましたが、その中で今回の武道館ライブも含む『This is ACIDMAN』シリーズを始めようと思ったのはどういう流れだったんですか?
「きっかけとしてはコロナ禍中のインストワンマンのリハの時に、ライブ制作スタッフが、年に一回必ずやるようなワンマンをやりません?って言ってくれて。お客さんが毎年そこを楽しみにしてくれて、予定を空けておいてくれるものを。僕らが震災以降に必ず3.11に福島でやっているライブもだんだん固定化されてみんな楽しみにしてくれているし。
──やってみた印象は……と言っても覚えてないかもしれませんが。
「ほとんど覚えてないです(笑)。でも経緯とかその辺りは覚えていて、コロナのおかげかもしれないけど、とにかく刺激的で面白いことをやらないと死ぬというか。『SAI』フェスの2度目もそうだったんですけど、コロナが無かったらやってなかったかもしれないんです、怖くて。僕らはフェス屋じゃないからお金の面も含めて怖かったけど、コロナで全ての予定がふっ飛んでいる中、『今だからやらなきゃ』みたいな逆の自分が出てきて。先が全く見えないからお勧めしませんって言われながらも、2年前とかにスーパーアリーナを押さえているので」
──真っ只中じゃないですか。
「真っ只中。ちょっと変なモードに入ってたんです(笑)。で、この『This is ACIDMAN』も折角だから今までやったことないことをやりたくて、セットリストを事前に発表することにして。それが分かってても観たいと思ってもらえるようなアーティストじゃないと、今後は生きていけないだろうというトライアルだったんです。来年もこれですよ、ずっとこれですよ、それでも来てくれたら俺らもちょっとは強いと思えるかなって。それを4年間本当にずっと動員も落ちずにできたことで自信もついてきたので、今年はツアーでやってみようということになりました」
──感覚としては、演劇とかの人気作が何度も再演しているのにも近いですよね。
「そうです。ああいうコンテンツが強いものが世界中に溢れているのに、なんで日本の音楽ライブに関しては同じ演目をやり続けないんだろうな?というのはずっと思っていて。僕だったら好きなアーティストのライブが良かったら、年に一回くらいまた観たいなって思うから、そういうものがあるべきだなって」
──このシリーズを通して発掘じゃないですけど、過去曲の再発見みたいなこともありました?
「もう今回は山ほどありますね。過去4回はセットリストが決まっていたんですけど、今回はガラッと変えてるんですよ。ライブでよくやる曲やMVを作ってる曲のみという縛りは一緒なんだけど、シングル曲でも全然やってなかった曲たちをテーブルに並べていくと、この曲めちゃくちゃ良いのにもっとやればよかったとか、今の方が楽に歌えるとかは山ほどあります」
──ネタバレになっちゃうかもしれないですけど、例を挙げるとすれば。
「“HUM”っていうマニアックな楽曲があるんですけど、あの曲って自己中心的な脳みそを使って作ったから、ちょっとお客さんを置いていってるかもなって当時は思っていて。でも今やってみると『いやいや、お客さんを置いていくぐらいの方がかっこいいじゃん』みたいな感じでやれたり、そういう『もっとこの曲やろうかな』ということはありました」
大木伸夫(Vo/Gt)
──たしかに長らく聴いてない曲だし楽しみです。少し話は変わるんですが、前回の武道館以降でいうとバンドの動き方も変わってきたと思うんですね。何かリリースをしたからそれを引っ提げてツアーをしますっていうサイクルを、必ずしもマストとはしてないというか。
「たしかに。それもあまり人がやってないことをやりたい欲求があるのかもしれないですね。前回の『ゴールデンセットリスト』っていう”金”縛りとか、誰もそんなことやらないじゃないですか(笑)。その面白さなんですよね。自分も楽しみたいし、僕達を好きでいてくれるファンも楽しんでほしいというのは元々あった資質なんだけど、多分コロナ禍以降で強くなってると思います。同じことをやっていたら死ぬんだなという環境にいたからこそ、同じことをやり続けられる奴は強くなるなって感覚があったんだと思います」
──そのぶん『新しい曲を作らなきゃ』みたいな意識からはある程度解放されてるのかなという気もして。
「それは昔から両方が共存しているんですよね。とにかく曲を作りたい欲望は元々あって。もっと自分の言葉とかメロディコードの響きとか、新しい自分の感覚に感動したいから『作りたい』と思っていて。今、僕らは契約とかは自由にさせてもらってるんですけど、お客さんも刺激がないと離れていってしまうかもしれないし、今まで聴いてこなかった人たちに届ける曲も早く作りたい。というのは『作らなきゃ』に入りますね。だから『作りたい』と『作らなきゃ』は常に共存していて、そのどっちもが枯渇したことはないです」
──今は単曲のスパンが短くなってるアーティストも多い中で、ここ最近のACIDMANはなんというか、一曲への入魂具合がすごくて。でもそのぶん数はそんなに多くはない出し方で。それはたまたまそういう流れになっているんですか?
「ビッグタイアップをいただいたりとか、僕らのようなバンドが頂けるものとしてはすごくデカいご縁があったので、多分それはたまたまだと思います。でも、時間をこれだけ空けてるっていうのは、このぐらいであるべきだって昔から思ってました。どんどん曲は作りたいし枯渇しないタイプなんだけど、にしても早いなって昔は思ってたんですよ。年1でアルバムとか作ってたのは、別にやらされてたわけじゃないけど、自分の自由ではないなって。だから独立してからはだんだん間隔が空いてきた。決してサボっているというよりは、もっと煮詰めたいしクオリティを高めたいからで、次のアルバムは4年ぶりなんですけど、そのぐらいがちょうどいいですね」
──海外のアーティストとかはそのぐらいが普通ですしね。
「本当、そうあるべきだと思います。アートってそんな簡単にできるものじゃないので。音楽が商業として認められた時から、お金を得るツールとして動く人たちが増えてきてしまったせいで、アーティストのアートとしての純粋性は失われていったと思っています。それはアートにとっての悲劇で。たしかにお金は大事だし稼がなきゃいけないけど、お金を稼ぐために音楽を作っていってしまったら、それは本末転倒どころか人生を無駄にしていることだと思います。僕はそこに立ち返っているというか、非常にシンプルな欲望で音楽を鳴らせることが喜びなので、それを考えるとじっくり時間をかけて、ちゃんとしたものを届けるというのが一番正解なのかもしれないです」
──そんな中で『ゴールデンカムイ』との出会いがあったことは新たなファン獲得にもなったでしょうし、そういう人が足を運んでみる場として『This is ACIDMAN』があることは意義深いと思います。
「そうですね、すごいチャンスをいただけたなと思うし、そのお陰で色々な方に僕達の音楽を聴いていただけたと思います」
──大木さんは所属事務所の社長もされていますが、アーティストであり社長でもあるというのはパラドックスになりませんか。
「僕も最初はパラドックスに悩むかと思ったら、あまりないんですよ。アーティストがお金を語っちゃいけないっていうこと自体が間違っているので。音楽をずっとやっていきたいのであれば絶対にお金は必要なのに、それをカッコ悪いこととか下品なことだと僕も昔は思ってました。でも、お金のために音楽をやるのではなく、自分の信じる音楽でしっかりお金を稼ぐ。その順番さえ間違わなければ、使う脳みそは全然違うけど、共存はできると思います」
──作品自体を変にそっちに引っ張られることさえなければ。
「それは絶っ対にしないっていう。右脳と左脳がそれぞれ超強いんで、俺の作品性に社長側は何も干渉してこないです(笑)」
──最後に、武道館へ向けていま楽しみにしてることや意気込みを伺えればと思います。
「僕らにとって武道館というのは、非常に歴史も深く大切にしている場所であり、聖地。そこでこの『This is ACIDMAN』というセットリストで堂々とやれる機会は滅多に訪れないと思うので、それを体感しにきてほしい。たかが音楽だけど、そこに宿っているものは世界を変える一歩、一雫の可能性があると思うので、それがあなたの人生の悲しみを少し楽にしたり、戦争を終わらせる少しのきっかけになったり。生きてる意味の複雑さを少し柔らかく解きほぐす、ほんの少しだけ宇宙の意味に手が届くような、そんなエンタテインメントを少し超えた世界にしたいので、ぜひお越しいただけたら嬉しいです」
取材・文=風間大洋 撮影=大橋祐希
大木伸夫(Vo/Gt)
ライブ情報
A指定席 8,500円
A指定席(学割) 5,000円