バロック・オペラで大人気のソプラノ、中山美紀が《羊飼いの王様》タミーリ役でモーツァルトに初挑戦!

インタビュー
クラシック
舞台
2025.8.16
中山美紀      (C)Martin Chiang

中山美紀      (C)Martin Chiang

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神奈川県民ホールpresents、藤沢市民オペラ連携事業のモーツァルト・オペラ《羊飼いの王様》。園田隆一郎の指揮で、小堀勇介、砂川涼子、森麻季、中山美紀、西山詩苑という理想的なキャストが揃った。物語は古代フェニキア(現在の中東レバノン)のシドンを舞台に、先王の王子であるという身分を知らずに羊飼いとして育ったアミンタを主人公に、2組のカップルの愛情、そしてアレッサンドロ大王の慈悲の心を描く。

中山美紀は、アミンタの父である先王から王位を奪ったストラトーネの娘タミーリ役を歌う。古楽やヘンデルのオペラなどで活躍するソプラノで、特に高音部の装飾歌唱(コロラトゥーラ)の見事さで知られる。

ーー中山さんのオペラとの出会いはいつ頃でしたか?

もともとは小学校の時にピアノを弾いていたんです。ピアニストになりたかったのですが、それと同時にバスケットボールもやっていたのでよく突き指をして、ピアノの先生に毎回怒られていました。ああ、これではピアニストにはなれない、でも音楽は続けたいから歌なら大丈夫かな?と考えて合唱で歌い始めます。そして中学生の時に、たまたまお正月でテレビのチャンネルを変えていたらNHKニューイヤーオペラコンサートをやっていたんです。福井敬さんが《トゥーランドット》の「誰も寝てはならぬ」を歌っていました。それがすごくかっこよくて「これがやりたい!」と。私の家は音楽一家ではなかったので、タウンページで家から一番近い声楽の先生を探して習いに行きました。その後、地元の音楽高校、そして東京藝大の声楽科に進みます。

ーーご自分で歌を選び、オペラと出会ったのですね。中山さんはこれまで、オペラだと古楽アンサンブルのアントネッロの《オルフェオ物語》プロゼルピナ、同じくアントネッロとのヘンデル・オペラ《ジュリオ・チェーザレ》クレオパトラ、《リナルド》アルミーダなどを歌い絶賛されています。古楽やバロック・オペラを中心に歌うようになったのは、どのようなきっかけがあったのですか?

大学に入る前に声楽を勉強していた時にパノフカという声楽教本があって、コロコロした曲を歌う練習を積んでいたらバロックのレパートリーを歌えるようになったんです。先生も「あなたはバロックが向いている」と言ってくださり、藝大の受験もヘンデルのコロラトゥーラがたくさんある曲を歌いました。自分でもヘンデルが好きだし、こういうものを歌っていくのではないかなと大学一年生の時から思っていましたね。大学では古楽科の授業にも入り浸るようになります。そうすると学生のうちから古楽のお仕事を頂けるようになり。
一方、声楽科の同級生たちは、本当に華があるというかパーっと歌える方ばかりで、自分だけそれができなくて。それでちょっとコンプレックスもあって、私はもう少し古い時代のもの、人がやらないものを選んできたという面はあります。オペラを観るのはすごく好きなんですが…。

ーー今回のモーツァルト《羊飼いの王様》はバロック・オペラに近いスタイルの作品のように思いますがいかがですか?

そうですね。私自身はモーツァルトには少し苦手意識があったというか、あの美しい旋律を自分は歌えないのでは?という気持ちがありました。コロコロしたのが得意だった分、長い旋律が苦手だったので、ずっと避けて来たんです。ただ、《羊飼いの王様》はモーツァルトの初期の作品でバロックからの流れの中にあるので、A-B-A'形式を使ったコロラトゥーラのアリアが多く、あまりストレスがなく練習に入り込めています。タミーリ役をとお声がけいただいた時に、アリアなどを調べてみて、これなら歌えるかもしれない、と思いました。

ーータミーリ役は《羊飼いの王様》の中でも特に、恋人への感情などがリアルに描かれた素晴らしいキャラクターだと思います。これまで中山さんの主演したオペラをいくつか聴かせていただいて、装飾歌唱が正確なだけではなく表現がカラフルというか、個性的な点が特に好きだったので、タミーリ役をどのように歌われるのかとても楽しみです。

そう言っていただけるのは嬉しいです。言い方は悪いのかもしれませんが、きれいに体裁を整えて歌を破綻なく作り上げることもできる中で、そうではなくて人間味のある歌を歌いたいと常々思っているんです。私も挫折がたくさんあり、紆余曲折すぎる歌の人生なのですが、そういう自分が辿って来た道だったり、良かったこと悪かったこと、嬉しかったことも悲しかったことも全部含めて、それを音楽にちゃんと落とし込みたいというか、人間味のある、自分にしかできない色のある歌を歌いたいと思っています。心をオープンにして歌うということはいつも心がけているので。

ーー挫折があったというのは歌の技術的なことですか?それとも表現に関することでしょうか?

挫折と思うことは色々と多いのですが、中でも2018年に命に関わる大病をしたことが大きかったです。それまで自分では元気だと思っていたら、バッハ・コレギウム・ジャパンのヨーロッパ・ツアーに同行する出発2日前に具合が悪くなって入院してしまいました。そこから治療をしながら歌は続けてきましたが、体調的に全然歌えない時期もありました。ようやく最近、頑張って以前のように、というかアップデートをして今の歌い方をできるようになったんです。

ーーそんな大変なことだったとは知らずに質問してしまい申し訳ないです。

いえいえ。今では前よりもありがたみを感じるというか、歌に対する向き合い方も変わったと思います。

中山美紀

中山美紀

ーー中山さんの歌う喜びが、《羊飼いの王様》のタミーリ役の、辛いことを乗り越えてハッピーエンドになるという音楽にもマッチしそうですね。

タミーリは、敵役の暴君の娘ということで、国を追われて王女様から羊飼いになっている女性で、恋人とも離れ離れになっている辛い状況です。それでも恋人への愛を捨てないで誠実に生きているのが魅力だと思います。コロラトゥーラのアリアではA-B-A'の繰り返しの部分で、装飾をつける余地があると思うので、指揮の園田先生にダメと言われるまで色々とやり切りたいです(笑)。

ーーダメどころか、園田マエストロはそれを期待して中山さんにこの役をお願いしたのではないかと思いますので、当日の演奏が楽しみです。最後に公演に向けての抱負をお願いいたします。

今回《羊飼いの王様》は演奏会形式なので、声と字幕で楽しむという感じになると思いますが、その中でも、人物の内面が見えるような歌を歌いたいと思っています。今はタミーリの言葉を一つ一つ読みながら、なぜ彼女はこう言っているんだろう?と考える作業をしているところですが、一人の人間として歌えるようにと思っています。それから共演の皆様が素晴らしいので、自分も出演する立場で言うのもあれですが、勉強させていただきながら頑張りたいです。私にとっては大舞台ですし、モーツァルトはこれまで私が歌って来た中で最も新しい時代の作品ですから、挑戦ではありますが、持っている楽器で、自分らしい表現ができるようにと思っています。

《フィガロの結婚》スザンナをいつか歌ってみたいという中山さん。《羊飼いの王様》タミーリ役にも、生き生きとした命を吹き込んでくれそうだ。


取材・文=井内美香

公演情報

神奈川県民ホール presents 藤沢市民オペラ 連携事業 オペラシリーズ
モーツァルト オペラ《羊飼いの王様》全2幕
(演奏会形式/イタリア語上演・日本語字幕付)
 
日程 2025年11月8日(土)~11月9日(日)14:00開演 (13:15開場)
会場 藤沢市民会館 大ホール
 
出演者
園田隆一郎(指揮/藤沢市民オペラ芸術監督)
小堀勇介(アレッサンドロ大王)、砂川涼子(アミンタ)、森麻季(エリーザ)
中山美紀(タミーリ)、西山詩苑(アジェーノレ)
矢野雄太(チェンバロ)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)
 
【アフタートーク開催】
日時 11月8日(土)、9日(日)各日公演終演後
登壇者
園田隆一郎(指揮・藤沢市民オペラ芸術監督)
井内美香(司会・進行)
 
※やむを得ない事情により、内容・登壇者等が変更になる場合がございます。
※詳細は決まり次第HPで発表いたします。
 
料金
S席:6,500円 A席:5,500円 B席:4,500円 C席:3,500円 U25(S席・A席):2,000円 U25(B席・C席):500円
 
お問い合わせ
神奈川県民ホール 045-662-5901 (代表) 平日 10:00-17:00

公演情報

神奈川県民ホール presents モーツァルト オペラ《羊飼いの王様》関連企画 第1弾
『歌って、弾いて、お話しして
~ ご存じ青島広志先生のモーツァルト・レクチャー ~』
日程 2025年9月13日(土) 15:00 開演 (14:30 開場)
会場 寒川町民センター
 
出演者
青島広志(ピアノ・お話)
 
中山美紀(ソプラノ)
布施雅也(テノール)

<予定曲目>
モーツァルト
●音楽のさいころ遊び K.294d(516f)
●フランスの歌 「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲(きらきら星変奏曲) ハ長調 K.265
●ピアノ・ソナタ 第11番 K.331より 第3楽章「トルコ行進曲」   
●モテット《踊れ、喜べ、幸いなる魂よ》K.165(158a)より「アレルヤ」
●オペラ《フィガロの結婚》K.492 より「さあ ひざをついて」(スザンナ)
●オペラ《ドン・ジョヴァンニ》K.521 より「私の恋人を慰めて」(ドン・オッターヴィオ)
●オペラ《魔笛》K.620 より「何と不思議な笛の音」(タミーノ)
●オペラ《羊飼いの王様》K.208 より
ほか

料金
全席指定 一般:2,000円 60歳以上:1,500円 U24(24歳以下):1,000円
 
お問い合わせ
神奈川県民ホール 045-662-5901 (代表) 平日 10:00-17:00
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