草彅剛×白井晃、3度目のタッグに「命燃やしたい」 舞台『シッダールタ』で描く対比と欲、求道

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インタビュー
舞台

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ノーベル文学賞受賞作家であるヘルマン・ヘッセの最高傑作『シッダールタ』に草彅剛が挑む。朝ドラこと連続テレビ小説『らんまん』の長田育恵が脚本、演出を白井晃、音楽は三宅純と最強のクリエイターに囲まれて、「人にとって最大の謎は自分が自分自身であるということ」という“自我”について探求していく。共演者も杉野遥亮、瀧内公美、中沢元紀、ノゾエ征爾など個性的な面々が集った。

草彅は、実在する宗教家の仏陀(釈迦と言われる仏教の始祖ブッダ)と同じ名を持つ青年シッダールタと、現代を生きる男の二役を演じる。

24年に公開された映画『碁盤斬り』でも第48回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞、Netflixオリジナル映画『新幹線大爆破』も好評で、演技派俳優としての才能を煌めかせている草彅。舞台は『ヴェニスの商人』、『シラの恋文』などに出演してきた。白井とは『バリーターク』(18年)、『アルトゥロ・ウイの興隆』(20年、21年)に続いて、今回が3作目のタッグとなる。

自我の探求から世界のありかたに思いを馳せる壮大な物語への挑戦を前に草彅と白井にいきごみを語り合ってもらった。対談の前の2ショット撮影では、草彅は白井にさっそく台本を読んで疑問に感じた箇所を熱心に質問していた。3度目のタッグなのですっかり和んだ様子で対談がはじまったーー。

――撮影中もたくさん作品についてご質問をされていましたね。

草彅:"シッダールタ"。シッダールタってようやく言えるようになってきた(笑)。台本を読むと馴染みのないインドの言葉が出て来て、それをいま、白井さんに質問していました。

――未知のことを勉強中らしい草彅さんですが、宣伝美術の写真を見るともうすでに解脱の域に行っているような気もします。撮ったときはどういうお気持ちでしたか。

草彅:白井マジックというものがあって、この写真はまさしく白井マジックです。ポスター撮影のとき、白井さんはいつもすごく丁寧に説明してくださるんですよ。これまでご一緒した『バリーターク』『アルトゥロ・ウイの興隆』でもそうでしたが、台本を読まずとも、白井さんの熱量で僕がどのように演じたらいいか理解できるんです。白井さんの話を聞いてイメージしたものを表現すると、白井さんのイメージと僕の演技が合致して、さすがは俺たちだ! というものになるんですよね。白井・剛、草彅・晃って感じですよ(笑)。

白井:(笑)。「白井さん、この話はどんな話なんでしょうか」と質問されたので、こういうふうなことが書いてあるのだと、ほんの数分、お話しさせてもらいました。草彅さんは吸収力が高く、僕の話を数分聞いていただいただけで「なるほどね、わかった気がする」と言って撮影に臨まれ、僕が望んでいた表情と瞑想の雰囲気を一発で作り出してくださって。だから安心して撮影を見ていました。

草彅:お褒めいただきありがとうございます!

舞台『シッダールタ』メインビジュアル

――瞑想のイメージなんですね、解脱の域ではないんですね。

白井:まだ解脱の域じゃないです。といいますか、シッダールタはずっと解脱できていないのかもしれない。ずっと解脱を目指している人。自分が何者か、どうあるべきか知ろうとし続ける求道者だと僕は思っています。

草彅:道を求めるーー白井さんと僕の演劇人生は求道そのものですよね。『バリーターク』は“新しい地図”を広げてすぐの仕事でしたし、白井さんは僕の人生のターニングポイントに寄り添ってくれている方だと感じています。『アルトゥロ・ウイ〜』もそうでしたし、今回も絶対そうなると思っています。

今回、『シッダールタ』という挑戦しがいのある作品を僕に持ってきてくれたことがすごく幸せです。今までもそうでしたが、台本を読んでも、どうやっていいかとか、どうなるかってわからないんですよね。でも、それはもう稽古でやっていくしかなくて。その過程が苦しくもあり、一方で楽しくもある。その過程こそ「求道」だと思います。舞台ってそういうものだと思うんですよ。その日その日、同じ時間に劇場に行って、お客さんも同じ時間に見に来て、その1回に賭ける。人生と演劇が融合していく。それこそ求道ですよね。

――『シッダールタ』のヘッセも『アルトゥロ・ウイの興隆』を書いたブレヒトもドイツで戦争を体験されています。『アルトゥロ・ウイ』で草彅さんが演じたヒトラーのような人物と今回のシッダールタは真逆な気がして興味深く思いました。白井さんはドイツに生まれ、戦争を体験している作家というものの中にあるものをどのように感じ、今回はどのように表現したいと思っていらっしゃるのでしょうか。

白井:僕は、20世紀初頭の作家、それから文学者や劇作家、演劇人が作った作品に前からずっと興味があります。20世紀初頭は混乱の時期でした。第一次世界大戦、第二次世界大戦と戦争が続き、大波乱の世紀だったと思うんです。その中で人類は、経験したことに基づき平和を求める方向に向かっていたのだけれど、21世紀になってまた同じことを繰り返しそうな空気を、もう10年くらい前からずっと感じています。ヒトラーが政権を獲ったのが1933年で、その100年後の2033年に近づいています。強権の為政者が現れてくる時代を、今、我々はなんとなく肌身で感じている。20世紀初頭に描かれた作品には、そういう空気が入っているものが少なくありません。

ヘルマン・ヘッセもそのひとりで、『デーミアン』や『シッダールタ』は第一次世界大戦というものとは切り離せない。僕は演劇という一つのフィクションの中に、過去の作品を巧みに織り込んで、その時代の空気感を再現し、現代のお客さんたちに僕たちの生きているこの社会とは何だろう、生きている僕たちのこの生活は何だろうということを共に考えませんかということをメッセージとして伝えたいと思っています。そんなときに、草彅さんが重要な存在なんです。

初めて僕が『バリーターク』で草彅さんと一緒に仕事をしたとき、一緒に物を作っていく至福の喜びを得ました。次に何をやってもらおうかと考えて、以前からどこかでやりたいと思っていたブレヒトの『アルトゥロ・ウイの興隆』を草彅さんにやってもらったら、絶対に面白くなるはずだと、直感めいたものがあって。ああいう形でひとりの権力者を演じてもらいました。

それをやり終えて、次は、ヒトラーのような独裁者が現れるときに、私たちは一体どういうふうに考えて生きていけばいいのか、それに抗って生きていけばいいのかと、真逆の立場から考えるものも描きたいと思っていました。そのとき、昔読んでいたヘッセの作品群が浮かんで、シッダールタはアルトゥロ・ウイをやっていただいた草彅さんにこそやってもらいたいなとこれもまた直感的に思いました。

草彅:白井さんの直感は的中しますから。声をかけてもらって本当に嬉しかったです。

――草彅さんは、かつて演じた言葉で人を煽っていくという役と、今回演じるそういう行為に疑問を呈して探求していく役を演じる違いについてはどうお感じですか。

草彅:アルトゥロ・ウイとシッダールタはポジとネガみたいなもののようにも思えます。白黒あるいは対極の印象があります。

ただ、もしかしたらウイの中にもシッダールタの要素もあるかもしれないですよね。思い出したのは、『アルトゥロ・ウイ〜』の終盤、松尾諭さんが演じた人物が亡霊になって出てきたシーンでは、ウイはそれまで自分が行ったこと――民衆をさんざん煽っておきながら、どこか後ろめたい気持ちを感じていて。それが、もしかしたらシッダールタに通ずるところあるのではないかという気がしてきました。一見まったく違う人物のようで、決してかけ離れた存在ではないのかもしれない。それを白井さんの直感でシッダールタを草彅剛でいけるんじゃないかとピンとくるのがさすがだと思う。

『アルトゥロ・ウイ〜』もすごい作品だったけれど、たぶんこれもとてもやばい舞台になりますよ。ポスタービジュアルからいいグルーヴが来ちゃってますから。ウイを超えちゃいますよ! もはや事件です(笑)。この事件をね、たくさんの方々に見ていただきたいです。

――草彅さんはスターとして、コンサートやトークなどで、人に言葉を投げてすごく楽しませてくれます。大衆に対する自分の言葉っていうものをどういう風に意識されていますか。

草彅:僕自身が? いやあ、何も考えてないですね(笑)。とりあえず何か言っているという感じで。そういう意味では、無我の境地を目指しているシッダールタはもしかしたら本当に僕に向いているかもしれないです。最も何も考えなくていい役……というか、余計なことを考えてもできる役じゃないと思う。白井さんはそれを感じ取ってくれたんじゃないかな。白井さんの判断は正解です(笑)。

白井:いや、あの……(照れ笑い)。

草彅:白井さんはすごく高いレベルで僕のことを見抜いているのだろうと思います。

――人はいろいろな欲望を抱えてしまうこともありますが、草彅さんにはそういうものは一切ないのですか。

草彅:いやいや、そんなことないですよ。例えば、僕には物欲はあります。ジーパン、欲しいなぁ欲しいなぁといつも考えていますから。ヴィンテージデニムをネットで見かけると、その後ずっと、まだ売れてないかなと気になっちゃって……。もしかしたらそういう身近な欲って、もう何万年も前から変わらないんじゃないかな。肉が食べたくて全力で追いかけるわけだから。ウサギが食べたいという食欲と、あのジーパンが欲しいという物欲は同じだよね。肉を手に入れたい!カメラを手に入れたい!ジーンズを手に入れたい! すべて同じかもしれないし、そういうところももしかしたらシッダールタと似ているかもしれない。もう役作り、バッチリなんじゃないかな。さらにもっと役になるには、ヴィンテージデニムのことを考えなければいいかもしれないですね(笑)。

――すごく哲学的なお話を現代の我々にわかりやすく伝えていただけるように、長田さんの戯曲も工夫されているように感じます。白井さんは一般のお客様に見せる工夫を今回、どのように考えていますか。

白井:ヘルマン・ヘッセの小説をベースに劇作を長田さんに考えていただくにあたり、小説の言葉から舞台上の表現として役者がしゃべるセリフにはどういう言葉は最適かピックアップしていきました。会話の場合、2人の環境がどうなっていると最もわかりやすいだろうかなど、随分とディスカッションを重ねるなかで、シッダールタの人物伝というような過去の物語にするのではなく、我々の今の物語だというふうにするために『デーミアン』というもう一つの作品を合わせるのはどうかと、僕が提案しました。そのためのアイデアとして、例えば、現代を生きる報道カメラマンを登場させました。

これは草彅さんに話して面白がってもらったことなんです。あまり具体性を持たせない程度に、匙加減を長田さんと僕とで話し合って作っていきました。この物語は決して難しくはなく、むしろ非常に分かりやすい。草彅剛が演じる求道者、というか、自分とは何かと自分自身を突き詰めようとしている人間の姿を、今の人たちにも共感できる形にできたらと思います。

草彅:昔のインドと現代と、時代を行き来しているように描くことで、ストレートな古典や昔話ではなく、感情移入しやすいだろうと思います。演じる側としても白井さんがそこをどう演出するのか楽しみです。この作品に、自分の命を燃やしたい、そんな気持ちでいっぱいです。

白井:先程、草彅さんの吸収力はすごいとお話しましたが、稽古するとき、耳をそばだてて真剣に僕の話を聞いていて。もう瞬きしないで僕の顔を見ているんですよね。そしてひとしきり僕が話し終えると、「わかりました」と言って、自分の体を使って、僕の言ったことを具現化する。こっちの話を集中して、スポンジのように全部吸収してしまうんだと思います。

――いまも、聞いている表情がとても素敵でした。草彅さんは、例えばステージに立っていて、観客のちょっとしたざわめきというか反応に耳をそば立てることはありますか。

草彅:無意識の中で聞いているのかもしれないですよね。でもあまりそれを気にしていてもなあとも思います。習慣で、ステージに立ったとき、お客さんの笑い待ちをしてしまうのですが、それをやりすぎちゃうとどんどんテンポが遅くなっちゃうこともあるんです。ときにはもうそれを無視して進めることもあって。僕にとって聞くということはバランスをとることかもしれないですね。

白井:草彅さんの吸収力の高さによって、ウイだったらウイの色に本当に染まっていただけたし、今回のシッダールタもそうなると思います。それが僕にとっては一緒にやっていてとても楽しいところです。

草彅:こんなふうに褒めてくれて嬉しいですが、白井さん、たまにね、僕のことを「稲垣さん」って言い間違えるんですよ(にやり)。

白井:違う、違う(焦)、あれはね。ちょうど直近で稲垣さんと仕事をしていて、稲垣さんと草彅さんの個性の違いを考えていたところで。つい草彅さんを「稲垣さん」と言ってしまったんですよ。

草彅:ジョークですよ(笑)。ちなみにそれを吾郎さんに言ったら『俺のことは「剛」って呼んだことないよ』ってなんかドヤ顔で言ってました(笑)。

【草彅剛】ヘアメイク:荒川英亮 スタイリスト:細見佳代(ZEN creative)

取材・文=木俣冬 撮影=荒川潤

公演情報

舞台『シッダールタ』
 
【原作】ヘルマン・ヘッセ「シッダールタ」「デーミアン」(光文社古典新訳文庫 酒寄進一訳)
【作】長田育恵
【演出】白井 晃
【音楽】三宅 純
 
【出演】
草彅 剛、杉野遥亮、瀧内公美
鈴木 仁、中沢元紀、池岡亮介、山本直寛、斉藤 悠、ワタナベケイスケ、中山義紘
柴 一平、東海林靖志、鈴木明倫、渡辺はるか、仁田晶凱、林田海里、タマラ、河村アズリ
松澤一之、有川マコト、ノゾエ征爾
 
【美術】山本貴愛 【照明】齋藤茂男 【音響】井上正弘 【映像】栗山聡之 【ヘアメイク】川端富生 【衣裳】前田文子
【ステージング】平原慎太郎 【演出助手】加藤由紀子 【舞台監督】田中直明
【プロデューサー】大下玲美(世田谷パブリックシアター) 【世田谷パブリックシアター芸術監督】白井 晃
 
【宣伝美術】永瀬祐一 【宣伝写真】設楽光徳 【宣伝衣裳】堀井香苗 【宣伝ヘアメイク】川端富生、荒川英亮(草彅剛)
 
 
◆東京公演
【公演日程】2025年11月15日(土)~12月27日(土) 世田谷パブリックシアター
【主催】公益財団法人せたがや文化財団、TBS、イープラス
【企画制作】世田谷パブリックシアター
【後援】世田谷区
【協賛】東邦ホールディングス株式会社、トヨタ自動車株式会社
【協力】東急電鉄株式会社
 
【一般料金】S席(1・2階席)12,000円/A席(3階席)9,000円(全席指定・税込)
【一般発売】9月21日(日)AM10:00~
【お問い合わせ】世田谷パブリックシアターセンター 03-5432-1515(10:00~19:00)
 
◆兵庫公演
【公演日程】2026年1月10日(土)~1月18日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【主催】関西テレビ放送、兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
 
【一般料金】12,000円(全席指定・税込)
【一般発売】11月1日(土)
【お問い合わせ】芸術文化センターオフィス 0798-68-0255(10:00AM‐5:00PM/月曜休み ※祝日の場合翌日)
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