ミュージカルが小学校で流行る街~世界の舞台の面白さ(3)ウエストエンド編~

2016.3.28
コラム
舞台

『レ・ミゼラブル』を上演中のクイーンズ劇場

ブロードウェイと並ぶ世界最大の劇場街

筆者がミュージカルおたくになったきっかけは、ロンドンに住んでいた8歳の時に、当時まだ開幕して3年ほどだった『レ・ミゼラブル』を観たことだ。演劇に特に関心のある家庭というわけでもなかった中、なぜ観に行ったかというと、通っていた小学校で流行っていたから。全ての学校でそうとは言い切れないが、日本で言う「あのゲームぐらい持ってないと友達の会話に入れないから買ってよ~」みたいなノリだったことを考えると、ロンドンというのがそれだけ演劇の根付いた街であると言うことはできそうだ。

ミュージカルとの大切な出会いの場であるにも関わらず、その後の筆者がウエストエンド(以下WE)ではなくすっかりブロードウェイ(以下BW)派となり、この連載で真っ先に取り上げたのもBWだったことには二つの理由がある。一つは、世界最大の劇場街としてミュージカル・芝居を問わず数々の名作を世に送り出している両地だが、その内訳をよく見ると、やはりWEは芝居がメインであることだ。世界的メガヒット作の『レ・ミゼラブル』や『オペラ座の怪人』こそロンドン産だが、例えば近年のトニー賞とオリヴィエ賞(それぞれの地で最大の栄誉と言われる演劇賞)のノミネート作を比較すれば、ミュージカルはBWからWE、芝居はWEからBWという流れがあることは明らか。そして筆者は、芝居ならば海外ものより正直、野田秀樹や松尾スズキのほうがよっぽど面白いと感じている。

もう一つは、観光客の前にまず市民に根付いているからなのか、WEのシステムが何と言うか、“おたく心”をくすぐってくれないことだ。同じ劇場街とはいえ、WEはBWほど1箇所に密集しているわけではないため、まず「右を見ても左を見ても劇場!」というワクワク感がさほどない。また、BWではキャストやスタッフのプロフィールが載った「PLAYBILL」が観客全員に無料で配られるが、WEではわざわざ買わないとクレジットが見られないため、何気なく冊子に目を通しているうちに「この人はあの作品にも出てたのか!」と気づいて沼にはまっていく流れもない。それに、BWのようにの売れ行きが毎週ネットで公表されたりもしないので、海外からだと情報が追いにくいのだ。

古いものが好きで芝居が上手いイギリス人

そうは言っても、WEだってもちろん大好きで、2~5年に一度は行っている。その中で感じる面白さとしてまず挙げられるのは、「イギリス人って古いもの大事にするよね!」という点。そもそも劇場の多くが古いため、客席の1列が信じられないほど長いこと連なっていたり(中通路がないので、自分の座席が中央だと、遠慮がちな日本人はまず途中では出られない)、真夏に冷房が入っていなかったりする。そして公演も、長く続くことが非常に多い。冒頭の『レ・ミゼラブル』は、あれから30年近く経った今も、世界中で「新演出版」がスタンダードとなる中で「オリジナル演出版」のままロングランされ続けている。芝居に目を向ければ、何と1952年開幕の『マウストラップ』という強者までいるから驚きだ。

ロングランミュージカル1・2位の『レ・ミゼラブル』と『オペラ座の怪人』を折に触れて観てきた経験から言うと、WEでびっくりするようなロングランが可能なのは、演劇教育をしっかり受けてきたキャストやレジデント・ディレクター(劇場付の演出家)が、常に真摯に芝居に向き合っているからではないかと思う。それが、WEのもう一つの面白さ。BWでロングラン作品を観ると、舞台というよりもはや観光スポットのように、「これがかの有名なあの作品ですよ」的な見せ方になっていることが少なくない。だがWEでは、観る度に新たな解釈で演じられていて、時に「ここまでゼロに立ち返って作られると馴染めない…」と感じることもあるほど。だがその分、馴染めた時の感動はひとしおというわけだ。

ここで、第3回までの結論。初めて訪れるNYやロンドンでミュージカルを1本観たいなら、ブロードウェイではその時いちばんお客さんが入っている話題作、ウエストエンドでは定番のロングランものを選んでおけば、とりあえず間違いはないのではないだろうか。