ノット&東響、第3シーズン&創立70周年をいよいよスタート
ジョナサン・ノットと東京交響楽団、飛躍の第3シーズンが始まる © K. Miura
いよいよこの週末、ジョナサン・ノット音楽監督と東京交響楽団の第3シーズンが始まる。2011年の最初の共演からすぐ次期音楽監督へのオファーと、いわば「ひとめぼれ」をきっかけに2014年から始まった彼らの関係は、昨年音楽ファンを大いに驚かせた10年もの契約延長によって、より長期を見据えた本格的なものとなった。その演奏の充実ぶりは、この秋に行われる創立70周年を記念して行われる欧州ツアーで世界の音楽ファンが知ることになるだろう。
さて、その記念すべきシーズンの開幕公演を控えてミューザ川崎シンフォニーホールで行われたリハーサルの二日目、三日目の模様をレポートしよう(4月14&15日)。両日とも前半にリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」、その後にリゲティの順にリハーサルは行われ、公演前日の15日にはパーセル作品を演奏する神戸愉樹美ヴィオラ・ダ・ガンバ合奏団も参加し、実際の演奏会前半と同じ曲順でリハーサルは行われた。(以下、文中では敬称略)
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今回のコンサートのため、ノットはスタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」を念頭に置いて、リゲティとシュトラウス作品を集めた。「音楽作品そのものと作品がその後にたどる生との関係に、とても興味がある」(舩木篤也との対談より/東京交響楽団公式サイトに掲載)という彼は、ある意味潔癖になって独立した音楽だけにこだわるよりむしろ、すでに在る音楽への視線を前提として、その音楽が今、どのように作用するのかを問うのだ、という。
印象的な冒頭の部分が映画に使われたリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」は、15日には全体を通して演奏し、その後に数カ所の磨き上げを行った。場面ごとに明確に性格づけられた、見通しのいい音楽作りは、映画の中では30分強のうち冒頭数分しか使われないこの曲の、あまり知られていない「それ以降」の部分も美しく聴かせてくれる。どれだけ音楽が複雑に展開してもサウンドが濁らないのは、いまのノット&東京交響楽団ならではの美点だろう。
リハーサルでは全曲を通して演奏した後、曲を遡る形で修正を施していくのだが、その際の指揮者からの簡潔な指示と、直ちに指示に反応して演奏を変えていくオーケストラとの良好なコミュニケーションには大いに感心させられた。実際のコンサート会場はミューザとは音響の特性がまったく異なる東京オペラシティコンサートホールだが、彼らなら会場に合わせた音楽を聴かせてくれることだろう。
そして同じ対談で率直に語っているとおり、ジョナサン・ノットはなにより「リゲティをなるべくたくさん」演奏したいのだという。昨年11月にも、滅多に「演奏」される機会のない、100台のメトロノームのための「ポエム・サンフォニック」を取り上げたのは記憶に新しい。今回のプログラムではその念願通り、映画「2001年宇宙の旅」のクライマックスで使用された「アトモスフェール」(1961)に加え「ロンターノ」(1967)、そして「サンフランシスコ・ポリフォニー」(1974)を演奏する。
大作「サンフランシスコ・ポリフォニー」では大編成オーケストラが活躍する (提供:東京交響楽団)
これらの難曲を、細部まで緻密に修正を施していくノットは実に楽しげだ。なんでも、彼は本当にリゲティ作品を演奏することを楽しみにしていたそうで、リハーサルの合間に楽屋に戻る際にも「Beautiful…Wagner…」と上機嫌でつぶやいていたとのこと。
なんでも、彼によれば今回取り上げるリゲティ作品がワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、「ジークフリート」などに通じる性格の、ロマンティックな作品なのだ、という。また3日目のリハーサル(15日)では、演奏後にオーケストラに対して指示を出す際にはモーツァルトも引き合いに出している。我々がかってにイメージしてしまっている「現代」作品の音響とは違う、彼が楽譜から読み取ったリゲティの音があり、それは明日のコンサートで確信を持って示されることになる。
念願のリゲティ作品を振るノットはいかにも楽しそうだ (提供:東京交響楽団)
お読みいただいている皆さまの中には、よく知らないリゲティの音楽を前に身構えてしまう方もいらっしゃるかもしれないが、各セクションの分奏やコントラバス・クラリネットなどの特殊楽器、そしてピアノの内部奏法までも駆使したこれらの作品は、録音よりも視覚的な要素も加わる実演のほうが受け取りやすいように思う。キューブリックの完璧な映像がなくとも、リゲティの緻密なオーケストレーションが実際に音として展開されるさまは来場された皆さんの目を楽しませてくれるはずだ、今日の私が存分に楽しませてもらったように。
そしてコンサートの前半にはもう一つの「仕掛け」が施されている。リゲティの三つの作品を演奏する合間に、神戸愉樹美ヴィオラ・ダ・ガンバ合奏団がヘンリー・パーセルのファンタジアを演奏するのだ。つまりこのコンサートでは異例なことに、同じ舞台にオーケストラとヴィオラ・ダ・ガンバ合奏、二つのアンサンブルが登場することになる。
神戸愉樹美ヴィオラ・ダ・ガンバ合奏団はヘンリー・パーセルの名曲を演奏する
これらのアンサンブルは調律も違えば、ヴィオラ・ダ・ガンバと音域が近いチェロとも”素性”が違い、使用する弦さえ別物なのだ。そしてそれぞれが演奏するパーセルとリゲティの間には約300年もの時間的な隔たりがある、つまりまったく性格の異なる音楽が連続して演奏されることになる。さらに加えて、コンサート会場では通常のステージにオーケストラが、舞台上方のオルガン席近くにヴィオラ・ダ・ガンバのアンサンブルが配されるから、二群のアンサンブルは空間的にも隔てられて演奏することになるのだ。
リハーサル後にヴィオラ・ダ・ガンバ合奏団の神戸愉樹美に今回の公演について話を伺ったところ、「今回の共演は決まった時から楽しみにしていたし、光栄に思う」という。それもそのはず、神戸愉樹美ヴィオラ・ダ・ガンバ合奏団はルネサンス、バロックなどのいわゆる古楽に限定されないレパートリーで独自の活動を繰り広げているアンサンブルなのだ。こうした音楽的「越境」はむしろ得意な分野と言えるかもしれない。
今回はルネサンス期のポリフォニーを極めたパーセルの傑作を演奏できることが喜ばしく、それに加えて自分たちとはまったく違うオーケストラのサウンドから刺激を受けているとも語る神戸。リゲティ、パーセルの作品が互いに引き立て合うコンサートの前半は、聴き手にとってのみならず演奏家たちにも刺激的な機会となる。
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この二つのアンサンブルがいくつもの隔たりを超えて共演する異例のステージをつなぐ共通点、それはポリフォニー(多声音楽)だ。いわゆる「メロディーと伴奏」の形ではない、それぞれのパートが独自に音楽を奏でることで全体を形作る作曲上の技法は、300年の隔たりがあっても、作曲についての考えがいくら違っていてもパーセル、リゲティに共通するものだ。そしてもちろん、シュトラウスもまたポリフォニーの大家として知られた作曲家だ。
こう見てくれば、もう今回のプログラムが持つ性格を言い当てることもできるかもしれない。ジョナサン・ノット自身は対談の中で「コントラスト」(編成、時代などの)を特徴として挙げているが、このプログラムは「対話」をキーワードとして編まれているのではないだろうか。作品それぞれのポリフォニーが作品の中で繰り広げる展開は対話に近い、そしてまったく性格の異なる二つのアンサンブルによって時代も様式も違う音楽が交互に「対話」として演奏される。さらには実際の演奏そのものが、我々聴き手に問いかけて「対話」を促すことだろう。さて、この見立ては如何だろうか、と本稿をお読みいただいた皆さまに問いを投げさせていただき、リハーサルレポートの〆とさせていただこう。その答えはぜひ会場で、皆さまご自身でそれぞれに出していただければと思う、演奏のクオリティはリハーサルを聴かせていただいた不肖私が保証いたします故。
■日時:2016年4月16日(土) 14:00開演
■会場:東京オペラシティ コンサートホール
■出演:ジョナサン・ノット(指揮) 東京交響楽団(管弦楽) 共演:神戸愉樹美ヴィオラ・ダ・ガンバ合奏団
■曲目:
リゲティ:アトモスフェール
パーセル:4声のファンタジア ト調 Z.742、二調 Z.739
リゲティ:ロンターノ
パーセル:4声のファンタジア へ調 Z.737、ホ調 Z.741
リゲティ:サンフランシスコ・ポリフォニー
R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 作品30
*リゲティのアトモスフェールからサンフランシスコ・ポリフォニーまで(コンサート前半)は、切れ目なく演奏されます