大衆演劇の入り口から[其之拾四]・横浜、三吉演芸場とともに 喫茶「樹林」のストーリー

インタビュー
舞台
2016.5.10
(左)「樹林」外観。公演中の都若丸劇団のポスターが貼られている。 (右)人気のモーニング(500円)。

(左)「樹林」外観。公演中の都若丸劇団のポスターが貼られている。 (右)人気のモーニング(500円)。

店内に貼られた大入り袋。公演中の各劇団が店へ持ってくるという。

店内に貼られた大入り袋。公演中の各劇団が店へ持ってくるという。

「元気だった頃は、演芸場の楽屋までモーニングとコーヒーを出前したんだよ」

大きな目を細めながら、懐かしい話を聞かせてくれた。喫茶店「樹林」(きりん)のマスター・田中常介(たなか・つねゆき)さんと、カウンター越しのお喋り。

マスターの田中常介さん(2016/5/3)

マスターの田中常介さん(2016/5/3)

「樹林」は、横浜の大衆演劇場・三吉演芸場から歩いて約3分。店の表には演芸場で公演中の劇団のポスター、壁には各劇団の大入り袋が貼られている。役者・ファンの利用が多く、三吉演芸場と一体になって歩んできた。5/3(火)の朝に筆者が訪れると、数人のお客さんがモーニングを頬張りながら演芸場の開演を待っていた。忙しい合間を縫って、田中さんに思い出を語っていただいた。

「最初は大衆演劇を嫌がる声もあったわけよ」

――三吉(演芸場)に行く大衆演劇ファンの間ではすっかり有名な「樹林」ですが、いつ頃からお店を始められたんですか?

田中常介さん(以下、田) もうお店はね、35年くらいやってるんですよ。三吉の古ーい時代ですね。創業したときはうちの女房がやりだして、私は他のお店で、ファッション関係の仕事をしてたんです。それで10年経って、女房がもう体がきついから、辞めてお店はクローズしちゃうって言うから、それじゃ私が代わろうって言ってこっち来たんです。

――今のように大入り袋を店内に貼ったりしだしたのは?

 大衆演劇のことは私が入った後になって始めたんです。どういう風にしたらこの店にお客さんが来てくれるかなって、色々考えて模索して…。19年くらい前、三吉が一度建て替えられた頃(※)、三吉演芸場に勤めてる“おはつさん”って人がいたんですよ。“はっちゃん”って呼んでたんですけど。はっちゃんがお店にお見えになってね。“マスター、これから三吉演芸場が新しく建て直されるからね、そしたら演芸場の人たちも連れてくるから、そういう方面に進んでいったらどうだい?”なんて話してくれて。だけど、最初からこのお店にいるお客さんは、大衆演劇の役者なんか出入りするとそういう人たちが多くなるから嫌だ、とかさ。そういう声だってあったわけよ。

※平成8年~平成9年、三吉演芸場は一年半に渡る建て替え工事を行った。

――そうだったんですね…

 やだよあんな歌手みたいなの、なんて言う人だっていたんだよ、たくさん(笑)。好きな人、嫌う人、やっぱり半々ですからね。どの世界でも。

――それでもやろうって決めたんですね。

 そうそう。それではっちゃんが、大入り袋を持ってきてくれて。

――あそこに貼ってあるような…(壁の大入り袋を指す)

 そう。それをね、飾っていったのがはしりなの。そしたら横浜の大衆演劇のファンが、お食事会とかを「樹林」で開くようになったんですよ。“今日「樹林」で食事会やるけど、どうだい”って声かけてくれると、すぐ20人くらい集まるんですよ。だから昔は、三吉が引けた後まで開けてたんです。向こうが終わるのが夜9時でしょ?で、終わってから皆さんが来られて…役者さんも来て、食事会やったり。こっちが終わるのは夜11時とか12時になっちゃいますよね。やっぱり楽しかったですよ。ファンの方もみなさん、楽しかったと思いますねえ。

「樹林」内観

「樹林」内観

横浜の“ちゃん”と役者たちの思い出

 大衆演劇もそんなに盛り上がってないときがあって、ずっとぼちぼちやってたんですけど。三吉が建て直すって言ったちょっと前から、松井誠さん(※)をきっかけに、この辺の界隈の人たちも全部三吉へ行くようになったんですよ。あの頃は、松井さんが三吉に年に一回は乗ってて。すごかったよ、普段はガラガラの日もあったのに、松井さんが来るって言うともういっぱいになっちゃいますから。

※松井誠さん…昭和61年に三吉演芸場で劇団を旗揚げ。公演を重ねるにつれ人気が高まり、平成10年元日には建て替えられた三吉演芸場のこけら落としを務めた。

――それまでは、あまり地元の方は行っていなかったんですか?

 意外とね、近所の方ってね、人の目があってね、行かないんですよ、どういうわけか(笑)。なんつうんだろ、大衆演劇に対して偏見がある。

――ああいうものを観に行くのが、ちょっと恥ずかしいというような…

 そうなんです、あるんですねえ、そういうのって。今でこそ皆さんこうやって行くけど、ちょっと前までは…。下火になっちゃってた大衆演劇を、この地域では松井さんが盛り上げてくれた。それで三吉は閉館にせずに、演芸場を、この文化をね、未来へ繋げようっていうことで、なんとか建て直したわけですよ。松井さんの息子の松井悠くん(劇団悠・松井悠座長)は、今も年中、座長さんになってからもお見えになってくれて…

――来月、三吉演芸場は悠さんの劇団が公演しますね。

 そうなんですよ、またお見えになってくれると思うんですよね。

劇団悠・松井悠座長(2015/3/8) 2016年6月は三吉演芸場公演だ。

劇団悠・松井悠座長(2015/3/8) 2016年6月は三吉演芸場公演だ。

――今は若丸さん(都若丸劇団・都若丸座長)が乗ってますから、また今月は「樹林」にもお客さんが多いんじゃないですか?

 多いですね。どの劇団も色々考えるんだけども、どうしてこう人気がねえ、出る人は出るのかなぁっていうことを考えたりするとね…私の偏見かもしれないけど、やっぱり座長さんだろうなぁ。座長さんの構成力だとか、芝居やショーの作り方だとか、こう、お客さんにアピールできる能力を持った座長さんが生き残っていけるみたいですねえ。

――最近だと、誰の公演時にお客さんが多かったですか?

 若丸さん、良太郎さん(劇団九州男・大川良太郎座長)、大五郎さん(橘劇団・橘大五郎座長)も結構人気あるんですよ。それからたつみさん(たつみ演劇BOX・小泉たつみ座長)、恋川さん(桐龍座恋川劇団・恋川純座長)。飛龍さん(近江飛龍劇団・近江飛龍座長)も、今は体壊しちゃってるのが残念なんですけど、以前からお客さんがよく入りますね。

――飛龍さんの体調、心配ですね。

 以前は三吉に乗った人たちにも色々あって…恋川純弥さんもいないしね…。橘炎鷹さん(劇団炎舞・橘炎鷹座長)もさ、三吉へはよく乗ってて、良かったけどね~…。

――炎鷹さん、お店にも来てらしたんですか。

 お店にも来てた。もう、私とは仲良いほうで。炎鷹さんがさ、私をね、横浜の“ちゃん”って呼んだりしてさ (笑)

――ご店主のことを“ちゃん”って?

 そうそうそう(笑) あっはっは(笑)

――かわいいですね!来月、炎鷹さんは浅草木馬館公演なので、観に行ったとき言っときますよ!「樹林」のご店主が懐かしがってますって。

 そうですかー、言っといて(笑)

劇団炎舞・橘炎鷹座長(2015/11/29)

劇団炎舞・橘炎鷹座長(2015/11/29)

 元気な頃はね、演芸場の楽屋のほうまで出前に行ったんですよ。朝だったらモーニングとコーヒー持ってきてって、楽屋から注文があって。お昼だとハンバーグかな…恋川の純弥・純、あの兄弟が、ハンバーグを毎日頼むの!

――毎日「樹林」のハンバーグですか?

 うん(笑)。あははは(笑)

――よっぽど好きだったんですね。

(左)恋川純弥さん(2016/3/20) (右)桐龍座恋川劇団・恋川純座長(2015/4/11)

(左)恋川純弥さん(2016/3/20) (右)桐龍座恋川劇団・恋川純座長(2015/4/11)

 大ちゃん(橘大五郎座長)もよく来る。大ちゃんもね、「樹林来るともうホントにねえ、な~んかホッとするんだよなぁ~」って言うの。

――良いですねえ~。

橘劇団・橘大五郎座長(2015/8/2)

橘劇団・橘大五郎座長(2015/8/2)

 大ちゃんとは付き合いが長―いから。もうこんな頃から(手で子どもの背丈を示す仕草)、中学卒業してからずーっと。たつみさんにしても、10代でまだ座長になる前から見てるんだよ。今はもう30越したってさ(笑)。

――たつみさんは今月のお誕生日で35になられますね。

 ねえー。長くやってると、そういう成長が楽しみだよね。

大衆演劇雑誌がどっさり!

店の隅に大衆演劇雑誌のバックナンバーがずらり。

店の隅に大衆演劇雑誌のバックナンバーがずらり。

――『演劇グラフ』『花舞台』のバックナンバーがいっぱいありますね。

 最初は買ってきたと思うんですけど、わーっと色んなところから集まって、次第に増えてあんなになっちゃったの(笑)。古くなっても捨てられないじゃないですか。その当時のあれがあるからさ。

――今は買い足してはらっしゃらないんですか?

 今はね、もう場所がいっぱいになっちゃったからさ。しかも、今こう…(スマホをタップする動作)

――インターネットですね…。

 手軽にわかるような時代になってきてますからね、大衆演劇の雑誌自体も減ってきちゃったんですよねー。

――私、大衆演劇雑誌がいっぱいあるって聞いて、それを読みたくて何回か「樹林」に来てました。

 そうですか、ははは(笑)

――そういうお客さんもいらっしゃるんじゃないですか?

 そうですね。面白いのがね、あるお客さんが、『演劇グラフ』に自分の好きな役者が載ってたっつうの。で、これ分けてちょうだい、分けてちょうだいって言われたんだよ。でも、これね、分けるっていうわけにいかないから、これ見たかったらここに来りゃいいじゃないのって言ったんだけど。でも、欲しい欲しいって(笑) う~~ん、しょうがないなぁ…って、ね?(笑) 

――差し上げたんですか?結局。

 (笑ってうなずく)

 

始終、愛嬌たっぷりの語り口。朗らかな笑顔が、コーヒーを淹れながら、三吉演芸場をずっと見守ってきた。大衆演劇ファンの皆様、三吉観劇の際にはぜひ「樹林」に立ち寄ってみてほしい。モーニング(500円)は厚いトーストがおいしく、昼の部の観劇前に訪れて腹ごしらえをするのもおすすめだ。三吉演芸場からの行き方は以下の通り。

三吉演芸場外観

三吉演芸場外観

演芸場を出て右方向へ歩く。

横浜橋通商店街」に進む。

花屋がある角で左に曲がる。しばらく進むと、右手に「樹林」が見える。

ドアを開ければすぐ。

「はい、いらっしゃい!」

マスターの元気な声と笑顔に出会えるはずだ。

店内メニュー表

店内メニュー表

 
喫茶店 樹林
営業時間:9:00~19:00
定休日:月曜日
 
問い合わせ先:045-251-4115
●横浜市営地下鉄「阪東橋駅」より徒歩約7分
地図はこちら(googleマップ)
 
三吉演芸場 公演情報
三吉演芸場5月公演 都若丸劇団
会場:三吉演芸場 公式サイト 
期間:5/1(日)~5/29(日) 夜の部まで
休演日:5/9(月)、5/16(月)、5/23(月)
公演時間:昼の部13:00~16:00  夜の部:18:00~21:00
料金:2200円 
指定席予約料金:300円 
電話:045-231-7633
※予約なしにフラッと行っても観られるのが大衆演劇の魅力の一つ。だが前方の席で観たい・友人と並んで席を取りたいという場合には予約しておくと確実だ。特に昼の部は混雑が予想される。
 
問い合わせ先:045-231-7633
神奈川県横浜市南区万世町2-37
●横浜市営地下鉄「阪東橋駅」より徒歩10分
●横羽線「横浜公園出口IC」より5分、または東名高速「横浜町田IC」より30分
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