21世紀ならではのヴァンパイア誕生!宝塚宙組『ヴァンパイア・サクセション』

レポート
舞台
2016.5.18
宝塚宙組公演ミュージカル・プレイ『ヴァンパイア・サクセション』

宝塚宙組公演ミュージカル・プレイ『ヴァンパイア・サクセション』


現代を生きる耽美ではないヴァンパイアを描いた、真風涼帆を中心とした宝塚宙組公演ミュージカル・プレイ『ヴァンパイア・サクセション』が、KAAT神奈川芸術劇場で上演中だ(23日まで)。

永遠の命を持ち、夜毎美女の生血を求めてさすらう吸血鬼=ヴァンパイア伝説は、数々の物語を生んでいて、これまでに宝塚でも取り上げられている。と言うのも、本来の成り立ちに幻想性と虚構性のある宝塚の男役にピッタリの題材だからなのだが、今回石田昌也が描いたヴァンパイア像は、そんな耽美でシリアスでファンタジーなイメージを裏切るかなりの変化球。その意外性が、作品の最大の眼目となっている。

物語は、現代2015年のニューヨークからはじまる。この時代に蘇ったヴァンパイア、シドニー・アルカード(真風涼帆)は、およそ700年の間、眠りと目覚めを繰り返すうちに「退化という進化」を遂げ、人の生き血を必要とすることもなくなり、かつては最大の敵であったヴァンパイア研究家の末裔ノイマン・ヘルシング(愛風ひかる)と友情を育み、新聞記者兼小説家であるノイマンに、700年間見聞きしてきた歴史のあれこれを、小説のネタとして提供しながら生活を営んでいた。ある日、ノイマンの出版記念パーティを兼ねたハロウィン・パーティに参加したシドニーは、歯科医を目指す女子大生ルーシー・スレイター(星風まどか)に出会い、元彼で幼馴染のランディ・ケンパー(和希そら)からのアプローチを持て余していたルーシーの、恋人を装う役目を引き受けてしまう。9.11のテロ事件で両親を失ったトラウマを抱えつつ前向きに生きようとするルーシーと行動を共にするうちに、限りある命の輝きに惹きつけられるシドニー。そんな彼に、生死の狭間を彷徨う幽霊のカーミラ(伶美うらら)は、ヴァンパイアが人間になる条件は「誰かを真剣に愛し、愛されること」だと告げる。永遠の命か、限られた命か。心揺れるシドニーだったが、一方彼の背後には、永遠の命の謎に迫るES細胞研究家のジェームズ・サザーランド(華形ひかる)をはじめ、永遠の命を軍事利用しようとする極秘の国家プロジェクトが暗躍して……。

現代を生きるヴァンパイアが、生き血を必要としない体質に変化していて、人間との共生が可能になっている、という発想がまずよく考えられているのだが、更に、鏡に映らない、写真に写らない、日に当たれない、ニンニクが食べられないなどの「不便」を抱えて人間を羨ましがっているあたりは、作品がコメディとして定義されているならではのことだろう。とにかく、舞台にはポップで軽いノリの台詞がポンポンと飛び交っていて、軍事利用を目的として永遠の命を求める人間側の、よく考えたらかなりシビアな部分を覆い隠している。これが、元々スマートフォンや、SNSなどの現代ならではのツールや、9.11などの現実の問題とは、決して相性が良いとは言えない「宝塚」の虚構性と題材とをつなぐ緩衝材となっていて、ヴァンパイアものの謂わば定番のテーマでもある限りある命の美しさと、今を懸命に生きることの尊さに帰結する展開は実にハートフルだ。中で、ここをもう1歩押せば、もっとラブロマンスの香りが際立つだろうに、と思わせるところで、笑いに走る部分も散見されるのだが、それが石田昌也という作家らしいある種の照れを感じさせて微笑ましくもある。作品がロマンスに真っ正直にならずとも、宝塚の男役と娘役という虚構の美があれば、十分舞台はロマンチックになることを、この作家は熟知しているのだろう。相当にひねったヴァンパイアものの発想を含めて、あらゆる意味で石田ワールドならではの作品になっていると言えよう。

そんな作品で、人間への羨望を抱えながら生きるヴァンパイア、シドニーを演じた真風涼帆の悠然とした男役らしさが、役柄によく活きている。元々常に舞台に大きさを感じさせて、おそらく世に言う耽美でシリアスなヴァンパイア役も、個性にピッタリなはずの人だけに、人と共生することに、様々な不便とちょっとした困惑も抱えているという、シドニーへの説得力が全身からにじみでる演じぶりが見事だ。永遠の命か、限りある命かの悩み、また、ヴァンパイアとしての本能が目覚めかける描写のコントラストも効いていて、作品が敢えて描こうとしていない耽美な香りが、本人から立ち上るのは天晴れの一言。舞台のセンターが本当に似合う実にスターらしいスターとして、今後がますます期待される抜群の存在感だった。

そのシドニーに恋する女子大生ルーシーを演じた星風まどかは、宙組のというより宝塚全体でも際立つ抜擢が続く期待の新進娘役。当然ながらあまりにも可憐で、女子大生というより高校生に見えるほどだが、700歳のヴァンパイアと、うら若き乙女という今回の作品の設定には相応しいキャスティングと言えそうだ。当然ながらまだ似合う役柄が限られる中で、ひたむきにルーシーと向き合う姿が、作品のテーマに重なっていたのは、石田の起用法の賜物でもあるだろう。ますます研鑽を積んで欲しい。

ヴァンパイアVSヘルシング教授という、ヴァンパイアものの大定番を180度ひっくり返して、ヴァンパイアの親友として登場したノイマンの愛月ひかるが、男役としてぐんぐん伸びている様には目を惹きつけられる。2枚目役はもちろん、かなり思い切った色の濃い役柄にも果敢にチャレンジしてきた実績が、今まさに花開こうとしていて、このノイマン役も硬軟のさじ加減が絶妙。元々姿の良さはとびっきりだけに、どこまで飛躍していくのかが楽しみだ。また、ヒロイン経験も豊富な伶美うららが、今回はシドニーにだけ見える幽霊カーミラとして登場して、舞台をよく支えている。メインとなるのは相当に派手な衣装だが、それでも品が悪くならないのはこの人の輝かしい美貌故。やはり、特別な華やかさを備えている娘役であることが1歩引いてみて際立つので、今後も大切に遇して欲しい。また、ルーシーの元彼として登場したランディの和希そらの溌剌とした演技に勢いがある。星風との並びも最もよく似合っていて、この2人で青春ものも良いのではないかと思わせた。

また、ヘルシング教授に変わって、ヴァンパイアを追う存在として登場した華形ひかるは、専科に異動以来、華々しい好助演を連発しているが、今回も深い思いとペーソスを感じさせる演技で魅了する。さほどに多くはない出番で終幕のクライマックスを支えたのは、華形なればこそだろう。活きの良い熱いダンサーとして知られた人が、ここまで演技巧者になっていることに感動を覚える。もう1人、専科から特出の京三沙の老女役も、限りある命の尊さを静かに伝える貴重な存在が際立っていた。こうした専科勢の好演と共に、美風舞良、松風輝、美月悠、春瀬央季ら、宙組の貴重な人材も適材適所で活躍していて、バランスの良い座組になっているのが何より。異色のヴァンパイアものとして、作品を出演者全員が輝かせているのが印象に残った。

【取材・文・撮影(1幕)/橘涼香  撮影(2幕)/岩村美佳】


〈公演情報〉

宝塚宙組公演
ミュージカル・プレイ『ヴァンパイア・サクセション』
作・演出◇石田昌也
出演◇真風涼帆 ほか宙組
●5/17~23◎KAAT神奈川芸術劇場
〈料金〉S席7,800円、A席5,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉阪急電鉄歌劇事業部 03-5251-2071(10時~18時 月曜定休)
演劇キック - 宝塚ジャーナル
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