シンフォニーと『蝶々夫人』で魅せるチョン・ミョンフンと東京フィルハーモニー交響楽団

コラム
クラシック
2016.7.20
今年2月のマーラー:交響曲第五番の名演も話題となったチョン・ミョンフンと東京フィルハーモニー交響楽団 (C)上野隆文 提供:東京フィルハーモニー交響楽団

今年2月のマーラー:交響曲第五番の名演も話題となったチョン・ミョンフンと東京フィルハーモニー交響楽団 (C)上野隆文 提供:東京フィルハーモニー交響楽団

東京フィルハーモニー交響楽団の2016-2017シーズン定期演奏会は少数精鋭のマエストロ達による、特別なプログラムで開催されてきた。中でも二年越しの悲願かなった特別客演指揮者のミハイル・プレトニョフとの「ペール・ギュント」全曲上演(4月)、首席客演指揮者のアンドレア・バッティストーニとのイタリア音楽によるプログラム(5月)は、どちらも好企画・見事な演奏で話題を呼んだ。そして夏休み前の定期演奏会には東京フィルの特別桂冠指揮者、チョン・ミョンフンが登場する。もちろん彼もまた、古巣で入魂のプログラムを披露してくれるのだ。

まずは7月21日(木)、オーケストラ単体でモーツァルトとチャイコフスキーの交響曲を演奏する。クラシック音楽好きなら誰もがよく知る名曲ふたつを取り上げるプログラムは、一見すると名曲コンサートとも思えるだろう。しかしそういった名曲たちも定期演奏会でとりあげる場合は「あえて」の選曲となる。誰もが知る作品に正面から取り組む定期では指揮者の解釈が問われるし、またオーケストラの側もその解釈に向き合うことで否応なく試されることにもなるのだ。もちろんマエストロはそんなことは承知のうえで、オーケストラを信頼するからこそこの二曲をとりあげるのだろう。ふたつの悲劇的な雰囲気を持つ交響曲によるコンサートは圧倒的なカタルシスをもたらすものとなるのではないだろうか。
夏休み明けて9月の定期では、ベートーヴェンを集中的に取り上げるチョン・ミョンフンと東京フィルハーモニー交響楽団。今月の公演と併せて、コンサートレパートリーにおけるマエストロの現在をより深く味わえることだろう。

なお、後半のチャイコフスキーは、この顔合わせでは初登場となる「フェスタサマーミューザKAWASAKI2016」でも演奏される(7月27日)。東京オペラシティコンサートホールとミューザ川崎シンフォニーホール、それぞれの音響の違いは演奏を楽しむのもいい。そしてフェスタサマーミューザでは前半の曲目がモーツァルトから、クララ・ジュミ・カンを迎えてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に変わるので、その雰囲気の変化も楽しみたいものだ。

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そして今月の定期演奏会でさらに注目すべきはもう一つのプログラム、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」全曲だろう(7月22日、24日)。かつてパリのバスティーユ・オペラでの活躍が彼の名を世界に知らしめたことを思い出そう、チョン・ミョンフンは当時も今も、世界を代表するオペラ指揮者なのだ。リッカルド・シャイーの時代を迎えたミラノ・スカラ座では、ヴェルディ作品を任されるなど完全に常連の指揮者として活躍しており、つい先日もプラシド・ドミンゴをタイトルロールに迎えた「シモン・ボッカネグラ」で大成功を収めたばかりだ。演奏会形式ではあっても彼のオペラ全曲上演が楽しめる貴重な機会としてこのコンサートは早くから注目を集め、すでに22日の公演は完売しているという。

プッチーニの歌劇「蝶々夫人」は明治期の激動の日本を舞台とする、時代と社会に翻弄される一人の女性の悲劇だ。初演こそ大失敗に終わったものの、改訂されて後プッチーニの代表作として世界で数多く演奏されて愛されるこのオペラを、チョン・ミョンフンは果たしてどう演奏してくれるのか、東京フィルハーモニー交響楽団はどう応えるか。
主役二人、ヴィットリア・イェオの蝶々さん、ヴィンチェンツォ・コスタンツァのピンカートンのコンビはすでに今年3月、チョン・ミョンフンの指揮の元ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で共演している。そしてシャープレスに甲斐栄次郎、スズキには山下牧子ほか日本の誇るヴェテラン勢が脇を固め、印象的なハミングほか多くの場面で重要な役割を果たす合唱に新国立劇場合唱団を配し、とキャストも万全だ。
もしかすると舞台上演でないことを残念に思われる方もいらっしゃるかもしれないが、コンサート形式だからこそプッチーニが作品に込めたアイディアが、技法がそのまま音楽として伝わる公演となるのではないだろうか。チョン・ミョンフンがスコアから見出す「蝶々夫人」のすべてが音楽として伝わるだろうコンサート、名演誕生の予感がする。

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なお、東京フィルハーモニー交響楽団が開催するコンサートのうち、今回の「蝶々夫人」と、アンドレア・バッティストーニが取り上げるマスカーニのオペラ「イリス(あやめ)」(10月定期)は、日本イタリア国交150周年を記念する一連のイヴェントとして開催される。ふたつの「イタリアの作曲家による”日本”を題材としたイタリア・オペラ」、名作と秘曲の演奏からは、文化的ギャップも含め多くのものが見えることだろう。日本で最もオペラを得意としている東京フィルハーモニー交響楽団ならではの彼我の交流の歴史を想わせる好企画、ぜひどちらも楽しみたいものだ。

イベント情報
東京フィルハーモニー交響楽団 第103回東京オペラシティ定期シリーズ

■日時:2016年7月21日(木) 19:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
出演:
指揮:チョン・ミョンフン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■曲目:
モーツァルト:交響曲第40番
チャイコフスキー:交響曲第4番
 
イベント情報
東京フィルハーモニー交響楽団 第882回サントリー定期シリーズ/第883回オーチャード定期演奏会

日時:2016年7月22日(金) 19:00開演(サントリー定期)/25日(日) 15:00開演(オーチャード定期)
会場:サントリーホール 大ホール(7/22)/Bunkamuraオーチャードホール(7/25)
■曲目: 
ジャコモ・プッチーニ作曲 歌劇「蝶々夫人」(全二幕 イタリア語上演・字幕付き/コンサート形式)
■出演:
指揮:チョン・ミョンフン
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
キャスト:
蝶々夫人(ソプラノ):ヴィットリア・イェオ
ピンカートン(テノール):ヴィンチェンツォ・コスタンツォ
シャープレス(バリトン):甲斐栄次郎
スズキ(メゾ・ソプラノ):山下牧子
ゴロー(テノール):糸賀修平
ボンゾ(バリトン):志村文彦
ヤマドリ(バリトン):小林由樹
ケイト(メゾ・ゾプラノ):谷原めぐみ  
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