麻実れい「黒柳徹子さんの大きさにぶっ潰されそう!」海外コメディ・シリーズ第30弾『レティスとラベッジ』
麻実れい
黒柳徹子が主演を務める海外コメディ・シリーズの第30弾となる『レティスとラベッジ』が今年10月に上演される。
作者は6月に亡くなった英国劇作家のピーター・シェーファー。本作は1989年に始まった黒柳のコメディ・シリーズ第1回作品でもあり、その後、2000年に再演、今年3度目の上演となる。黒柳演じる観光ガイド・レティスの前に立ちはだかるシャーロット・シェーン(以下、ロッテ)を演じるのは麻実れい。
女優・黒柳との芝居について麻実が感じることとは? 宝塚退団後から今日に至るまでの話も飛び出します。
『レティスとラベッジ』 あらすじ
ロンドンの観光ガイド、レティス(黒柳)は、あまりに退屈なガイド内容に飽き飽き。ある日とうとう我慢できなくなって、観光客の前で、面白おかしく尾ひれを付けた説明をはじめてしまう。シェイクスピア俳優だった母親の血を引くレティスのおしゃべりガイドは、日に日にエスカレート。その熱演の噂を聞きつけた歴史保存委員会の堅物職員ロッテ(麻実れい)が視察にやってきて、レティスにクビを宣告する。ところが後日ロッテがレティスのアパートを訪れて……。
■超人・黒柳徹子との一騎打ち!?
――『レティスとラベッジ』に出演すると決めたきっかけは?
徹子さんからのお話だったこともそうですが、実は20年くらい前に「いつか機会があったらやってみたら?」と言われたことのある作品だったんです。その時は「機会があったらやりたいね」などと言っていたんですが、その話はいつの間にか消えてしまい…。
これまで、コメディよりドーンと重たい作品が続いていましたが、徹子さんからこのお話をいただいたときに「あの、ピーター・シェーファーの作品だ! 絶対やりたい!」と即答しましたね。私たちの仕事って「ご縁」のものですから、自分の目の前に来ない限りはどれだけ望んでいてもなかなかできないものですから。
――レティスとロッテ、どちらの役をやりたいと思いましたか?
両方おもしろそうだけど、私はロッテじゃないかな。レティスは非常にかわいらしさが要求されると思うの。私にはどこにもそのかわいらしさがないので(笑)。この話を一番最初に私の耳に入れた人もきっと私はロッテのほうだと思うのよ。
――ロッテという女性をどのような人だととらえていますか?
ロッテにしてもレティスにしてもごく普通の女性で、ある時代をともに生きた女性。かたや母親の影響を強く受けたレティスと、父親の影響を強く受けたロッテ。両親の何かに縛られているような二人が、縁あって無関係な状態から親友になるまでの日々を描いた作品なんです。
レティスのセリフにもレティスの母親の言葉にも、そして私・ロッテのセリフにも、ロッテの父親の言葉の中にも、今、とても大切なことがふんだんに盛り込まれています。二人の女性の出会いから精神的な支えとなる間柄に進展していく……その過程をお客さまに見せたいですね。
文化の大切さがすごく盛り込まれている話でもあります。1940~1950年くらいのヨーロッパといえば、第二次世界大戦という大変な時代。パリの街は助かりましたけど、正直パリだって危なかったでしょう。誰かがくいとどめてくれたからこそ、今あの形のままでパリは残っていると思うんです。そして人間の生き方も伝えたいし、表現したいことがたくさんあるんです。ピーター・シェーファーが書いただけあって、豊かで深くてなおかつ楽しくてあったかい話なんです。
――脚本を拝見して、設定がまずおもしろいなと思いました。
ヨーロッパの片田舎の小さな小さな美術館が舞台。きっと薄暗くって、カビくさくて人もそうそう来ないから空気も流れないような陰気なところで彼女は説明してるんですよ、しかも歴史保存委員会のマニュアル通りに。そりゃ客なんて来ないわよね。でもこの時代、生きていくためにはどんな仕事でもしなくちゃならないところもあって、レティスにとっては貴重な職場だったんでしょう。でも彼女は演劇の世界に触れて育ってきたので、お客様があまりにもつまらない様子だと、つい楽しませたい精神がね!
――そんなレティスにロッテはダメって言わなければならない立場で。
ロッテも決して職場が指示することに納得している訳ではないと思うんです。でも職場は職場だし、そこで頑張ってきただけの人間ですし。
『レティスとラベッジ』麻実れい&黒柳徹子 撮影:加藤孝
――この作品、確かに他のキャストさんもいらっしゃいますが、99%二人芝居ですよね。
そうなの。最初はステージ上にたくさんの人が美術館のお客としているんですが、人の波がざーっと引くと二人だけになるんです。その後、2幕はずっと二人だけ。3幕は弁護士が加わりますが、彼も帰ってしまうと、また二人だけ。
――お二人にかかる負荷も大変なものになりますよね?
難しい二人芝居ですね。でもそこがピーター・シェーファー作品なんじゃないかな。誰にも邪魔されず、会話の内容をきちんとお客様に伝えなければならないのなら、二人だけでパンパンとやり取りしていった方がより内容が頭に入ってくると思うんです……役者は大変ですが。
徹子さんにとっては、この初演が海外コメディ・シリーズのスタートになっていて、10数年前に再演をなさって、今回が再々演。演出を務めていた高橋昌也さん(1930‐2014)から始まった作品なのでとても大切にしている作品でしょうね。だからこそ、今も高橋さんの名前が「演出」として書かれているんでしょう。
――麻実さんからみた「女優」としての徹子さんは?
すごいですね。大先輩として稽古場に立っているときに彼女の大きさにぶっ潰されそうになるんですよ。並の人間じゃ再演を決めるところですらグラつくと思うんです。でも彼女は勇敢にも初演のものを今出したいという…強靭な精神をお持ちですよね。私は、演劇という道を徹子さんからすごく後ろに下がったところで歩いていますが、徹子さんに到底追いつけませんが見習うべきだし。役者として稀有な方だと思います。
今回ご一緒してさらに驚いています。まずこんな方いらっしゃらないでしょ、日本に。彼女の中に国境なんてないと思います。本当にタフなんです。非常にタフで誰にも真似できないし、誰も追いつけないと思うんです。
そして頭脳明晰!『徹子の部屋』にしても、品があってチャーミングでそのときのゲストに合わせてちゃんと会話を選んでくださる柔軟さもあるんです。
――昨日の夕飯の内容ですら忘れそうな昨今なのに!(笑)
私も私も!(笑)
徹子さんのお父様とお母様の育て方、そしてDNAが凄いんでしょうね。この前、稽古場で雑談をしていたら徹子さんが「今、枕草子にハマってて。面白いのよ! 源氏物語も面白いんだけど、枕草子が最高なのよ!」って話していらして。だからこの仕事が終わってから新訳の枕草子を読みますね、って伝えました。いったい、24時間をどうやって使い切っているんだか……時間の使い方がすごいお上手。
この前、『徹子の部屋』に出たときに「セリフのことで眠れないことはあるんですか?」って徹子さんに聞いたら、「ないわ!」って(笑) 。寝たらもう熟睡で、時差ボケもないんですって。すごいことでしょ?
――念のためお伺いしますが……麻実さんはそういう事、ありますか?
あるある! 時差ボケもあるし眠れない夜も! 実は『徹子の部屋』は海外から帰国してすぐの収録日だったので、時差ボケもあって、もうどうしようと思ったんですが、徹子さんがうまく引き出してくださって無事終わったんです。
ちなみに、なぜ時差ボケしないのか、という質問に徹子さんは「着いたその土地の時間に合わせるのよ!」ってあっさり答えるの。合わせたくても合わせられないじゃないですか(笑)
徹子さんって余計な神経は使わないんだと思いますし、不必要なものがない生き方・考え方をしているんじゃないかしら。頭のいい方だからセリフはどんどん覚えるし。普通の役者は長セリフがあるとすごく怖いものです。覚えにくいセリフってあるんですよ。でも、それを考えだしちゃうと眠れなくなる。夜何時になっても台本を読みまくって、「わかった!」って台本をパンッと閉じて……そうすると安心して眠れるんです。やっぱり睡眠をきちんととらないとこういう「記憶の仕事」って駄目なんです。でも徹子さんはそういうのがないんですって。
『レティスとラベッジ』麻実れい 撮影:加藤孝
――本当に、鉄人、いや超人ですね。徹子さん…
そんな徹子さんが舞台に立っている姿を観れた方はきっと感動すると思いますよ。だって私はできないもの。私が徹子さんと同い年だったら衣装を着てメイクアップした段階できっと気分がムカムカしてくると思う。開演30分前、15分前……もう貧血起こして「今日はもうやめてー!」って言いそう。カツラをかぶってずっしりと重たい衣装をいっぱい着こんで動き回る……考えるだけでもムカムカするのに、徹子さんがさらっとそこに立ってる姿を観たら「私もしっかりしなきゃ!」って思うもの。徹子さんに比べたら私なんてゴミですよゴミ(笑)。
――ちょっ……(笑) 、麻実さんも相当すごい人だと思いますよ。パワフルだなあって。
パワーなんてないわ~(笑)。私にとって「お芝居」って何だろうとときどき思うんですが、生きるための大切な要素でもあるんですが、真反対の大嫌いな要素もある。だから戦えるんじゃないかな。
――ちなみに大嫌いな要素とは?
だってそもそも大変じゃない(笑) 。でも大変さがあるからこそ戦いたいと思うし、そういう大変な作品を選んじゃうし、そういう大変な作品が来てしまうんです(笑)
■麻実れいのこれまでとこれから
――大嫌いな要素も多分にある(笑)という演劇ですが、麻実さんは宝塚退団後からこれまで、どのような道を歩いてこられたんでしょうか。
宝塚を退団する頃って、舞台の楽しさが膨らみ始めてくる頃でもあるんです。私は自分の意思で退団を決めましたが、やはりそのタイミングで舞台のお話をいただくと思わず食指が……一つは東宝ミュージカル『CHICAGO』のヴェルマ・ケリーのお仕事をいただいて、おかげさまであのときは一年間『CHICAGO』漬けでした。帝劇から名古屋、大阪を回って。一年間勉強させていただいた後は、松竹の『マクベス』かな? 「翻訳劇」というジャンルが注目され初める頃にその世界に入れたのでちょうどいいタイミングでした。「芝居」は松竹さんに育てていただけたように思います。その後も外国の第一線で活躍なさっている演出家さんと組ませていただき、自分の余分なものをいっぱい排除していただいた。それが落ち着いてから日本の演出家と組ませていただきました。
私は変わった演劇人生を歩いていると思います。宝塚出身でPLAY中心で生きているのはとても少ないと思います。みんなミュージカルの方にいっちゃうから。別にミュージカルを拒んでいる訳ではないし、過去も質のいいミュージカルに出会えていますし。ミュージカルのお話があって、自分の志向に合うのならお受けしますよ。
でもこう見えて頑固者なので、台本読ませて! 演出家どなた? キャスト決まってるの? って吟味はしますね。演劇とは総合芸術なので大事に作っていかなければならない。そして受けた以上はのめりこむタイプだから。
これからも苦しい作品を受けると思う。楽ちんなものは受けないし、それは他の方がやってくださればいい。私はみんなが拒むような役を作品に参加していきます(笑)。
『レティスとラベッジ』麻実れい&黒柳徹子 撮影:加藤孝
――大変な作品といえば、先日まで出演されていた『8月の家族たち』。あのバイオレットの激しさと切なさに観る者も体力奪われるくらいのめりこみました。
KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんにはいい勉強をさせていただきましたね。だってシリアスな戯曲をコメディになさりたい! とおっしゃるので、どのようになるんだろうと。一応ビジュアルを頭に入れておきたくて、本国の舞台映像を一度だけ観たんです。それがまさかあのような舞台になるなんて! 私は夢にも思わなくて。でもそれがKERAさんなんだなって。ケラリーノさんはすごく稽古を重ねる方で、私の年齢を忘れてしまっているかのように稽古稽古稽古……の日々でした。でもおかげでその稽古を重ねただけあって、初日から全員が落ち着いていました。
最近はおかげさまで若手~中堅の演出家の方、上村聡史さんや熊林弘高さんと組ませていただいて。ケラリーノさんや鄭義信さんとか。本当にありがたいと思っています。ずっと蜷川幸雄さん、栗山民也さんとか重鎮と呼ばれる方との仕事が多くて、その前の10年は外国の演出家ばかりでしたから。日本の若い演出家の方と組むのは、すごく新鮮ですし、まさか自分は呼ばれないだろうと思っていた劇団☆新感線のいのうえひでのりさんともお仕事できました。役者さんもフレッシュですし、いい感覚でお仕事させていただいています。
――さて、超人・黒柳徹子とのほぼ二人芝居『レティスとラベッジ』、どのような舞台にしたいですか?
二人芝居なので共に手をつないでね、同志みたいに。ここで出会って腕を組んでピーター・シェーファーと戦って、お客様にあたたかい幸せをお届けしたいですね。
レティスとラベッジ
LETTICE AND LOVAGE by PETER SHAFFER
2016年10月1日(土)~16日(日) EXシアター六本木
2016年10月20日(木)~23日(日) 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
■作:ピーター・シェーファー
■訳:黒田絵美子
■演出:高橋昌也
■演出補:前川錬一