【クロスレビュー】宇多田ヒカルは、8年半ぶりの最新作『Fantôme』で何を示したのか その1
宇多田ヒカル『Fantôme』
宇多田ヒカル『Fantôme』クロスレビュー・1 文=松浦靖恵
2010年末から約6年の間に、彼女が経験した様々な出来事(人間活動、結婚、出産、母の死)を思うと、宇多田ヒカルの次のアルバムは私たちの想像を遥かに超えたとてつもない作品になるのではないかと思いを膨らませながら、ずっとニューアルバムが届くその時が来るのを待ち望んでいた。
そして、今年の4月、ひと足早く届いた「花束を君に」「真夏の通り雨」を聴いた時、アルバムは“母に捧げた作品”になるんだろうなと勝手に予想した。
『HEART STATION』以来、約8年ぶりとなる6枚目のオリジナルアルバム『Fantôme』が手元に届いてから何度も何度も聴き、このアルバムには胸の奥に沈んでいた思いや蓋をしていた感情をすくい上げ、ちゃんと言葉にして、それらを伝えたいと思っている宇多田ヒカルがいると感じた。そして『Fantôme』を聴き終えるたびに、このアルバムは母に捧げた作品なんだな、今は亡き母親に今の自分を見せてあげたいという思いが込められた作品なんだな、とあらためて思った。宇多田ヒカルに音楽があって良かった。自分の想いを言葉にして残せる場所があって良かった。何度もそう思った。
宇多田ヒカルはこれまでにも母への思いを歌に刻んでいる。たとえば、2010年11月に発表した『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION Vol.2』のDISC 2に収録した「嵐の女神」や、2002年にリリースした11thシングル「Letters」がそうだが、自らが母になったことで、子供の頃から抱いていた自分の母に対する思いや過ぎ去った時間を受け入れ、過去の自分とも和解をし、宇多田ヒカルはそれらを受け入れて、優しく、強く抱きしめてあげられるようになったのではないだろうか。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のテーマソングとして書き下ろした「桜流し」は4年前にデジタル配信した楽曲なので、『Fantôme』の他の楽曲とは明らかに制作時期が異なるにも関わらず、このアルバムの中に置くことができたのは、宇多田ヒカル自身のど真ん中にある考え方や生き方のその核にあるものは、何が起ころうとも変わらずにあるからだろう。彼女が自分自身と向き合わなければならなかったとき、そこを突き詰めていく段階で、私はどこから来たのだろうと思うとき、その始点にはかならず親がいたんだということを、それはこれから何があっても変わらないのだということを、彼女は今作に名付けた“Fantôme”に重ね合わせたのだろう。
“Fantôme”はフランス語で、“幻”“気配”という意味がある。あなたがいたから私は今ここにいて、こうして生きているのだということを、宇多田ヒカルはそれこそ自分がこの世にいなくなってからもこの世に残る歌に残すことで、今自分がいる場所を知り、私はまたここから前に進んでいこうという決意をアルバムに記したんだと思う。
あらためて、宇多田ヒカルに音楽があって良かったと思う。だって、宇多田ヒカルの音楽が、宇多田ヒカルの時間が、こうして動き出したのだから。
文=松浦靖恵
2016年9月28日(水)発売
『Fantôme』
税抜価格:3,000円
01. 道
02. 俺の彼女
03. 花束を君に(NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」主題歌)
04. 二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎(レコチョクTVCM)
05. 人魚
06. ともだち with 小袋成彬
07. 真夏の通り雨(日本テレビ「NEWS ZERO」テーマ曲 )
08. 荒野の狼
09. 忘却 featuring KOHH
10. 人生最高の日
11. 桜流し (「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」テーマソング)
All Songs Written and Produced by Utada Hikaru
Except
08. 忘却 featuring KOHH
Written by Utada Hikaru and Chiba Yuki
11. 桜流し
Music by Utada Hikaru and Paul Carter / Words by Utada Hikaru