ご存じ紅テント唐組の第58回公演は唐十郎版人形幻想譚『夜壺』
唐組の第58回公演は『夜壺』。16年ぶりの再演となるこの物語は、幻想文学の奇才ホフマンの作品『黄金の壷』、『砂男』へのオマージュがちりばめられた唐十郎版人形幻想譚。さまざまな“愛”が交錯、充満する唐十郎の世界。頼もしき生身の俳優たちと、魅惑的な人形たちの狂演! お茶の水・猿楽通り沿い特設紅テントと、雑司ヶ谷・鬼子母神、それぞれに、いにしえをしのぶ魅惑的な場所での公演です。
【「夜壺」に向けて/演出:久保井研】
昨年秋の「鯨リチャード」には幻の馬が登場した。
前脚、後脚、首、胴、尻と五つのパーツが合体し、一頭の馬を造り出す。それぞれのパーツは五人のホームレス達が身につけた鎧や武器だ。
しかもその武器や防具は青銅製や超合金でもない。雨や風から身を守り、ささやかなプライバシーを確保する為の段ボールに木ッ端でできている。
合体超合金ならぬ合体超段ボール!
その馬は新宿西口ショウベン横丁の鯨カツ屋の店内を疾走し、リチャード三世の妄念を巷のいずこへと誘ったのか?
さて今回の秋の出し物は「夜壺」。
マネキンを作る人々をめぐるこの話は、やはりパーツをめぐる物語だ。
湿ってカピカピに乾いた段ボールとは異なる、冷たくツルリとした樹脂の皮膚。
その部分部分が組み合わさって人工美人を作り出す。
「夜壺」と題されたこの本は「人形の都」という仮題もあった。書きあげられた自筆ノートのタイトルは「人形の都」とある。
人形の都に入り込んだ巷の人々が温度のないマヌカンの肌にふれ、いかなる温みを感じたのか。
そしてホフマンの小説でおなじみのゼルヴェンティーナとヴェロニカ。片や男の立身出世を祈り、片や情熱的な愛のささやきで男を魅惑の妄念にかりたてる。
その二人の女の名がついた二体のマヌカン。
そして「砂男」の主人公ナタナエルを狂わす自動人形のオリンピアまで現れて……。
人形の都と化した工場には人の話す言葉なのか、はたまた人形たちのささやきなのか、愛を伝える声なき声が高らかに響きわたる。
【物語】
白く艶やかなマヌカンの手が、清掃車に飲み込まれる。
その寸前、清掃車に手を突っ込みかけた織江。そしてマヌカンの手をった、清掃局員・有霧。入院した有霧の病室を見舞った織江から贈られたのは、まっさらの、ガラスの溲瓶であった……。
不況にあえぐ奈田マヌカン。織江は自分の作ったマネキンに「ヴェロニカ」、「ゼルヴェンティーナ」と名付け、愛情を注いでいた。しかしその工場には、大手靴屋からの買収話が持ち上がっている。 ホストクラブ<ヒアシンス>でNo. 1に成り上がった奈田所長の弟・禮次郎は、この買収話を進めようと、一日一体、人形を捨てにやってくるのであったーー。
奈田マヌカンを諦めきれない織江は、苦肉の策で大手靴屋にアプローチする。その情熱に打たれた有霧は、友人・英とともに織江を手助けする。二人にも、勤めた店が倒産した過去があるのだ。
織江のマネキンの名前の由来となった、ホフマンの「黄金の壺」。
織江が贈った溲瓶の謎が解けるこの夜、奈田マヌカンは人形の都へとうつろっていく。
奈田兄弟がマザーと慕った人形たちが、ここで起こる全てを見ていた。
西暦2000年。ミレニアムで騒然とする世に唐十郎が挑んだ人形幻想劇。16年の時を経て、眠りを覚ましたマヌカンたちが再び動きだす!!