映画『過激派オペラ』で監督デビューを果たした江本純子にインタビュー
江本純子監督
映画『過激派オペラ』( R15+指定)が、10月1日よりテアトル新宿にてレイトロードショーとして公開される。キャッチコピーは〝女たちが繰り広げる15分に1度の剥き出しの愛―。” 監督は本作が長編映画デビュー作品となる江本純子。劇団「毛皮族」を2000年に旗揚げ以来、主宰・作・演出・出演を務め、『暴れて嫌になる夜の連続』(2008年),『小さな恋のエロジー』(2010年)『ヤバレー、虫の息だぜ』(2012年)など露出度の高い猥雑な舞台を次々に発表し、人気を集めてきた。劇団活動は2015年に休止させたが、2016年より新たな劇作プロジェクト「○○のできごと」を開始。劇場ではない非効率的な「場所」で創作と上演を行うプロデュース公演を行っている。
今回の映画は、江本が書いた処女小説『股間』(2006年、リトルモア刊)を原作としている。“女たらし”の女演出家が一人の女優と出会い、劇団も恋愛も成功させるが、やがて挫折していく様を、辛辣かつユーモラスに描く。狂熱的な主人公を取り囲む女優たちの嫉妬や欲望、剥き出しの感情が交錯する、過激な青春群像劇だ。
早織と中村有沙がダブル主演。激しいベッドシーンに挑み、感情も肉体も全て剥き出しにさせた二人の熱演ぶりは特に注目だ。また、個性溢れる劇団員を桜井ユキ、森田涼花、佐久間麻由、後藤ユウミ、石橋穂乃香、今中菜津美が演じる。更に演劇界から宮下今日子、遠藤留奈、梨木智香、大駱駝艦、安藤玉恵、高田聖子が参加し、脇を強力に固める。ライバル役として趣里、増田有華が華を沿えるのも見逃せない。
初監督作品の公開が迫る中、江本純子監督から『過激派オペラ』について話を聞いた。
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--まず、映画『過激派オペラ』を監督することになった経緯から教えてください。
プロデューサーから「映画を撮りませんか」という話をいただきました。企画を進めていく中で、私の原作のものではどうかという案が出ました。プロデューサーがこの小説(『股間』)を面白いと思ってくださり、これを原作に映画を撮ることになりました。
--いつ頃の話ですか。
4年前、2012年です。
--江本さんの作品を原作にするというのであれば、江本さんの演劇の戯曲を映画化するという考え方もあったのですか。
いや、最初から小説でしたね。
--江本さんが『股間』を原作として映画化したいと思った理由は?
私は「映画を撮りませんか」というオファーをいただき、「撮りたい」と思ったんです。その時、内容に関しては、どなたかの作品をベースにするのであれ、自分の原作の脚本であれ、あるいはまったくのオリジナルで物語を作るのであれ、とにかく映画という現場に関わってみたいと思っていたんです。プロデューサーが、この原作の脚本で映画を作りたいとおっしゃってくださったので、それで映画の話が実現するのならば、それで行こうと思いました。『股間』という小説にすごくこだわりがあったわけではないです。むしろ原作をそのまま映画化することには抵抗があり、原作を変えて新たな作品として脚本を書けるならとお話した上で、映画化をOKした覚えがあります。
--この映画の中には、いろいろな映画のDVD(ベルイマン等々)が出てくる場面があって、映画愛を感じました。そもそも映画を撮りたいという想いは、クリエイターとしての江本さんのベースとして強くあったのですか。
それほどのベースはないと思いますが、演劇を作るために沢山の映画をずっと見てきました。演劇はもはやファンとしては観ることができないんですけど、映画に対してはどこかミーハーな気持ちが私には残っています。素敵な世界だなっていうか。ただ、もしかしたら演劇よりもドロドロとしていそうだなとも思っています(笑)。ドロドロっていうのは、商売的だぞっていうところですが(笑)。それでも映画に対する憧れというのは自分が演劇生活を経てきた上にあるので、それはぜひ関わってみたいなと思っていました。演劇だったら、いつでも自分で、0円で作る方法だってありますけど、映画はどんなに撮りたいと思っても一人ではできませんから、撮っていいと言ってくださる人がいるのだったら、この機会は逃すまい、と思ったのです。
--映画を拝見して……「エロ」という言い方をしてもいいですか、性愛を描くというか……、そういう要素が前面に出てきている作品に見受けられましたが、当初からそういう方向性は考えていたのですか。
私としては、特にエロを描こうと思って映画を撮りたいと思ったわけではないです。主人公の生き方を描いていくにあたり、そこに恋愛だとか人との付き合いがあって、セックスがあって……その人の生き方の中にそういうセクシャルな内容が出てきたという感じですね。前面に出ているかどうかというのは、観た人それぞれの印象だと思います。エロも含めて人の姿だと思うし、例えば、セックスしている人間の滑稽な姿とか、そういう部分を見せたかったというのはあります。
--主要な登場人物を演じる早織さん、中村有沙さんたちはどのように選ばれたのですか。
早織さん、中村有沙さん、今中菜津美さんが、オーディション。それ以外はプロデューサーと相談しながら決めたキャスティングです。
--主人公・重信ナオコの役に早織さんが選ばれたポイントは?
オーディションに来ていただいている方々の中で、お芝居の部分でちゃんとお話ができる人だと思いました。それはオーディションで何回かやりとりをしている中で、私が要求したことに対するレスポンスが早かった、というか、わかってくださる感じがしたんです。
映画『過激派オペラ』
--主人公の重信は劇団の主宰者ですが、そういう、自分をモデルとした役を早織さんにやってもらうにあたって彼女の中に自身に通じるものは何か感じましたか。
まず、重信ナオコは自分をモデルにした役ではないです。これはもちろん、自分の原作を元に書いてますが、そもそも原作の小説だって自分がすべてかというとそうではないし、小説化することによってフィクションにもなっていて、その時点で既に自分ではないと思っています。また、その小説を原作として映画化するにあたり、自分をモデルにということは考えませんでした。
だから、早織さんに主人公を演じていただくにあたって「この役は私がモデルですよ」ということは一回も言ったことはないですね。『過激派オペラ』の主人公である重信ナオコというキャラクターは、脚本、リハーサル、撮影を通じて、客観的に作られていったものです。どこかで自分を投影するとか、そういう思い入れは一切なく作っていきました。
--重信が一目惚れする岡高春という女優の役を演じるのが中村有沙さんですが、彼女をオーディションで選んだ理由は?
中村さんも早織さんと同じで、演出の言葉を理解することが早かった。細かいニュアンスを伝えやすいのではないかと思いました。そして、早織さんにも、中村さんにも、ちょっとだけ劣等感のようなものが感じられたんです。そういった部分に対して、役者としての魅力を感じました。満足していない感じというか……もっとも、満足している役者さんなんてなかなかいないとは思いますけど……その満足してなさが、どこかいい具合の欲望につながっていくんじゃないかなと思いました。
映画『過激派オペラ』
--撮影中、彼女たちに演技をつけていくということにおいて苦労したことはありましたか。
演技をつけるようなことはあまりしてないですね。もし早織さんや中村さんが演じる上で躓くようなことがあったとすれば、それは彼女たちが演技をしようとした時だと思うんです。だから二人には、なるべく生身の姿で「もう何もしないでいいから」「カメラがまわってる中を、そこにいてくれさえすればいいから」と。それだけに二人の中では結構、混乱しながらやっているところもあるとは思うんです。でもそれも含めて、整理をつけずにその場にいてもらうのがいいかなと思ってやっていました。
--映画の中では、印象に残るスペクタクルの場面が数多くありました。その中の一つが、下北沢の路上で重信と岡高が激しく喧嘩するシーン。これは撮影も大変だったのでは?
そうですね。下北沢の路上での撮影は最終日で、早織さんも中村さんも廃人のようになってたんです(笑)。その中で、どうやったらパソコンをぶち壊すくらいの状態になるかっていうことをひたすら私が激してた憶えがありますね。すぐ近くに交番があったので「警察が来るくらいやって」と言いました。二人は、怒ってるんだか泣いてるんだかわからない状態でずっとやってたんで、その場に通りかかった一般の方々が「何だろう」って二人を見てしまう。その彼らに「見てんじゃねえよ!!」って演技じゃなく怒鳴ってもらった時には、ドキュメントとフィクションの具合のいいボーダーレスを感じました。
--その時、江本さんが激したっていうのは、感情的に高ぶっていたということですか。
そうです。というか、撮影中はずっとそうだったかもしれない。でも、下北の時はなんか本当に、すごく怒ってた憶えがあります。
--江本監督は撮影現場で感情的に高まっていくタイプなんですか。
演劇で演出する時よりは、10倍ぐらい高まっていたと思います。
--何故でしょうか。
初監督ということの緊張感もあったんでしょうね。それと、演劇の現場で、スタッフさんと仲良くなりすぎちゃって、気を使って言いたいことがあまり言えず、それで時間がかかるっていうことが、過去の経験での反省としてあったんです。仲が悪くならないようにって、なんとなく調和しようとするじゃないですか。でも演劇の場合は一ヶ月という稽古期間での時間の流れがあるので、それはそれでバランスが取れているかもしれないんです。でも映画の中でそれをやると私、きっと言いたいことが一言も言えなくなるだろうなと思ったんです。だから、それはちゃんと自分のやりたいことを伝えられるように、っていうことで、演劇の現場でいるよりも、気を使うような発言とかはあまりしないようしていたというのが一つありますね。それで感情が先行していくってことはあったかもしれないですね。そっちの方が作りやすいなとは結果的には思ったんですけど。
--この映画は、カメラワークもすごく凝っていましたね。例えば冒頭の性愛シーンとか、重信と岡高が旅行先で愛し合うシーンとか。エロティシズムの芸術的表現が見事に成功してたと思います。
カメラに関しては私自身が勉強不足だと思っているので、「こうしたいんです」と私がカメラマンさんに言うと、「それだったら」って提案してくださって、その構図で決めたものもあれば、私が「もうちょっとこっちで」と言う場合もあって、リハーサルをする中で、そのつど画面を見ながら決めていましたね。
映画『過激派オペラ』
--映画の撮影はいつ行なわれたのですか。
1年前です。
--この映画は、劇中劇ももちろんそうですが、映画自体が非常にギラギラとした肉食的な、過激な作風ですよね。
“過激派”オペラですからね。
--ただ、ここ最近の江本さんの舞台作品は、かつての劇団毛皮族の頃とはスタイルが変わって来て、自然派志向というか、落ち着いた方向に移行してるように思っています。けれど、この映画にはかつてのスタイルに近いものを感じるんです。
あまり何も考えていないのが正直なところです(笑)。自分の演劇のスタイルを変えていっているつもりもないですね。それは自然の流れでそうなっているので、自分の中で区別しているわけでは決してないです。ただ自然派ということに関しては、言葉上の誤解があるように思います。世の中の作ったイメージで、自然派イコール優しいみたいなことになっているけれど、それはそんなことは全くなくて、自然の中で生きることって、優しいことなんかなく、むしろ過酷だと思うんです。だから自然派と言っても、何も落ち着いてはないんですよ。
一方、私自身の表現について言えば、毛皮族の頃は、パロディをしたりとか偽物とは何かということに対してこだわっていた。というのも、本物は人工物の中にあるって思っていたからです。でも当時見ていたものは、やっぱりただの人工物だった。今は、本物がどこにあるのかと探しあてたら、自然の方に行ったという感じなんです。自然の中には天然の素晴らしさがいっぱいある。
だからといって、今も人工物に対して何も否定はしないし、それがいいなと思うこともあります。それでもやっぱり本物が見たいなっていう欲は強くて、常に天然の良さを求めてしまう。それは俳優に対しても同様で、人工的な演技ではなくて、いかにその人の天然の素材を活かせるかを見てみたいと。この映画を作っていた時も人工物の嘘っぽさにはしたくないと思っていました。しかし、劇中劇ではそれとは逆に人工物にあるハリボテ感ていうのをあえて出してみようという狙いはありました。虚像を追い求めて崩壊していく切なさが描ければいいなと。
--『過激派オペラ』は“演劇”を描いた映画でもあるわけですが、観ようによっては、昨年ももクロが出演した『幕が上がる』のアンチテーゼにもなっていますね。意識はしていましたか。
『過激派オペラ』は、“幕が下りる”とか“幕が上がらない”というタイトル案も冗談でありました(笑)。私は『幕が上がる』を観てないんです。その比較は観た人に論じていただければ。
--表現のベクトルは違いますが、ひたむきな青春を描いているという点では共通してるかもしれません。
そういうことなんでしょうね。この映画の登場人物たちはすごい無茶苦茶やってるかのように見えるかもしれないけれど、単純にやりたいことを正直にやってるからこうなっちゃったっていうだけの滑稽な話なんです。だけど、そういうことができない人たち……っていうか、どうしても、前に進めなくなっちゃう人たちって沢山いるじゃないですか。だから、ウジウジとくすぶっている人たちには、映画の中の劇団の失敗例も恐れずにぜひ見てもらいたいですね。少しでも前向きになってくれたらいいと思うんですけど。
映画『過激派オペラ』
--映画のタイトル『過激派オペラ』というのは、どのように決めたのですか。
この映画にはいろんな要素があるので、いろんなタイトルの案があがりましたが、一つでは言い切れませんでした。それに映画の内容を説明する言葉をタイトルにつけること自体にも抵抗がありました。そこで、あえて言い切るんだったら“過激派オペラ”っていう特に意味をなしてない言葉じゃないかなと。この映画の登場人物たちは「過激派オペラ」という作品を作って、「過激派オペラ」で散っていった人たちだから、単純にその言葉が客観的でいいんじゃないかなと思ったんです。
--最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
色々な人に見てもらいたいです、すごく。難しいことなんて一切描いていないし、娯楽的に楽しめる映画だと思います。私は、芸術であるとか商業であるとかそういう狭間の中で作品を作ってきたことが多く、その葛藤は常に反映されていくんですけど、今回はどちらも関係なく楽しめる映画になったと思っています。だから、本当に何も考えずに見てもらえたらいいんじゃないかと。『過激派オペラ』は楽しんでみてもらうのが一番だと思います。
(取材・構成:安藤光夫)
■監督:江本純子
■原作:『股間』江本純子(リトルモア刊)
■脚本:吉川菜美、江本純子
■製作:重村博文
■プロデューサー:梅川治男、山口幸彦
■音楽:原田智英
■撮影:中村夏葉
■照明:大久保礼司
■美術装飾:SAORI
■録音:深田 晃
■編集:小林由加子
■企画・製作プロダクション:ステューディオスリー
■製作:キングレコード、ステュ-ディオスリ-
■配給:日本出版販売
■宣伝:キャットパワー
■公式サイト:http://www.kagekihaopera.com/
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