ザルツブルク・イースター音楽祭 in JAPAN 楽劇《ラインの黄金》~名匠ティーレマンが聴かせる究極のワーグナー
クリスティアン・ティーレマン ©Matthias Creutziger
クリスティアン・ティーレマンの指揮するワーグナーの《ラインの黄金》が、この11月にサントリーホールで開催される『ザルツブルク・イースター音楽祭 in JAPAN』で、ホール・オペラ®として実現する。
ベルリン・ドイツ・オペラの音楽監督を辞した後、ティーレマンは同オーケストラと合唱団、ソリストを率いて、ヨーロッパ各地に演奏旅行に出かけた。プログラムは「ワーグナー作品集」。その中の「《ワルキューレ》からの抜粋」のリハーサルを見学した。通常のコンサート故、指揮者の動作や顔の表情さえ見ることができた。スコアが譜面台に置かれてはいるが、ティーレマンはほぼ暗譜で歌詞を口にしながら指揮をし、フレーズの終りは必ず声を出してその言葉を発音し、言葉でテンポを設定している。ワーグナーの楽劇を上演するということは、なるほど、言葉と音楽が同じ重要性を持たなければならないのだと、カルチャーショックさえ受けた。
ワーグナーがこの《指環》全編を完成させるには、35歳から61歳までの26年間という気の遠くなる歳月を必要とした。台本では最後に三部作の「序夜」として《ラインの黄金》を付け加えたが、作曲の着手は《ライン》が最初。しかし《ライン》の中には、後に出てくる登場人物や状況の示導動機がすでに意味深く散見される。それぞれの示導動機は、台本の段階から彼の頭の中にあったのだ。祖父の代からのワグネリアンだったティーレマン家では、ワーグナーの音楽が常に鳴り響き、クリスティアンも揺りかごの中からワーグナーを聴いていた。ワーグナーの主要作品のすべてを指揮したことがある彼にとっても、《指環》はワーグナーのすべてを含んでいる特別の存在だ。コレペティの時代から親しんだ《指環》を、バイロイト音楽祭では2006年からの5年間指揮している。総稽古もいれると300時間もオーケストラ・ピットで過ごしたが、興味と好奇心は募る一方だという。彼の《指環》演奏の魅力は、全作品の鳥瞰図が頭の中にあって、それぞれの示導動機が極めて鮮明に浮き上がってくること。それだけで、物語の内容と状況がありありと目に浮かんでくる。
ティーレマンは《指環》を指揮していると、“ドイツ音楽の森の中の道”を歩んでいる気がするという。すなわち《ライン》の管弦楽的会話の部分では、多分にモーツァルトやメンデルスゾーン、《ワルキューレ》はベートーヴェン、《ジークフリート》はウェーバー、《神々の黄昏》はブラームスやブルックナーを想起させ、作曲法もオーケストレーションもそれまでの作品とはまったく異なるものが生まれている、と。
舞台統括は、デニー・クリエフ。知的な演出で知られ、06年のホール・オペラ®《トゥーランドット》では心理描写の優れた画期的な演出で話題を攫った。今回の《ライン》は、サントリーホールのステージ後方席上に3つの小舞台を配置。左にブルーの「ライン川」、中央に「神々」の世界、右に暗い「ニーベルハイム」。その中で、「黄金」がどの場所に移動していくかを視覚化してみせる。作品の細部まで知り尽くしたマエストロの明確な示導動機の演奏に加えて、クリエフの演出は、視覚的にも観る人の知的好奇心を刺激するのではないのだろうか? 管弦楽はシュターツカペレ・ドレスデン、出演はミヒャエル・フォッレ(ヴォータン)、藤村実穂子(フリッカ)他。上演が何とも楽しみである。
文:眞鍋圭子
(ぶらあぼ 2016年10月号から)
ホール・オペラ®
ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》
11/18(金)18:30、11/20(日)16:00
サントリーホール
問合せ:サントリーホールセンター0570-55-0017
http://suntory.jp/HALL