切り離せない兄弟オペラ『セビリアの理髪師』と『フィガロの結婚』は新国立劇場で味わうべし

2016.11.17
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新国立劇場オペラ『セビリアの理髪師』

新国立劇場オペラ『フィガロの結婚』


「オペラ」と聞くと、重厚でシリアスで悲劇的な内容という印象を持つ人も多いのではないだろうか。しかし実際には、そういうものばかりではない。軽快でコミカルなオペラだって少なからずある(それらは時に「オペラ・ブッファ」などと呼ばれることもある)。その代表格として、ロッシーニの『セビリアの理髪師』、そしてモーツァルト『フィガロの結婚』などが挙げられる。不道徳でゲスな登場人物が次々に現れる、「笑えるオペラ」と言ってもいい。

疑わしければ実際に自らの目と耳で確かめに行くとよい。そんな時、オススメなのが、新国立劇場である。というのも、ちょうど『セビリアの理髪師』が2016年11月27日~12月10日、そして『フィガロの結婚』が2017年4月20日~4月29日に、同劇場オペラパレスで上演されるからである。

さらにいえば、この二作品は両方あわせてセットで鑑賞することが理想的だ。根っこの部分でストーリーが繋がっているからだ。どういうことか。すなわち、『セビリアの理髪師』は18世紀フランスの劇作家ボーマルシェの同名戯曲のオペラ化であり、『フィガロの結婚』もまたボーマルシェの同名戯曲のオペラ化なのである。そして、原作となったそれらの戯曲は、ボーマルシェの「フィガロ三部作」というシリーズに属する。

ボーマルシェの「フィガロ三部作」とは、一作目が『セビリアの理髪師』(1775)、二作目が『フィガロの結婚』(1784)、三作目が『罪ある母』(1792)によって構成される。オペラとして発表されたのはモーツァルトの『フィガロの結婚』(1786)のほうが、ロッシーニの『セビリアの理髪師』(1816)よりも早いが、物語としてはやはり三部作の第一弾である『セビリアの理髪師』から触れるのが順当であろう。新国立劇場でなら、これからその順番で鑑賞できる。

ところで「三部作」の中に『罪ある母』という聞き慣れない題名がある。実はこれも、20世紀に、フランス6人組と呼ばれる作曲家グループの一人ダリウス・ミヨーがオペラ化している(初演1966)。が、初演の評判芳しからずで、あまり上演される機会がないのが実情だ。……ま、それは一旦おこう。

話を戻すと、前述のとおり『セビリアの理髪師』と『フィガロの結婚』は物語が繋がっている。両者を切り離して考えることは不可能な、いわば兄弟オペラだ。

まず『セビリアの理髪師』では、アルマヴィーヴァ伯爵が美女ロジーナと結ばれたいと欲する。しかし、色んな邪魔が入る。そこで、伯爵の手助けをするのが、理髪師にして何でも屋のフィガロなのである。彼の機転のおかげで伯爵とロジーナは最終的に結婚に漕ぎ着ける。

新国立劇場オペラ「セビリアの理髪師」ダイジェスト映像
 

次に、その続編にあたる『フィガロの結婚』では、伯爵を助けた功によりフィガロは伯爵家に使用人として仕えている。そしてスザンナという小間使いと結婚しようとするが、前作でロジーナと結婚した伯爵が、あろうことかフィガロの婚約者スザンナに手を出そうとする。一方、伯爵家の女中頭は、フィガロに金を貸した時に書かせた「借金を返せなかったら結婚する」という証文を利用してフィガロとの結婚を目論んでいる。そこに、どんな女にでも恋する若い男子ケルビーノなども絡んで来て、てんやわんやの騒動に発展。やがて思いもよらぬ結末に……。

新国立劇場オペラ公演「フィガロの結婚」 ダイジェスト映像
 

当然、『セビリアの理髪師』『フィガロの結婚』には共通する登場人物がいる。アルマヴィーヴァ伯爵、ロジーナ、フィガロ。他にバルトロ、バジリオといった人物もいる。両作品をまたいで、彼らのキャラクターの進化を見ることは、実に楽しい。

いずれにせよ、これらのオペラの中では、不道徳な男女の痴情が乱れに乱れまくる、狂おしきゲス・ワールドが展開するのである(※ちなみに『フィガロの結婚』の正式な原題は、『狂おしき一日、あるいは、フィガロの結婚 = La Folle journée, ou le Mariage de Figaro 』である。日本でも毎年行われているクラシック音楽の祭典「ラ・フォル・ジュルネ」はこの題名に由来している)。

このどうしようもなくゲスな物語は、そもそも戯曲の段階で当時の貴族階級への諷刺として書かれた。しかし、こういった話が大衆の内なる好奇心に火をつけることは昔も今も変わらない。誰もみな等しく週刊文春の読者なのだ。であるがゆえに遂には大ヒットし、時代を超えた普遍的な古典的名作として現代まで残った。もちろん『セビリアの理髪師』や『フィガロの結婚』が残った理由は、何よりそこにモーツァルトやロッシーニという天才作曲家による見事な音楽を伴ったからではある。それこそがオペラという総合芸術のなせる魔術なのだ。どこかで聞いたことのある素敵な旋律の数々。その妙味を是非味わっていただきたい。

とくに『セビリアの理髪師』は、今年が初演200周年というアニバーサリーイヤーである。いまロッシーニ再評価の気運も高まる中、イェニス、ミロノフ、ベルキナなど世界からロッシーニ歌手と呼ばれるスターが集結するのは見ものである。そのうえ、お得な販売も始まった(下記公演情報欄を参照のこと)。とりあえず、これを見ておいて損はしない。これを見てから『フィガロの結婚』のことを考えればいい。

ときに、気になるのは、『フィガロの結婚』のさらにその後である。三部作の最終篇となる『罪ある母』では、事態はよりいっそう複雑なことになっている。伯爵夫婦の長男は死んだ。そして次男レオンは実は、伯爵夫人とケルビーノとの不倫の果ての子である。一方、伯爵も愛人との間に娘フロレスティーヌをもうけ、それを他人の子と偽りつつ自分の養子にしている。そこに絡んでくるのが、伯爵家の執事ベジャース。主家の財産を我が物にしようと陰謀をめぐらすが、これを阻止すべくフィガロとスザンナが動き出す……。実に面白そうではないか。この際、これも日本で上演してくれるプロダクションはないものか。新国立劇場に嘆願書を出そうか。

公演情報
2016/2017シーズン
オペラ「セビリアの理髪師」/ジョアキーノ・ロッシーニ

Il Barbiere di Siviglia / Gioachino Antonio ROSSINI
全2幕〈イタリア語上演/字幕付〉

 
■新国立劇場:オペラパレス
■公演日程
2016年11月27日(日)14:00 託児サービス利用可
2016年12月01日(木)19:00
2016年12月04日(日)14:00
2016年12月07日(水)14:00 託児サービス利用可
2016年12月10日(土)14:00 託児サービス利用可

 
■指揮:フランチェスコ・アンジェリコ
■演出:ヨーゼフ・E. ケップリンガー
■美術・衣裳:ハイドルン・シュメルツァー
■照明:八木麻紀
■再演演出:アンゲラ・シュヴァイガー
■舞台監督:斉藤美穂

 
■キャスト
アルマヴィーヴァ伯爵:マキシム・ミロノフ
ロジーナ:レナ・ベルキナ
バルトロ:ルチアーノ・ディ・パスクアーレ
フィガロ:ダリボール・イェニス
ドン・バジリオ:妻屋秀和
ベルタ:加納悦子
フィオレッロ:桝 貴志
隊長:木幡雅志
アンブロージオ:古川和彦
■合唱指揮:三澤洋史
■合唱:新国立劇場合唱団
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
(得チケ受付中)

 
2016/2017シーズン
オペラ「フィガロの結婚」/ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

Le Nozze di Figaro / Wolfgang Amadeus MOZART
全4幕〈イタリア語上演/字幕付〉

 
■新国立劇場:オペラパレス
■公演日程
2017年4月20日(木)18:30
2017年4月23日(日)14:00 託児サービス利用可
2017年4月26日(水)14:00 託児サービス利用可
2017年4月29日(土・祝)14:00

 
■指揮:コンスタンティン・トリンクス
■演出:アンドレアス・ホモキ
■美術:フランク・フィリップ・シュレスマン
■衣裳:メヒトヒルト・ザイペル
■照明:フランク・エヴァン

 
■キャスト
アルマヴィーヴァ伯爵:ピエトロ・スパニョーリ
伯爵夫人ロジーナ:アガ・ミコライ
フィガロ:アダム・パルカ
スザンナ:中村恵理
ケルビーノ:ヤナ・クルコヴァ
マルチェッリーナ:竹本節子
バルトロ:久保田真澄
バジリオ:小山陽二郎
ドン・クルツィオ:糸賀修平
アントーニオ:晴 雅彦
バルバリーナ:吉原圭子
二人の娘:岩本麻里、小林昌代
■合唱:新国立劇場合唱団
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団