カイヤ・サーリアホ(作曲) 現代屈指の“愛のオペラ”《遥かなる愛》いよいよMETライブビューイングに登場
カイヤ・サーリアホ ©Maarit Kytöharju
2016年8月のサントリー芸術財団サマーフェスティバルのテーマ作曲家だったカイヤ・サーリアホのオペラ《遥かなる愛》が16年12月にメトロポリタン・オペラ(MET)で上演され、日本でも17年1月21日から一週間限定で全国の映画館で上映される。
《遥かなる愛》は00年にザルツブルク音楽祭で初演、03年にはグロマイヤー賞を受賞した他、世界中で絶賛されてきた。12世紀に実在した吟遊詩人ジョフレ・リュデルに巡礼の旅人が海を隔てた遠方の女性を紹介、その女性に恋をして海を渡るが病を患う。到着し愛を誓うなか息絶え、その女性は修道女となる。愛を目指した末、真に「遥かなる愛」(神への祈り)になる物語。中世の旋律も用いつつ、電子音を含むたおやかな管弦楽の響きとともに、至高の愛を歌い上げる。
MET総裁のピーター・ゲルブは就任当初から本作の上演を画策、10年越しで実現した。メシアンやリゲティすら上演歴のないMETの新時代を告げる作品となる。
「初演のときも今回の演出家、ロベール・ルパージュに打診しましたが、当時彼はオペラ演出をしていませんでした。MET上演に際しゲルブはルパージュを推し、彼の予定と、本作を歌える歌手の調整に10年かかりました。ゲルブはいつも新しい表現で聴衆を開拓することを意識していますが、昔ながらのオペラファンが大半を占める4千人の劇場を埋めるのは大変です。でも、本作は上演するたびに年配のお客様も含めてとても評判が良いのですよ。新しい音響を用いていますが、優しく美しい響きに満ちていますから。METの響きは格別で、ここでの上演が実現してとても嬉しいです。これまでは水を張った舞台で上演してきましたが、ルパージュの演出では水を使わずに光(約3万個のLED)を制御して、繊細な海と感情の揺らぎを表現する、すばらしい舞台になっています」
今回は女性指揮者、スザンナ・マルッキのMETデビューでもある。
「マルッキはこのオペラをセラーズによる初演版、オルリーの演出版と、2種の演出で何度も指揮をしていて、私の音楽を本当によく理解していますので、彼女にとっても理想的な舞台です」
ルパージュは最新機材を用いながらも奇を衒わない正統的演出を行う。彼の演出した《指環》は当時のMET音楽監督のレヴァインをして「ワーグナーの夢を実現した」と言わしめた。新しい技術を用いつつ普遍的な表現に至る姿勢は、サーリアホの音楽にも通じる。また、ジョフレ役のエリック・オーウェンズの起用は、その深い声とともに「遥かなる愛」のイメージを信仰に結びつけることに成功している。
「オーウェンズは多くの演目で観ていてすばらしい歌手だと思っていましたが、大きな体躯の黒人バスバリトンが本作の吟遊詩人になるとは想像しませんでした(笑)。でも、この物語に対して興味深い視点が生まれました。また私自身、芸術のためにあるテクノロジーにはとても興味があります。美とは、ともすると表面的なものに陥りがちですが、誠実に真実を見極めた中には、本当の美が宿るのです」
取材・文:川島素晴
(ぶらあぼ 2017年1月号から)
METライブビューイング2016-17
カイヤ・サーリアホ《遥かなる愛》(MET初演/新演出)
指揮:スザンナ・マルッキ
演出:ロベール・ルパージュ
出演:スザンナ・フィリップス、エリック・オーウェンズ 他
上映期間:2017.1/21(土)〜1/27(金)
上映劇場・時間などの詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
http://www.shochiku.co.jp/met/