ブレイク間近のシンガーソングライター・日食なつこの新作「逆鱗マニア」に迫るインタビュー

インタビュー
音楽
2017.1.12
日食なつこ

日食なつこ

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いよいよ本格的なブレイクの兆しが見える。シンガーソングライター・日食なつこの、ダイナミックな勢いと深遠さを併せ持つ世界観に魅せられる人が急増している。きっかけの一つとなったのは、昨年にテレビの音楽番組『関ジャム 完全燃SHOW』で音楽プロデューサー蔦谷好位置が「これはやられた!と嫉妬した名曲」として1stフルアルバム『逆光で見えない』収録の「水流のロック」を紹介したこと。そこから波紋が一気に広まった。彼女が完成させた新作『逆鱗マニア』は、その音楽的な才能、そしてストーリーテラーとしての才能をさらに開花させた一枚だ。初の全曲セルフプロデュースに挑戦した本作に収録されたのは、リード曲「ログマロープ」を筆頭に、より力強く自在なグルーヴを展開させる楽曲たち。その一方で、地元・花巻の「マルカン百貨店」をモチーフにした「あのデパート」のように、深い情感を浮かび上がらせる言葉の力も鮮烈になっている。
充実作を作り上げた彼女に話を聞いた。

――去年以降、「日食なつこ」という名前の知名度がどんどん上がってきている感があるんですが、ここ最近の反響はどう感じていますか?

そうですね。じわじわ増えてきているかなとは思います。

――前作の1stアルバム『逆光で見えない』までの歩みが実を結んでいるタイミングでもあると思います。改めて前作を振り返ってどういうものを得た手応えがありましたか。

あのアルバムの制作の時に一番大事にしようと思ったのは、作品全体にまとまりを待たせるということだったんです。それまでは、曲ができたら、それをまとめて出していた。作品としてのまとまりを考えたことはなかった。そこから今回のアルバムに繋がっている部分はありますね。

――以前にやっていた「ドラマー対決」のライブもきっと糧になっていますよね。日食なつこさんのピアノは「歌と伴奏」という感じではなく、いろんなパートの役割を全部鳴らしている感じがある。そういうトータルのサウンドだから、ドラムと2人でライブをやってもバンド感がある。そういう意味でも音楽的な自由度が増してきた礎になった気がします。

ありがとうございます。そうですね。ドラマーと一緒にやりはじめてから、自分が鍵盤の上でやっていることが、いかに満ち満ちているかということを気付くきっかけになって。ギターもベースもパーカッションもいるんですよ。いろんな役割がある。

――そういう必然もあって今回の作品はセルフプロデュースになったと思うんですが、これは最初から決まっていたんでしょうか?

決まってなかったです。でも、次のミニアルバムを作ろうという最初の打ち合わせの段階で、今回はこの曲に関してはこういうアレンジをしたい、この曲に関してはこういう楽器を呼びたいという主張をかなり強めに出していたんです。前作ではそういうことを言いたくても言いそびれてしまったので、最初から自分のエゴを出していたんですね。そうしたら、いっそのことセルフプロデュースでやればいいんじゃないかということになって。

――実際にやってみて、事前のイメージと違ったことはありましたか。

ありましたね。というより、できない部分にあえて手を付けなかったというか。実際のところは、自分でアレンジをやったくらいで。もっと具体的に、こういう符割りでこういうフレーズを、こういう風に弾いてくださいと指示する段階ではなかったので。そのあたりはこれから勉強だと思います。

――では、今作の中で最初にできた曲は?

ほぼ一緒ですけど、「ログマロープ」が最初です

――「ログマロープ」はとても切迫した歌詞ですが、これはどういうところから?

前作の『逆光で見えない』のリリースツアーが終わって、私の中で一区切りがついて、そこから思考がピタッと止まってしまったんです。そこから先、何をして、どういう展開をしていきたいのか、全くビジョンがなくて。そこからの半年間は本当に一曲も書けないし、何を目指してライブをしたら良いのかわからないし、表現する人間としてすごくギリギリのところにいたんですね。でもお客さんはいい曲を待ってるから刺さる曲を書かなきゃいけないし。モチベーションが低くてもステージに立ったらキリッとしなきゃいけない。そういう思いが毎日積もってきていたんですけど、ある日、その積もった思いを全部ぶん投げたんです。今までの日食なつこをこの曲で全部ぶち壊していいから、今の本音をとにかく曲にしようと思って。それで書いたのがこの「ログマロープ」なんです。なので歌詞も曲も計算がない。

――表現なんて、理由がなかったら難しいですよね。作れと言われても、絞っても出てこない。でも「出てこない」ということが曲になった。そういう意味ではある種の逆ギレ的な曲とも言えるわけで。

そうですね。でも、それでいい曲になったらからいいなと思っていて。それと、今まで抱えていたものも、結局ぶん投げられる運命だったと思うんです。お客さんが思ってもいないような期待も勝手に一人で抱えていた。だから、ぶん投げてよかった、そういう答えが結果として見えた気がします。

日食なつこ

日食なつこ

――そこから一気に曲ができたということは、どこか栓が抜けたような感覚があった。

「ログマロープ」を勢いで書ききったら、本当にすっきりして。そこからは半年かかっていなかったぶん、一ヶ月や二ヶ月で8曲が生まれた感じです。

――この曲のアレンジはフルバンドの編成ですが、これはどういうところから?

すごく攻めたゴリゴリのバンドの音にしたいと思ったんですね。でも正直、ピアノだけでも完成していたので、あとはミュージシャンの方に全部任せて。ベースの石村順さんも、ギターの永田“zelly”健志さんも、今まで何回かレコーディングで一緒になった方で、そこまで言葉を交わさなくてもすぐに正解に近いところまで来てくれるんです。「疾走感があって、強くてハリのある曲にしたい」と言って、2〜3テイクくらいでこうなった。予想以上でした。

――「ログマロープ」というタイトルの意味は?

造語です。この曲の仮タイトルが「マグロ丼」だったんですけれど、そのまま歌入れとミックスまで進んで。そろそろ正式なタイトルにしようというときに、もう自分の中でマグロ丼が外せなくなったので、その痕跡を残したタイトルにしようと思ったんですね。「マグロ」のアナグラムで「ログマ」、それから「マグロ」は英語で「ツナ」だから「ロープ」。本当に中身のない話なんですけど(笑)。

――「大停電」も印象的なアレンジですが、これはどういうイメージから?

この曲はEDMをアナログ楽器でやったら打ち込みの人たちがびっくりするんじゃないかという目論見があって。それを実現したかったんです。

――歌詞の方は?

これは学校をテーマにした曲をずっと書きたいと思っていて。

――チャイムのフレーズがアレンジされて入っているのも教室のイメージ?

そうです。学校で、夜遅くまで残ってどんちゃん騒ぎをしている不良の学生たちと、その真ん中にいる弱気な一人。夜の教室に電気がこうこうと灯りがついていて、音楽を流して騒いでる。そういうパーティー状態なところで、何かのきっかけでブツっと電気がきれてしまう。で、その瞬間、スクールカーストの上にいるヤツが、電気がなければ狼狽えるだけの、ただの18歳の子供になってしまう。そういう展開をやりたかったんですね。

――「Dig」はどうでしょう? この曲にはBlack Bottom Brass Bandが参加していますが。

これは最後までアレンジに難航した曲ですね。どんな楽器を入れるか、アイディアが思いつかずに残っちゃったんです。そうしてるうちに、とあるフェスでBBBBのライブを見て。その瞬間に「この人達に頼もう」と直感で決めました。ステージから音が目に見えて出てくるような、破裂するような感じがすごく格好いいと思って。ホーンを呼ぶならこの人達だと確信した。その時は挨拶できなかったんですけど、後からオファーをしてお願いしました。

――BBBBは、フェスや路上での他流試合が強いタイプのバンドですよね。ステージもどんどん降りて、お客さんを巻き込んでしまう。無理やり振り向かせるようなところがある。そういう点では日食なつこさんのスタンスと共通するところがあるんじゃないかと思うんですが。

そうですね。そういう話をメンバーの方ともしたんです。自分たちはステージがちゃんと用意されているところだけじゃなくて、なんでもない街中でもライブをやれる。そういう手の届くところでやるのをすごく大事にしている、と。そういう、音楽自体は完成度が高いんですけれど、窓口が広くてわかりやすいスタンスはすごく大事だと思うんです。私もピアノソロでやってきましたけれど、高いステージじゃなくて、お客さんと意思疎通ができる場所にいたい。そう思ってるので、BBBBさんのスタンスにはすごく感銘を受けました。

――「サイクル」ではギターに名越由紀夫さんが参加しています。名越さんとの共同作業はどんな感じでしたか?

名越さんも答えに辿り着くのが本当に早かったんです。この曲では曲全体に恐ろしさや怖さを漂わせたいので、そういうのを想起させるような叫び声や唸り声をギア―で表現していただけませんかってお願いして、2〜3テイクやってもらって。初っ端からめちゃくちゃ近いところに来てくださった。言うことなかったです。

日食なつこ

日食なつこ

――そもそもなぜ怖さを出そうとしたんですか?

昔からホラー映画で使われる音楽にすごく興味があって。そういう音楽をどう作るのか、一人で勉強していたんですね。こういう不協和音を使えばいいとか、ずっと同じコードを続けていたほうが不安感が増すとか。そういう中で、音階よりもただ歪んでいる音が欲しいと思って、それで名越さんにお願いしようと思ったんです。

――「サイクル」という曲でホラーをやろうと思った理由は?

前に倉庫でバイトをしていたことがあったんですけど、24時間動いている倉庫だったんです。いろんなものが運ばれてきて、同じベルトコンベアの上のレールを通って、それが仕分けされていく。それが延々とずっと続いている。そのときに思ったんですけれど、終わりも始まりもないのって、すごく気持ち悪くて怖いんですよ。どこかで区切りがほしいのに、それがない恐怖があって。終わりがないループ、サイクルに漠然とした怖さがある。

――なるほど。すごく面白い話ですね。これだけホラー音楽に夢中になっているというならば、この先の可能性として、日食なつこプレゼンツのホラーアルバムみたいなものも作れるかもしれない。

それ、すごくやりたいです。めっちゃ面白そうですね。リアルに考えます(笑)。

――そしてラストにはMVも公開されている「あのデパート」が収録されています。これは地元のデパートのことを歌った曲だと思うんですが、どういうきっかけで作ろうと思ったんでしょうか。

私の地元の岩手県花巻市に「マルカン百貨店」という老舗デパートがあって。半世紀近く営業していて、花巻市民は必ず行く場所だったんです。特に6階の大食堂、10段巻きのソフトクリームを出す店がすごく有名で。かなり馴染みのある場所だったんですけど、2016年の3月に、そこが6月に閉店するというニュースが報じられて。それを知った瞬間に頭の中が真っ白になったんです。

――それで曲を作ってミュージックビデオを撮影しようと思った。

最初は私のミュージックビデオを撮りたいということじゃなくて、「こういう素晴らしい場所が花巻にあったんだ」という資料映像を、花巻市の誰かが残さないといけないと思ったんですね。でも、いかんせん花巻市民の人たちは腰が重くて、誰もやりそうになくて。それだったら私がやろうと思って。当時、あの曲は全く違う歌詞だったんです。「グリーンフィールズ」というタイトルの、英語の歌詞がついた曲だった。でも、この曲をマルカンのために捧げようと思って、イチから歌詞を書き直しました。で、その時点でミュージックビデオを作ることも頭に入っていたので、この歌詞の部分でどのシーンを使うのかを頭に入れて、映像と同時進行で歌詞を書いていったんです。

――ミュージックビデオを見て映像と歌詞のリンクの仕方がすごいと思っていたんですけど、そもそもそういう書き方だったんですね。

そう。映像のイメージが先にあって言葉が出てきたんです。絵コンテも自分で書いたので。完全に曲と映像が一緒でした。

――ということは、自分としても、地元に対しても、この曲を作れてよかったという気持ちは大きくある。

ありますね。これは私のミュージックビデオという名義ですけど、これが半世紀とか100年とか経ったときに、私の名前とかじゃなくていいから「花巻にこういうデパートがあった」という資料映像として残れば私はそれでいいと思って。この映像に関しては、それが一番思うことです。

日食なつこ

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――なるほど。お話を聞いていて思ったんですが、この『逆鱗マニア』というアルバムは、いろんな意味で新しい扉が開いた一枚なんですね。一つはセルフプロデュースというサウンド面での挑戦があり、もう一つは歌詞の面で、いわば物語作家のような書き方が生まれている。

その通りですね。曲の作り方は明らかに変わりました。でも根底にあるものは変わっていなくて、使う道具と材料が変わった感じです

――ピアノ弾き語りって、ある種のメッセージ性のようなものを求められがちなスタンスでもあると思うんです。自分が世の中にどういう言葉を投げかけていくのかという。でも、「あのデパート」や「サイクル」や「大停電」って、シチュエーションを描くことに徹している。でも、そこを通して伝わってくるものがある。

そうですね。「あのデパート」でも、寂しいという言葉を一切使わずにそれを伝えるということをやっている。自分の感情を語ってないんだけれど、なんかにじみ出ている。まさにそういうのをやりたいというのが自分の芯の中にあって。

――そういう表現力がどんどん増しているように思います。

ありがとうございます。アーティストがやるべきことって、人が抱えているけれど上手く出せない感情を代わりに形にしてあげることだと思うんです。だから「寂しい」という感情を表現するために「寂しい」という言葉を使ったり、「愛している」という気持ちを「愛している」という言葉でしか歌えないというのでは、私はダメだと思っていて。そういう言葉は一切使わずに、でも作品からにじみ出ているのは寂しさだったり愛しさったりする。そういう職人芸みたいな表現をやっていくのが私の目的ではあるので。それが今回はやれたのではないかと思いますね。

 

取材・文=柴那典

 

イベント情報
ワンマンツアー2017「マニアたちの親睦会ツアー」

1/21(土)札幌  渡辺淳一文学館 ... SOLD OUT!!
1/22(日)札幌 くう COO... SOLD OUT!!
1/28(土)福岡  LIV LABO ... SOLD OUT!!
2/04(土) 大阪  梅田クアトロ... SOLD OUT!!
2/05(日)名古屋  UPSET ... SOLD OUT!!
2/11(土)岩手  盛岡CHANGE WAVE... SOLD OUT!!
2/12(日)宮城  仙台MACANA ... SOLD OUT!!
2/18(土)東京 キネマ倶楽部
2/19(日)東京  キネマ倶楽部 ... SOLD OUT!!
全会場着席予定(一部スタンディングの可能性あり)

 

 

リリース情報情報
 
日食なつこ/逆鱗マニア

日食なつこ/逆鱗マニア


4thミニアルバム『逆鱗マニア』

2017年1月11日発売
価格:¥2,000(税抜)
品番:272-LDKCD
[収録曲]
1. ログマロープ
2. 神様お願い抑えきれない衝動がいつまでも抑えきれないままでありますように
3. 大停電
4. It seems like a frog
5. グローネンダール
6. Dig
7. サイクル
8. あのデパート

 
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