養老孟司と布施英利が解き明かす”アートの本質” 『ヨコハマラウンド ラウンド1』レポート後編

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2017年1月15日(日)、横浜美術館レクチャーホールにて行われた公開対話シリーズ『ヨコハマラウンド ラウンド1』。前編では解剖学者であり東京大学名誉教授である養老孟司氏(以下、養老氏)による基調講演『0と1の間にあるアート』についてお伝えした。今回の後編では養老氏と、美術評論家・解剖学者の布施英利氏(以下、布施氏)による対談の概要をお伝えする。

「絵」とは何か?
「概念」と「特定された何か」との関係

養老氏による基調講演『0と1の間にあるアート』をベースに、養老氏・布施氏による対話が行われた。はじめに布施氏は、基調講演の中で養老氏が「アートというものが唯一無二の存在である」と示したことを受け(前編ご参照)、「唯一無二性」を具体的に理解する手がかりとして、二つの例を提示した。

一つ目はピカソのエピソードだ。あるときピカソが電車に乗っていると、男性に「ピカソさん、あなたの絵は訳がわからない」と話しかけられたことがあったという。そこでピカソは「では、どういう絵がいいんですか」と聞き返したところ、男性は自分の妻の写真を出して、「例えばこんな風に描いたらいいんです」と返したそうだ。それに対しピカソは「あなたの奥さんはずいぶん小さくて、ペラペラなんですね」と語ったという。布施氏は、このエピソードからピカソにとって「絵」というのは「イメージ」ではなく、まず「物」であったということがわかると指摘した。

また、布施氏は二つ目に、マグリットによる『これはパイプではない』という作品をスクリーンで見せながら、「言葉」と「絵」の違いを端的に示している作品だと述べた。

養老氏は、布施氏の発言を受けて、言葉は「同じ」を認識する能力がないと絶対に使えない能力だと続ける。例えば「りんご」という言葉一つとっても、全員が「りんご」という音に対して同じことを考えているという前提がないと会話は成り立たない。特に英語にしてみると分かりやすく、“an apple”が概念としての「りんご」であり、“the apple”が特定された「りんご」であることを示していると述べた。

たとえ「パイプ」を題材として絵を描いたからといって、マグリットがこの作品の中で描いたのは「言葉」と「絵」の関係性である。彼はこの作品を通じて、「絵」の唯一無二性を訴えたかったのではないかとも思えてくる。

 

「星座」の担ってきた役割とは

さらに、養老氏と布施氏は『ヨコハマトリエンナーレ2017』のタイトルである「島と星座とガラパゴス」の中にある「星座」について言及。まだ文字を書くということがなかった頃の人間にとって、元々脳に備わっていたはずの言語野の退化を防ぐ存在として「星座」があったのでは?という議論があった。

養老氏は、常に「同じ」ものを見ることができるという点で、「星座」というものがその後の「言語」の発展に繋がっていったのではないかと推測する。

また布施氏は、クロマニヨン人の描いたアルタミラの壁画が天井に描かれていることを指摘。これらは一見「絵」であるが、当時は先に述べた「星座」のように言語的な役割を担ってきたのではないかと直感的に思ったことがあるという。このような考察から、広い文脈で考えれば壁画も言語的な役割を持っていた可能性も否めないということが語られた。

 

「絵」と「言葉」の関係性

布施氏は続いて、「言葉と絵はどちらが先にあったのか?」という疑問を投げかけた。布施氏の息子は2歳の頃に初めて「アイス」の具象画を描いたそうだが、その頃彼はすでに「アイス」という言葉を知っていた。つまり、先に「言葉」を知り、その後、具象画に「描く」という例を目の当たりにしたという。そのとき布施氏は、「絵」が先か「言葉」が先かと考えてみると、実は具象画よりも言葉が先にあったのではないかと感じたという。

 

解剖学の観点から見る「最後の晩餐」とは

その後、話は解剖学と絵の関係性に及ぶ。布施氏は解剖学的視点からも絵画を読み解くことができるとレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を例にとった。

人間の前腕というのは尺骨と橈骨という2本の骨が平行に走っており、解剖学上、親指が内側にある状態を「回内」、外側にある状態が「回外」と定義されるそうだ。

布施氏は描かれている人物たちの手の向きだけに着目すると、キリストに向かって左側の人々の腕は全部「回内」であり、逆にキリストに向かって右側では全部「回外」となっている。さらにキリスト自身の右手は「回内」で、左手は「回外」であると指摘した。

養老氏はこれに対し、この「回内」「回外」という動きができるのは人間だけであるということを指摘。両氏は実際に解剖を学んでいたダ・ヴィンチであるだけに、人間の生物学的特徴というものを捉えた上で、意図的に回内と回外を描き分けたのではないかと語った。

 

論理と感覚のバランスの上にアートは成り立っている

また布施氏は、ダ・ヴィンチに限らず、全ての一流と言われるアーティストたちは、入念に考えて作品を作っているのではないかと述べた。落書きのようにもみえるグラフィック作品で知られるジャン=ミッシェル・バスキアは、存命中からよく「適当に描いているんだろう」と批判されることがあったという。しかし、バスキア本人はとあるインタビューにて「自分はどの一本の線も考えないで引いた線はない」と語ったのだそう。「彼のように、ただ殴り書きしているような画家であっても、やはり一流のアーティストと呼ばれる人々は、ここになぜこの一本の線を引くのかという必然を持ってやっている」と布施氏は語った。

そして養老氏も「理性的にものを扱って『同じ』を認識するという傾向と、『感覚』をいかに維持するかというバランスがアートには一番出てくる」と語った。

 


取材後記:養老氏、布施氏の両氏の対談から、アートというものが一体何なのかを考えるとき、決して言葉や概念というものと切り離して考える事はできないと学ぶことができる。また、例えば解剖学のようにアートではない領域の視点を取り入れることで、さらなる鑑賞の奥行きが生まれるということも興味深い。そのことで一見アートとは関係のないところで、アートが社会と接点を持つことも実感できる。これは、アート関係者だけではなく多方面の分野から専門家を招いてのトークセッションである醍醐味だろう。

『横浜トリエンナーレ』は、日本における現代アートの国際美術展の草分けであり、また海外の人々にも日本で行われる国際美術展の代表的な存在として知られている。『ヨコハマラウンド ラウンド1』を通じ、『横浜トリエンナーレ』が今一度社会におけるアートを捉え直すことで、国際美術展としてさらなるステップを昇ろうとする意気込みを感じた。

今後も『ヨコハマトリエンナーレ2017』会期終了時まで、約10回にわたって開催される予定の公開対話シリーズ『ヨコハマラウンド』。アート好きでなくても幅広い方々に是非、一度足を運んでみてもらいたい。

 

[登壇者略歴(敬称略)]
養老孟司:解剖学者、東京大学名誉教授、ヨコハマトリエンナーレ2017構想会議メンバー
1937年鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入り、その後同大学医学部教授。1995年退官。人間社会の様々な事象を脳の機能や仕組みと結びつけて評論。『解剖学教室へようこそ』(筑摩書房)、『からだの見方』(筑摩書房、サントリー学芸賞)、『唯脳論』(ちくま学芸文庫)など著書多数。『バカの壁』(新潮社、毎日出版文化賞特別賞)は、2003年ベストセラー第1位、同年流行語大賞受賞。ムシテックワールド館長、京都国際マンガミュージアム館長も務める。
布施英利:美術評論家、解剖学者
1960年群馬県生まれ。東京藝術大学・美術学部卒業、同大学院美術研究科博士課程修了(美術解剖学専攻)。学術博士。大学院生の時、最初の著書『解剖の時間』(哲学書房)を養老孟司との共著で出版。東京大学医学部助手(解剖学)等を経て現在に至る。美術・文学作品の批評から人体の解剖学まで、日々芸術と科学の交差する美の研究に取り組んでいる。『脳の中の美術館』(筑摩書房)、『美の方程式』(講談社)、『構図がわかれば絵画がわかる』(光文社)など著書多数。2017年2月に『人体 5億年の記憶・・・三木成夫の世界』を刊行予定。

 

イベント情報
ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」

会期:2017年8月4日(金)〜11月5日(日)  ※第2・4木曜日休場 開催日数88日間
主会場:横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)、横浜赤レンガ倉庫1号館(横浜市中区新港1-1-1)

公式サイト:http://www.yokohamatriennale.jp/2017/
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