イギリス音楽のディープな世界をカジュアルに伝えるヴァイオリニスト小町碧の魅力
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小町碧(ヴァイオリン)、加納裕生野 (ピアノ)
ロンドン在住の小町碧(ヴァイオリン)&加納裕生野 (ピアノ)が織りなすイギリスの美しいメロディー “サンデー・ブランチ・クラシック”ライブレポート
年明け一発目、2017年1月8日の『サンデー・ブランチ・クラシック』に出演したのは、ロンドン在住の小町 碧(こまち みどり)。幼い頃から長らく海外在住で、国際的に活躍しているヴァイオリニストである。そんな彼女が並々ならぬ思いを持って取り組んでいること、それはイギリス音楽の魅力を伝える普及活動だ。今回のライブでも20世紀前半に活躍した英国の作曲家たちと、彼らが残した宝玉のような作品を、短い時間を最大限につかって紹介してくれた。
まずはじめは、平原綾香などのカバーによってクラシック音楽ファン以外にも有名な「木星 Jupiter」の作曲者として知られるグスターヴ・ホルストだ。取り上げる楽曲は、彼が20代後半に作曲した「無言歌 Song without words」(ヴァイオリンとピアノのための《5つの小品》より)と、たとえクラシック音楽に詳しい人であっても“イギリス音楽マニア”でもない限りは知らないであろう、かなりマイナーな作品である。
小町碧(ヴァイオリン)
しかし小町が、20世紀イギリスの作曲家たちは自国の民謡を顧みることで美しいメロディーを残したこと。そのなかでもホルストは特に「メロディーメーカー」なのだと簡潔に語り、そして彼が当時暮らしたり、音楽を紡いでいたりしていた環境がどのようなものであったのか、演奏前にまるで「ツアーガイド」のように案内してくれるので、はじめて聴く音楽であっても情景をイメージしながら楽しむことができるよう配慮されていた。実際、演奏がはじまるとなるほど解説の通り、流れるような旋律の美しさが際立つ音楽で、さわやかな幕開けとなった。
お次は1曲目とは対照的な誰もが知る有名曲、エドワード・エルガーの「愛の挨拶」。日本に帰国した際に電話の保留音でこの曲を耳にして驚いたと、ユーモアを交えたトークで会場から笑いを誘いつつ、英国音楽が決して縁遠いものではないことを巧みに説明してみせた。もともと作曲者自身の婚約者アリスに捧げた気取りのない作品であることを意識してか、小町の演奏は単に美しい旋律を際立たせるのではなく、柔らかで優しい響きを前面に打ち出したものであった。また「ヴァイオリンの名曲」としてではなく「イギリス音楽」という文脈で触れることで新鮮な気持ちで聴くことができたことも付記しておこう。
加納裕生野 (ピアノ)
続いての演奏に入る前にはピアニストであり、小町の大学時代の同級生でもある加納 裕生野(かのう ゆきの)の紹介がなされた。加納は、小町の非凡なところとして「本当に知的」を挙げ、演奏家として「すごくストラクチャー(構造)がはっきり」した演奏をするのが素晴らしいという。なんとなく雰囲気や感情に流されてしまうと平坦でつまらない演奏になってしまいがちな音楽であっても、小町との共演では決してそうはならないので、1曲演奏し終わるごとに充実した気持ちになれると、同じ音楽家ならではの視点で小町の魅力を語ってくれた。ふたりの仲の良さが伝わってくる和やかなトークに、客席からも時折笑いが飛び出していた。
カフェでの演奏
3曲目はサイモン&ガーファンクルによって世界中で知られるようになったイギリス民謡「スカボロー・フェア」。なんと今回演奏された譜面は、小町自身がヴァイオリンとピアノのために編曲したものだという。シンプルな旋律が活きるようピアノ伴奏に工夫がこらされ、どこかクールで上品な雰囲気を際立たせた大変見事なものであった。気分はいちどきにこの民謡の舞台ヨークシャー地方に飛び、空から地上をみおろしているような浮遊感に包まれた。
立て続けに演奏された4曲目は、ホルストやエルガーに比べると著しく知名度のおちるジェラルド・フィンジによる「エレジー(哀歌)」。小町によればフィンジは「イギリスの民謡と、それを生んだ土地の風景からインスピレーションを受けた作曲家」だという。ピアノパートも単なる伴奏ではなく、ヴァイオリンの演奏する旋律とも細かく絡み合っていく。
“哀しみ”を表現する小町
哀歌という曲名だけみると短調の暗い響きを連想されるかもしれないが、基本的には長調である。ただその明るさは輝かしいものでは決してなく、曇りや雨の多いイギリスという土地柄、垂れ込めた雲の合間からほのかにさす光のような明るさを連想させる。そのほの明るい中にこそ、より大きな哀しみが見え隠れするような、そんな味わい深さを持った作品だった。演奏時間も8分弱ほどと、本日の演奏曲目のなかでは事実上のメインプログラムであったといえるだろう。
コンサートも終盤を迎えた5曲目は、小町いわく「もっともイギリス人らしくない作曲家」であるフレデリック・ディーリアスによるもの。元から美術が好きであったという小町は、あるときポール・ゴーギャンの絵画《ネヴァーモア》(1897)に魅せられ、後にその画の最初の所有者がディーリアスであることを知ったという。この作曲家に強く惹かれるようになっていった小町はその後、論文での研究テーマに選んだり、ヴァイオリン・ソナタ第3番をデビュー・アルバムに収録するなど、ライフワーク的にこの作曲家に寄り添い続けている。
小町碧(ヴァイオリン)、加納裕生野 (ピアノ)
今回取り上げられた「ラ・カリンダ」は、本来オーケストラで演奏される作品であり、今回は小町碧自身によってヴァイオリンとピアノのために編曲されたバージョンで演奏された。ロシアの作曲家ボロディンを想起させるような半音階的下行による切ないハーモニーに、浮遊感のあるメロディーがのせられたこの楽曲は、アメリカ南部のプランテーションを舞台とした歌劇「コアンガ」の劇中音楽から派生したものである。エルガーがディーリアスのことを「Dreamer 夢を見る作曲家」と称したのも納得の、詩情豊かな演奏であった。
そして事実上のアンコールとして、エルガーが20歳前後に作曲した茶目っ気たっぷりの「ガヴォット」が最後に披露された。本編で演奏された「愛の挨拶」に比べると、ほぼ知られていないに等しい作品であるが、作曲者自身がもともとソリスト(独奏者)志望のヴァイオリニストであったことなどが紹介され、エルガーの意外な一面に触れながら、楽しい気分のまますべての演奏が終了。終演後も拍手がなかなか止むことはなく、会場が熱気に包まれていることは一目瞭然であった。
食事を楽しみながらクラシックを
インタビューの様子
終演後のインタビューでは、小町は「イギリス音楽にはあまり知られてないけれど素晴らしい作品が沢山あるので、お客様に身近に感じてもらうためにどう紹介するのが良いのか私なりに工夫しつつ、聴いている方はそれぞれ自由に想像を膨らませてもらえれば」と今後の抱負を語ってくれた。
一方、ピアニストの加納は「(小町)碧ちゃんと共にイギリス音楽の魅力を伝えたい」という思いと共に、イギリスで先進的な取り組みがなされている音楽ワークショップの手法を取り入れたプロジェクト、音楽を聴く耳を育てる『0歳からのプレミアムクラシック』などにも積極的に取り組んでいきたいと、熱い思いを聞かせてくれた。イギリス発の音楽や活動をこれからどのように日本で発展させてくれるのか、小町と加納による今後の活動に目が離せない。
小町碧(ヴァイオリン)、加納裕生野 (ピアノ)
取材・文=小室敬幸 撮影=荒川 潤
ロンドン在住ヴァイオリニスト。「若き世代の才能溢れるソリスト(The Quarterly Review)」として近年注目を集めている。12歳でハワード・グリフィス指揮・チューリッヒ室内管弦楽団と共にデビューを果たし、以来、Tonhalle Zurich、東京オペラシティ、ワルシャワ・フィルハーモニー、Wigmore Hall等、世界各地で演奏。英国王立音楽院、並びに同大学院を首席で卒業。在学中、Max Pirani PrizeやSir Arthur Bliss Prize等のコンクールにて第一位受賞。2014年にデビューアルバム「Colours of the Heart」をリリース。同時にBBC Radio 3にて演奏とインタビューが生放送される。このアルバムをはじめ、特に英国の作曲家を取り上げた演奏会や研究は、The StradやInternational Record Review等の国際的な専門雑誌より、数々の好評を得ている。2017年4月、英国のレーベル、EM Recordsより2nd アルバムをリリース予定。また、オリジナルな視点と研究に基づくプロジェクトとコンサート・シリーズは、話題を呼んでいる。「音楽における英国と日本の文化交流」は、王立音楽院よりHonorary Patron's Development Awardを受賞。「Harmony of Cultural Sounds」では、大和日英基金、ブリテン・ピアーズ財団、ホルスト財団、MBF財団の協賛を得て、カルテットで英国と日本でのコンサート・ツアーとワークショップを行う。また、「ディーリアスとゴーギャン」は、日本経済新聞にも取り上げられ、2013年には英国ディーリアス協会により表彰された。英国アーツ・カウンシルにより活動が助成されている。
加納裕生野 Yukino Kano
18歳より渡英し、英国王立音楽院に入学し首席で卒業、同大学院を2009年に卒業した。2002年にカーネギーホールのワイルリサイタルホールでコンサートを行うのを皮切りに、オーストリアのミラベル宮殿やイギリスのSt.Martin-in-the-Fieldsなどで演奏、これまでにアメリカ、イギリス、インド、オーストリア、リトアニアなど世界各国でコンサートを開催している。第2回ラニー国際ピアノ・コンクールで第3位受賞、第16回カラブリア国際ピアノ・コンクールで第5位受賞、第9回エトリンゲン国際コンクールにてファイナリスト、奨励賞、及びハイドン賞を受賞。2006年より国内でコンサート活動を本格的に開始し、デビュー・リサイタル「Dance」の様子は産経新聞で大きく取り上げられ好評を博した。チェリストの向山佳絵子氏や山崎伸子氏など室内楽で日本を代表する演奏家との共演を果たしている他、ドビュッシーのソロ活動にも力を入れており2012年にデビューアルバム「Debussy Piano WorksⅠ」が発売された。その他の収録CDは「ギロック抒情小曲集&ブルグミュラー25の練習曲」、学研の「CD付きポケット判新選ピアノ120名曲」。全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員、御木本メソッド認定講師。
布谷史人/マリンバ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
2月26日
渡辺克也/オーボエ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
3月5日
海瀬京子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
3月19日
松田理奈/ヴァイオリン&中野翔太/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
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