ミュージカル『手紙』2017観劇レポート 「再演ではなく再挑戦」の衝撃作

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ミュージカル『手紙』2017(ゲネプロの舞台写真)

ミュージカル『手紙』2017(ゲネプロの舞台写真)


2017年1月20日、新国立劇場にてミュージカル『手紙』が開幕した。東野圭吾の同名小説を原作に、2016年に初めてミュージカル化された本作が、新たなキャストで上演されている。

初演に続き、演出は藤田俊太郎が担当。藤田は、2005年以降、蜷川幸雄のもとで10年に渡り演出助手を務めた経歴を持つ。ミュージカルに関しては、初演出作『ザ・ビューティフルゲーム(2014)』で第22回読売演劇大賞 杉村春子賞(新人賞)と最優秀演出家賞を受賞。その後も、『手紙』、『ジャージー・ボーイズ』、寺山修司原作の『美女音楽劇 人魚姫』と、話題作を次々に手掛けている。

脚本・作詞は、劇団四季代表の浅利慶太のもとでキャリアを積んだ高橋知伽江。児童向け舞台の台本を多く手がけ、2013年より水戸芸術館の演劇部門芸術監督も務める高橋は、ディズニー『アナと雪の女王』のテーマソングの訳詞など翻訳家としても高い評価を得た。姉妹関係における姉の心の動きを「Let it go」1曲の中で描き出した高橋が、兄と弟と世間との関係をテーマに本作で手腕をふるう。

そして小説「手紙」に、ミュージカルとしての命を吹き込む音楽の監督・作詞作曲は、深沢桂子が担当する。宮本亜門をはじめ、数々のミュージカル作品に関わってきた深沢は、初演の「手紙」で第24回読売演劇大賞上半期スタッフ賞にノミネートされた。公式サイトで「再演ではなく、再挑戦」と強調されるように、本作では新曲の書下ろしもある。

このような気鋭の演出家、ベテランの脚本家、音楽監督に迎えられた新たなキャストが、柳下大太田基裕だ。主人公の直貴を、ダブルキャストでつとめている。今回は、柳下大が演じた回をレポートする。

《あらすじ 公式サイトより》
両親を亡くしてから、直貴にとって兄の剛志が親代わりだった。剛志は弟の学費ほしさに空き巣に入り、現場を見つかったために殺人まで犯してしまう。貧しくても平和だった生活が一瞬にして暗転する。 直貴は「人殺しの弟」という烙印を押されさまざまな差別に遭う。そんな彼にとって音楽との出会いが唯一の救いになった。バンド仲間との友情、初恋―だが、それさえも無残に打ち砕いたのは兄の存在だった。 一方、服役中の剛志は弟への純粋な想いを手紙につづり続ける。 その手紙が直貴をどこまでも追いつめてゆき、ついに―。


公演レポート

※以下、演出や物語に関するネタバレを含みます。

新国立劇場・小劇場。会場で目をひいたのは、舞台上のメタリックなフレームの立方体だ。1つの面積は半畳ほどだが、人の背丈よりも高さがある。それが10台ほど配置された様は、ビル群にも、鉄格子にもみえた。目線を上に移すと、バルコニー席とほぼ同じ高さに、4人のミュージシャンが控えるステージがある。ピアノ、バイオリン、コントラバス、ベースが各々の音を出して開演に備えている。開演時間を迎えるころ、客席の扉から数名の男女がぎりぎりで到着し、通路を進み、座席につくかと思えば、彼らはそのままステージへ上がった。サウンドチェックだと思われていた楽器の音色は途切れることなくオーバーチュアとなり、流れるように物語は始まった。ようやく客席の照明が落ちた時、頭をよぎったのはロビーのポスターに書かれた「明日は昨日の続きだと思っていた」というコピーだった。

誰にでも起こりうる世界の話

ベストセラーとなった東野圭吾の原作、山田孝之と沢尻エリカが共演した映画版(2006年)、さらに昨年のミュージカル版と、いずれも高い評価を受け、たびたび話題になってきた。どの「手紙」にも共通して使われた形容詞が、“重い”“深い”だ。あらすじからも推察いただけるとおり、 重いテーマを深くえぐる作品だ。

しかし、ミュージカル『手紙』2017は、オープニングの演出で、まず観客に突きつける。重く、深い作品世界は、客席にいる我々の日常と流れるようにつながっていることを。明日は昨日の続きだと思っていても、いつだって、人殺しの家族に、被害者家族に、あるいは被害者や加害者になりうるのだ。

柳下大は、18歳から28歳までの直貴(弟)を演じる。10年の歳を重ねるのは他の登場人物も同じだが、その歳月と必ずしも「すくすくと」とは言えない成長を、もっともよく表現していたのが直貴だったように思われた。刑務所の中の剛志(兄)に時の流れはなく、人殺しの弟というレッテルは10年たっても変わらない。 そんな中で、直貴が傷つきやすく身を強張らせていた10代から挫折や決心や諦めを経験して(乗り越えて、とは言い難い)、物語は進んでいく。

歌に紡がれるストーリー

服役中の兄・剛志は、ただ刑務所でおとなしくしていたのか。行動だけをみればその通りである。暴れるでもなく、自らの罪を深く反省し、手紙を書きつづけた。そして弟からの返信を待ちつづけた。実に大人しかった。しかし、物語が終盤に向けてクレシェンドを描き続けられたのは、剛志を演じる吉原光夫の圧巻の歌声があってこそではないだろうか。

2016年版にひきつづき、今回も剛志役を務める吉原は、劇団四季で『ジーザス・クライスト=スーパースター』『ライオンキング』をはじめとした人気作に出演を重ね、退団後の2011年には帝国劇場100周年記念公演『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役を史上最年少の32歳で演じた実力派だ。

想像の域を出ることはないが、刑務所で大人しくしているからと言って、意図せず人を殺してしまった人間が、身寄りのない弟を残し心が動かないはずがない。ミュージカルだからこそ描き出せる剛志の内面を、吉原は、安定した声量と、織り交ぜられた大小のダイナミクスで表現する。

物語の終盤、直貴は、被害者の息子である緒方忠夫(染谷洸太)の元を訪れる。そこで、兄が緒方に宛てた大量の謝罪の手紙、そして剛志からの最後の手紙の存在を知ることとなる。心を張り裂くような剛志の歌声、そして忠夫の「お互い、長かったですね」という重く、それゆえ静かな一言に、客席のあちこちからすすり泣く声が響きはじめた。

今回の公演でさらに特筆すべきは、脇を固めるキャストたちの存在感だ。小此木まり演じる関西弁の由実子は、希望を象徴するような存在だった。天真爛漫なだけではない、苦労を知るからこその優しさ、強さ、ひたむきさを、小此木は透明感のある歌声で表現した。川口竜也は複数の役を演じたが、剛志の受刑囚仲間役や直貴の勤務先の社長役で、節目節目に登場し、我々観客が感情に流され見失いそうになる現実を、セリフと歌で魅せてくれた。

青空にみる現実と希望

最後に原作でもミュージカル版でも登場した、ジョン・レノンの「イマジン」について触れておく。(映画版では、直貴が音楽ではなくお笑いを目指すストーリーだったため登場せず)

物語の冒頭、直貴と剛志が両親はいなくとも平和に暮らしていたころ、剛志は直貴にギターをプレゼントする。「いつかイマジンを弾いて聴かせてほしい」という言葉を添えて。時は過ぎクライマックスの場面。直貴はギターを携え、剛志のいる刑務所を慰問に訪れる。結果から言うと、直貴はイマジンを歌わなかった。嗚咽のせいで歌えなかった。一方で、「人殺しの家族」という理由で差別を受け続けながらも生きていかざるを得ない直貴に「天国も地獄もない、ひとつになった平和な世界を想像してみよう」とは、あえて歌わせない演出だったようにも見えた。

劇中で、川口竜也が演じた社長・平井が直貴に諭したように、「犯罪者やそれに近い人間を排除しようというのは真っ当な行為」であり「自己防衛本能」と言えるのだろう。直貴は、ジョン・レノンの歌う差別のない世界ではなく、差別とともに目の前の現実を生きていくのだろう。

小説版でもミュージカル版となる本作でも、直貴はイマジンを歌わない。しかし、ミュージカルである本作の舞台上、ミュージシャンよりもさらに上には、はじめから終わりまで、イマジンの歌詞「above us only sky」を思わせる青空のスクリーンがかけられていた。エンディングに向けた4分音符の前奏は、イマジンの冒頭のピアノソロを想起させた。世界中に差別はある。争いもある。それでも「イマジン」のような世界を願う気持ちは捨てたくない。こじつけかもしれないが、そんなメッセージだと受けとった。本作が、日本発のミュージカルとして世界で上演されることを願ってやまない。

ミュージカル『手紙』2017は、2月5日(日)まで東京・新国立劇場で、2月11日(土)から12日(日)まで新神戸オリエンタル劇場で上演される。

公演情報
2017年版ミュージカル 『手紙』
 
<東京>
■会場:新国立劇場 小劇場 (東京都)
■日程:2017/1/20(金)~2017/2/5(日)

 
<兵庫>
■会場:新神戸オリエンタル劇場 (兵庫県)
■日程:2017/2/11(土・祝)~2017/2/12(日)

 
■原作:東野圭吾
■脚本・作詞:高橋知伽江
■演出:藤田俊太郎
■作曲・音楽監督・作詞:深沢桂子 
■出演:
柳下大(ダブルキャスト) 太田基裕(ダブルキャスト)
吉原光夫/藤田玲 加藤良輔/川口竜也 染谷洸太 GOH IRIS WATANABE
五十嵐可絵 和田清香 小此木まり 山本紗也加
※公演により出演者が異なります。出演者については、必ず公式サイトをご確認の上お申し込みください。

 
■公式サイト http://no-4.biz/tegami2/
 
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