実力派の若手チェリスト 辻本玲インタビュー 煌びやかな響きで魅せるリサイタルに
辻本 玲
「音色が自然体でのびのびしており、音楽の大切な要素であるLOVEが伝わってきます」と世界的ヴァイオリニスト 五嶋みどり氏に称賛された期待のチェリスト 辻本 玲(つじもと れい)。現在、クラシック音楽界で最も注目される若手チェリストのひとりである。ソロ活動のみならずオーケストラや室内楽と活躍の幅を広げてきた辻本が、2017年2月25日(土)、東京・小石川のトッパンホールでリサイタルを開催する。
1982年生まれ。7歳でチェロを始め、11歳まで米国フィラデルフィアで過ごした。東京藝術大学音楽学部器楽科を首席で卒業後、シベリウスアカデミー(フィンランド)とベルン芸術大学(スイス)で研鑽を積んだ。2003年の日本音楽コンクール第2位、2009年のガスパール・カサド国際チェロ・コンクール第3位(日本人最高位)をはじめ、輝かしい受賞歴を持つ。また、2015年に日本フィルハーモニー交響楽団のソロ・チェロ奏者に就任したことは記憶に新しい。生まれもった音楽センスと作品に真摯に向き合う姿勢に加えて、その人柄が魅力と語る声も少なくない。リサイタルに向けて、若きチェリストが胸に抱く想いを聞いた。
辻本 玲
■伝統を引き継ぎながらも、自分の感じたものを表現したい
――辻本さんは、これまで、リサイタルでは、柱となる本格的なソナタと小品でプログラムを構成されてきましたね。今回のプログラムでは、ベートーヴェンとラフマニノフのチェロソナタが選ばれています。二つの曲について教えていただけますか。
オープニングを飾るのは、ベートーヴェンのチェロソナタ第1番です。チェロのソナタの歴史を紐解いてみると、ベートーヴェン以前にもボッケリーニの作品などがあります。しかし、基本的にチェロがソロで、ピアノは伴奏に徹していました。次第にピアノの果たす役割が大きくなり、初めてチェロとピアノが対等に扱われるようになったのが、この作品です。例えば、出だしはユニゾンで始まり、チェロとピアノが並走します。真の意味での二重奏と言えますね。長年にわたって、「この曲でリサイタルを始めたい」という希望がありました。
最後にはラフマニノフの作品をもってきました。サントリーホールなどでも、何度かこの曲を弾かせていただきましたが、大きなホールではどうしても細かなニュアンスの表現が伝わりにくい。トッパンホールは、リサイタルにちょうど良い大きさですから、そこを意識して、またロマン溢れる魅力的な曲を、最後まで聞いていただきたいとの想いを込めて選びました。
――すでに多くの著名な演奏家が取り上げている曲ですが、辻本さんならではの聴きどころはどこでしょうか。
最近では、奇抜さや新しいことをすることに重きが置かれている演奏も沢山あります。しかし、僕は、作品がどのように弾かれるべきかを考え、巨匠達に受け継がれてきた伝統を引き継ぎつつ、その枠組みの中で自分自身が感じたものを表現したいと思っています。
――二つのソナタの間には、お馴染みの小曲が置かれていますね。リスト『愛の夢 第3番』やショパン『ノクターン 第20番』は、元々、ピアノ曲として作曲されたものですが、こうした曲を選んだのはどうしてですか。
弾くわけではないのですが(笑)、ピアノにはずっと憧れをもってきました。チェロカルテットの一員としても活動していますが、そこでもやはりベートーヴェン『月光』やバッハ『ゴルトベルク変奏曲』をよく演奏しています。ピアノの小品には美しいものが多く、プログラムに取り入れています。速く、細やかな音をチェロで表現するのは難しいですが、よりソフトな感じに編曲されていますので、チェロによる演奏であっても違和感なく、フィットしていると思っています。
――武満の『オリオン』はいかがでしょうか。
去年、武満徹の没後20年に、『オリオン』を弾かせていただく機会がありました。その時に始めて演奏してみて、作品がもつ日本的な感性に感銘を受けました。音がたくさん鳴り響いているというわけではありませんが、間の使い方や音で空間の広さを表現するようなところを楽しんで演奏できました。
――ところで、現在お使いのチェロは、1724年製作のアントニオ・ストラディヴァリウスですね。楽器は演奏者と一心同体の存在といえると思いますが、この楽器がもつ個性はどんなところでしょうか。
煌びやかで、華やか。ある意味で、チェロっぽくないとも言えるような艶々した美しい音色が独特です。もちろん、低弦は深い音なのですが、A線は本当に特徴的です。
元々、僕自身も艶々した音色が好きでしたが、このチェロを弾くようになってからは、なお更、艶やかな音を出そうとしています。ちょっと、ヴァイオリンチックかもしれませんね。渋いチェロだと、こういう音はできないと思います。楽器のもつキラッとしたものを理解して、そういう方向で弾いていこう。チェロの良さを引き出していこうと思っています。
――なるほど。では、そのチェロの個性とどのように付き合ってこられたのですか。
やはり、最初のうちは大変でした。音量があまり出なかったり、弾き方がいまいち分からないとか。「暴れ馬」みたいな感覚をもっていました。自分好みに調整するなどして、一年くらいかけて段々と良い感じに馴染んできました。今では、この楽器のおかげで演奏テクニックの引き出しが増えたと思っています。名器に恥じない音を出していきたいですね。
辻本 玲
■情熱と端正さを兼ね備えた演奏を目指して
――辻本さんがチェリストになろうと思った瞬間はいつなのでしょうか。
子どものころに聴いたヨーヨー・マの演奏がきっかけです。丁度、チェロを習い始めて一年ぐらいたった頃ですね。当時、アメリカに住んでいて、彼が演奏するチャイコフスキーのガラコンサートが放映されていました。スーパーマンのようで、とても楽しそうに弾く姿を見て、こういうふうになりたいなぁと思ったんです。
――そして、芸大に進まれ、卒業後、ヘルシンキとベルンという二つの都市で研鑽を積まれたわけですね。二人の世界的なチェリストの下で、どういったことを学ばれたのでしょうか。
ヘルシンキではアルト・ノラスに師事しました。彼の演奏は力強く男性的。ヴィブラートをずっと掛け、全弓を使うスタイルで、華やかな表現はいかにもソリストという感じです。情熱的でフィーリングから入っていくタイプで、 ディミヌエンドと書いてあるのに、クレッシェンドと叫んだり…(笑)。それでも、その場で彼が弾くと、やっぱり凄くて圧倒されます。もう70歳を超えていますが、完璧に弾いて「どや顔」してくるみたいなレッスンでした(笑)。一方、スイスで指導を受けたアントニオ・メネセスは、地味で端正に弾いていくタイプで、弓はこれくらい(10センチくらい)しか使わない。それにもショックを受け驚きました。
二人のキャラクターは正反対ですが、どちらも大切。自分は両方を兼ね備えた表現が出来たらいいなと思っています。
―――帰国後は、ソロ活動のみならず、室内楽やカルテット等、多方面で活動を行われていますね。それぞれの面白さ、醍醐味みたいなものはどのようなところですか。
室内楽で、チェロはバスライン(低音部)を担い、メロディを支えます。バスを弾くのは、一見、簡単そうじゃないですか。でも、実はそこに奥深さがあるんです。ピアノが何十個の音を奏でている間に、チェロはただ一音。シンプルなだけに難しい。
また、チェロカルテットにも参加しています。仲の良い四人でチェロカルを組んで、弦楽四重奏的な感じで、しっかりとリハーサルを重ね、真剣に音楽を作っていこうと始めました。カルテットをしていると、バスライン、内声、メロディといった様々な役回りが出来るので、そこが楽しいですね。
――今後、新たに挑戦していきたいことはありますか。
やはり弦楽四重奏を組んで、じっくり作品に取り組んでみたいです。本当に信頼し合える4人が集まって、続けていくというのは難しいことです。例えば、ベートーヴェンの弦楽四重奏などに挑戦してみたいと思っています。
――最後に、読者のみなさんに、公演に向けてのメッセージをいただけますか。
今回のリサイタルでは、メインとなるラフマニノフのチェロソナタを中心に聴いていただきたいです。とても熱い演奏にするつもりなので、曲調ともぴったりです。もちろん、名器のチェロの個性的な響きにも耳を傾けていただければと思っています。
取材・文=大野はな恵 写真撮影=大野要介
■日時:2017年2月25日(土)14時開演
■会場:トッパンホール(東京)
■料金:全席指定5,000円
■出演:辻本 玲(チェロ) 永野 光太郎(ピアノ)
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1番 へ長調 op.5-1
リスト:愛の夢第3番
ショパン:ノクターン 嬰ハ短調 遺作
武満徹:オリオン
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 op.19
■公式サイト:http://rei-tsujimoto.com/