『ウォルター・クレインの本の仕事』展をレポート 絵本のデザインに目を向けた画家の日本初個展

レポート
アート
2017.4.7
『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』

『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』

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千葉市美術館にて『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』(会期:2017年4月5日〜5月28日)が開幕した。本展覧会は、19世紀後半イギリスで活躍した画家ウォルター・クレインの作品を、日本で初めて本格的に紹介するもの。装飾的なイラストレーションが美しいトイ・ブック(カラー刷りの簡易絵本)や挿絵本などを中心に、現代絵本の基礎を築いたともいわれるクレインの芸術を辿る内容となっている。一般公開に先立ち開催された内覧会から、展覧会の見どころを紹介しよう。

 

 絵と文字が織りなす画面のハーモニー

見開きページの中で、絵と言葉が一体になるデザインを試みたウォルター・クレイン。本展覧会の担当学芸員である山根佳奈氏は、「彼が活躍しはじめた時期のヴィクトリア朝の社会は、子供向けの本が登場し、子供のために何かを買うという感覚が出てきた頃。とはいえ、安価で粗雑な作りの本ばかりの中、芸術的なことに価値をおいて本を作り出したのがクレインです」と語る。

クレインは、装飾的な画面の中で文字の入れ方に工夫を凝らした。巻物のような吹き出しを使ったり、文字の配置を上下に分けたりすることで、画面全体の調和を保つことに成功したのだ。

ウォルター・クレイン 《青ひげ》1875年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《青ひげ》1875年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《眠り姫》1876年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《眠り姫》1876年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《ジャックと豆の木》1875年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《ジャックと豆の木》1875年 個人蔵

また、マザー・グースの歌を収めた楽譜集《幼子のオペラ》では、音楽に合わせた絵が楽譜の周りを装飾している。1870年代、タイルや壁紙の装飾を手がけていたクレインの、デザイナーとしてのセンスも垣間見ることができるだろう。

ウォルター・クレイン 《幼子のオペラ》(歌曲編纂:ルーシー・クレイン)1877年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《幼子のオペラ》(歌曲編纂:ルーシー・クレイン)1877年 個人蔵

 

華やかに彩られたおとぎ話の世界

『美女と野獣』『シンデレラ』『アラジンと魔法のランプ』など、誰もが馴染みのあるおとぎ話や童話、マザー・グースを題材にしたトイ・ブックは、画面いっぱいの緻密な描写が目を引く。現代のデジタルペイントとは異なる、木口木版による多色刷りで表現された濃厚な色彩にも注目したい。

ウォルター・クレイン 《美女と野獣》1874年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《美女と野獣》1874年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《赤頭巾ちゃん》1875年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《赤頭巾ちゃん》1875年 個人蔵

1865年に彫版師・刷師であるエドマンド・エヴァンズとの共同作業で生み出されたトイ・ブックシリーズは、良いものを安価で作ることを特徴として、一冊6ペンス(現在の日本円で500円ほど)で販売されていた。後に、一回り画面が大きくなったシリング・トイ・ブックでは、文字を別ページに刷り、絵のみの画面構成にすることで、見開きが美しい豪華絵本となっている。

ウォルター・クレイン 《アラディンと魔法のランプ》1875年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《アラディンと魔法のランプ》1875年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《かえるの王子》1874年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《かえるの王子》1874年 個人蔵

学芸員の山根氏は、クレイン作品の特色として「画面全体に隙間なく色々な情報を詰め込んでいる。たとえば、《かえるの王子》に描かれたテーブルクロスの模様は、当時人気のあったマザー・グースの唄『かえるくん 恋をさがしに』の一場面になっている。一つの話に別の話を組み込んだり、別の物語から引用してきた人物をゲスト出演させたりと、遊び心がある。絵の隅々まで見るとたくさんの発見があって面白い」と話した。

擬人化した花々

クレインの代表作でもある「フラワー・シリーズ」は、花の擬人化をテーマにしている。花の女神フローラが、春の到来と共に冬眠中の花たちを呼び覚ましていく《フローラの饗宴》では、全40点の挿絵が7m長のガラスケースに飾られている。

ウォルター・クレイン 《フローラの饗宴》(部分) 1889年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《フローラの饗宴》(部分) 1889年 個人蔵

展示風景

展示風景

この作品では画面全体に装飾を施さず、背景は白地でシンプルだ。ゆえに、リトグラフ技法を用いた流れるような曲線や、愛らしい衣装デザインが際立っている。一つ一つの花をじっくり見ながら、お気に入りの子を見つけ出すのも楽しいだろう。

ウォルター・クレイン 《フローラの饗宴》(部分) 1889年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《フローラの饗宴》(部分) 1889年 個人蔵

浮世絵からヒントを得た「黒」へのアプローチ

1867年に日本の浮世絵を見たことをきっかけに、クレインの作風には変化が生じる。作品の中に浮世絵や屏風、扇子など、日本趣味の調度品が描かれるだけでなく、俯瞰の構図を用いたり、平面的な色使いを試みたりするようになったのだ。

また、これまで輪郭線を刷るのに使われてきた黒を「色の面」として用いることで、画面内に新たな視覚効果をもたらした。《長靴をはいた猫》や《私のお母さん》では、綺麗な黒が印象的だ。山根氏は「木版の少ない色数で効果的な表現をするのに、浮世絵を参考にした」と解説する。

ウォルター・クレイン 《長靴をはいた猫》1874年 個人蔵

ウォルター・クレイン 《長靴をはいた猫》1874年 個人蔵

『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』は2017年5月28日まで開催。画家、イラストレーター、デザイナーとして幅広く活躍したクレインの主要作品約140点のほか、同時代に名を馳せた画家ケイト・グリーナウェイとランドルフ・コールテッドの作品も合わせて展示される。クレイン単独の個展は最初で最後かもしれないという貴重なこの機会に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろう。

イベント情報
絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事​

会期:2017年4月5日(水)~5月28日(日)
主催・会場:千葉市美術館 http://www.ccma-net.jp
休館日:5月1日(月)
開館時間:10:00~18:00(金・土は20:00まで)※入場受付は閉館の30分前まで
観覧料(当日)一般:1200円 大学生:700円 ※高校生以下無料
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