人は何歳からでも輝ける! 御年82歳の小林和子と名教師・ピーノ松谷による熱狂の師弟コンサート

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小林和子&ピーノ松谷

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ピーノ松谷&小林和子&金益研二 “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.3.25. ライブレポート

「クラシック音楽を、もっと身近に。」をモットーに、一流アーティストの生演奏を気軽に楽しんでもらおうと毎週日曜の午後に開催されているサンデー・ブランチ・クラシック。3月25日は「リリカポップ」というまだ日本ではあまり馴染みのないジャンルを標榜し、オペラの新たな魅力を発信し続けているピーノ松谷が出演した。

松谷はオペラの本場イタリアで研鑽を積み、そして演奏家としてキャリアを築いたのちに日本へ帰国。国内でも要職を歴任してきた実力派のオペラ歌手である。しかし、近年では既存のしきたりに囚われない活動で、クラシック音楽業界の外部からも注目を集めている存在だ。

開演30分前に会場に着くと、中高年の世代を中心に驚くほど多くの方々が既に来場されており、普段とは異なる熱気が会場中に満ちあふれていた。開演前から聴衆の方々が、本日のコンサートをどれほど楽しみにしているのかが、伝わってくるかのようであった。

開演予定の13:00を待たずに店内に流れていたBGMがやむと、ピアニストの金益研二が舞台に登場。金益がおもむろにムーディーな音楽を即興的に奏ではじめると会場の雰囲気は一変し、まるでもう夜も更けていったかのように落ち着いていく。そこにいかにもイタリアの伊達男といった風貌の松谷が現れて「ボンジョルノです、こんにちは!」と、聴衆へご挨拶。先ほどまで熱気に溢れていた雰囲気は一気に落ち着いた空気感へとクールダウンし、リラックスして音楽を楽しもうという雰囲気へと移り変わっていった。

ピーノ松谷

ピーノ松谷

松谷は続けて共演者を紹介していく。「今日は僕の弟子でもあります、小林和子と……彼女はなんと、歳をいってしまうと御年82歳で、去年コンクールに出て審査員特別賞という賞を獲られたんですけども……」と、驚きの情報をサラリと紹介すると、会場からは思わず拍手が鳴り響く。しかしながら普段、若手から中堅世代の一流の音楽家が出演することの多い『サンデー・ブランチ・クラシック』としては異例の事態であるのは間違いない。なんせ出演者のおひとりが、後期高齢者で、コンクールで受賞されているとはいえアマチュアの音楽家なのだ。一体全体、今日の『サンデー・ブランチ・クラシック』はどんなコンサートになってしまうのか……この時点では正直なところ、皆目見当がつかなかった。

ピーノ松谷

ピーノ松谷

当然そんな、こちらの気持ちは露知らず、まずは1曲目として、松谷がカンツォーネの「コメ・プリマ(以前のように)」を歌いはじめた。松谷はイタリア語で歌われる詞の内容について「前に付き合っていたふたりが1回別れて、もう一度付き合って……月夜の晩にふたりっきりでいるんですが、彼がドキドキしちゃって、何も言えなくなっちゃう。だけど明日から君のことをずっと愛するよと、毎日言うからね……」といったように、かなり丁寧に解説した上で歌うので、松谷の美声を味わうだけでなく、音楽を通して歌われている情感もたっぷり感じながら楽しむことが出来た。

加えて松谷は、低めの落ち着いた声色で大人の色気を存分に出しつつ、後半の決め所となる高音でもバリトンらしい太めのサウンドを失わない。当たり前ではあるのだが、そうした確かな技術力からも、彼がいかにしっかりとした実力をもっている本格派のオペラ歌手であるかを感じさせられた。ピアノの後奏が終わるのを待ちきれず、力のこもった拍手が客席から鳴り響いたのも当然だろう。

小林和子の伸びやかな声

小林和子の伸びやかな声

続いていよいよ82歳のメゾソプラノ小林が登場し、お客様へむけたご挨拶。「今日はどうもお足元の悪いなか、こんなに沢山の方にお越しいただいて本当に有難うございます。沢山の懐かしいお顔の前で歌が歌えるということを、大変幸せに思っております。短い時間では御座いますが、どうぞお楽しみください」と、育ちの良さが醸し出される品格ある言葉遣いやイントネーションは、お人柄がにじみ出ているようだった。

まず最初に小林が歌ったのは、山田耕筰が編曲を手掛けた日本歌曲「中国地方の子守歌」。ピアニスト金益の、清廉で叙情的な前奏に導かれるように聴こえてきた小林の歌声は、年齢を感じさせぬ豊かな声量、美しく情感豊かなビブラート、そして何よりも作品に寄り添おうとする高い志を感じさせるもので、アマチュアというレベルを遥かに超えたものであった。

金益研二、小林和子

金益研二、小林和子

いくつか実例を挙げよう。例えば「子守歌」という曲名から、素朴に歌いやすい旋律だと思われるかもしれないが、編曲者の山田耕筰は楽譜に事細かな演奏指示を記しているため、その通りに歌うのはかなり難易度が高い。しかし小林は、技術的にクリアしていたことはもちろんのこと、表面的に音を追うのではなく、自身のなかできちんと咀嚼した上で歌っていることがしっかりと伝わってきた。

音楽に向き合う小林の真摯な姿勢は、続けて演奏されたサン=サーンス作曲のオペラ『サムソンとデリラ』よりダリアのアリア「あなたの声に私の心は開く」や、ポンキエッリ作曲のオペラ『ラ・ジョコンダ』よりチェーカのアリア「貴婦人か天使のような声」でも存分に発揮されていた。とりわけ前者「ダリアのアリア」では、オペラの場面展開にあわせて異なる声色による表現を聴かせてくれたうえ、このアリアのクライマックスを築くメゾソプラノとしては高音のGes(ソ♭)の音では完全に聴衆の心を鷲掴みしてしまったといって間違いないだろう。師の松谷を超えるほどの熱狂的な拍手や歓声が飛び交うのも納得の絶唱であった。

金益研二(ピアノ)

金益研二(ピアノ)

両名の歌唱のあいだには、本職は作曲家であるピアニスト金益のソロとして彼自身のオリジナル作品『小さなミロンガ』も披露された。「ミロンガというのは、アルゼンチンのとっても軽快で早いリズムの名前なのですが、そのリズムを使って作曲した曲です」と紹介があった通り、ベースラインで刻まれるミロンガのリズムに乗って音楽が目まぐるしく展開していく、ジャジーな楽曲だ。アルゼンチンはブエノスアイレスでピアノを師事するなど、タンゴに精通する金益の魅力が詰まった魅力的なナンバーであった。

カフェに響き渡るピーノ松谷の歌声

カフェに響き渡るピーノ松谷の歌声

コンサートの後半は松谷が様々なジャンルを歌い分けていく。演奏順は前後するが、前述した[カンツォーネ]のほか、[オペラアリア][タンゴ][シャンソン][スペイン語の歌][日本歌曲]とひとつもジャンルが被らないから驚かされるほかない。

[オペラアリア]は、有名な「オンブラ・マイ・フ」(※ヘンデル作曲のオペラ『セルセ』よりセルセのアリア「樹木の陰の下で」)が歌われた。この曲が単独で取り上げられる際、カットされることの多いレチタティーヴォ(朗唱)付きで演奏したのも、オペラに一家言をもつ松谷らしいこだわりである。

[タンゴ]からは、定番のナンバー「ラ・クンパルシータ」が取り上げられた。誰もが知る有名曲ではあるが、意外と歌詞の内容は知られていない。松谷は「これについている詞がなんとも情けない男の詞でしてね……」と仔細に説明したうえ、歌っている最中も「情けない男」を演じてみせるから痛快極まりない。これまで何度となく聴いてきたこの作品をこれほど新鮮に楽しめるなど思ってもみなかった。

ピーノ松谷

ピーノ松谷

[シャンソン]からはこの分野の大家シャルル・アズナヴールの「忘れえぬひと」にアン・あんどうが日本語詞をつけた「それはあなた」が歌われた。もちろん尾崎紀世彦や布施明に匹敵するような圧倒的な歌唱力で聴かせてしまうのだから客席が沸かないはずがない。

[スペイン語の歌]としては、メキシコ人作曲家ララがまだ見ぬ桃源郷として彼の地を描いた「グラナダ」が歌われた。シナトラのようなポピュラー系の歌手から、クラシック系のオペラ歌手までレパートリーにしている楽曲だが、松谷は歌い出す前になにげなく客席に向かって問いかける。「マイク使った方がいい?使わない方がいい?」と、柔軟に対応する姿も聴衆にとっては思わずニヤッとしてしまう嬉しいやり取りだ。テノールに引けを取らないような輝かしい高音が決まると、この日一番の盛大な歓声が飛んでいた。

小林和子、ピーノ松谷

小林和子、ピーノ松谷

プログラムの最後におかれたのは[日本歌曲]。小林との二重唱で、滝廉太郎の「花」が歌われ、アンコールには再び[スペイン語の歌曲]としてオブラドルス作曲の「エル・ヴィート」が松谷のソロで演奏されると、気付けば45分間を超えるプログラムはあっという間に全て終わってしまった。

終演後も客席の熱気はおさまらず、賑わった空気感が保たれていたのが印象的であった。中高年世代をこれほど熱狂させてしまう素晴らしい歌い手ふたりに、終演後お話をうかがった。



小林和子、金益研二、ピーノ松谷

小林和子、金益研二、ピーノ松谷

――本日は素晴らしい演奏を有難うございました! 日本では馴染みのない「リリカポップ」という名称ですが、でも新しいようでいて、実は古くからあるものですよね。例えば日本での例を挙げると、ある時代まではそれこそ藤山一郎さんなどのように音楽大学で声楽をを学ばれた方がマイクをもって歌われるのが一般的でしたよね。ですからご年配の方からすると、現在の歌よりもかえって親しみやすいのではないかと思いました。

松谷:完全にそうですね。ただ現在、オペラ歌手がこういうポピュラーも歌えるんだよと言って歌っている人はたくさんいるんですが、僕のコンセプトはオペラの声を使いながらも色を巧みにそれぞれの曲に合わせて変えて、なおかつ「オペラ歌手がやってるのか」ではなくて、それぞれのジャンルの専門家が聞いても「これもありだよね」というのを目指しているんです。

――だからこそ、これだけ多様なジャンルに取り組まれているのですね。

松谷:他にも美空ひばりさんが歌っていた演歌も歌いますし、エルヴィス・プレスリーも大得意ですよ(笑)。

――そうした曲目も、皆さま大変喜ばれそうですね!そして本日、何より驚いたのは小林さんの歌声でした。

松谷:そうでしょう、すごいでしょう!

インタビュー中のおふたり

インタビュー中のおふたり

――完全にお世辞抜きで、どこかの音楽大学の名誉教授と言われたら、間違いなく信じてしまうなと思いました。

松谷:時代が時代だったら、世界のプリマドンナですよ(笑)。

小林:わたくしたちの時代というのは戦後直後でしたから、女学校に行くことも大変でしたのね。そんな時代でしたから音楽を目指すだなんて、とてもとても……。食べることに一生懸命な時代でした。夢に思いながらも、なかなかそういう機会はなかったです。

――昔から音楽はお好きだったんでしょうか?

小林:好きは好きでしたね。

松谷:昔から「声」は持っていたので、音楽の先生が「あなた歌をやりなさい」と当時も言われたそうなんですよ。

小林:先生から「あなたどうするの?」とは聞かれたんですけど、「いや、私は就職します」って答えました。

松谷:本格的にはじめたのは僕のところに来てからですね。

小林:60歳を過ぎてからです。

――本当ですか?それでここまで素晴らしく歌えるようになるとはにわかには信じられません……。そうした話をお伺いすると、きっと同世代の方は勇気づけられるのではないでしょうか。コンクールで実績を残されたというのもなかなか出来ることではないですよね。

小林:コンクールを受けろ受けろと言われたんですけど、「この年で嫌です~!」と思っていて、「コンクールどころじゃないです」なんて言ってたんです。

小林和子

小林和子

――でも松谷さんに押し切られたんですね(笑)。

松谷:コンクールに出るためにレッスンの回数を増やして、普通のレッスンよりも厳しいレッスンをしたんですよ。「口開けろ~!」

小林:「これ以上、出ません!」

松谷:「出ろ~!」

小林:「出ません!」(笑)

松谷:「出せ!」(笑)

――そんな激しいレッスンだったんですか(笑)。

松谷:でも、すごい嬉しいことを言ってくれたんですよ。

小林:コンクールでトロフィーもらっても賞状もらっても、それは失くしてしまえばそれまでのことだけども、先生が本気になって怒ってくれて、それで出来たこと、自分に身についたもの。これは自分の財産で、この方がよっぽど価値が私にはありますってお伝えしたんです。

――小林さんが音楽に向き合う真摯な姿勢は、こういうところにも貫かれているのですね。

小林:お陰様でこういう先生と巡り会えて、神様がくださったご縁ですね。

小林和子、ピーノ松谷

小林和子、ピーノ松谷

――最後に、松谷さんが今後どのような活動をされていこうと考えていらっしゃるのか教えていただけますか。

松谷:僕の本当の大望というのはやっぱりオペラで、日本に馬蹄式のテアトロ(劇場)を作り、そこにミラノ・スカラ座と同じように後ろに舞台美術課、衣装課、それから学校といったように、ひとつのところにあって、そこから世界に発信できる人たちを育てていきたいですね。イタリアから帰国してから日本の大学や歌劇団でやっていたのですが、それらを全部やめて、自分のオペラ団体(PICCOLA  BOTTEGA DEL TEATRO)を作ったりもして、何作もオペラをやったのですが個人なので資金が底をついてしまいまして……。なので、どうにか僕がオペラ業界以外の一般のひとに知っていただく術はないかと考えていたときに、この「リリカポップ」に目をつけはじめたんです。

オペラって聞いただけで敷居が高いと思ってしまう方が多いじゃないですか。じゃなくて、色んなシャンソニエにも出て、オペラってこんなに親しみやすい声なんですよっていうのでオペラファンを作っていきながら、最近は芸能事務所にも所属するようになったので、それでどんどんオペラファンを増やして、お金を出して頂ける方を募り、最終的な大望に向かっていけたらなというのが本音です。だから、リリカポップ自体が目標なのではなく、それは通過点としていきたいなと思っています。

――松谷さんの活動を通してオペラにはじめて興味をもたれる方が増えること、間違いないと思います。今後益々のご活躍を期待しております。本日は有難うございました。

ピーノ松谷

ピーノ松谷

ワンコインのミュージックチャージで、コンサートホールでは絶対に味わえないような出演者との距離感で音楽を楽しむこともできるサンデー・ブランチ・クラシックは毎週日曜の午後1:00から。500円で気軽な「プチ贅沢」を体験しに、是非会場まで足を運んでみてほしい。

サンデー・ブランチ・クラシック情報
4月16日
尾崎未空/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円

4月23日

阪田 知樹/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: \500

■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html​
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