井上芳雄インタビュー「逃げ道を断って、崖っぷちに立つ気持ちでやりたい」~橋爪功との二人芝居『謎の変奏曲』

インタビュー
舞台
2017.6.5
井上芳雄

井上芳雄


2017年秋、切れ味No.1演出家・森新太郎と、日本を代表する名優・橋爪功、そしてミュージカルだけに留まらずストレート・プレイにも積極的に挑戦している実力派俳優・井上芳雄という夢のトライアングルが実現する。三人が紡ぎ出すエリック=エマニュエル・シュミットの傑作『謎の変奏曲』は、ノーベル賞作家ズノルコと新聞記者を名乗る男ラルセンの二人のみを登場人物とした物語。1996年アラン・ドロン主演によるパリでの初演以来、世界各地で幾度も上演されてきたが、その度ごとに観客を驚きと興奮の結末へと導き、役者にとっても演じがいのある作品と言われる。若く、しがない地方の新聞記者を名乗るラルセンを演じる井上に、本作の魅力や橋爪、森について、さらに最近特に取り組んでいるあの仕事についてもたっぷり話を伺ってきた。

■橋爪&森 vs 井上!? 生きて帰れるのか?

――この作品、過去上演されたときには、「結末は絶対誰にも言わないで」というのが「お約束」だったそうです。それゆえ、実際に観た人しか結末がわからないという……。

そうなんです。取材泣かせの作品ですよね(笑)。だから自分の役がどう……って言いにくいんです。『謎の変奏曲』っていうくらいだから「謎」があるほうがいいと思うし、それを守るに値する、よくできた本だと思います。

――この作品に出会ったきっかけは?

「よくできた戯曲があるんだけど、出てみない?」って紹介されたんです。いつ上演するとか誰と共演するとか、何もまだ決まってない頃に。こんなにおもしろいのに誰もが知ってる作品ではないのが、むしろ不思議でした。僕も知らなかった。こんなにおもしろい作品がまだこの世の中にあったのかって。二人芝居ですし、ハードルも高いですから、自分ができる、できないはさておき、ぜひやりたいと思いましたね。

もちろん、ストーリーのおもしろさ、何回も起きるどんでん返し、作劇のおもしろさは絶対あると思うんですけど、それは要素のひとつ。愛について、人生について、男について、女について……すべてについて話をしているんです、二人で。その二人が会話している内容がいいなって思いましたね。二人芝居で、会話劇だから何を語っているかが重要ですし。

歳を取った男と若い男が二人でやりとりする作品は他にもたくさんあると思うんです。『謎の変奏曲』では、その二人の関係が特異な状況にあるので、その点もおもしろかったです。僕の役は基本的に変わらない。橋爪さんの役のほうがどんどん変わっていきます。最初の設定からは全然印象が変わりますし、舞台が終わったときには二人の関係が想像もつかないようなものになっていると思います。

――今回、向かい合う相手は橋爪功さん、演出が橋爪さんと同じ「演劇集団円」に所属する森新太郎さんです。

橋爪さんと共演できることは大きなチャレンジだと思います。演出の森新太郎さんも。お二人は同じ劇団ですから、勝手知ったる仲だと思うし、誰もが認める大先輩のもとに僕が乗り込んでいく……生きて帰れるのか、って自分自身の逃げ道を断って……行く!半ば冗談、半ば本気で言ってますが、この作品がうまくいくかどうかは僕次第。うまくいく要素は揃っているから、何かあった場合は「井上のせい」と言われるかもって(笑)。森新さんが演出を間違うことだってあるかもしれないし、橋爪さんがセリフを覚えられない事もあるかもしれないけど、いちばん濃厚なのは僕。崖っぷちに立つ気持ちでやろうと思います。チャレンジができる機会が与えられることを幸せに思います。

――森さんといえば、「稽古が長い」と過去一緒にお仕事をされた方々のコメントを何度も目にするんですが、その点はいかがですか?

僕は稽古が嫌いなので(笑)……何回も何回も稽古を繰り返すとか嫌なんですよ(笑)。しかも二人なので出ずっぱりで休めないですよね。ただ、橋爪さんも、本当は早く稽古を終わらせたい性格らしいんです(笑)。橋爪さんのことも考えて、そうそう長くしないんじゃないかなって期待しています!今回に関しては、僕は「稽古をして当然」と思って立ち向かいます。

森新さんご本人は、とても穏やかそうな方という感じを受けました。まだ森新さんを語れるほどの言葉を持っていないのですが、しっかりお芝居を作ってくださる方だという確信は持っています。

稽古を何度も繰り返しやることで何が生まれるのか……そこに新たな発見があるかも! それにしても、何でそんなに繰り返すんだろう?……というところを今回知りたいですね(笑)。

――橋爪さんにはどのような印象を抱いていますか?

すごくにこやかで、偉ぶらない方。素敵な方ですね。もちろん大先輩の俳優さんなんですが、普段そういうのをにおわせる方ではないんです。でも、写真をたくさん撮られるのがお嫌いなようで「写真、5枚ね…あと3枚ね!」と。カメラマン泣かせですよね(笑)。でも彫刻みたいな顔をなさっているんです。シワが刻まれていて何枚も撮る必要がない、顔が物語る、説得力がある顔なので、すごいなあと思います。実は僕、橋爪さんの舞台を観たことがないんです。だから、周りからすごい、すごいと聞いているんですが、正直まだよくわかってないんです。怖い物知らずなところがあって。でも初めてやるならむしろ何も知らないほうがいいのかな。とにかく今回僕はすごい経験をさせていただけるんだろうなあ。

■アイツにだけは負けたくない(笑)

――最近、ミュージカルとストレートプレイとの間を行ったり来たりしていますね。意識的に作品を選んでいるのですか?

普通はするもんじゃないなって思います。ミュージカルは特殊技能が必要だと思うんです。ストレート・プレイをやってからミュージカルをやると、世界が違う。専門職だと思うんです。それぞれ魅力的だし、使う神経も違う。そこに慣れることが大事。ミュージカルはずっとやってきたから大丈夫だけど、ストレート・プレイは演出家のやり方もそれぞれ全然違うし、まず最初に途方にくれるんです(笑)。本読みのあとに一度落ち込んで、「こんなことで良いはずがない」。そして演出家に立ち稽古をつけていただいているときに「あ、こっちでいいのかな」「こういうことを大事にしているのかな?」と感じます。大変残念なことですが、そういうことを両方やらせていただいているのは、僕か浦井健治といったところで!(笑) でも浦井健治にだけは負けたくないね!浦井がストレート・プレイをやるなら俺もやるよ! ……まあ冗談ですが(笑)。

ただ僕は、ストレート・プレイをやっているときにコンサートのゲストで歌わせてもらったりすると、最初のリハでは声がかすれて全然出ないんですよ。未だに、どうやって両立したらいいのかわからないんです。よく浦井くんともその話をします。それくらい、ストレートとミュージカルを両立させるのは大変なことなんだと思います。

でも、こういう状況になっていることは、すごいことですよね! 僕らだけではなく、市村正親さんのような大先輩もいらっしゃいますし、若手だっていっぱいいる。もともとミュージカル俳優の自分たちが両方やらせていただいているのは本当にありがたいことです。

毎回言っているんですが、ストレート・プレイのときは、「これでダメならここから去るしかない」と思いながらやっています。『陥没』のとき、シアター・コクーンのセンターに立たせていただいているのに、自分がみんなの足をひっぱったら大変なことになるし、今回の作品も二人しかいないのに僕が足をひっぱったら……。ミュージカルでもそうなんですけど。でもそういう思いにならない作品はやりたいと思わないです。刺激がないから。

■目指すは究極の「どM」!?

――そんなギリギリの状態なのに、ストレート・プレイの中でもかなり難しい二人芝居に敢えて立ち向うなんて、「どM」じゃないですか!?(笑)

本当の「どM」は一人芝居をやろうとするんでしょうね(笑)。

――ならば、究極の「どM」状態である、一人芝居にいつか挑戦してみたいというお気持ち、ありますか?市村さんの『市村座』のような形とか……。

うーん。一度はやってみたいですけどね。でも僕は相手がいてこその芝居だと思っているので、相手がいなくなるとどうなるのかな。

一人でコンサ―トをするとき、一人でずーっとしゃべっていたり……それは一人芝居と同じようなものかもしれませんね。昔『ハロルドとモード』を一人芝居のようにやってみましたが……。それはさておき、いつかはやってみたいです。

■時代が変わっても変わらない想い

――今回演じるのが地方の新聞記者を名乗る男。それは相手がどんな人であれ、心を開いてもらってこっちが聞きたいことを語ってもらうというスキルが必要だと思うんです。井上さんご自身はそういうことは得意ですか?

基本的には聞かれることが多いので……実はあまり他人に興味がないんです(笑)。だから向いてないですね(笑)。他人に興味がないというか、自分のことで手いっぱいなので。ナルシストなところはないことはないけど、他の人のことを自分に活かしていこうということがないんです。

――でも、座長になることも多いですし、初めての共演者が稽古場にいたりすると、何かしらコミュニケーションを取ることが必要になりますよね。

これが仕事になるとできるんですよ。むしろ仕事でそういうことをやりすぎているから、プライベートでは興味がなくなっているのかも。まず役をもらったらその役の人となりを知りたいじゃないですか。それで頭がいっぱいになっちゃうし、一緒に共演する人がいたらその人のことで頭がいっぱいになる。若い頃は今よりももっとそういう状態になっていた。むしろ今は少し抑えているくらいです。本当は毎日稽古終わりで共演者と肩組んで飲みに行きたいし、ドロドロの仲良しになりたいっていう願望もあるんです。でも毎回それだと身体が持たないので抑えてます。ある程度は線引きして舞台上でいい状態に持っていきたいので。でも「見て」います。特に座長のときはそうですね。みんながハッピーにやっているかが気になりますからね。

僕自身、すごく受け身かも。閉じこもるまではいかないし、オープンマインドの人が近づいて来たら、仲良くやります。で、嫌がることはしない。無理やり相手の心をこじ開けることはしない……ということはそこまで相手に興味がないってことか、やはり(笑)。

――そんな井上さんのスタンスが果たして今回の役に活かされるのか。

興味ある人にはすごく話したいし聴きたい。特にラルセンは頭のいい人だと思うし、頭のいい人同士の会話だと思う。目的や信念があるからこそできる会話だろうし……あとはかけひきですね。どっちもその場から何度も出ていこうとするし、引き止めもする。それを繰り返すんです。一瞬一瞬が勝負の関係ですね。

――本作が生まれてから約20年、情報伝達ツールが急速に進化したせいで、人と人が直接言葉をぶつけあう機会はかなり減ったように思います。そんな時代において、この作品が観客に伝える魅力とは何だと思いますか?

僕も日々生きていますが、人は何かを伝えたいと思うんです。自分がやってきたことを何かの形で伝えたいから子どもも作るし、先生という人も出てくる。親から子へというのはわかりやすい形ですが、同性の先輩と後輩、年寄りと若者みたいな構図もあり、そこにはいがみあいもあったりするけれど、次の世代に渡していきたいこともある。昔も今も変わらないと思います。それは感動的なことであり、そこに計算や利益はないと思うんです。

年上の人間にしてみれば、自分はどうせ死んでいく身だから、彼より早く死んでしまうのは確かだから、彼に心から何かを伝えたい、何かをしてあげたいと思う。ある意味「純粋無垢」な気持ちだと思うんです。それはどんな時代でも変わらないと思うし、誰にでもあげられるものではない。そこにドラマがあると思うんです。


インタビューの後半、「まもなく、第71回トニー賞授賞式ですね!」という話題をふってみた。ミュージカル・ファンの方はご存知だろうが、WOWOWで放送する今年の「生中継!第71回トニー賞授賞式」にて、番組のスペシャル・サポーターを今年も井上が務める。そこで、今年の見どころは?と伺ってみると、「昨年が『ハミルトン』が一色だったしねー。今年は『ディア・エヴァン・ハンセン』がおもしろそう。社交不安障害をテーマにした作品。こういう作品がノミネートされるブロードウェイ、まだまだ攻めているなあって感じます。でも現地では賛否両論だそうですが。どうなるんでしょうね、今年は。昨年ほど派手じゃないけれど、いい作品が多そうです」と事前チェックはバッチリ!といった反応。そこでこんな質問を最後にしてみた。

――最近、「司会」や「インタビュー」という新しいお仕事が増えていますね。ゲストとコミュニケーションを取りながら、もっと深く話を聞いたり、相手のいいところを拾ったり……今回演じる新聞記者役にも近いかもしれませんね。

人の話を聞くってものすごく難しいことだし、僕は聞かれることのほうが多かったから。自分のことはおもしろおかしくしゃべれますが、ふと気が付いたときに、人に自分のことばかり聞いてもらっていて、楽しい気分になってていて、持ち上げてもらうだけの人生って大丈夫かな? と思います。人に興味を持ち、その人の話を聞くことができるのが大人じゃないかなって。

インタビューですが、いいインタビューってカウンセリングのようなものですし、僕は他人に興味を持ちにくい、とわかっているのでむしろ興味を持っていきたいと思っている。インタビューするときは、どうしよう、何を聞こう、相手はどうくるかな?などと考えて緊張します。でもこれまでいろいろな経験をさせていただいたので、たとえ何がどうきてもなんとかなる気はしてきました(笑)。むしろ予想もつかないようなリアクションをしていただくほうが違う展開になっていくからおもしろいかも。

司会だったら、こんなに盛り上がっているのにあと30秒で話を落ち着かせないと、とか、絶対に時間オーバーになってしまうからこのネタは飛ばそう、という判断を自分でしなければならない。実は人の話を聞く人の方が立場が上というか。そもそも「MC」って「master of ceremonies」の略ですからね。また違う景色が広がっていて、そういう仕事もおもしろいなと思います。まだまだ不慣れですけどね。

取材・文・撮影=こむらさき

公演情報
『謎の変奏曲 』 
 
■原作:エリック=エマニュエル・シュミット 
■翻訳:岩切正一郎 
■演出:森新太郎 
■出演:橋爪功、 井上芳雄 
 
<東京公演>
■会場:世田谷パブリックシアター
■公演期間:9月14日(木)~9月24日(日) 15回公演
※9月18日(月・祝)夜公演は貸切
料金:8,800円(全席指定・税込)※未就学児童入場不可
・車椅子スペースのご案内(定員あり・要予約)
料金:一般料金(車椅子スペースが該当するエリア)より10%割引(付添者は1名まで無料)
申込:ご希望日の前日19時までに03-5432-1515(世田谷パブリックシアターセンター)へ
・託児サービスのご案内(定員あり・要予約)
料金:2,000円 対象:生後6ヶ月以上9歳未満(障害のあるお子様についてはご相談ください)
申込:ご希望日の3日前の正午までに03-5432-1526(世田谷パブリックシアター)へ
■問い合わせ:スペース:03-3234-9999 (オペレーター対応)
※月~土 10:00-12:00 、 13:00-18:00 
前売発売日:2017年6月17日(土)
■主催・製作:テレビ朝日/企画・制作:インプレッション
■公式HP:http://www.nazono.jp/
 
<大阪公演>
■会場:サンケイホールブリーゼ
■公演期間:9月30日(土)~10月1日(日)
■問い合わせ:ブリーゼセンター06-6341-8888(11:00~18:00)
 
<新潟公演>
■会場:りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場
■公演期間:10月3日(火)
■問い合わせ:りゅーとぴあ専用ダイヤル 025-224-5521(11:00~19:00/休館日を除く)
 
<福岡公演>
■会場:大野城まどかぴあ
■公演期間:10月7日(土)~10月8日(日)
■問い合わせ:ピクニックセンター 050-3539-8330(平日11:00~17:00)

 
放送情報
生中継!第71回トニー賞授賞式
6月12日(月)午前8:00 [同時通訳] / 6月17日(土)夜7:00[字幕版] WOWOWプライム
司会:ケヴィン・スペイシー
案内役:宮本亜門 八嶋智人
スペシャル・サポーター:井上芳雄
スペシャル・ゲスト:坂本昌行
番組HP http://www.wowow.co.jp/stage/tony/
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