ジェットコースターとカラオケとフライドチキンについて

コラム
アート
2017.5.22

 拝啓

 

 集団の中にいても、単独行動を認めてほしい瞬間ってありますよね。僕はまあまあ協調性はあるほうなので(たぶん)団体行動は苦手じゃないし、むしろ好む傾向にあるんですが、たまにはどうしても皆と同じ行動を取りたくない場面も存在します。

 

 たとえば絶叫マシーンに乗ることですね。僕は本当に絶叫マシーンに乗ることが苦手で、ジェットコースターに乗るくらいならインフルエンザの注射を100回された方がましだと思っています。もちろん乗ったことはあるんですが、とてもおもしろいとは感じなかったし、乗っている間はずっと恐ろしくて仕方ありませんでした。以来ジェットコースターに乗った経験は僕の心に一種のトラウマのようなものとして錆付いていて、ゆっくりと山を登るゴンドラリフトに乗っている時でさえ「頂上までたどり着いたら急降下するんじゃないか」とありえないことを考えてしまい、気が気でなかったりします。

 高層ビルの中から夜景を見たりするのは好きなんですけどね。飛行機も嫌いじゃないし。単に高いところが苦手なわけではなくて、ジェットコースターと、ジェットコースターを想起させるものが嫌いなんだと思います。あ、自転車で坂道を駆け降りるのも結構苦手かもしれません。

 今のところ垂直落下タイプの絶叫マシーンに乗ったことはないんですが、このまま一生乗らない方がいいでしょうね。垂直落下したらどうしようと、あらゆる椅子に座れなくなってしまいますから。

 

 しかし、世の中には僕とは反対に絶叫マシーンが大好きな人がいるわけじゃないですか。友達数人と遊園地に行ったりなんかすると、僕以外の全員が絶叫マシーン狂いだったりするんです。正直なところどうかしているなと僕なんかは思ってしまうんですが、ある種の感情が欠落しているのではないかと僕は疑うに至っているのですが、あるいは恐怖でしか生の実感を得られない気の毒な人々なのだと僕は結論を出してはいるのですが、実際にはもちろんそんなことは言いません。価値観は人それぞれですよね。僕も女性の好みでは他人の共感を得られたことは一切ありませんしね。まあ、とにかく絶叫マシーンが好きな人はどうぞマシーンに乗って空中で絶叫してくださいと思っているわけです。僕は地上のレストランでフライドチキンでも齧っていますよと。しかし心やさしき絶叫マシーン狂いの皆様はそれを簡単には許してくれません。口々に言います。「一緒に乗ろうよ」と。

 誤解しないで頂きたいのは、僕は絶叫マシーン狂いの皆様に嫌悪感を持っているわけではまったくありません。多くの場合、彼らないしは彼女たちが、嫌がる僕がジェットコースターに乗ってひいひい言っている姿を見て喜びたいわけではないということをわかっています。まあ、そういう場合もあるかもしれませんが、大抵は純粋な好意から長い時間僕をひとりにさせるのは気の毒だと思ってそう言ってくれるのです。愛の強さゆえ、優しき獣ゆえ……。

 

 しかし、僕としては地上で待っていることはちっとも苦痛じゃないわけです。ひとりでぶらぶらお土産やさんを覗いたり、射的をしてみたり、フライドチキンを齧ったりして全然退屈しないで過ごせます。むしろ苦痛なのは「ひとりにさせるのはかわいそう」と空の民たちに気を使われることなんです。もちろん僕ひとりだけ集団を離れて単独行動するわけですからなにかしら思うところがあるのは当然でしょうが、僕としては「じゃああとでね」と気持ち良く別れたいんですよね。地上は任せろと。各々好きなことをするのが一番いいですよね。

 

 あとは、カラオケ屋さんに行く時も単独行動を認めてほしいですね。要するにひとりだけ歌わないことを認めてほしいんです。僕はカラオケで歌を歌うことも苦手なんですよ。歌手でもないのに人に歌を聞かせるのってなんだか照れくさいじゃないですか。だいたいおばけのQ太郎みたいに音痴だし。普段、鼻歌はものすごく歌ってるんですけど。

 歌を歌わないでいいなら、他の人の歌を楽しく聞きながらフライドチキンでも齧っているのでカラオケボックスに行くことは全然問題ないんですけど、やっぱり僕だけ歌っていないと優しい歌うたいたちからマイクが回ってくるんですよね。まあ、そんなことをされても僕は絶対にマイクを握らないし、死んでもフライドチキンは離さないんですけど、気を使われるとなんとなく居心地が悪くなってしまうんです。ここでもやっぱり気持ち良く歌わないことを認めてほしいですね。

 

 ここまで読んで、もしかしてあなたはこう思ったんじゃないでしょうか。絶叫マシーンに乗らないのなら最初から遊園地なんか行かなければいいし、カラオケボックスに行くことになった時点で帰ればいいじゃないかと。

 なるほど。一理あります。あなたはやはり賢い人ですね。しかし、僕はそんなことは絶対にしません。理由なんてそんなものは決まっています。ひとつしかありません。

 さびしいからです。考えてもみてください。みんなが遊園地に行っている時に家でひとりフライドチキンを齧る行為ほどむなしいものはありませんよね。

 

 そうだ。いいことを思いついたんですが、遊園地に行くにせよ、カラオケに行くにせよ、あなたが常に僕といっしょにいて同じ行動を取ってくれれば、そもそも問題になりませんよね。たとえば遊園地では、僕とあなただけジェットコースターに乗らずにふたりで土産屋を覗いたり、射的をしたり、レストランでフライドチキンを齧ったりしていればいいですし、ごきげんにイッツアスモールワールドに乗ることもできますよね。

 

 なんだかとても楽しそうです。こうなったら最初からふたりきりで遊園地に行った方が良さそうですね。そうしましょう。悩むことなんてなかったですね。

 

 いやあ、今度の休日が待ち遠しくて仕方がありません。

 それでは。

 いつかまた宇宙のどこかで。

 

敬具 


チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。 過去の手紙はこちらからお読みいただけます。 

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