聴衆と共に創り上げる10年目の特別な「オール・ショパン」 ピアニスト外山啓介にインタビュー

インタビュー
クラシック
2017.9.8
外山啓介(撮影:荒川潤)

外山啓介(撮影:荒川潤)


外山啓介。2004年に日本音楽コンクールで第1位の栄冠に輝き、海外留学を経て、2007年にはデビューアルバム『CHOPIN:HEROIC』をリリース。サントリーホールを始め全国各地で行われたデビュー・リサイタルのを完売させ、“大型新人現る!”と世間の注目を集めたピアニスト。

あれから10年。毎年CDアルバムをリリースし、全国リサイタルツアーを行なってきた。着実に進化を遂げ、演奏家として更に大きく豊かに成長してきた外山が、今年デビュー10周年記念ピアノ・リサイタルの演奏曲として選んだのは「オール・ショパン・プログラム」。敢えてデビュー・リサイタルとほぼ同じ曲目を再演する。「節目になる大切な年のリサイタルで演奏する曲は、ショパン以外には考えられませんでした」と本人が語る、特別な思いがこめられたひとつの集大成であると同時に新たな出発点でもある。

そんな記念リサイタルに臨む外山啓介に、「オール・ショパン・プログラム」への想い、幼い頃から憧れ続けてきたというショパンの楽曲の魅力、またリサイタルと同時に10周年の記念として発売された新譜アルバム『マイ・フェイヴァリッツ MY FAVORITES』について、さらにピアニストとしての10年間で感じたピアノへの向き合い方の変化などを語ってもらった。

■10年の歩みで何が変わり、何が変わっていないのかを、皆さまと共有したい

──デビュー10周年の記念リサイタルを「オール・ショパン・プログラム」、しかもデビューリサイタルとほぼ同じプログラムで臨もうと思われた気持ちから教えてください。

デビューの時、自分にとって1番大事な作曲家はやはりショパンでした。とりわけ「ピアノ・ソナタ第3番」を弾きたいという気持ちに突き動かされて、プログラムを組みました。

ですが、それから様々なことがあり、今年で10年。その節目に何を弾こうか?と思った時に、敢えて10年前にやったプログラムとほぼ同じものを弾くことによって、何が変わって何が変わっていないのか、ということを、聴いてくださる方々と共有したいと思いました。現在すでに、同じプログラムを実際に全国各地で演奏しているのですが、やはり自分にとってプレッシャーの大きい企画であったなと思いつつも、とてもやり甲斐を感じながら弾いています。

──ご自身の中で、特にここが変わったなと感じられる点は?

演奏にそのものに関しては、正直そこまで強く変わったと感じることはありません。ただ、自分の出した音に対する責任感だとか、自分の出した音に執着することの大切さを感じるようになったことは、10年を経ての大きな変化だったと思います。

デビューの頃は、とにかく一生懸命練習する、また一生懸命弾く、さらに一生懸命練習する、という、その繰り返しの日々でした。いま考えれば、ある意味「努力賞」的なものだったのかなと思うんです。

でも、自分が観客として体験したことをきっかけに、考えるようになったことがあります。僕はソプラノ歌手のアンナ・ネトレプコがとても好きで、来日公演があった時に3万円以上のを買って聴きにいきました。演奏会に行くことはとても好きなので、他の方の演奏会にもよく出かけているのですが、やっぱり3万円以上の代ということになると、を買う時からドキドキします(笑)。その分、楽しみが高まり、実際会場に行って彼女がステージに出てきたら、もうそれだけですごく感動したんです。もちろん演奏もそれは大変素晴らしいものでした。彼女は現代を代表する世界的な歌手の1人ですけれども、少なからずを買うということの重さをひしひしと感じました。

その時に思ったんです。僕の演奏会のを買ってくださる方も、こんな風に楽しみにして来てくださるのかも知れない。さらに、その1日のコンサートは、僕にとっては20回、30回あるコンサートのうちの1回だとしても、ほとんどのお客様にとっては、その時ただ1回のコンサートなのだから、ただ「一生懸命練習しました、一生懸命弾きました」だけではダメなんだと。やはり1回1回のコンサートを聞いてくださる方に、自分の音を届ける責任を感じるようになりました。

■華やかな美しさの裏にあるものを表現する、ショパンの面白さ

──デビューの時、また10年を経た記念の時に「オール・ショパン・プログラム」を選択された、ショパンの魅力について、今改めてどう感じていますか?

ショパンは、古典の作曲家やラフマニノフなど近代の作曲家に比べて、有名な曲がとても多く、また比較的規模の小さな曲も多い。メロディーも綺麗だし、和声も綺麗だし、良い意味でとてもとっつき易い。ただ、その親しみ易さが裏目に出てしまって、どこか軽く扱われてしまう時があるなと感じる部分があります。ですから、華やかで美しい、しかし、その裏側に何があるのか?どういうことを表現しなければならないか?ということを常に注意しながら演奏をしないと、ただの自己満足に終わってしまいます。そこがショパンの難しさだと思います。

でも、そこが面白いところでもあって、例えば今回取り上げている「ピアノ・ソナタ第3番」は、ショパン自身の体調がとても悪く、恋人ともうまくいかず、華やかに活躍していた時期も過ぎ去ってしまって……という時に書かれたものです。そういう局面でこれだけ大きなソナタを書いたということは、自身の集大成と言うか、おそらくは「遺作」のひとつになるという気持ちだったのだと思います。ですから、もちろんショパンならではの美しいメロディーや和声もありつつ、とても古典を意識した作品になっていて、僕は清潔で厳しい作品だなと感じています。

やはりショパンは、その全てを「あぁ、好きだな、綺麗だな」に終始してしまうと、魅力が拡散してしまって大きな作品としての良さがなかなか伝わらなくなる。だから、表現におけるその駆け引きが、とても難しくもあり、面白いところでもあるんですね。そこが僕にとって、ショパンの1番の魅力だと思います。もっとも、弾けば弾くほど逃げられるという感覚もあって、なかなか捕らえがたいのですが、でもだからこそ好きだという気持ちが変わらないんです。

──その中で、先ほどおっしゃったように、ピアノ学習者たちが演奏したり目標にしたりする「幻想即興曲」や「ノクターン第20番『遺作』」などもプログラムに入っていますが、そうした大曲ではない曲も選曲する意図というのは?

子供の頃にコンサートを聴きに行った経験が、僕の心の中にとても大きく残っています。だから、今の小さいお子さんたちにもコンサートに行ってみたいと思ってもらえるような曲を取り入れてみようと。ショパンは先ほど話したように、深いものがある作曲家ではあるのですが、プログラムの全てを内容の濃い曲ばかりにしてしまうと、聴いていただく方にはちょっと手強い印象になってしまうこともあるかと思うんです。だから、そのバランスも意識しています。

──外山さんの演奏をきっかけに「この曲が弾けるようになりたい!」と目標にするピアノ学習者の方たちもいらっしゃるでしょうから。

そうですね! そう思っていただけたら嬉しいですね。

■自分が大好きなものを集めていったアルバム『マイ・フェイヴァリッツ MY FAVORITES』

──デビュー10周年記念の新譜アルバム『マイ・フェイヴァリッツ MY FAVORITES』も発売されました。こちらはリスト、ドビュッシー、ラヴェルなどの大曲も収め、外山さんのテクニックの確かさや迫力に感銘を受ける圧巻の内容になっています。10周年に「オール・ショパン・プログラム」のコンサートと同時に、この新譜のラインナップを用意された想いは?

「デビュー10周年の節目に出す新譜をどうしよう」というところからはじまったのですが、例えばリストの「バラード第2番」は僕にとって、とても思い入れの強い曲なんです。高校生の時にピアノに対して大きなつまづきを覚えた時期があったのですが、その時にこの「バラード第2番」に出会い、こんな素晴らしい曲があるのだったら、やっぱりもっとピアノを頑張ろう!と思わせてくれた、自分の転機ともなった曲です。また、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」も2013年にあちこちで演奏した曲ですが、実はそれまであまりいい曲だと思っていなかったんです。超絶技巧の持ち主がバリバリに弾く曲というイメージがあって(笑)。でも、ユジャ・ワンが演奏した「ラ・ヴァルス」を聴いた時に「こんなにいい曲だったのか!」と、大好きになって。……そんな風に、自分が大好きな曲を集めていったら、この選曲になりました。リストの「愛の夢」や「コンソレーション」は、やっぱりいつ弾いても「なんていい曲なんだ!」と思いますし、ドビュッシーの「ロマンティックなワルツ」は小学生の時に何回か弾いて、コンクールでも弾き、自分の中で「ピアニストになりたいな」と思うきっかけになった曲です。また、同じドビュッシーの「喜びの島」も、子供の頃からの憧れの曲でした。ワーグナー/リストの「イゾルデの愛と死」は、大学院の修了の時にリストのソナタで論文を書いたのですが、それとセットで弾いた曲です。そうした、自分がすごく思い入れのある曲ばかりを、10年の節目に選びました。

──では、コンサートとアルバムの両方の中にこの10年間の想いが詰まっているのですね。是非、両方を併せて聴いていただけるといいですね。

ええ、本当に両方を聞いていただけたら嬉しいです。

■ピアニストという「仕事」を意識し、得心していった日々

──ピアニストとして10年間を過ごされてきて、デビュー以前に、ピアニストを目指しておられた10年間、或いはもっと長い期間ということもできるかと思いますが、それぞれを思い返した時に、ピアノに向き合う姿勢などはどう変わっていきましたか?

ピアニストになろうとしていた10年間は、高校生、大学生の頃になるかと思うのですが、特に子供の頃は自分が思ったことを上手に言えなかったので、自分の想いをピアノにぶつけているというイメージでした。ピアノが自分のパートナーというか、生活の一部で、すべてを受け留めてくれるものだったんですね。

でもピアノを弾くことが仕事になった時に、それを「仕事」と呼んでいいのか?という迷いが、かなり長い間、自分の中にあったんです。僕が描いていた「仕事」のイメージが、満員電車に揺られて毎日いやいや会社に行く(笑)というようなものだったので。

だからこそ、一心同体とまではいかないけれども、それに近い感覚をもっていたピアノに向かうことを「仕事」と表現するのには迷いがありました。やはり端的に言えば自分の為に弾いていたんだと思います。でも、今はホールで自分が出した音は、他人(ひと)のものなんだと思うようになりました。この感覚は学生として弾いていたら一生わからなかったことかなと。演奏するというのは作曲家の為に弾くという大前提がありますが、その上で聴いてくださる方の為に弾く。その意識が生まれたことが一番の変化ですね。もちろん今でもピアノを弾くのは好きですし、とても大事なことですし、いい意味で自分にとって最高の「仕事」だと思っています。でもその一方で、経験を重ねるにつれて「怖い」とも感じています。学生なら演奏して失敗してもリスクはないですが、今は「失敗したらどうする?」「伝わらなかったらどうする?」という思いがありますから、ステージに出るまでの時間は本当に怖いですね。

──最初は自身の為に弾いていたところから、聴衆を意識する演奏になっていったと。

そうですね。特にコンサートは、弾く側と聴く側がありますけれども、でもその演奏会は皆で創るものだと思います。ホールの音響なども含めて、裏でサポートしてくださる方々がいて、お客様が入って、演奏の最後の音が消えていって、拍手をいただけるまでの静寂を皆で共有できることが、何よりの幸せですね。

──ホールの音響などは特に、お客様が入ってはじめて完成するものでもありますものね。

そうなんです。そうした全てを皆で創るという感覚は、経験を経たからこそ生まれたものだと思います。

■一生かけて自分のヴィジョンを持っていきたい

──先ほど「仕事」には辛いことを我慢するイメージがあったとおっしゃいましたが、外山さんにとってはピアノのレパートリーを増やす為に、長時間練習することは辛いことではなかったのですか?

いや、練習は辛いです。練習しなくてもいいんだったらなるべくしたくないです(笑)。でも、辛いとは思いますけれども、そこをやっていかないと、その裏にあるものにはたどり着けないので。素晴らしい演奏家のいい演奏を聴いて、ここにこういうものがあるとわかったとしても、そこを目指す為には自分で階段を昇る意外には成立しない。辛いことはたくさんありますが、到達できた時の喜びはとても大きいですからね。辛さと喜びは共にあるのかなと思います。

──そうした練習や研鑽を積まれている中での、気分転換やリラックス法で意識していることはありますか?

週に2回ジムに通っています。トレーナさんが1対1で付いてくれるのですが、それが自分にとってはすごくいいなと思っています。トレーナーさんがまだ二十歳くらいのとても若い方なんですが「こういうフォームでやってください。でもこういうフォームでやろうとすることが大事なのではなくて、こういうフォームをすることによってどういう効果があるのかを自分できちんと感じてやってください」と言うんです。それってピアノもそうだし、全てに通じることですよね。また一方では、重いものに集中的に立ち向かう時に、とても役立つ考えです。

──これから先を見つめた時に、夢やヴィジョンはありますか?

「次の10年後にどうなっていたいのか?」というヴィジョンを持ち、その筋道を立てることが大切だなと、今強く思っています。ただひたすら一生懸命やってきた時期を経て、今、将来こう在りたいというものを、漠然とではなくしっかりと持って、そう在りたい為には何が足りないのか見つめると同時に、ここは自分の良いところなのだと認めることも大事なことかなと。まずは、自分の立ち位置を冷静に客観的に見つめたいです。どんなプログラムを弾きたいか、どんな場所で弾きたいか、どういうオケに呼ばれたいか、など想いはたくさんありますが、それらはある意味で通過点だと思うので、一生かけて自分のヴィジョンを持っていきたいと思います。

──この10年の節目の記念コンサートを楽しみにしておられる皆さんにメッセージをお願いします。

デビューの時のプログラムを10年経って繰り返せるというのは、自分にとって、とても幸せなことだと思っています。その演奏会をぜひ会場で皆さんと一緒に創っていけたらと思います。何が変わって何が変わっていないのかを聴いていただけたら嬉しいですし、「今まで聴いたことがなかったけれども、ちょっと聴いてみようかな」と思っていただける方がいらしてくださったら、それもまたとても嬉しいです。何よりもこのプログラムを一緒に創ってもらいたいので、ぜひ会場にいらしてください!

取材・文=橘涼香  撮影=荒川潤

公演情報

外山啓介デビュー10周年記念ピアノ・リサイタル~オール・ショパン・プログラム~

■日時:2017年9月30日(土)  14:00開演 (13:30開場)
■会場:サントリーホール
■出演:外山啓介
■曲目(予定):
ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」
バラード第1番
ノクターン第20番「遺作」
幻想即興曲
ポロネーズ第7番「幻想」
舟歌
ピアノ・ソナタ第3番

■公式サイト:http://www.keisuke-toyama.com/

他に、全国各地巡演あり。
09/09(土)14:00 [大阪 ]ザ・シンフォニーホール
09/15(金)18:30 [栃木] 宇都宮市文化会館小ホール
09/28(木)13:30 [神奈川] 横浜みなとみらいホール
10/13(金)19:00 [北海道] 札幌コンサートホールKitara
10/15(日)13:30 [名古屋] 三井住友海上しらかわホール
11/12(日)14:00 [前橋] ベイシア文化ホール(群馬県民会館)小ホール
11/25(土)14:00 [静岡] 焼津文化会館大ホール
12/09(土)17:00 [長崎] 長崎市民会館文化ホール
01/26(金)18:30 [福岡] FFGホール(旧 福岡銀行本店大ホール)
02/03(土)14:00 [神奈川] 杜のホールはしもと

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