海瀬京子(ピアノ)&小島光博(トランペット) 3種のトランペットが登場!ピアノと共に響く3つの個性
海瀬京子(ピアノ)、小島光博(トランペット)
サンデー・ブランチ・クラシック 2017.8.13. ライブレポート
肩ひじを張らずにゆったりと、食事を楽しみながらクラシック音楽が流れる昼のひと時『サンデー・ブランチ・クラシック』。8月13日に登場したのはピアニストの海瀬京子と、静響こと静岡交響楽団の第一トランペット奏者を務める小島光博だ。海瀬は『サンデー・ブランチ・クラシック』への出演は今回が2回目。小島との共演は静響での演奏がきっかけだという。この日は、小島が3種類のトランペットをそれぞれ使いながら高らかに時に優しい音色を響かせ、海瀬もまた夏の暑さを忘れるような涼やかな曲を奏でてくれた。
「トランペット」もいろいろ。3種類の楽器の音色
最初に演奏されたのはシャルパンティエの『テ・デウム』より「プレリュード」だ。サッカー・ワールドカップなどの番組や、クリスマスが近くなると耳にすることもある、華やかなファンファーレである。聞けばおそらくほとんどの人が「これか!」と思う1曲だろう。海瀬のピアノと共に金色の小ぶりなトランペットが高らかに鳴り響いた。オープニング曲にはぴったりだ。
最初に使われた小さなトランペットは「ピッコロ・トランペット」といい、長さは普通のトランペットの半分ほどで、華やかな音色が特徴だと言う。さらに小島のピッコロ・トランペットにはピストンが見当たらない。
ピッコロ・トランペットについて説明してくれた小島
「これは“ロータリー式”と言われる形のもので、ドイツの楽団やウィーン・フィルなどでよく使われています。ウィーン・フィルのテレビでニューイヤー・コンサートを見る機会があったら、よく見てみてくださいね」と小島は付け加えた。この日たまたま小島のピッコロ・トランペットがロータリー式であっただけで、もちろん普段良く見るピストン式のものもあるのだが、会場には「(ピストン式とロータリー式)2種類あるんだ~」という驚きのささやき声が起こっていた。
続いて2曲目はJ.S.バッハの名曲「主よ人の望みの喜びよ」。『カンタータ第147番 「心と口と行いと命もて」』の1曲だ。主旋律を海瀬のピアノが、オブリガード部分は先ほどのピッコロ・トランペットから通常のトランペットに持ち替えた小島が奏でる。静かで整然と、しかし力強さを湛えた2人の演奏にすっと背筋が伸びる。
海瀬京子、小島光博
ひと時の“涼”を感じる、海瀬のグリーグとドビュッシー
2曲終えたところで海瀬のピアノのソロへ。1曲目はグリーグ『ホルベアの時代』より「前奏曲」、2曲目はドビュッシー『映像』第2集より「黄金の魚」が演奏される。
『ホルベアの時代』はグリーグと同郷の作家ルズヴィ・ホルベア(1684-1754)の時代の音楽、つまりバロックをモチーフにして書かれたものだ。「前奏曲」はその1曲目に当たる。バロック時代の雰囲気を伝えながらもタッチは軽快で、まるで音がシャワーのようにキラキラと降り注いでくるかのよう。北欧の清流のように、水しぶきが楽しそうに弾け飛ぶ。
海瀬京子
続くドビュッシー「黄金の魚」は、日本の漆器に描かれていた金色の鯉の絵がモチーフになっていると言われる。ドビュッシーは日本文化――ジャポニスムに影響を受けた音楽家の一人だが、エキゾチックな芸術品を通して感じた夢や憧れのようなものがこめられているのだろうか。高音が美しく響くたびに、描かれた魚が動き水紋を描くようなイメージが浮かぶ。暑い夏にひと時の涼をもたらしてくれるような演奏であった。
海瀬京子
哀愁を帯びた、温かく優しきフリューゲル・ホルン
再び登場した小島が披露してくれた3種類目の楽器は「フリューゲル・ホルン」。ホルンと名が付いているがトランペット族の楽器で、円錐のラッパの部分が少し大き目だ。演目はファリャ『7つのスペイン民謡』より「1番:ムーア人の織物」「2番:ムルシア地方のセギディーリャ」「3番:アストゥーリアス地方の歌」「4番:ホタ」「7番:ポーロ」の5曲だ。タイトルに“民謡”とある通り、歌曲の歌の部分を、今回はフリューゲル・ホルンで演奏する。
フリューゲル・ホルンを吹く小島
その音色が実に柔らかい。哀愁を帯びたスペイン民謡のメロディが優しく、フリューゲル・ホルンの「歌声」とともに響き渡る。「トランペット」といえば声高らかなファンファーレの音、というイメージを持つ人は多いだろうし、かく言う筆者もその一人だが、このフリューゲル・ホルンの音色はそのイメージを大きく変えてくれるものだった。
アンコールは同じく『7つのスペイン民謡』より「6番:歌」だ。「普通のトランペットとフリューゲル・ホルンのどちらがいいですか」と客席に問う小島。会場の要望はフリューゲルの方。曲はスペインの太陽を思わせるような音楽で、柔らかく温かい音色と海瀬のピアノとともに、この日の演奏は和やかに幕を閉じた。
リクエストに応え、フリューゲル・ホルンで演奏
ロータリーとピストン、お国によって楽器が変わる
インタビューの様子
終演後、海瀬と小島の二人にこの日の感想を伺った。
――3つのトランペットが登場し、とても興味深い公演でした。この構成はお二人で話し合って決めたのでしょうか。
海瀬:小島さんの方から「こんな感じで」というお話を頂きました。ピッコロとかフリューゲル・ホルンとか、短い時間の中でトランペット族のいろいろな楽器を紹介できるプログラムにすればいいのではないか、と。
小島:どこの楽章をどう演奏するか、ピアノソロとの兼ね合いを考えながら決めてください、と提案しました。
海瀬:私はトランペットの方と組んで演奏する機会が多いのですが、今日のように3種の楽器でやったのは初めてでした。フリューゲル・ホルンの柔らかい音色とやるとこんなに違うのか、とも思いましたし、それぞれの楽器によっても全然違いますね。
――お客様にとっても3種類のトランペットの音色がそれぞれ聴けて、ロータリー式とピストン式の違いもあったというのは、貴重な体験だったと思います。公演で「ドイツやウィーンではロータリー式」と仰っていましたが、国によって使う楽器が違うのですか?
小島:正式に言うと、ドイツとオーストリア以外はピストン式なんです。ドイツとオーストリアだけがロータリー式で。ですからベートーヴェンやモーツァルトなど、いわゆる「ドイツ物」と呼ばれる曲をやるときには持ち替えることがあります。
――では「ドイツ物」をやる時は普通ロータリー式のトランペットを使う、ということですか?
小島:ピストン式で演奏することもあります。でも最近比較的そういう傾向になっていますね。オーケストラの仕事をする人は2種類持っていることが多いかもしれません。僕は、ピッコロ・トランペットはロータリー式のものが好きなので持っていたんですが。
MC中にピストン式とロータリー式の違いを説明してくれた小島
――トランペットは奏者が自身で選んだ楽器を演奏できますけれど、ピアノはそうはいきませんよね。
海瀬:ピアノは基本的に「あるものを弾く」ですよね。世界一流になるとピアノと一緒に移動する人もいますが。そういう意味では演奏会場での楽器にこだわるのはピアニストにとっては難しい話です(笑)。でも私の師匠ーーマルクス・グローは、リストの時代の演奏スタイルを再現しようと、馬車でピアノを運んだことがあるそうです。演奏先に楽器を運び込むこともあるそうで、先生が演奏ツアーに出るとピアノが家に無くなってしまうという……。
――馬車ですか。今なら技術的に安全に運ぶ方法はたくさんあると思うのですが、すごいこだわりですね。
海瀬:はい。すごくピアノにこだわっていて。果たしてそうして馬車で運んだその音楽はどうなるんだろうと思うのですが、でもそういうところから何か生まれるのかもしれませんね。
――なるほど。ロータリーやピストン、ピアノの運び方といったこだわりは、表現には大切なんですね。ところで海瀬さんは2度目の登場となりますが、小島さんはこのような場所で演奏されていかがでしたか。
小島:いい雰囲気でできました。個人的にアンサンブルでここを使えないかと考えてしまったくらいです(笑)。 普段はオーケストラでやっており、海瀬さんのようなソリストと共演する機会は少ないので新鮮な気持ちでもありました。聴こえてくる音や、コンタクトの雰囲気がいつもと違って勉強になったし、いい経験ができました。
海瀬:普段ですとお客さんは声を潜めているんですが、ここでは素の状態で楽しんでくださっていてやりやすいです。お客さんとの距離が近いとやりにくいこともあるのですが、ここはいい感じでコンタクトが取れますね。
海瀬京子(ピアノ)、小島光博(トランペット)
取材・文=西原朋未 撮影=福岡諒祠
藤原功次郎/トロンボーン&原田恭子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
高橋洋介/バリトン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
千葉清加/ヴァイオリン&須藤千晴/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
福原彰美/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
鈴木舞/ヴァイオリン&實川風/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
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