フランスの通称“人間国宝”による技と美を堪能する 『フランス人間国宝』展をレポート

レポート
アート
2017.9.19

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フランス人間国宝展』が東京国立博物館 表慶館にて11月26日(日)まで開催されている。

日本の通称”人間国宝”にならって1994年にフランスで制定され、伝統工芸の最高技術者に付与される「メートル・ダール(Maître d’Art)」。陶器、金銀細工、傘、紋章彫刻、羽根細工など多岐にわたる匠の技で多くの人々を魅了しているフランス人間国宝たちの作品は、古くから世界の王族や貴族たちに愛されてきた歴史がある。それらは、現代においても伝統的な技と美の継承に重要な役割を担っている。

本展では、そんな栄誉ある称号を受けた124名の認定者(2016年現在)の中から、とりわけ高い評価を得ている13名の作家と次期メートル・ダールと目される2名、計15名の工芸作家による作品約230点を紹介する。

現代の錬金術師による、光とグラデーションの妙技

名だたるメートル・ダールたちが水先案内人を務めるプレスツアー。まずは、陶芸家ジャン・ジレル氏による天目様式の茶碗が紹介された。広々とした暗がりの空間に広がるのは、ジレル氏が生み出した美しい”宇宙”だ。

陶芸家のジャン・ジレル氏の作品がひしめく、第1室の全風景

陶芸家のジャン・ジレル氏の作品がひしめく、第1室の全風景

1975年に中国の宋時代の陶芸と運命の出会いを果たし、以来40年以上にわたって曜変天目の研究を続けてきたというジャン・ジレル氏。彼は、作品づくりに一貫してきたテーマを「光の表現」だと語る。そんな彼にとって、移り変わる風景のように刻々と変化してゆく曜変天目の光の表情には、抗しがたい魅力があっただろう。

角度や向き合い方によって万華鏡のように微妙な趣を映し出す茶碗の光の妙は、いつまでも魅入ってしまうほどの美しさを湛えていた。

煌々と輝く茶碗の作品群

煌々と輝く茶碗の作品群

作家本人も自らの作品について「中を覗くと夜の空に浮かぶ星空のような“光”が美しい曜変天目の研究の集大成として作品を制作しました。私にとって曜変天目は、“世界でもっとも美しい茶碗”です」とコメント。光と闇の織り成す空間には、まばゆいばかりの煌めきが満ち溢れていた。

群青色の美しいグラデーションに引き込まれる茶碗

群青色の美しいグラデーションに引き込まれる茶碗

卓越した技術と美意識が注ぎ込まれた、職人たちの功績

続く第2室には、鼈甲細工、革細工、金銀細工の職人による作品が紹介されている。

こちらのスペースでとりわけ目を引くのは、フランス大統領府が指名する伝統的な金銀細工の第一人者、ロラン・ダラスプ氏による「グラス チューリップ」だ。

ロラン・ダラスプ氏による注目作「グラス チューリップ」

ロラン・ダラスプ氏による注目作「グラス チューリップ」

本作は、硬質で扱い難い素材である金銀を柔らかく愛らしいフォルムに仕立て上げた一品。作家自身の表現力と技を象徴するような至高の名品である。ロラン・ダラスプ氏の姿勢として作品づくりのにおいては、美しさや技巧のみを追求するのではなく、機能性や形状へも細やかな気配りを施しているのだという。細部まで鍛え上げられた美と技の共存は、光り輝く鉱物の可能性を結晶させて、暗室のなかで確かな存在感を放っていた。

素材の魅力を最大限に引き出す革細工作家、セルジュ・アモルソ氏によるレザーバッグ。

素材の魅力を最大限に引き出す革細工作家、セルジュ・アモルソ氏によるレザーバッグ。

フランス唯一の鼈甲細工作家、クリスティアン・ボネ氏による作品

フランス唯一の鼈甲細工作家、クリスティアン・ボネ氏による作品

第3室では暗がりの世界から一変、日本情緒漂う和紙の柔らかな光に包まれた世界へと誘われる。空間の基調を成す和紙の壁紙を手がけたのは、次期メートル・ダールの第一候補、フランソワ=グザヴィエ・リシャール氏だ。

第3室、和紙のやわらかな光が織り成すあたたかみのある展示空間

第3室、和紙のやわらかな光が織り成すあたたかみのある展示空間

手の込んだ幾何学模様や花模様が施された壁紙では、和紙を通じて日本と西洋の美が見事なまでに調和している。その様が、なんとも心に響く。

フランソワ=グザヴィエ・リシャール氏による和紙素材を使用して制作された壁紙

フランソワ=グザヴィエ・リシャール氏による和紙素材を使用して制作された壁紙

さらにこちらでは、真鍮細工作家のナタナエル・ル・ベール氏による有機的なオブジェやテーブル、麦わら象嵌細工作家のリゾン・ドゥ・コーヌ氏によるアール・デコ調の家具も、展示空間を彩る重要作品として見逃せない。

真鍮細工作家のナタナエル・ル・ベール氏によるオブジェ「無限」

真鍮細工作家のナタナエル・ル・ベール氏によるオブジェ「無限」

ナタナエル・ル・ベール氏の作品

ナタナエル・ル・ベール氏の作品

美しいフォルムと色彩に魅了される、映画のようなワンシーン

第4室では独創的なフォルムと芸術的な意匠を放つ、傘と扇の華やかな競演が待っている。

傘作家として名高いミシェル・ウルトー氏であるが、もともと18歳からはコスチュームデザイナーとして活動を始めた。衣装やコルセットをジバンシーやディオールに提供。かのイヴ・サンローランから日傘を特注されたことが転機となって、傘に専念するようになったという華やかな経歴の持ち主だ。映画界や世界の王族からも指名を受けるという彼の傘は、エレガントで洗練されている上に一度見たら忘れられなくなってしまうような、情熱的な魅力を秘めている。

ミシェル・ウルトー氏による「イシス:豊穣の女神」(モドゥジャリ共作)

ミシェル・ウルトー氏による「イシス:豊穣の女神」(モドゥジャリ共作)

一方の扇作家シルヴァン・ル・グエン氏は、38歳の時にメートル・ダールに認定された。8歳の頃に扇の魅力の虜となって以来、伝統的なものから現代的なものまで、扇の世界をひたすらに追求し続けてきたという。折り紙にもインスピレーションを得たという彼の作品には、折り目正しい日本的なフォルムのなかに奇想天外ともいえる素材やデザイン、ユーモラスで個性あふれる表現が反映されており、新たな扇の世界へと誘ってくれるだろう。

シルヴァン・ル・グエン氏による扇作品

シルヴァン・ル・グエン氏による扇作品

扇作家のシルヴァン・ル・グエン氏による扇作品

扇作家のシルヴァン・ル・グエン氏による扇作品

紋章に刻み込まれた人々の記憶と歴史

銅板彫刻、紋章彫刻、エンボス加工の匠が集結した第6室エリアでは、とりわけジェラール・デカン氏による一連の作品群が印象的だった。

ジェラール・デカン氏といえば、西洋社会では長い歴史を誇る紋章を今に伝える、フランスでも4名しかいない希少な紋章彫刻家の一人だ。本展では、紀元前4000年頃にメソポタミアで誕生した円筒印章に着想を得たという真鍮の印章「方舟」と、ガラス表面に動物の姿を刻印したいくつかの作品群を紹介。こちらでは人間と自然界の営みに敬意を表した象徴的なシンボルを目の前に、太古の記憶が静かに呼び覚まされるような不思議な感覚を覚えるかもしれない。

真鍮の印章「方舟」

真鍮の印章「方舟」

ジェラール・デカン氏によるガラス作品

ジェラール・デカン氏によるガラス作品

色とりどりの羽根に息吹を与える、注目の女性作家

第7室では日本の華道家ともコラボレーションを行った経験を持つ、羽細工作家のネリー・ソニエ氏の作品を紹介している。

鳥や木々など常に自然が身近にある環境で育ったという彼女は、羽根という繊細な素材に命を吹き込み、優雅できらびやかな世界へと昇華させることができる、羽根細工の作家だ。本展では花、鳥、ドラゴンをモティーフに、和洋折衷の妙を思わせる雅で華やかな世界観を生み出している。ファッション界やジュエリー界などの高級メゾンからもオファーの絶えないネリー・ソニエ氏による気品に満ちた唯一無二の表現を、ここでじっくりと堪能したい。

展覧会のフィナーレとなる第8室では、エマニュエル・バロワ氏による作品「探究」を目にすることができる。作品自体は静止しているにも関わらず、まるで生き物のようにうごめくガラスと光が、幻想的な空間のなかで美しく溶け合っている。

エマニュエル・バロワ氏作「探究」

エマニュエル・バロワ氏作「探究」

乱反射するプリズムの特性を生かしたように見える本作は、シンプルでありながらも心に深く迫る作品として、最後にしっかりと目の奥に焼き付けられた。

 

さて全8室で構成される本展では、空間デザイナーであるリナ・ゴットメ氏による空間演出の素晴らしさにも注目したい。まるで美しいストーリーを次々と紡いでいくように、一部屋ごとに魅惑の世界へと導いてくれる本展の空間は、来場者に思いがけない幸福と得がたい発見をもたらしてくれるであろう。

メートル・ダールの作家たちによる珠玉の作品が、東京国立博物館の表慶館に会する本展。長い歴史のなかで育まれてきた比類なきクラフトマンシップの気高さ、日仏の工芸の出会いとインスピレーションの交流の軌跡など、この空間に幾重にも降り注ぐ美の結晶を、しっかりと肌で感じ取ってほしい。

イベント情報
フランス人間国宝展

日時:開催中〜11月26日(日)
会場:東京国立博物館 表慶館
開館時間:午前9時30分〜午後5時(ただし金曜・土曜および11月2日(木)は21:00まで開館。9月17日(日)、18 日(月・祝)、9月24日(日)は18:00まで開館。9月22日(金)、23日(土・祝)は22:00まで開館)
※いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日 (ただし、9月18日(月・祝)・10月9日(月・祝)は開館、9月19日(火)は閉館)
http://www.fr-treasures.jp/​

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