性別も時も空間も超越する衝撃作『クラウドナイン』で、癖のある二役に挑む髙嶋政宏と、演出の木野花にインタビュー
髙嶋政宏 木野花 (撮影:荒川潤)
1979年にロンドンで初演、日本では過去三度にわたって木野花の演出で上演され、不倫、同性愛、少年愛にも大胆に踏み込む過激さと実験的な表現に当時の演劇界を激震させた、キャリル・チャーチル作の舞台『クラウドナイン』。あの衝撃作が約30年の時を超えて帰ってくる! 演出は1985年、1986年と1988年に続き木野が務め、出演には髙嶋政宏、伊勢志摩、三浦貴大、正名僕蔵、平岩紙、宍戸美和公、石橋けい、入江雅人という、2017年最強の布陣が整った。その中でも“スターレス髙嶋”との異名で音楽分野でもマニアックな活動を続けている髙嶋は、一幕では家長のクライヴを、二幕ではその息子のエドワードを演じる。この一癖も二癖もある難役への挑戦に目を輝かせている髙嶋と、長い間「もう一度、あの戯曲に取り組みたい」と願っていたという木野が、それぞれ作品への想いをアツく語った。
髙嶋 いやあ、来ましたね!
木野 来ましたよ、いよいよ逃げられない時期に(笑)。
――取材を受けたら、ますます逃げられなくなりますよ(笑)。
髙嶋 いやいや、逃げたくなんかないです。逆ですよ、逃がしてなるものか!って思っていますから。それにしても、どうして僕をキャスティングしてくださったんですか。
木野 まずは一幕のクライヴというキャラクターに、髙嶋さんのイメージが合っているなと思ったんです。
髙嶋 おぉー、そうだったんですか。
木野 クライヴというのは、いかにも男尊女卑の男性で。
髙嶋 僕自身は男尊女卑ではないですけどね(笑)。
木野 でも演じようと思ったら、あの境地にいけそうじゃないですか。無理なくやれそう。
髙嶋 やれますね!
木野 そういう、いかにも男っぽい見かけなのに、それが二幕では真逆のエドワードという役を演じるので。そのギャップがどうなるだろう、どこまでいってくれるだろうというのが、想像がつかないだけにとても楽しみです。
髙嶋 僕が今、気になっているのは一幕冒頭で歌う歌のことで。あの曲、早めに練習したいなと思っているんです。
木野 あれはイギリス国歌なんですが、でも別に早めに練習するほどのことじゃないから、稽古初日に楽譜を渡して覚えてもらえばいいかと思っていましたけど。
髙嶋 いやいやいや、練習させてください。
木野 そういえば初演と再演の時も、まずあの歌の部分でみんな声を嗄らしていました。私が普通に歌うことを許さなかったのでね。ただ綺麗に歌うのではなく、あの場面には狂気がほしかったんです。
――あえて、普通には歌わせない。
木野 だって舞台はイギリス植民地のアフリカで、人種差別はなはだしい時代の話ですからね。その上で女性差別もあって。差別だらけの大地なんです、一幕はね。二幕になると舞台はそこから100年後の現代のロンドンになるのですが、差別に関しては一見穏やかになっているように見えて、やっぱり生きにくい時代なんです。
髙嶋 そう、全員が生きにくいんですよね。
木野 むしろ、現代のほうが生きにくそう。昔のほうが愚かな分、おおらかというか、自信を持って生きている感じで。特に男は、男らしさの衣を着て晴れ晴れとしている。それに一幕では恋愛の花があっちこっちで咲いているけど、なんだか不思議な花だらけ。どんちゃん騒ぎといいましょうか。まさに青春なんです、一幕は。
髙嶋 変な話、女の人を残虐に殺したりしても、あの歌を歌えば「俺はイギリスの誇り高い男なんだ」となって、全部許されてしまうような。
木野 いやいや、そこまではいきませんけど(笑)。でも国歌を歌うことで、いろいろなことが解消されたり、許されるというのはありますね。
髙嶋 だからこそ、一幕の出だしの歌は狂気を意識しながら歌う、と。でもそうなると、その次からのセリフが、最初に家でひとりで台本を読んでいた時とはニュアンスがまったく変わってきそうな気がします。そうか、だから最初にあの歌、なんですね!
木野 ふふ、今わかったんですか?
髙嶋 今、わかりました(笑)。
木野 あのシーンではイギリスの国旗をバックに家族がイギリスの国歌を歌い、そこで家族を紹介するわけです。
――イギリス国歌というのは『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』ですね。
髙嶋 あ、『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』といえば、セックス・ピストルズじゃないですか!(笑) でも、あの場面が狂気に満ちた、お祭り騒ぎみたいになるというのは、ひとつのヒントをいただいた気がします。国歌を整然と歌って、普通に家族をひとりひとり紹介していたら、なんか2時間ドラマみたいになっちゃうなと思っていたので。
木野 アハハハ!
髙嶋 そんなはずはないなと思っていましたけどね。
木野 現代の私たちから見ると、あの時代って戦争に明け暮れて、ちょっと狂っているように見えますよね。人間離れした力と欲望が渦巻いていて、殺すとか死ぬということに対しても普通の感覚ではなかっただろうし。
――現代とは全然違う感覚のように思います。
木野 暴力をふるうにも肯定的な理由があって、男はこうあるべき、女はこうあるべきだという建前もきっちりあった。そして、その建前の裏にこそ赤裸々な人間の欲望が渦巻いている。まさに狂気だなと思いますね。
髙嶋 少年愛好家が子供に軽く声をかける場面もいいですよね、「いやだったらいいんだよ」みたいな。
木野 そうそう、強要はしていないという。そういう一言、語り口がうまいですよね。
髙嶋 それで、あ、そうか、何でもありの世界なのかってことがわかる。
木野 そう。さりげない一言がすごくうまく書かれているんです。
――そういうセリフは、言い方によっては笑いも生まれるでしょうし。ゾッとして怖かったり、カラッと笑えたり、いろいろな感情がぐっちゃぐちゃになるお芝居になりそうですね。
木野 一幕は年代的にもヴィクトリア朝の、非常に高揚している時期ですしね。そして二幕の舞台はロンドンですけれども、イギリスが疲弊して、経済的にも対外的にも、中年から晩年に近づいているような時代で。それも非常にわかりやすく描かれています。色彩もあまりないイメージですよね。一幕のアフリカの大地の生命力に対して、二幕の現代のロンドンは灰色っぽい。しかも、季節も冬から始まるんです。
髙嶋 ああ、確かにそうでしたね。
木野 ロンドンの冬って最低なんですよ、暗くて寒くて。
――お天気もずっと悪いですし。
木野 そう、毎日曇天なんですよね。そういう描かれ方も、非常に対照的で面白いんです。とはいえ、二幕は二幕でだんだん季節が移り替わっていき、最終的には希望が見える感じで終われたらいいなと思っています。まさに“クラウドナイン”を目指したいですね。“クラウドナイン”って、もくもくたちあがっていく真夏の積乱雲という言葉が転じて、幸福の絶頂のハイな気分という意味らしいので。
髙嶋 その二幕って、一幕の25年後という設定なんですよね。
木野 時間的には100年経っているにもかかわらず、登場人物の年齢は25年しか経っていないという、そこも面白い仕掛けになっているんです。
髙嶋 しかも、一幕は、女性の役を男性が演じるなど、劇中の登場人物とは性別が異なる役者が演じていたりしますけど、でもそのままの感情で演じていくわけじゃないですか。それが二幕になると突然、最初の会話から、これってどういうことなんだろう?っていう混沌とした流れになって。僕はむしろ、二幕のほうが面白いんじゃないかって思ったりします。
木野 そうですね。今、私たちが生きている時代とも、つながっていますから。
―― 一幕がヴィクトリア朝の1880年頃。ということは、100年後を描く二幕は1980年あたりということになりますね。
髙嶋 ロンドン初演が1979年だったので、まさに二幕の時代設定と同時期です。そして、木野さんが演出された日本版の初演は1985年。
木野 そうか、じゃあ、あの時はロンドン初演から6年しかたっていなかったんですね。
髙嶋 でも1979年と1985年だと、時代背景が現代とはまた、まったく違いますね。79年といえば、76年にロンドンでセックス・ピストルズ(「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」「アナーキー・イン・ザ・UK」etc.)に代表されるパンクムーブメントが生まれ、77年に日本に上陸して……。
木野 詳しいですね(笑)。
髙嶋 79年にはロンドンも日本もそうやってパンクだニューウェーブだと盛り上がっているさなかに、この『クラウドナイン』が上演されたということになります。そして85年というと、パンクもニューウェーブもあるんですけど、もう、その頃はバブルの時代だったでしょう。
木野 そう、バブル期でしたね。
髙嶋 男も女もゲイも性倒錯者も変態もなんでもかんでも「みんなついてこい!」みたいな中での上演だったわけですね。それは、ウケたでしょうね!
木野 ふふふ。なんでもアリな時代だったかも。演劇も。
髙嶋 また、表現がホントいいんですよね。一幕ではスカートの中にもぐりこんで、舐めたあとで「毛が口に入っちゃったよ」なんてセリフがあったりして。
木野 髙嶋さんが食いつく場面って、なんだか妙なところにこだわりがありますよね(笑)。だけど女性の脚本家なのに、わりとストレートにこんなことまで書いちゃうんだ!っていうのは最初、私もビックリしました。初演の頃は、自分もまだまだ子供だなと思いましたね。
髙嶋 もう、リアルですよね。まさに、やったことがないと思いつかないというか(笑)。ヴィクトリア朝の時代ということは、要するに支配している側だから、黒人を鞭打ったりするし、外で鞭打ってから戻ってきた時の高揚感みたいなものとかもね。「こうしなきゃいけないんだ、あいつらにちょっと教えてやんなきゃいけないんだ」っていう、脂ぎったところとか。また、ハリーとの会話で「女ってどうしてこうなんだ」って話しているうち、「君もそういう考えだったのか!」となるテンションの高さとか。そこでちょっとでもテンションが落ちるとお客さんがひいちゃうだろうから、そこの稽古はがんばりたいです。
木野 髙嶋さん、もう既に楽しみになさっているシーンがいろいろあるんですね。よーく、わかりました(笑)。
髙嶋 二幕にも楽しみなセリフがたくさんありますよ。ホント、洒落ていますよね。
木野 ええ。本当にセリフがとてもいいんですよ。松岡和子さんの翻訳も、良かったんだと思います。
髙嶋 そう、それをナマで、生きた人間たちがしゃべるんだから、非常に面白いことになると思う。
木野 今回はキャスティングが初演、再演時とはかなり違うイメージなので、当然なんですが、前回とは違う舞台になるだろうと思っています。やはり舞台は役者のものですから、最終的に舞台の上で役者が答えを出してくれた時どうなるか、この顔ぶれは楽しみですね。
――見事なほどに個性派揃いのキャストが揃いましたからね。
木野 誰ひとりとして取りこぼしなく、すべて揃いましたね。贅沢にひとりひとり、ちゃんとキャスティングされている気がします。全員がどう演じてくれるのか、ものすごく楽しみ。
髙嶋 最高ですよね、今回のメンバー。この中で自分も芝居ができるなんて!
――うれしそうですね(笑)。
木野 髙嶋さんがOKしてくださったところから、この“最高”は出発しているので。
髙嶋 いえいえ、逆ですよ。声をかけてくださったということが“最高”につながっています。僕にとって、この芝居に出られることがここ最近で一番うれしかったことなんですから。
――この座組に三浦貴大さんが加わっているのもフレッシュですね。
木野 よく、引き受けてくれましたって感じですよねえ。三浦さんも髙嶋さん同様、ダメ元でオファーしたんですが。
――木野さんのご希望だったんですか。
木野 前から気になっていたんです。三浦さん、これから、面白くなっていきそうな予感がして。
髙嶋 三浦くん、一幕ではベティ役ですよね。じゃ、キスのひとつもしておかないと、まずいですね。
木野 そんな心配はしなくて、いいですから。なんの妄想を膨らませているのやら!(笑) 早く稽古しないと危ないですね。妄想でパンパンになってそうだから、一回、その膨らんだ風船に針を刺しておかないと。あ、でもそういえば二幕でも、三浦くんが髙嶋さんの相手役だ。
髙嶋 そうなんですよ。三浦くん演じるジェリーが、二幕でひとり、セリフをしゃべるところとか、なんだかもうルー・リードみたいでものすごくかっこいいんです。
木野 そうそうそう。すごいよね、あのセリフ。髙嶋さん言ってみたいんじゃない?
髙嶋 いや、僕は聞きたいほうです。
木野 あのセリフは、前回も手こずった記憶があるなあ。
――三浦さんも、相当鍛えられそうですね。
木野 三浦さんがあのセリフをどう言うかは、課題ですね。まあ、それぞれの役にそれぞれ課題のセリフがありそうですけど。
髙嶋 うん、まさしく課題だらけでしょうねえ。
――それこそ、どの役でもラクできるなんてことは一切……。
木野 ないですね!(笑)
――これほど魅力的な役者が揃い、面白い仕掛けが施された脚本に、全力で取り組む演出ということで、演劇ファンはもちろんのこと、演劇をそれほど観慣れていないお客様も今回は大勢観に来られるのではないでしょうか。
髙嶋 実は僕、今回の舞台は芸術ではなく芸能でいいとも思っているんですよ。とにかく、お客さんに楽しんでもらいたいんです。『クラウドナイン』は戯曲として読めば、大体の人が、よくわかんな~いって作品ですが、これを芸能の精神で本当に楽しんでもらえる舞台にしたい。そしてぜひ、大勢の方に観に来ていただきたいです。
木野 そうですね。二度おいしい芝居になるんじゃないでしょうか。翻訳モノだということを忘れさせる面白さもあるし、役者の魅力もそれぞれたっぷり楽しめるし。観て二度おいしい、そういう芝居になると思いますよ。
取材・文=田中里津子 写真撮影=荒川潤
■翻訳:松岡和子
■演出:木野 花
■出演:髙嶋政宏 伊勢志摩 三浦貴大 正名僕蔵 平岩紙 宍戸美和公 石橋けい 入江雅人
■イラスト:五月女ケイ子
■プロデューサー:長坂まき子
■制作協力:大人計画
■企画・製作:(有)モチロン
■公演日程: 2017年12月1日(金)〜17日(日)
■会場:東京芸術劇場 シアターイースト
■一般発売:2017年9月30日(土)AM10:00~
■公演日程:2017年12月22日(金)〜24日(日)
■会場:OBP円形ホール
■一般発売:2017年9月30日(土)AM10:00~