藩士たちを見守った船宿「寺田屋」女将の生き様に迫る――明治座11月公演『京の螢火』黒木瞳インタビュー
黒木瞳
司馬遼太郎作『竜馬がゆく』と織田作之助『螢』を原作に、昭和46年に上演された『京の螢火』が、約半世紀の時を経て、再び明治座に蘇る。幕末の京都、船宿「寺田屋」の女主人お登勢とその夫を中心とした物語。一人の女性の生き様と志士たちが見つめた国の行く末……。持ち前の商才と優しさで藩士たちを支えたお登勢を演じる黒木瞳に話を聞いた。
当時の手書きの台本に触れて
――時は幕末から維新。寺田屋の女将という役どころですが、最初に出演のお話をお聞きになった時はどういうお気持ちでしたか?
初めてお話をいただいた時に、明治座さんが昭和46年当時の手書きの台本を持ってきてくださって……。手書きの台本なんていうものを読ませてもらったのは、女優生活で初めてでした。先輩方が築いてこられた演劇界というもの、その足跡が見えるような、とても哲学的な気持ちになりましたね。今のこの2017年に生きる女優としてこの物語を蘇らせてお伝えすることができるってとても光栄なことだと思っています。
――半世紀ほども前の台本が! お聞きするだけで、とても壮大な気持ちになりました。
サイズもちょっと大きくて、油紙のような、ざら半紙のようなものに書いてあるんですけどね、直しがあったりして、“物語が来た道”が見えるんですよ。すごく感動しましたし、いろんな重みを感じました。そしてまた、字が読みやすいんですよね。行間というか。きっと感情を入れながら読みやすく書いてくださってるんだろうなって。今回の本として改めて打ち直されるものではあるんですけど、現物を見せてくださったことに、明治座さんの心意気を強く感じました。
――黒木さんが時代物を演じるにあたって、大切にされていることはなんでしょうか?
実在の人を演じるのって、ほとんど初めてに近い経験なんですよ。今いろんな資料を拝見しているところです。「どこまで真実に近づけるか」ってことももちろんあるのですが、「エンターテインメントとしての演劇という枠の中で、どこまで引っ張っていくことができるか」っていうところも同時に考えさせられますね。ただ純粋に思うのは、どの時代であったとしても、今に通じる女心や人間関係みたいなものってあるんじゃないかなって。
――確かにそうですよね。
この物語は、お登勢が寺田屋という船宿にお嫁に行くところから始まるんです。そして、寺田屋騒動があって、ゆくゆくは坂本龍馬を送り出す。「女将」としても「女性」としても成長が見えてくるような、ある意味の女の一代記ですよね。そういう意味でも、舞台に立つ時は、髪型や着物の着こなし一つ一つにしても、目で見える変化を見て頂けると思います。
――徐々に宿を切り盛りする女将として、頼もしくなっていきますしね。
そうです。お登勢の成長と共に心はもちろん、見た目も変わっていくはずですから。舞台は、衣装を着て袖から一歩踏み出したところからもう別世界。そして数時間で半生や一生を生き抜くっていう……。舞台ならではの魅力であり、難しさですよね。
同じ女性としての尊敬と共感
――困難や逆境に立ち向かい、強く優しく生きたお登勢さんですが、女性として共感する部分はありますか?
船宿の女将であるお登勢さんは、そこに流れ着くいろんな人の人生を、同じ場所に留まりながら見守っているんです。どこにも行けないんです。いろんな人を見ていく中で、女として人間として成長していく。でも自分はここからは動けない。抽象的な感覚ではあるんですけど、そういう心境ってなんだか分かるんですよね。
――母性みたいなものも感じます。
そうですね、そういう大きさへの敬意もありますね。家族を見守るお母さんに近いような。観に来てくださる女性も、きっと共感する部分があるんじゃないかなと思います。そういった人間の内面的なものを見てもらいたいですね。まあ、第一のハードルとしては、“歴女”と呼ばれる方々にも楽しんで頂けることかな(笑)。
――脚本・演出のわかぎゑふさんとご一緒するにあたって、楽しみにされていることはありますか?
初めてご一緒させていただくので、すごく楽しみにしております。「人間の色香がにじみ出るような大人な芝居を」という言葉を公演に向けて寄せられていたんですけど、まさに、そういったものをわかぎさんの女性ならではの視点で引き出してもらえたらって思っています。
――ご共演の方々のご印象はいかがでしょうか?
夫の伊助役の筧利夫さんは、映像でご活躍され始めた時から素敵だなって思ってました。その後すぐ映画で共演をさせてもらって……。舞台での共演は初めてです。つかこうへいさんの舞台をはじめ、これまでは熱血な役柄が印象的でしたが、今回は織田作之助の『夫婦善哉』のようなちょっとでこぼこした夫婦で、頼りのない夫役ですから、また別のお顔が見られるのかなと楽しみです。
――では、最後に公演に向かっての意気込みをお願いいたします。
明治座さんは、本当に素晴らしい舞台!私は明治座さんに初めて立たせてもらった時は、まずあののぼりに驚きました。「旗立ってるよ!」って写真を撮りに行ったほどです。ここは両国かなっていうくらいの迫力なんですよね(笑)。他にも、お弁当があったり、お土産があったり……。今、劇場としてああいうことをやっていらっしゃるところは少ないですから、そういう明治座の雰囲気込みで楽しんでいただきたいですね。作品としても、広い世代に楽しんでいただきたい舞台です。今回は明治座だけの公演ですので、遠方の方にもぜひ足をお運びいただけたら嬉しいです。
取材・文=杉田美粋