期待の新星ピアニスト・藤田真央が魅せた名曲たちの多彩な表情~『クララ・ハスキル国際ピアノコンクール』優勝者が渋谷のカフェで堂々演奏
藤田真央(ピアノ)
“サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.9.17. ライブレポート
毎週日曜日の午後、渋谷・道元坂にあるeplus LIVING ROOM CAFE & DININGで開催される『サンデー・ブランチ・クラシック』。9月17日は、今年8月にスイスで行われた“若手ピアニストの登竜門”『クララ・ハスキル国際ピアノコンクール』で優勝し、現在話題となっている期待の新星ピアニスト・藤田真央が登場した。
台風が日本列島に上陸したこの日はあいにくの雨。しかし会場にはたくさんのファンが訪れ、いまかいまかと主役の登場を待っていた。藤田の『サンデー・ブランチ・クラシック』への出演は、コンクール前の7月16日につづく2度目となるが、今日はどのような演奏を聴かせてくれるのだろうか。
藤田真央(ピアノ)
開演時刻の13:00、ステージに登場した藤田は、早速演奏を披露してくれた。最初に演奏されたのは、プーランク作曲「即興曲第1番 ロ短調」。いきなり鋭い和音から始まった曲は、急速なテンポで目まぐるしく動く。現代的な響きの激しい表情が見えたと思えば、テンポを緩め叙情的なメロディーを奏ではじめた。2つの曲想の落差が大きいが、切り替えが巧みでめりはりのきいた印象になっている。2分弱の短い曲で、あっという間に聴衆の心をぐっと掴んでいった。
藤田真央(ピアノ)
拍手を受けながら、藤田が優しい語り口で挨拶した。「本日は、お足元の悪い中お越しいただき、ありがとうございます。先程演奏したのは、プーランク作曲の「即興曲第1番」という曲です。私事ですが、先月にスイスで行われた『クララ・ハスキル国際ピアノコンクール』に出場し、幸運にも優勝することができました。“幸運”と言いましたが、準決勝・決勝で演奏順が最後になるなど、実際に順番にも恵まれました。また、ホームステイ先のホストファミリーの方も本当に優しくて、和やかな気持ちで過ごすことができました。スイスなのに割と暑かったのは意外でしたが(笑)」とホットな話題であるコンクールについて話したあと、藤田はつづく曲目の解説もしてくれた。
「続いてはベートーヴェンの「ピアノソナタ第32番」で、先月のコンクールでも弾かせていただきました。ベートーヴェンの後期の作品は、彼の苦悩が随所に出てくるのが特徴で、この曲でも冒頭の減七度の跳躍などに苦悩の感情が現れています。これは、ベートーヴェンの時代の古典派では類を見ない始まり方です。この作品は、実は第2楽章が素晴らしいのですが、今日は第1楽章のみです。10月3日のリサイタルでは全曲演奏しますので、是非いらしてください。」
藤田真央(ピアノ)
2曲目となるベートーヴェン作曲「ピアノソナタ第32番 ハ短調」(第1楽章)の演奏が始まった。演奏前の紹介の通り、強烈な減七度の下降音形で音楽が始まる。作曲者の内面の、激しい苦悩を表しているような序奏だ。使われる和音も、時代を考えると大胆な響きで、聴き手の心理を揺さぶるような効果を与える。続いて、短い音を叩きつけるような迫力のあるメロディーが提示された。同じ動機を執拗に繰り返しながら、音楽は徐々に緊張感を高め、速いテンポで技巧的な早回しが披露される。快活なメロディーが登場する場面も、低音の響きは重みがあり、全体として不穏さが消えることはない。
テンポを落とすと、繊細で静かな表情も現れたが、少しずつ感情が昂ぶっていき、また激しい曲想に戻っていく。こうした表情の変化に、聴衆が音楽に引き込まれているのがわかる。最後には落ち着いた曲調となり、おぼろげな雰囲気の中で音は消えていった。
惜しみない拍手が送られるなか、藤田は先月のコンクールの時の裏話をしてくれた。
藤田真央(ピアノ)
「コンクールの最中は、どうしても気持ちが不安定になってしまいます。そんな時は、私が敬愛しているピアニストであるグリゴリー・ソコロフさんのコンサートの映像を見つけて……。ソコロフさんはロシアの非常に素晴らしいピアニストです。その中で、アンコールで演奏されたのがショパンの「ノクターン」でした。その時の気分にマッチしていたのか、練習しなくてはいけないのに、演奏に聴き入ってしまい(笑)、そのおかげで緊張感をほぐすことができました。」
藤田真央(ピアノ)
そう話し終え、はじまったのはショパン「ノクターン第20番 嬰ハ短調(遺作)」。深く沈み込むような下降音形の序奏で曲が始まり、続いて現れるメロディーは、感傷的で哀愁に満ちている。曲調は悲痛なものだが、登場する楽想の表情は多彩だ。ときには過去を追憶するような切なさ、ときには心を落ち着かせるような曲想と、細かいニュアンスを弾き分けている。ちょうど、センチメンタルな気分になった時に、絶え間なく揺らぐ心を想起させる演奏だ。終盤に近づくと、印象的な上昇と下降の繰り返しを見せながら、消え入るように曲が締めくくられた。
藤田真央(ピアノ)
切れ目なく始まったのはショパン「バラード第1番 ト短調」。藤田は演奏前に「随分久しぶりに弾くので緊張しています」と話していたが、冒頭から重厚な和音を響かせたあと、陰鬱だが気品のあるメロディーを響かせた。途切れがちに何度も繰り返される旋律は、どこかためらうような印象を残しつつも、少しずつテンポと音量を高めていき、熱情に満ちた盛り上がりを築く。
そんな激情的な場面もすぐに過ぎ去り、ロマンティックな旋律がカフェ内に広がる。非常に甘美で、安らぎに満ちた曲想。憂いのある第1主題が不穏さを演出しつつも、甘く情感にあふれた頂点をつくりだす。楽しげで活発なメロディーになったかと思えば、哀愁や安らぎなどのさまざまなニュアンスを含みながら楽曲は目まぐるしく変わっていく。最後には、急速なテンポで熱狂を築き上げたあと、重厚な和音を堂々と奏で、曲は閉じられた。
藤田真央(ピアノ)
この日一番の拍手が藤田に贈られる。藤田は「今後ですが、10月3日に武蔵野市民文化会館で、8日には愛知県の「A・PIACERE in 豊田」というサロンでリサイタルを行います。次に10月19日には、同じ武蔵野市民文化会館で、東京都交響楽団とリストのピアノ協奏曲第1番を演奏します。11月3日には、横浜のみなとみらいホールにてチャイコフスキーのピアノ協奏曲を弾きます。予定が会いましたら、是非お越し下さい」と今後の予定を来場者に告げた。
30分ほどのミニコンサートに、名残惜しいが終わりが近づいている。アンコール曲は、プロコフィエフ作曲「ピアノソナタ第7番 変ロ長調」より第3楽章。機械的な早いリズムを刻み続ける、スケルツォ的な音楽だ。現代的なサウンドで、プロコフィエフ作品らしい尖った個性が前面に出ている。7拍子という変わったリズムが聴き手に不安定な印象をもたらし、心を惹きつける。特に、無機質に連打される同じ「シ♭」の音の印象は強烈だ。細かい音符の集合を正確なテンポで刻まなければならない難曲だが、軽々と弾きこなしてしまっている。音楽は手綱を緩めることなく、エネルギッシュな頂点を築いて締めくくられた。
演奏会の終了後は、演奏者とファンが交流する時間も設けられた。演奏者と聴衆の距離が近いのも、この『サンデー・ブランチ・クラシック』の魅力の一つである。
終演後のサイン会の様子
“若手ピアニストの登竜門”をくぐりぬけ、今後の活躍に期待が高まる藤田真央に終演後、少しだけお話を伺うことができた。
――『サンデー・ブランチ・クラシック』への出演は2回目となりますが、今回出演されてのご感想はいかがでしたか?
前回出演したときは、とてもアットホームな雰囲気の中で演奏できました。今回は急きょ出演が決まったのですが、ここで演奏できるのがとても楽しみでした。普通のコンサートとは違っていて、ピリピリしていなくて和やかなムードなのが、この会場のいいところだと思います。
――今後も、さまざまな演奏活動を控えていますが、どういった点が見所になるでしょうか?
10月19日にはリストの協奏曲、11月3日にはチャイコフスキーの協奏曲を演奏します。また、12月26日にはガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」の演奏も予定しています。今後はオーケストラとの共演が多くなりますし、チャイコフスキーとガーシュウィンに関しては初めて挑戦するので、経験を積むという点が第一です。オーケストラと演奏するのは、ソロで弾くよりはだいぶ気が楽になりますし(笑)、個人的にも楽しみにしています。チャイコフスキーのものは自分にとっても大きな作品なので、練習を重ねていきたいと思います。
藤田真央(ピアノ)
――『クララ・ハスキル国際ピアノコンクール』で優勝したばかりの藤田さんですが、今後目標にしていきたいことは何でしょうか?
自分の出来ることをすべて、一つ一つやっていくことを大事にしたいです。演奏や表現に関してもきちんと勉強し続けて邁進していきたいと考えています。
藤田真央(ピアノ)
毎週日曜日、渋谷・道玄坂で行われる『サンデー・ブランチ・クラシック』。是非一度、訪れてみてほしい。
レポート・文=三城俊一 撮影=鈴木久美子
日程:2017年11月3日(金・祝)13:30開演
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
指揮:田尻真高
ピアノ独奏:藤田真央
日程:2017年12月26日(火)19:00開演
会場:国立オリンピック記念青少年総合センター大ホール
指揮:大森大輝
ピアノ:藤田真央
福原彰美/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
10月15日
鈴木舞/ヴァイオリン&實川風/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
10月22日
水谷桃子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
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