ジブリの名曲をタンゴのアレンジで 小松亮太(バンドネオン)が語る ニューアルバム&ツアー「天空のバンドネオン」

インタビュー
クラシック
2017.10.13
小松亮太 (撮影:岡崎雄昌)

小松亮太 (撮影:岡崎雄昌)


タンゴを代表する楽器、バンドネオンの響きには、不思議と心をときめかせる魅力がある。かつて文豪ボルヘスが「ブエノスアイレスの夕暮れと夜がなかったらタンゴは生れないだろう」と綴ったこの音楽は、いまや、アルゼンチンのみならず、世界中で親しまれるようになった。本邦のタンゴシーンを語る上で、バンドネオン奏者の小松亮太(こまつ りょうた)は欠かせない存在だ。「タンゴ」という音楽ジャンルを牽引してきただけではない。ポップスやジャズ、クラシックといった他ジャンルで活躍する多くのアーティストと共演し、タンゴの可能性を常に探ってきた。その彼が、9月27日にニューアルバム「天空のバンドネオン〜タンゴでスタジオジブリ〜」をリリースする。これは、幅広い世代に愛されてきたスタジオジブリの映画音楽をタンゴでアプローチする新たな試み。10月からは、このアルバムとリンクしたツアーも予定されている。スタジオジブリとタンゴの出会いから制作の裏側、今後の展望までを小松が語った。

意外性のあるアレンジで聴かせたい

―――今回のアルバムを制作するきっかけとなったのは、2015年に「三鷹の森ジブリ美術館」で行われたコンサートだと伺っています。

そうですね。2015年の年末、三鷹の森ジブリ美術館で行われたクリスマス・イベントの一環で、シークレットライブにサプライズ出演しました。様々な国から沢山の外国人のお客さんが来場されていましたが、ピアノとバンドネオンでジブリ作品をアレンジしたところ好評でした。それで、「これ、いいんじゃない?」という話になってアルバムを作ることになりました。

―――スタジオジブリの音楽をタンゴで解釈するというのに驚きました。

ジブリの音楽は、ジャズやクラシックを始めとして、多くの方がカヴァー・アルバムをリリースしています。でも、タンゴはありませんでした。

バンドネオンを入れてタンゴでアレンジすると、どうしても「情熱のアルゼンチン・タンゴでございます!」といったアナクロなものになってしまいがち。でも、僕はそういうのが嫌なんです。ジブリ・ソングスは世界中の人が知っていますから、今回のアレンジを通じて、タンゴやバンドネオンをよく知らない人も巻き込むことができるかなと期待しました。

――アレンジは、具体的には、どのように進めていったのですか。

曲が元々どうだったかを、なるべく知りたくなかったので、アレンジするにあたって、改めてDVDを見たり、原曲のCDを聞いたりはしませんでした。楽譜だけをみて、これをタンゴにするのはどうだろうと考えながら進めました。

――アレンジする上で大切にされたのは、どのようなことでしょうか。

とにかく、ジブリファンから嫌われないように(笑)。「このメロディー知っているでしょ」、「このメロディーがタンゴになるとこういう感じ!」という風に、難しいこと抜きに聴いてもらいたいですね。その上で、「アレンジが面白いね」とか、「この音楽は何なんだろう」みたいにアレンジの意外性を感じてもらえたら嬉しいです。ちゃんとしたタンゴで、「あの曲だな」と分かるようにしつつ、意外性も欲しい。こうした矛盾を実現したアレンジになっています。

――タンゴには、どのような点に、アレンジする難しさがありますか。

軽い感じでタンゴを聴いてもらおうとすると、イージーリスニングの情けない感じになってしまうことが多い。タンゴは、良い音楽でいようとすると内に閉じこもるし、広めようと外に出るようにすると急にチャラくなる。バランスがとても難しいですね。ブラジル音楽ならジャズと結びつきやすいのですが、タンゴにはそういった軽さがない。タンゴは、そもそも他の音楽とは融合しづらいですね。

――ゲストボーカルには、クミコさん、宮沢和史さん、坂本美雨さんを迎えられました。三人の魅力とはどんなところでしょうか。

クミコさんには「コクリコ坂から」の主題歌「さよならの夏」を歌って頂きました。レコーディングの当日は、はじめ楽器だけで練習していたんですが、クミコさんが来て、合わせたら、空気が完全に変わりました。気持ちやテンポをどうしたらいいかが瞬時に分かって、あっという間にうまくいきました。

宮沢さんとは、2005年にご一緒したことがあり、それ以来の共演です。「紅の豚」の「時には昔の話を」を歌っていただきました。加藤登紀子さんが歌った曲なので女性が歌うイメージがありますが、歌詞の内容は、男子学生の学生時代といった雰囲気です。宮沢さんのイメージにぴたりとハマりました。宮沢さんは、最近、慶應義塾大学で詩を教えているとのことでしたので、シチュエーション的にもベストでした。

坂本さんには、「風の谷のナウシカ」を歌っていただきました。松本隆さんの歌詞が美しくも、ほろっとくるような痛みを感じさせるものなので、そこが上手く出ましたね。

――アルバムにはジブリの曲だけではなく、「めぐり逢い」と「黒い花」といったタンゴの曲も収められていますが、どういったお考えからなのでしょうか。

ジブリの曲を求めて買ってくださった方に、タンゴの曲も聴いて欲しいなという気持ちと、実際、自分が尊敬し、お世話になった人たちに対するオマージュの意味があります。

「めぐり逢い」は、尊敬していた二人のミュージシャンと共にレコーディングしたことのある曲です。実は、昨年、その二人が相次いで亡くなりました。「黒い花」は、90年くらい前に作られた曲です。レオポルド・フェデリコというバンドネオン奏者なら誰も頭が上がらない神様のような方が、バンドネオン4台用にアレンジしました。彼は、2014年に亡くなったんですが、悲しいことにタンゴの世界には、世界中に知られているような有名人はもういない。こういったことを、知って欲しいという想いもあります。

――10月からはツアー「小松亮太コンサート〜天空のバンドネオン〜」も始まりますね。

コンサートでは、ジブリ作品に加えて、普通のタンゴの曲も演奏します。タンゴを知らない方に振り向いてもらうことが一番大きな目標ですので、是非、たくさんの人に足を運んで頂きたいですね。東京文化会館でのコンサートには、宮沢さんと坂本さんも来てくれる予定です。

ステレオタイプのタンゴを超えて

――今回のアルバムに限らず、これまで小松さんはタンゴ以外のジャンルの方との共演を盛んにされてきました。そうした活動にはどういう想いがあるのでしょうか。

ジャズやクラシックであれば、違うジャンルの人とコラボするのは珍しくありません。自分のジャンルを大切にしながら、他の音楽ジャンルのファンの前に姿を見せています。ただ、タンゴではそういったことがあまりないんです。タンゴでも色々な音楽世界に切り込んでいけるということを見せたいですね。そして、「タンゴ」という音楽ジャンルと演奏している人の存在を、他のジャンルの人にも知って欲しい。そうでないと、タンゴはだめになってしまうと思っています。

――時代と共に、タンゴの在り方も変化していく必要性があるとお考えなのでしょうか。

昭和30、40年代であれば、タンゴの音楽を演奏しているだけで世の中から振り向いてもらえました。バンドネオンを持っているだけで、モテるみたいな。60年代後半以降、ビートルズの波がやってきた辺りから、状況は大きく変わりました。

ヨーロッパでも、アメリカでも、小さいながらタンゴのコミュニティというのがあります。どこの国であっても、そこから抜け出せないでいる。広げるのが難しいということです。最近はインターネットのおかげで、多くの音源が聞けるようになっています。タンゴと言えば「情熱のタンゴ」という世界的に共通したステレオタイプとは違った売り方を考えていかなくてはいけませんね。

――今後、挑戦したいことはありますか。

作曲家、アレンジャーとして、さらに一皮向けたいですね。アストル・ピアソラが挑戦したように、タンゴ以外の音楽でもなんでもかけるようになりたい。そして、もう一度、タンゴに戻ってきたいと思っています。

――最期に、アルバムそしてコンサートを楽しみにされている読者の方々に向けて、メッセージをお願い致します。

退屈させないという絶対の自信があります! タンゴは、様々な曲や演奏、そして楽器がある世界です。明るさも暗さも、白もあれば黒もあり、オレンジも紫もある。一般的な「タンゴ」のイメージにおもねったことは一切やりませんので、ヴァラエティのある世界を楽しみにして下さい。

取材・文=大野はな恵  写真撮影=岡崎雄昌

公演情報
小松亮太コンサート 〜天空のバンドネオン〜
 
<新潟>
■日時:10月22日(日)15:30開場/16:00開演

会場:三条市中央公民館大ホール(新潟
料金:全席自由・前売¥5,000/当日¥5,500
問合せ:音楽乱土 080-8907-0140(平松
 
<愛知>
■日時:
10月24日火)
1st 17:30 開場/18:30 開演
2nd 20:30 開場/21:15 開演

会場:名古屋ブルーノート
料金:¥7,800(一般)¥7,450(名古屋BNメンバーズ
問合せ:電話予約センター 052−961−6311(平日11:00〜20:00
 
<大阪>
■日時:
10月25日水)
1st 17:30 開場/18:30 開演
2nd 20:30 開場/21:30 開演

会場:Billboard Live OSAKA
料金:¥7,900(自由席、税込)¥6,900(カジュアル席、税込
問合せ:Billboard Live OSAKA 06−6342−7722
 

<東京>
■日時:
11月20日月)18:30開場/19:00開演
会場:東京文化会館 小ホール
料金:¥5,500全席指定、税込)
問合せ:東京音協 03−5774−3030(平日11:00〜17:00

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