奇才と称されるヴァレリー・アファナシエフ、日本で17年ぶりに得意とするブラームスのピアノ協奏曲第2番を披露
ヴァレリー・アファナシエフ (撮影=武田敏将)
ロシア出身で、現在はベルギーに居を構えるピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフは、奇才とか偉才などと称される。その演奏は意表を突くゆっくりとしたテンポ、ペダルで長く引き伸ばした音、音符と音符の絶妙な間(ま)など、個性と創造性に満ちている。
アファナシエフは近年積極的にレコーディングに取り組み、モーツァルトやベートーヴェンのピアノ・ソナタをリリースしている。
それらの録音では、すべての演奏がアファナシエフならではの解釈、表現、音楽性に彩られ、聴き慣れたソナタに新風を吹き込む。
来日公演でも意欲的なプログラムを組み、個性的で哲学的ともいえる深い解釈に基づく演奏を展開している。
「私が最近レコーディングを数多く行っているのは、レコード会社が私の自由を尊重してくれるからです。どんな作品をいつ録音するか、それは演奏者にとってとても重要なことで、何年か先まで企画などが決まっていると、息苦しくなってしまいます。でも、いまは自由に、好きなときに録音に着手できるのです。それが私をレコーディングへと向かわせ、必然的に数が多くなっているわけです」
近ごろの来日公演では、録音で話題を呼んだモーツァルトやベートーヴェンの作品を披露しているが、その演奏は冒頭から類まれなる集中力と緊張感に支配されたもので、聴衆にも同様の集中力を要求するもの。聴き手はアファナシエフのひとつひとつの音に精神を集中し、奏者とともに呼吸をしているような感覚に陥るのである。
「私は、聴いてくださる方たちの心の奥深く届く音楽を演奏したいと思っています。表面的な演奏や、やたらに自分の存在を前面に押し出す演奏は、好きではありません。作曲家に敬意を表し、作品の内奥に迫り、その魅力を聴き手に届けたいのです」
最近の来日公演でとりわけ印象深かったのは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」の第1楽章の信じがたいほどのゆったりしたテンポ。これは3連符の神秘的で幻想的な和音から始まり、この序奏部が全体の性格を決定している。
ベートーヴェンが弟子であり恋人でもあった伯爵令嬢ジュリエッタに捧げた曲で、詩人レルシュタープが「スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と形容したことばでも知られる美しい旋律である。
しかし、アファナシエフの手にかかると、この3連符は静謐で内省的なモノローグのような音楽と化す。
「私はごく幼いころから《月光》の第1楽章に親しんできました。母がよく弾いていたからです。母はプロのピアニストではありませんでしたが、よく家で演奏していました。私は子どものころからそれを耳にしていたのです」
アファナシエフのショパンのポロネーズ6曲も、これこそアファナシエフの創意と工夫に満ちたショパンとの対峙である。ポロネーズはポーランドの国民的舞曲で、壮大で祝祭的な気分に彩られている。
これらをアファナシエフはショパンの深層心理に迫り、2度と祖国に戻ることができなかった無念の思いを描き出すように、諦念、慟哭、悲哀などの心の叫びを音に託す。そこには祝祭的な色合いは微塵もなく、打鍵の深さと強さが地団駄を踏んでいるショパンの姿をほうふつとさせる。
「私は演奏するとき、世界に耳を澄ますことにしています。ベートーヴェンを演奏するときは彼の音楽だけでなく世界を聴くわけです」
これはアファナシエフがCDの解説書で語っていることば。彼はCDを作るとき、常に音楽のみならず作品にまつわるエッセイも綴っている。彼は小説、戯曲、詩などを得意とし、執筆が生活の大きなウエイトを占めている。現在は、早朝に起き、まずピアノに向かう前にさまざまな原稿を書くそうだ。
そんなアファナシエフが、2018年5月、佐渡裕指揮トーンキュンストラー管弦楽団と共演し、日本では17年ぶりとなるブラームスのピアノ協奏曲第2番を全国5か所で演奏することになった。
「佐渡さんともトーンキュンストラー管とも初共演になります。私はブラームスのこのコンチェルトは昔から弾いていて、自分のからだの一部になっているような曲です。もちろん演奏する作品は、みな自分の心身の奥深く根付いている曲ばかりです。そうでなければ、ステージにかけることはできません。私は完全に自分のからだと心の一部になっている曲だけを演奏しているわけです。ブラームスのこのコンチェルトは13歳ころから弾いてきました。もちろん、年月を経るに従って解釈、奏法、表現は大きな変貌を遂げてきましたが、根底に流れるブラームスへの愛は変わりません。自分の人生のなかで、一生つきあっていきたいと思っているコンチェルトです」
ブラームスのピアノ協奏曲第2番は、作曲家の円熟期である48歳のときの作。イタリア旅行に出かけ、輝かしい陽光に魅せられ、ミケランジェリをはじめとする芸術に触れたブラームスが、ウィーンに戻ってから短期間で書き上げた意欲作である。
曲は当時としては異例の4楽章形式で、ピアノを伴う交響曲といわれる。それだけに、ソリストとオーケストラとの密度濃い音の対話が要求される。
「私は長い歴史と伝統を誇る、ロシア・ピアニズム(ロシア奏法)を受け継ぐ最後の世代だと思っています。ロシア・ピアニズムという流派は、ピアノを豊かにうたわせるのが基本です。ドイツ奏法はどちらかというと、とても器楽的な響きを重視します。ですから、私のブラームスのコンチェルトは、ピアノで歌をうたいます。ロシア・ピアニズムの体現者である作曲家のラフマニノフは、残された音源を聴くと、とても大きく豊かに深々と楽器を鳴らしました。私もその奏法を受け継ぎ、ブラームスで豊かな歌を表現したい。その歌心を聴き取ってほしいですね」
アファナシエフのブラームス、それは聴き慣れた作品に新たな光を当てる演奏になるに違いない。最後に、彼はちょっぴりシニカルな笑みをみせながら、こう語った。
「17年前、私が日本で演奏したブラームスのピアノ協奏曲第2番は、自分としてはあまり満足のいく演奏ではありませんでした。下手だったのです(笑)。若かったのか、楽譜の読みが足りなったのか、表現不足だったのか定かではありませんが、それを払拭する意味で、今度は完全に納得のいく演奏を行うつもりです。みなさんにその立会人になってほしいと思っています!」
まさに一期一会の貴重な機会となりそうだ。
取材・文=伊熊よし子 写真撮影=武田敏将
佐渡裕(指揮)
トーンキュンストラー管弦楽団
ヴァレリー・アファナシエフ(ピアノ)※【プログラムB】のみ
【プログラムA】
バーンスタイン:交響組曲「波止場」
バーンスタイン:ウエスト・サイド・ストーリーより「シンフォニック・ダンス」
ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 Op.47
【プログラムB】
バーンスタイン:キャンディード序曲
ベートーヴェン:交響曲 第6番 ヘ長調 Op.68 「田園」
ブラームス:ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 Op.83
※ヴァレリー・アファナシエフ氏の出演は【B】 のみです。
5/12(土) 京都・京都コンサートホール 【B】
5/13(日) 熊本・熊本県立劇場 【A】
5/15(火) 福岡・福岡シンフォニーホール(アクロス福岡) 【B】
5/17(木) 東京・サントリーホール 【B】
5/18(金) 新潟・新潟市民芸術文化会館 りゅーとぴあ 【A】
5/19(土) 大阪・フェスティバルホール 【A】
5/20(日) 東京・NHKホール【A】
5/22(火) 松本・キッセイ文化ホール 【B】
5/23(水) 浜松・アクトシティ浜松 【A】
5/24(木) 名古屋・日本特殊陶業市民会館(名古屋) 【B】
5/26(土) 仙台・東京エレクトロンホール宮城 【B】
5/27(日) 札幌・札幌コンサートホールKitara 【A】
※大和証券グループの特別協賛は、熊本、足利以外の11公演が対象です。
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【東京公演のみ】
■座席選択先行受付:11/14(火)12:00~12/10(日)23:59
2018年5月17日(木)19時開演 サントリーホール
2018年5月20日(日)14時開演 NHKホール
■一般発売:2018年12月16日(土)~
<公式サイト>
トーンキュンストラー管弦楽団
https://www.tonkuenstler.at/de/japanese-information/tonkuenstler-orchester