ヴァイオリニスト五嶋龍 インタビュー~今夏、3年ぶりの全国リサイタル・ツアー決定
五嶋龍 (C) Ayako Yamamoto / UMLLC
昨年3月、人気番組『題名のない音楽会』(テレビ朝日系列)の司会を惜しまれつつも卒業したヴァイオリニストの五嶋 龍(ごとうりゅう)。卒業後は、世界各地でのリサイタルやNHK交響楽団などのオーケストラとの共演のみならず、チャリティコンサートを中心とした社会活動にも情熱を傾けてきた。2018年は、さらなる飛躍の年となりそうだ。今春3月には、アメリカ最高峰のオーケストラ、ニューヨーク・フィルとの共演が予定され、夏には全国リサイタル・ツアーが行われることが決定している。五嶋の全国ツアーは、実に自身3年ぶりで、まさに待望の公演。 “忘却にして永遠に刻まれる時”という意味深長なタイトルが付けられたこのツアーに、五嶋はどんな想いを込めているのだろうか。世界を飛び回り、ますます活躍の幅を広げている五嶋に、リサイタル・ツアーへの意気込みから最近の関心までを訊いた。
人生の一瞬に、心に刻まれる「時」「想い」を
――まず、リサイタルに向けてのお気持ちを聞かせてください。
2012年、2015年と、これまで3年サイクルでリサイタル・ツアーを行ってきました。僕には、そのスタイルが合っていると思います。3年経てば、曲目についても演奏法についても、前回とは違った姿を披露できますから。この3年間は、改めてじっくり自分自身と向き合い、どういった音楽を作っていくかということに集中して取り組んできました。
僕は、この楽器、ストラディヴァリウス「ジュピター」の音が特別だと思っています。昨年は、予期せぬ自然災害の被害も多い年でしたから、微力ながら、「何か出来ることがあれば……」という想いで演奏や社会活動を行ってきました。そうした活動を通じて、多くの人々の心を慰めることができたのではないかと思っています。今回のリサイタルでも、多くの人にジュピターの音色を聴いていただけることも嬉しいですね。今から心待ちにしています。
――リサイタルは「忘却にして永遠に刻まれる時」と題されています。含蓄のある素敵なタイトルですね。
最近、記憶の客観性について、考えを巡らせています。過去の出来事というのは、思い出してみようとしても思い出せない部分があり、ある出来事があったという事実は覚えていても、詳細がぼやけてしまいますね。哀しいこと、苦しいこと、楽しいことといった、その時の確かなフィーリングや、何故、そういった状態に陥ったのかということは、いつの間にか遠のき、「自作の抒情詩」とでも呼ぶべき自分の解釈になっていく。演奏会というのも、結局は事実というよりも、どうやって捉えていただいたのかが問題なのではないでしょうか。リサイタルで奏でられた音楽であっても、いずれは、誰が、どこで弾いていたものだったのかは忘れられてしまうかもしれない。でも、聴く人の人生の一瞬に心に刻まれた、その「音」や「想い」として、いつか感じて欲しいんです。そう願って、このタイトルにしました。
――今回の選曲にコンセプトやテーマはあるのでしょうか。
演奏するシューマンやドビュッシー、尹(ユン)の作品は、どれも僕にとっては新しいレパートリーです。時代や国、作曲法といった切り口からプログラムを決めようとも考えたのですが、結局は、全く異なった作品を取り上げることにしました。全ての作品について言えることですが、それぞれにストーリーがあります。タイトルとも関連しますが、リサイタルに来ていただいて、多彩な作品の中から何か一つでも、心に残る瞬間を感じて頂ければいいなあと思っています。
五嶋龍
――まずは、シューマンの《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第2番》について、作品がもつ魅力を教えてください。
この作品には、シューマンが抱いていた内面の葛藤が映し出されています。晩年、彼は精神的に病んでいきますが、完全に現実離れしていたわけではなく、自身の病状を理解する時もありました。いわば、正気と狂気との狭間で書かれた作品で、彼自身の葛藤を克明に伝えているのが、この曲なのではないかと思っています。最終的には負けてしまう戦いであったのですが、自分が失われつつある瀬戸際で、最後まで戦い続けた心の深淵が伝わってきます。
――ドビュッシー《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ》は、異国情緒に溢れながらも幻想的な作品ですね。
ドビュッシーは、自らを印象派とは呼んではいませんでしたが、僕には印象派の水彩画のような作品だと感じられます。全3楽章からなり、それぞれの楽章は短いけれど、対比するモチーフが、まるで絵具でキャンバスを彩るよう。ミステリアスな曲です。
――そして、尹伊桑(ユン・イサン)による《ヴァイオリン・ソナタ》。日本では演奏される機会も少ない作品ですが、聴きどころはどこでしょうか。
尹(ユン)の作品には、現代にまで引きずってきた理不尽な世界に対するメッセージがあり、民族的な音質が西洋音楽に溶け込んでいます。そこが、興味深いところですね。モダンな作品ですが、伝えたい印象や感情は明白かつ大胆。韓国の民族的な色合いや文化を、新たな形で世界へ伝えようとした作品だと感じています。
――今回、ピアニストに迎えたマイケル・ドゥセクさんとは、既に何度も共演されていますね。彼の印象はいかがでしょうか。
僕と彼とでは、演奏スタイルや解釈が全く違っています。それでも、共演すると、ぶつかり合うわけではなく、お互いに色々と駆け引きをしながら、思いつかなかったような新たなアイディアが生まれてくるんです。彼の演奏の魅力は、インテリジェンスの中に人間性が窺えること。自己主張を押し付けず、優しさの中に規律のある音楽が聴こえてきます。心で音楽を奏でる人と言ってもいいかもしれません。作品に対して、忠実な側面がある一方で、実に新鮮な視点もお持ちです。
五嶋龍
何事も深みを追求して完成させたい
――音楽的なことでの展望をお聞かせいただけますか。
ヴァイオリンの為に作曲された曲は、ピアノなどに比べて雲泥に少ないですし、プログラムを考えるときには聴衆の皆さんの好みに合わせることも必要です。でも、僕が使っているジュピターの音色は、本当に一聴に値するものですから、自分なりのプログラムを示して、皆さんの最高の想い出になれると嬉しいですね。そんなヴァイオリニストになりたいと思っています。
――ストラディヴァリウス「ジュピター」の個性を、五嶋さんはどう感じてらっしゃいますか。
柔軟性があり、幅広い音色を出してくれる一方で、確固とした個性を纏ったユニークな音でもある。自信に満ち溢れた音なんですよ。しなってくれるけど、折れないんですね。
――五嶋さんはこれまでにも、演奏活動に留まらない多彩な活動をされてこられました。音楽以外で、挑戦してみたいこともあるのでしょうか。
音楽以外に学びたいと思うことは、いっぱいあります(笑)。これまでも色々と挑戦してきましたが、何でも、ただやるだけのではなく、深みを追求して完成させることが一番の楽しみなのではないかと思っています。空手ももっと強くなりたいですし……、最近だと、サバイバル・トレーニングに興味がありますね。自分の身体と精神が、どれだけプレッシャーに応えられるかを試したい。アメリカには、山奥に籠ってやるトレーニングのようなプログラムが数多くあるんです。家族を守れるような、自分になりたいですね。
――最後に、今回、楽しみにされているお客さまにメッセージをお願いします。
大胆なタイトルの下に、時代も曲想も異なる作品を演奏しますが、その中でどれか一つでも心に残していただければいいなあと思っています。後々にまで残る瞬間をゲットしていただきたいですね。エネルギー全開で弾き切ります!
取材・文=大野はな恵 撮影=岩間辰徳 動画=登坂義之
7月28日(土)渡辺翁記念ホール(山口県)
7月29日(日)軽井沢大賀ホール(長野県)
7月30日(月)サラマンカホール(岐阜県)
8月1日(水)アクトシティ浜松 中ホール(静岡県)
8月2日 (木)北広島市芸術文化ホール(北海道)
8月3日 (金)深川市文化交流ホールみ・らい(北海道)
8月5日 (日)三原市芸術文化センターポポロ(広島県)
8月6日 (月)ザ・シンフォニーホール(大阪府)
8月8日 (水)サントリーホール(東京都)
公式サイト:https://www.ryugoto.com/